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山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

来年の大河ドラマが真田幸村(信繁、この本では信繁の名が正しく幸村という名は江戸時代の創作であるとしている)を主人公にした『真田丸』ということで、真田氏関係の本が続々と登場する(した)と思いますが、これはその中でおそらくレベルの高い本。
戦国大名を研究する気鋭の学者が、しっかりとした歴史学の方法のもと史料を読み解きながら、真田家と真田家を取り巻く状況を丹念に、そして戦国時代の構造を大胆に描いて見せています。
特に戦国好きが高じて史学科に行きたいと考えている高校生などがいたら、ぜひこの本を読むといいと思います。歴史学者がどのように歴史にアプローチしているのかがわかるような内容にもなっています。

目次は以下のとおり。
一章 真田幸綱 真田家を再興させた智将
二章 真田信綱 長篠の戦いに散った悲劇の将
三章 真田昌幸 柔軟な発想と決断力で生きのびた「表裏比興者」
四章 真田信繁 戦国史上最高の伝説となった「日本一の兵」
五章 真田信之 松代一〇万石の礎を固めた藩祖

このように真田信繁(幸村)だけにスポットライトを当てた本ではなく、信濃の国衆から武田家の家臣、そして大名として独立し、江戸時代に松代藩の領主となった真田氏の歴史をたどるものとなっています。
タイトルの「真田四代」というのが、幸綱、信綱、昌幸、信之で、それに大阪の陣でその名を馳せた信繁を加える形です。

まず、史料を使いながら歴史を丹念に読み解いてる部分ですが、例えば、この本では真田昌幸の正室・山之手殿の出自を5ページ近く使って分析しています(84ー89p)。
いかにもつまらなそうな部分に思えるかもしれませんが、著者は現在伝えられている6つの説をさまざまな史料やその整合性を考えながら分析していきます。多くの本では、このあたりは比較的あっさりと「〜の説の可能性が高い」と片付けてしまうところですが、この本ではその検討の過程をしっかりと見せてくれているので、歴史学者というものがいかにものを考えているかも見えてきます。

さらにこの本では、こうした史料の丹念な検討によって戦国時代の大きな動きも見せてくれます。
武田家の滅亡というと、長篠の戦いで武田勝頼が織田信長の鉄砲の前に打ち破られ有能な家臣を数多く失ったことから必然的に起こったことと思われがちですが、武田家の滅亡を決定づけたのは長篠の戦いではありません。
武田勝頼は同盟を破棄した北条氏との戦いでは優位に立っており、長篠の戦いの後に急速に力が衰えたわけではありません。勝頼の凋落を決定づけたのは「高天神崩れ」でした。

勝頼は遠江の高天神城に旧今川家の岡部元信を据え、各国から兵士を集めて防備を固めていましたが、北条氏との戦いに集中するあまり、徳川家康によって包囲された高天神城に援軍を送れないでいました。
岡部元信は家康に降伏を申し入れますが、相談を受けた織田信長は降伏を拒否するように指示し、「勝頼は高天神城を見殺しにした」という形をつくろうとします。
結局、降伏を拒否された高天神城勢は家康軍に突撃し壊滅。高天神城には甲斐や信濃、上野といった武田家の全領国から将兵が派遣されたいたため、武田家の軍事的信用は一気に崩壊することになります(102ー106p)。

この他にも本能寺の変後の信濃・上野・甲斐といった国々での勢力争い、その中での昌幸の立ち回り、豊臣政権下での信繁の地位、真田丸の実態などを、史料の丹念な検討によって浮かび上がらせています。

さらに、真田氏の動きを追うと同時に、同時代のさまざまなしくみについて鋭く言及しているのもこの本の面白さの一つです。
戦国時代から織豊政権、そして江戸時代にかけては「兵農分離」が行われた時代として認識されています。特に、信長・秀吉の「先進性」を示すものとして、「兵農分離」の推進といったことが言われることが多いです。
これに対し、黒田基樹は『戦国大名』(平凡社新書)の中で、信長・秀吉による「兵農分離」を否定してましたが、この本の著者も、信長・秀吉が「兵農分離」政策をとったということを否定した上で次のように述べています。
実際に兵農分離が成し遂げられるのは、戦乱の時代が終結を迎え、村落から雇っていた「傭兵」を解雇した結果に過ぎない。戦国大名と信長・秀吉は、家臣の城下町集住を志向するが、これは兵農分離を目指したためではなく、いわば勤務先に住まいを持たせ、かつ妻子を人質に取ろうと考えたためである。そして、江戸幕府が確立した結果、「非正規雇用」であった村落の「傭兵」は解雇され、「正規雇用」である武士が勤務先である城下町に集住することになった。つまり兵農分離とは、政策ではなく、平和の達成に伴う結果論と評価できる。(181ー182p)

個人的にこれは非常に腑に落ちる説明でした。「兵農分離」という現象自体を否定するわけではないが、「兵農分離」という政策は否定する、非常にわかりやすい説明だと思います。

これ以外にも、戦国大名や豊臣政権における「取次」の説明も興味深かったですし、大谷吉継についての記述なども新鮮で、真田家にまつわる部分以外のところも勉強になりました。
もうちょっと真田信繁に焦点を当ててほしいと感じる人もいるかとは思いますが、真田氏を描くことを通じて、戦国から元和偃武までの政治・軍事の見取り図を描くことにも成功している非常に面白い本だと思います。


真田四代と信繁 (平凡社新書)
丸島和洋
4582857930

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通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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