2014年08月
IMG_0299
「俺、消防をやりだしてからドラッグストアとか地元で商売やっている人達の大切さがよく分かったよ」首都圏の小さな市役所に勤めつつその市の消防団をやっている知り合いがかつてそんな事を言っていたことがありました。
先に消防団とは何かと言う説明を一応しておきますと、簡単に言うと住民ボランティア(一応報酬が出るケースがあるものの基本的には他の職業によって食い扶持は稼ぐ必要がある)による消防組織です。ちなみにWikipediaでは以下のように書かれています。
市町村における非常勤の特別職地方公務員(報酬は実際に活動した時のみ支払われる日当制のアルバイト)である。基本的には非常備の消防機関であるが、山岳地帯、離島の一部など、常備の消防機関とされる消防本部及び消防署がない地域では常備消防を担っている。
通常は、他の職業等に就いている一般市民で団員が構成されており、自治体から装備および僅な報酬が支給される(報酬がない団も存在する)。その活動はボランティア精神で成り立っている。近年は女性団員が増えている反面、男性団員が減りつつある。2007年4月現在、日本における消防団員数は89万人余で、消防団数は2474団である。
data03
表:消防団員数と被雇用者団員比率の推移@消防団データ集より
上の表は消防団の管轄官庁である総務省の作った消防団に関するデータの1つ、被雇用者団員の比率および団員数のデータです。商店街が元気だった昭和40年代には被雇用者の比率が26.5%、逆に言うと商店街の店主のような人たちが3/4を占めていたことがわかります。そして現在は被雇用者の比率が71.9%と逆転しているのですが一方で130万人以上いた団員が80万人にまで4割近く減少しています。いうなれば商店街の衰退によって消防団も衰退した事、またこの統計の存在そのものも含めると、商店主たちが消防団と言う組織の大きな担い手であり、商店街の衰退による消防団の担い手の減少を他ではとても穴埋めできない状況にあることがわかります。
疲弊する消防団、わずかな訓練・装備と報酬で危険な任務--震災が突きつけた、日本の課題《1》/吉田典史・ジャーナリスト@東洋経済より
団員の職業構成と「救護被災」との関係にも言及した。昨年、宮古市の消防団第28〜33分団の団員70人ほどにアンケート調査をした結果を受けてのものだ。
調査では、団員の職業は4割近くが会社員、自営業が2割弱、農林水産業従事者が2割弱だった。会社員のほとんどが、所属する消防団が担当する地区とは離れた地域に勤務していた。震災発生時には、70人ほどの半数近くが仕事などのため、担当地域外にいた。松尾氏はこう指摘する。
「彼らが担当地区に向かうときには、交通渋滞が発生していた。活動に参加できない人は、70人ほどのうち約20人いた。担当地区にいる自営業や農林水産業従事者の団員が、たとえば30人で対応をする避難誘導を、15人ぐらいでせざるをえなくなった。指揮をする分団長が不在で、取り組まざるをえない団もあった。これらも、大きな負担とリスクになった」
多くの消防団員が被害への対応に忙殺された東日本大震災ではこういった状況がもろにみられました。人数的に減少傾向なうえ、いざというときに担当地域にいないため実質半分くらいの人材で未曾有の震災に対応しなくてはならなくなったというのは現状の問題を浮き彫りにしているのではないでしょうか?
夏祭り警戒@父ちゃん、桔梗が丘班の班長になっちゃいました!?より
今日は、操法練習はありません。
でも、夜に桔梗が丘5番町の夏祭りが開催され、
そこで打ち上げられる花火の警戒に出動します。
本来の消防団活動です
5番町の夏祭り警戒には、毎年自治会さんからの要請で出動しています。
ここで行われる花火は、毎年結構すごいんですよ
桔梗が丘南小学校で打ち上げ花火が、
隣接する桔梗が丘南公民館で仕掛け花火が行われます。
花火師さんが南小学校のグラウンドに打ち上げ花火をセットして、
順次打ち上げていかれます。
これは単なる人手不足の問題なのでしょうか?多分違うのではないでしょうか?一番大きいのは地域に根付いた人達がボランティアで消防を担っていることで言い方は悪いですが地域に対しきめ細かい消防サービスを提供できること、そして地域の人たちにとっては身近に消防活動をしている人たちがいる事でその大変さを理解しやすい事、これは大きいのではないでしょうか?上の引用記事は実際に消防団で活動されている方のblogからのもの、実際夏祭りの場で協力するというのはきめ細かいですし、たとえば学校に消防署の人たちが授業に来るようなケースはあると思いますが、それだと結局子供たちと良くてその親くらいにしかアピールできませんがこういった場ではそうではない人たちにもその存在をアピールできます。
消防の最大の仕事場である火事の現場はいうなれば家屋など大きな財産を失う場でもあるだけに単純に行政サービスとしての消防だけではやはり様々な不満・不安を消防関係者に投げかける人も多くなると思われますが、少なくとも消防の大変さがわかっていればそういったケースも多少なりとも軽減されるのではないでしょうか?
