2011年08月
東日本大震災からまもなく半年、「復興」の言葉が叫ばれていますが、政治はあまり動いてないように見えますし、復興のための具体策もなかなか進んでいません。肝心の復興構想会議の提言も詩的なレトリックばかりが目立つようなシロモノでしたし、ニュースでも財源問題ばかりに焦点があたってしまっていました。
そんな中、「復興のポイントとは何なのか?」ということに答えてくれるのがこの本。著者は阪神・淡路大震災で被災し、兵庫県の都市再生戦略策定懇話会のメンバーとして実際に復興に関わっており、また、経済学者としてもミクロ経済や公共政策を研究してきた人物です。
実際に阪神・淡路大震災の復興に携わった経験があるだけにその指摘は非常に的を得ていてアクチュアルです。例えば、冒頭で日本の災害対策の問題点について次のように述べています。
個人的にはこの指摘だけを読んだだけで、今回の東日本大震災からの「復興」の問題点が非常にクリアーになった気がしました。
復興構想会議の答申はあくまでも「補完性」の原則にこだわったもので、被災自治体からのボトムアップ方式に頼ったものです。しかし、「被害の大きさからすると自治体からのボトムアップ方式は機能しないと想像される」(14p)と著者が述べるように、役所の昨日の大部分を失った自治体も多い中で、この「補完性」の原則へのこだわりは復興のスピードを大きく減じることになるでしょう。
また、著者は「現物支給」の原則にも疑問を呈しています。
特に日本政府は「私有財産非保障」の原則にもとづき、阪神・淡路大震災などでは住宅を失った被災者の公的支援などを行うことはありませんでした。しかし、著者が指摘しているように農地が被害を受けたときには、私有地である農地や農道の再整備には公的支援が行われています(阪神・淡路大震災後、被災者生活再建支援法がつくられ、公的支援が可能になった)。
今回の東日本大震災からの復興のポイントの一つとして、著者は「人的資本の回復」をあげていますが、まさにこれは現物支給だけでは何ともならないものです。
著者の訴えるこの様な政策を行うためには柔軟な公的資金の投入が必要です。
しかし、阪神・淡路大震災ではこのような個人へ公的支援を行うための思い切った対策は取られずに、復興基金を活用することでようやく一歩踏み込んだ事業を行うことができるようになりました。著者はこの復興基金を「マネーロンダリングの仕組み」と評していますが、この様な手続きを経ることでようやく被災者個人の資産形成につながるということで今まで避けられていた住宅購入への利子補給などの政策が可能になったのです。
行政がこのような原則にとらわれるのはある意味仕方のないことです。根拠法がない限り、官僚が今までにない措置を打ち出すことは困難です。
けれでも、「(根拠法が)なければつくればよい。それが立法府の役割である」(16p)と著者が言うように、これらは立法府が動けば可能なことです。この本では9.11テロにおけるアメリカ議会の思い切った立法措置についても触れられていますが、それに比べると今の日本の国会の動きは鈍すぎると言わざるを得ません。
「大災害のような緊急事態では、平時の常識を超えた「異例な」対応が必要になるが、それを実現できるのは政治あるいは立法府だけ」(27p)なのです。
また、国が行う復旧事業とはあくまでも「原形復旧」という原則が適用され、被災直前の元の姿に戻すことが基本となります。
しかし、インフラが復活すればそのまま経済や人々の生活が元に戻るわけではありません。この本の183p以下で述べられているように兵庫県の失業率は統計の始まった1997年から全国平均を上回り続け、兵庫県の失業率が全国平均に一致するのはようやく2009年になってからでした。この他にも神戸では第3次産業への産業構造の転換が遅れたことなども著者によって指摘されています。
このような「復旧」の考え方に対して著者は次のように述べています。
この本を読むと、今、東日本大震災からの「復興」に必要なのは、今までの行政の原則を政治の力で思い切って変えていくことだと強く感じます。
著者の提案する具体的な復興政策の中には、今の状況の中では実現可能性に疑問符のつくものもありますが(被災地への首都機能の移転や阪神・淡路大震災の時に打ち出されたポートアイランドの免税島構想など)、そうした今までの常識を打ち破るような政治の力が求められているのは事実でしょう。
今回の震災の被害額の水系の部分なおも含めて、今まさに読まれるべき本だと思います。
大災害の経済学 (PHP新書)
