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2015年11月21日

異名 北の湖

昨夜の夕食中にラジオから「大相撲の北の湖理事長が死去しました、、、」と流れた。
「えっ!」と思わず声を上げてしまった俺に、
「あんたはミュージシャンが亡くなっても全然驚かないのに、相撲の人が亡くなると大騒ぎするわよね。」
「土俵の鬼の時とかもそうだったじゃない」
う〜ん、そうかもしれん。

俺は小学校に上がる前、事情があって祖父母宅にちょくちょく預けられて暮らしていた。
その当時はまだ曽祖父母も生きていたから老人4人に幼児が一人という環境で、
場所開催中は夕方になると決まって相撲のテレビ観戦。
まだ各家庭にテレビがない時代で、
ご近所のご老人が何人か相撲中継を見に来てたりしていたっけ。
大鵬が戸田に土を付けられて連勝が止まった時に起こったどよめきは、今でも覚えている。
それ以来の相撲ファンなのかな、そんなに熱心じゃないけど。

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12歳で土俵に登り「怪童」と呼ばれた北の湖は若くして横綱になる、
巨体に似合わぬ俊敏さで安定した力を発揮、
すぐに「怪童」なんて異名は消えてなくなり、
代わりに言われたのが、憎らしいくらいに強い、、、もはや異名ではなかった。
「角界のプリンス」貴ノ花が優勝した時は敵役だったし、
「黄金の左」輪島と何度も相対した千秋楽は見応え充分だった。
理事長になって様々な問題が噴出し対応を叩かれもしたが、
世間一般とは違う世界だからなぁ、大変だったろうな。

「土俵の鬼」が言ったのか「まむし」と呼ばれた春日野が言ったのか忘れたけど、
「両国の新国技館はアイツが建てた様なもんだ」という言葉が、
相撲界における北の湖を一番表していたと思う、合掌。


男サマタ


posted by もんち&男サマタ at 17:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
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