そして商店街の店主のような商人にとっては、こういった活動は大変ですが、単に大変なだけでなく例えば団そのものの人間関係だったり、また上の花火大会でいえば自治会・学校と言ったところとのコネクションを作ることで有形・無形のメリットを見出しやすい、故に重要な担い手なりえたのではないでしょうか?
「の呪縛」親はなぜをイヤがるのか@MAMAPICSより
入学や進級で心弾む4月。しかし春の陽気に浮かれてはいられまい。子を学校に通わせている親であれば必ずある、年度始めの「保護者会=PTA役員、委員決め」が終わるまでは......。〜中略〜
さて、当日。保護者会のメインイベント(?)PTA委員決めの時間がやってきた。うちの小学校では、全員が何らかの役割を担うのが原則で、委員や係りなどの種類も多く、選り取り見取りなのだが、如何せん、クラスのまとめ役「学級委員」(2名)が決まらないことにはその先も決まらない。〜中略〜
しかし待てども待てども、みな押し黙ったまま。つい、「平日の委員会はどのくらいの頻度か?」なんて、それによっては引き受けてもいいよ的な質問を発してしまった。まあ、実際、その頻度によってはいいかなとは思っていた。だって、そうしないと終わらない。早く帰宅してメールチェックしたいし、次女の保育園のお迎えもあるし......。
そして消防団と同じようにと言うよりもはるかに大きな問題としてPTA問題も注目されています。
こちらは子供を持つ親御さん全てに関係するだけに関係者が多く、かつ生々しい話題でもあります。
良く「女性の社会進出〜共働き〜」等と言われるのですが個人的には30年近く言われ続けた話だけに違和感を感じます。
PTAでマネジメントのスキルアップ!?@ナニコレPTAより
昨年、選考委員をやった時に思いました。
こういうのは、専業主婦に話を持っていっても、なんのメリットもないばかりか、デメリットしかない。PTA本部役員になるとメリットがある人に持っていかないと話にならない。
メリットのある人って、どんな人?
それはやはり、コネクションを広げたい人。
結局こっちの要因が大きいのではと感じます。たとえば男女の勤め人や専業主婦等ではこういった活動によって得られるメリットが小さい、じゃぁ誰がそのメリットがあったのかと言うと
「の呪縛」親はなぜをイヤがるのか@MAMAPICSより
そして気になるのは、父親の存在だ。PTAのPはいうまでもなく、parent=親である。私の子どもの頃はPTA会長は男性で、地元有力者や商店会長という印象があったが、最近はどうなのだろう。
商店会長と言う書かれ方をしてますが、結局現役世代の商店主が激減したから現状があるという面は大いにあるのではないでしょうか?
[商店街の不都合な真実]なぜ繁栄している商店街は1%しかないのか (No.1001)@経営からの地域再生・都市再生 [木下斉]より
◯活性化しない理由は「コミュニティ活動」と「まちづくり活動」をやっているから。
これは商店街は地域で社会的価値がある、商店街=コミュニティの担い手といったような解釈で、商店街の共同でのまちづくり活動に補助金を支給してきた、商店街組織での活動に支援をしてきた、その政策コンセプト自体に間違えがあると本書でも指摘しています。これは全くもって私も異論は有りません。
中小商業政策は「産業政策」です。決して社会保障事業ではありません。
しかしながらこういった事は最近本当に言われなくなりました。現場から見るとそういった事を言いたくなる気持ちはあるのかもしれませんが、結局中小商業政策はまちづくりに近い分野なのかもしれませんがそこに特化してしまうとまちづくりも’商店街’活性化でもなくたんなる中小企業活性化でしかなくなります。
今まちづくりや商店街活性化と言うのが一定レベルと課題として多くの人たちに共通した認識になっているのは消防団やPTAの様な地域の担い手がいなくなってしまい地域が所々でうまく回らなくなりつつなっている事への危機感も大きいのではと感じます。
IMG_0308
写真:元気な商店街として有名な横浜弘明寺商店街のアーケード
ふと最近感じるのですがまちづくりに類する話を書いていて非常に大きな勘違いが蔓延しているのではないかと思います。
補助金とかアーケードとかじゃなくって、市場で選ばれる店かどうか。@秋元祥治(岐阜・G-net・OKa-Biz)の活動日記 より
中心市街地活性化のために交通網を整備しろとか、駐車場とかって話をなぜ今更まだおねだりするのだろう。だいたい特定の場所に立地していると言うだけの理由で私企業の金儲けに、なぜ行政資金がどんどんとつぎ込まれるのか。そんなんものなくても、お客が来ている店があるじゃないか。つまり差別化され魅力のある店舗は、客が来ている。個店がそうなればよい、ということではないのか。そしてそれが市場競争では?