林 敏彦
4569798748
そんな中、「復興のポイントとは何なのか?」ということに答えてくれるのがこの本。著者は阪神・淡路大震災で被災し、兵庫県の都市再生戦略策定懇話会のメンバーとして実際に復興に関わっており、また、経済学者としてもミクロ経済や公共政策を研究してきた人物です。
実際に阪神・淡路大震災の復興に携わった経験があるだけにその指摘は非常に的を得ていてアクチュアルです。例えば、冒頭で日本の災害対策の問題点について次のように述べています。
大災害への対応を定めている「災害対策基本法」には、大きく2つの原則がある。ひとつは、災害対応では被災自治体(市区町村)が第一義的に責任を持ち、その自治体の資源の限界を超える災害にあたっては、順次上位の自治体や国に調整を求めるという「補完性」の原則であり、もうひとつは「現物支給」の原則である。避難場所への物資の供給、医療サービスの提供、仮設住宅や復興公共住宅の建設などは、この現物支給の原則にのっとって行われる。(14p)
個人的にはこの指摘だけを読んだだけで、今回の東日本大震災からの「復興」の問題点が非常にクリアーになった気がしました。
復興構想会議の答申はあくまでも「補完性」の原則にこだわったもので、被災自治体からのボトムアップ方式に頼ったものです。しかし、「被害の大きさからすると自治体からのボトムアップ方式は機能しないと想像される」(14p)と著者が述べるように、役所の昨日の大部分を失った自治体も多い中で、この「補完性」の原則へのこだわりは復興のスピードを大きく減じることになるでしょう。
また、著者は「現物支給」の原則にも疑問を呈しています。
特に日本政府は「私有財産非保障」の原則にもとづき、阪神・淡路大震災などでは住宅を失った被災者の公的支援などを行うことはありませんでした。しかし、著者が指摘しているように農地が被害を受けたときには、私有地である農地や農道の再整備には公的支援が行われています(阪神・淡路大震災後、被災者生活再建支援法がつくられ、公的支援が可能になった)。
今回の東日本大震災からの復興のポイントの一つとして、著者は「人的資本の回復」をあげていますが、まさにこれは現物支給だけでは何ともならないものです。
東日本大震災の復興計画の中には、人的資本の回復を大きな目標に掲げてほしい。具体的には、被災した家族や学生に対するあらゆる就学援助や奨学金、国内外から被災地の復興に集積する人々へのあらゆる支援、被災地の人口回復へ向けたあらゆる努力を計画の柱に据えてほしい。(271ー272p)
著者の訴えるこの様な政策を行うためには柔軟な公的資金の投入が必要です。
しかし、阪神・淡路大震災ではこのような個人へ公的支援を行うための思い切った対策は取られずに、復興基金を活用することでようやく一歩踏み込んだ事業を行うことができるようになりました。著者はこの復興基金を「マネーロンダリングの仕組み」と評していますが、この様な手続きを経ることでようやく被災者個人の資産形成につながるということで今まで避けられていた住宅購入への利子補給などの政策が可能になったのです。
行政がこのような原則にとらわれるのはある意味仕方のないことです。根拠法がない限り、官僚が今までにない措置を打ち出すことは困難です。
けれでも、「(根拠法が)なければつくればよい。それが立法府の役割である」(16p)と著者が言うように、これらは立法府が動けば可能なことです。この本では9.11テロにおけるアメリカ議会の思い切った立法措置についても触れられていますが、それに比べると今の日本の国会の動きは鈍すぎると言わざるを得ません。
「大災害のような緊急事態では、平時の常識を超えた「異例な」対応が必要になるが、それを実現できるのは政治あるいは立法府だけ」(27p)なのです。
また、国が行う復旧事業とはあくまでも「原形復旧」という原則が適用され、被災直前の元の姿に戻すことが基本となります。
しかし、インフラが復活すればそのまま経済や人々の生活が元に戻るわけではありません。この本の183p以下で述べられているように兵庫県の失業率は統計の始まった1997年から全国平均を上回り続け、兵庫県の失業率が全国平均に一致するのはようやく2009年になってからでした。この他にも神戸では第3次産業への産業構造の転換が遅れたことなども著者によって指摘されています。
このような「復旧」の考え方に対して著者は次のように述べています。
しかし元の姿に戻すことは不可能であり、意味もない。失われた人名や、生活や文化や産業活動は、たとえ土木施設が元に戻ったとしても帰ってこない。残された人々にできることは、失われた犠牲の上に勇を鼓して、新しい生活、新しい地域、新しい歴史をつくっていくことでしかない。(15p)
この本を読むと、今、東日本大震災からの「復興」に必要なのは、今までの行政の原則を政治の力で思い切って変えていくことだと強く感じます。
著者の提案する具体的な復興政策の中には、今の状況の中では実現可能性に疑問符のつくものもありますが(被災地への首都機能の移転や阪神・淡路大震災の時に打ち出されたポートアイランドの免税島構想など)、そうした今までの常識を打ち破るような政治の力が求められているのは事実でしょう。
今回の震災の被害額の水系の部分なおも含めて、今まさに読まれるべき本だと思います。
大災害の経済学 (PHP新書)
林 敏彦
4569798748
- 2011年08月28日23:16
- yamasitayu
- コメント:0
- トラックバック:0
タイトルは『ガウディ伝』ですが、中身からすると『ガウディと19世紀のバルセロナ』、あるいは『アントニ・ガウディとその時代』というほうが適当でしょう。ガウディその人に迫った本というよりは、ガウディの生きた19世紀のバルセロナの様子を活写した本です。
ガウディの建築を見た人の中にはその独創性に驚くとともに、「誰がこの設計にGOサインを出し、金を出したのか?」と考える人も多いと思います。それだけバルセロナの市街地の中にあるバッリョー邸(バトリョ邸)や、ミラー邸の存在感や不思議さというのは圧倒的なものがあります。
この本ではそんなガウディの奇妙な建築を受け入れた19世紀のバルセロナを描き出します。
19世紀のバルセロナは新大陸との貿易によって富を蓄えた新興ブルジョワジーが登場した時代であり、またそうした経済力を背景にカタルーニャのナショナリズムが盛り上がった時代でもありました。
知っている人も多いと思いますが、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方はスペイン人とはまた違ったアイデンティティを持っている人々が多く暮らす土地で、カタルーニャ語という独自の言語もあります(バトリョ邸もカタルーニャ語風に読めばバッリョー邸)。そんなカタルーニャ語の復興運動が盛り上がったのもガウディの生きた19世紀〜20世紀初頭にかけて。
ガウディの生きた19世紀のバルセロナというのは、今まで中央政府に抑えられていたバルセロナがヨーロッパの大都市と方を並べようと躍進し、自らのアイデンティを打ち立てようとした時代だったのです。
そしてそのバルセロナの繁栄を支えたのが新大陸との奴隷貿易。
イギリスは1807年に奴隷貿易の廃止を決めますが、カタルーニャ人による奴隷貿易は1865年までつづき、買っ奥が奴隷貿易を手控えたことあって莫大な富をもたらしました。
カタルーニャの若者たちは一攫千金を夢見てキューバへと渡り、そこで奴隷貿易を含むさまざまな商売などに従事し、富を気づいて帰国しました。もちろん、失敗する者もいましたが、ガウディのパトロンとなるアウゼビ・グエイ(グエル)の妻の父で娘に莫大な財産を残したアントニオ・ロペスはキューバでの成功を足がかりに「大貴族』まで上り詰めた人物でしたし、アウゼビ・グエイの父ジュアン・グエイもまたキューバでの商売を成功させ大金持ちへとなった人物でした。
こうした新興ブルジョワジーが、自らの富や新しいバルセロナの文化を誇示しようとしていたことがガウディのあの建築の背景にはあったのです。
さらにこの本は19世紀のバルセロナを象徴するカフェ「四匹の猫」と、そこに集まったボヘミアンたちに焦点を当てます。
実際、ガウディはこの「四匹の猫」に集まっていた芸術家達やその思想とは距離をとっていたので、「ガウディ伝」としては余計な部分ではあります。
ただ、ピンと来た人もいたかもしれませんが「四匹の猫」とは、あのパブロ・ピカソがメニューをデザインしたカフェ(「クアトロ・ガッツ」という名前を出せばわかりやすいかもしれません)。この時代のバルセロナが、ガウディとピカソという二人の天才を送り出した活気に満ちた街であったことが、こうした部分からもわかります。
著者はカタルーニャ語やカタルーニャ文化を専攻している人物なので、「建築家としてのガウディ」を知りたい人にとっては物足りない、あるいは余計な部分が多すぎると感じるかもしれません。
サグラダ・ファミリアに関しても、ガウディが抜擢された理由がガウディの青い目にあったこと(52p)などの面白いエピソードが紹介してありますが、もうちょっと設計や建築作業についての記述も欲しいところです。