〜中略〜
※(注記)愛するまるデブも、商店街すぐ。通行量調査をすればずいぶんと減っているけれど、でも今でも行列ができる。つまり、駐車場が無くてもアーケードが古くても、旨ければ支持されるわけで。
こういったまちづくりの話でよく駅前商店街のアーケード整備などは良くこの手のお勉強をしっかりしている人たちの「努力しない商店主に税金から補助を与えるな」と言う批判の対象になりがちなのですがこの構図は果たして正しいのでしょうか?
IMG_0317
写真:アーケード街での光景
上の写真は横浜でも元気な商店街の1つといわれる弘明寺商店街での一コマ、ここのアーケードは最近整備がなされ非常にきれいでなかなか工夫されていると感じたのですが、途中の橋では歩道に椅子状のスペースが確保され、高齢者が休憩している光景が印象に残ります。
さて考えてみると当たり前なことなのですが、アーケード街は公共的なスペースであり、お店に関係ない人たちが安心して歩ける場所といえるのではないでしょうか?
整備補修施設
補助率
限度額
30%
1,000万円
40%
1,000万円
40%
1,000万円
(1基につ
き15万円)
省エネ電球
40%
500万円
30%
1,000万円
30%
1,000万円
30%
1,000万円
さて引用したブログ記事の筆者が岐阜で頑張っている方なので人工的にほぼ同規模の横須賀市の例を挙げますがこういったアーケードの整備には確かに補助金が出ます。
イメージでしかないですが仮に上の写真のようなアーケード街をアーケード、街路灯、カラー舗装、文化施設それぞれ1000万円ずつの事業費で行った場合を考えると横須賀市の場合以下のような感じになります。
市 商店街 合計
アーケード 300万円 700万円 1000万円
街路灯 400万円 600万円 1000万円
カラー舗装 300万円 700万円 1000万円
文化施設 300万円 700万円 1000万円
合計 1300万円 2700万円 4000万円
当然上で挙げた弘明寺商店街はもっと大きな額を投資していますのでこれはあくまで例ではありますが、考えてみるとアーケード整備というのは、「行政が商店街の金儲けに便宜を図る事業」と言うよりも本来全額自前で行わなければならないであろう駅前等歩行者の多い公共の街路を改善するのに内容面はある程度主導権を持たせつつ大半の負担を商店街にしてもらう事業であり、どんなに「商店街への援助」と言われた時代でもそれは変わらなかったような気がします。
確かに優れた個店が頑張ればそのお店に来る人が増え、商店街の人通りも増えるかもしれません。ただそれはあくまで一要素であり、極端に言えばバイパスにものすごく美味しい飲食店が1つだけできてもそれは優れた商店街では当然無いわけです。
逆に行政の立場としてみてみると商店街と言うのは「有形・無形の形で地域のまちづくりに協力してくれる商人集団」ではないのかと思います。だからこそ行政の立場としては商店街に頑張って潤ってほしいわけですし、その活性化が街づくりの大きなテーマになるのではないかと思います。
- 今日:
- 昨日:
- 累計:
- 人気記事ランキング202510
- 人気記事ランキング202509
- お金の話外伝その5〜金融商品化するクルマとどう距離を置くのか
- お金の話外伝その5〜金融商品化するクルマとどう距離を置くのか
- 片眼を見開いて目の前の課題に全力で取り組みつつもう片方の目で次に来る新しい問題を見極める時代〜石破首相辞任に思う〜
- 人気記事ランキング202508
- 令和の大きな宿題外伝その12〜宮沢賢治と楽しく合唱した農民は何故深夜病床の賢治を訪ねたのか
- 令和の大きな宿題外伝その12〜宮沢賢治と楽しく合唱した農民は何故深夜病床の賢治を訪ねたのか
- 令和の大きな宿題外伝その12〜宮沢賢治と楽しく合唱した農民は何故深夜病床の賢治を訪ねたのか