けれども、「ガウディの生きた時代」を知ることができるという点で面白い本だと思います。
ガウディ伝 - 「時代の意志」を読む (中公新書)
田澤 耕
4121021223
ガウディの建築を見た人の中にはその独創性に驚くとともに、「誰がこの設計にGOサインを出し、金を出したのか?」と考える人も多いと思います。それだけバルセロナの市街地の中にあるバッリョー邸(バトリョ邸)や、ミラー邸の存在感や不思議さというのは圧倒的なものがあります。
この本ではそんなガウディの奇妙な建築を受け入れた19世紀のバルセロナを描き出します。
19世紀のバルセロナは新大陸との貿易によって富を蓄えた新興ブルジョワジーが登場した時代であり、またそうした経済力を背景にカタルーニャのナショナリズムが盛り上がった時代でもありました。
知っている人も多いと思いますが、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方はスペイン人とはまた違ったアイデンティティを持っている人々が多く暮らす土地で、カタルーニャ語という独自の言語もあります(バトリョ邸もカタルーニャ語風に読めばバッリョー邸)。そんなカタルーニャ語の復興運動が盛り上がったのもガウディの生きた19世紀〜20世紀初頭にかけて。
ガウディの生きた19世紀のバルセロナというのは、今まで中央政府に抑えられていたバルセロナがヨーロッパの大都市と方を並べようと躍進し、自らのアイデンティを打ち立てようとした時代だったのです。
そしてそのバルセロナの繁栄を支えたのが新大陸との奴隷貿易。
イギリスは1807年に奴隷貿易の廃止を決めますが、カタルーニャ人による奴隷貿易は1865年までつづき、買っ奥が奴隷貿易を手控えたことあって莫大な富をもたらしました。
カタルーニャの若者たちは一攫千金を夢見てキューバへと渡り、そこで奴隷貿易を含むさまざまな商売などに従事し、富を気づいて帰国しました。もちろん、失敗する者もいましたが、ガウディのパトロンとなるアウゼビ・グエイ(グエル)の妻の父で娘に莫大な財産を残したアントニオ・ロペスはキューバでの成功を足がかりに「大貴族』まで上り詰めた人物でしたし、アウゼビ・グエイの父ジュアン・グエイもまたキューバでの商売を成功させ大金持ちへとなった人物でした。
こうした新興ブルジョワジーが、自らの富や新しいバルセロナの文化を誇示しようとしていたことがガウディのあの建築の背景にはあったのです。
さらにこの本は19世紀のバルセロナを象徴するカフェ「四匹の猫」と、そこに集まったボヘミアンたちに焦点を当てます。
実際、ガウディはこの「四匹の猫」に集まっていた芸術家達やその思想とは距離をとっていたので、「ガウディ伝」としては余計な部分ではあります。
ただ、ピンと来た人もいたかもしれませんが「四匹の猫」とは、あのパブロ・ピカソがメニューをデザインしたカフェ(「クアトロ・ガッツ」という名前を出せばわかりやすいかもしれません)。この時代のバルセロナが、ガウディとピカソという二人の天才を送り出した活気に満ちた街であったことが、こうした部分からもわかります。
著者はカタルーニャ語やカタルーニャ文化を専攻している人物なので、「建築家としてのガウディ」を知りたい人にとっては物足りない、あるいは余計な部分が多すぎると感じるかもしれません。
サグラダ・ファミリアに関しても、ガウディが抜擢された理由がガウディの青い目にあったこと(52p)などの面白いエピソードが紹介してありますが、もうちょっと設計や建築作業についての記述も欲しいところです。
けれども、「ガウディの生きた時代」を知ることができるという点で面白い本だと思います。
ガウディ伝 - 「時代の意志」を読む (中公新書)
田澤 耕
4121021223
- 2011年08月21日16:00
- yamasitayu
- コメント:0
- トラックバック:0
参考文献一覧も入れてジャスト200ページというコンパクトな新書ですが、老後の生活破綻というシビアな現実を突きつけています。帯には「「お金があれば安心」ではありません」とありますが、まさにお金の問題だけにとどまらない老後のリスクを紹介している本です。
著者は関西の大学で教鞭を取りながら、長年、大阪でソーシャルワーカーのスーパーバイザーを務めてきた人物で、高齢者施設での職員経験もあり一貫して高齢者の生活相談などに関わってきました。
そしてこの本の読みどころは、何と言ってもそうした立場の著者のもとに集まったさまざまな老後の生活破綻の事例です。
妻の死をきっかけに認知症になってしまった男性、夫の病気と会社の倒産によって病院に通えなくなってしまった妻、アルコール依存に陥ってしまった独居高齢者など、比較的想像しやすいものもありますが、例えば、年金をおろした直後に置き引きにあい、一気に生活が困窮してしまった事例もあります。置き引きの事例は、基本的な生活は年金によって賄えていたものの、貯金がなく、また何度もお金を下ろしに行くのが億劫になってしまったために全額下ろすようになったところを置き引きにあったという非常に不運なケースなのですが、考えてみれば十分にありえるケースです。
老後については、「家族がいれば安心」と考えている人もいるかもしれませんが、この本の事例を読むと簡単にそうも言えません。
例えば、ひきこもりの子どものDVと金銭的搾取により生活が破綻してしまったようなわかりやすい例もありますが、娘との同居をきっかけに認知症が進み、結局は娘も仕事をやめざるを得なくなって生活破綻という悲劇的なケースもあります。
また、離婚した娘家族との同居により生活破綻にいたってしまったケースでは、年金による収入がある母と同居しているがゆえに娘も生活保護を受けられず、母も娘家族も困窮しています。しかも、世帯を別に構えとようと思っても引越し費用は馬鹿にならず、また勤労者の保証人が必要ということで動くに動けない状況にあったのです。
ちなみにそうなると「近所のつながり!」と思うかもしれませんけど、この本の19pで紹介されている調査によると、日本の近所づきあいにおいて「ものをもらったりあげたりする」のは50%超でアメリカ・ドイツ・スウェーデン、韓国の比較でトップ。一方で「病気の時に助け合う」のはわずか9.3%で上記の4カ国と比較して最も低い数字になっています。
このように、この本を読むと日本の福祉制度の連携の悪さというものが目につきます。
日本には医療保険と介護保険があり、また高額医療費の還付制度、成年後見人制度といったものもあり、最後には生活保護もあります。
しかし、これらの多くは自ら情報を収集し申請しないと適用されないものであり、認知症にかかってしまった独居老人にとってはなかなかりようできるものではありません。この本でも、認知症にかかった男性が部屋の中にものをあふれさせ、それがマンションの廊下さらには階段に達するまであふれたところで、ようやく市役所に連絡が入り対応が始まってます。
また医療にしろ介護保険にしろ還付制度にしろ、とりあえずのお金がないと利用できません。これによって糖尿病などの持病を悪化させ、さらなる生活の危機に陥る人も多いそうです。
さらに生活保護は申請したら即下りるものではなく、審査期間があります。例えば、置き引きにあった人のように「今とりあえずのお金が必要」という場合には対応できません。
そうなると、大事になるのはこうした老人たちと制度とをつなぐ「人」になります。
実際、この本の事例でも、何らかのきっかけでソーシャルワーカーなどが介入することでさまざまな制度が利用できるようになり、生活が改善されています。
日本の福祉において、どうしてもこうした「人」への投資が疎かになることが多いですが、この本を読むと、やはり大事なのは「人」なのだと強く感じます。
老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策 (中公新書)
西垣 千春
4121021215
著者は関西の大学で教鞭を取りながら、長年、大阪でソーシャルワーカーのスーパーバイザーを務めてきた人物で、高齢者施設での職員経験もあり一貫して高齢者の生活相談などに関わってきました。
そしてこの本の読みどころは、何と言ってもそうした立場の著者のもとに集まったさまざまな老後の生活破綻の事例です。
妻の死をきっかけに認知症になってしまった男性、夫の病気と会社の倒産によって病院に通えなくなってしまった妻、アルコール依存に陥ってしまった独居高齢者など、比較的想像しやすいものもありますが、例えば、年金をおろした直後に置き引きにあい、一気に生活が困窮してしまった事例もあります。置き引きの事例は、基本的な生活は年金によって賄えていたものの、貯金がなく、また何度もお金を下ろしに行くのが億劫になってしまったために全額下ろすようになったところを置き引きにあったという非常に不運なケースなのですが、考えてみれば十分にありえるケースです。
老後については、「家族がいれば安心」と考えている人もいるかもしれませんが、この本の事例を読むと簡単にそうも言えません。
例えば、ひきこもりの子どものDVと金銭的搾取により生活が破綻してしまったようなわかりやすい例もありますが、娘との同居をきっかけに認知症が進み、結局は娘も仕事をやめざるを得なくなって生活破綻という悲劇的なケースもあります。
また、離婚した娘家族との同居により生活破綻にいたってしまったケースでは、年金による収入がある母と同居しているがゆえに娘も生活保護を受けられず、母も娘家族も困窮しています。しかも、世帯を別に構えとようと思っても引越し費用は馬鹿にならず、また勤労者の保証人が必要ということで動くに動けない状況にあったのです。
ちなみにそうなると「近所のつながり!」と思うかもしれませんけど、この本の19pで紹介されている調査によると、日本の近所づきあいにおいて「ものをもらったりあげたりする」のは50%超でアメリカ・ドイツ・スウェーデン、韓国の比較でトップ。一方で「病気の時に助け合う」のはわずか9.3%で上記の4カ国と比較して最も低い数字になっています。
このように、この本を読むと日本の福祉制度の連携の悪さというものが目につきます。
日本には医療保険と介護保険があり、また高額医療費の還付制度、成年後見人制度といったものもあり、最後には生活保護もあります。
しかし、これらの多くは自ら情報を収集し申請しないと適用されないものであり、認知症にかかってしまった独居老人にとってはなかなかりようできるものではありません。この本でも、認知症にかかった男性が部屋の中にものをあふれさせ、それがマンションの廊下さらには階段に達するまであふれたところで、ようやく市役所に連絡が入り対応が始まってます。
また医療にしろ介護保険にしろ還付制度にしろ、とりあえずのお金がないと利用できません。これによって糖尿病などの持病を悪化させ、さらなる生活の危機に陥る人も多いそうです。
さらに生活保護は申請したら即下りるものではなく、審査期間があります。例えば、置き引きにあった人のように「今とりあえずのお金が必要」という場合には対応できません。
そうなると、大事になるのはこうした老人たちと制度とをつなぐ「人」になります。
実際、この本の事例でも、何らかのきっかけでソーシャルワーカーなどが介入することでさまざまな制度が利用できるようになり、生活が改善されています。
日本の福祉において、どうしてもこうした「人」への投資が疎かになることが多いですが、この本を読むと、やはり大事なのは「人」なのだと強く感じます。
老後の生活破綻 - 身近に潜むリスクと解決策 (中公新書)
西垣 千春
4121021215
- 2011年08月17日14:10
- yamasitayu
- コメント:0
- トラックバック:0
明治を、というか日本を代表する起業家として名高い渋沢栄一。
埼玉の富農の家に生まれ、若い頃は攘夷思想に心酔。その後、一橋家の家臣になり最後の将軍慶喜に仕え、慶喜の弟・昭武に随行してパリの万国博覧会へ。帰国後は新政府の大蔵省に出仕しするが、ほどなく辞任し実業界へ。第一国立銀行をはじめとして、東京瓦斯、帝国ホテル、王子製紙、東京石川島造船所、札幌麦酒などさまざまな企業の社長や会長をつとめ、設立に関わった会社は数知れず...。
そんな渋沢の生涯を描いた本です。
このような人物だけに伝記的な事実だけでも膨大なものになってしまいます(しかも渋沢は91歳まで生きた)。
そんな中で、経営学や経営史を専攻する著者が焦点を当てるのは渋沢の実業家としてのスタイルや人脈、そして彼の社会事業について。
現在では考えられないほどの多くの会社の経営に関わった渋沢ですが、実際どのように経営に関わり、自身のスケジュールをマネジメントしていたのか?まあ、明治期という資本主義や近代的企業のの立ち上がり期において、渋沢がいかなる役割を果たしていたのかがわかります。
会社の創立総会の議長、危機の時の処理役、紛糾した株主総会の取りまとめなど、重要なところで渋沢の能力とネームバリューが必要とされています。
社会事業についても、特に教育について詳しくとり上げられており、渋沢が東京商業学校(現・一橋大学)の設立と維持に果たした役割の大きさ、京華商業学校、大倉商業学校、高千穂高等商業学校といった学校と渋沢の関わりなども知ることができます。
以上のように、渋沢の業績については色々と知ることが出来る本だと思います。
ただ、渋沢の思想に関しては、いまいち整理ができていなくてわかりにくい。
例えば、この本の153pには「日清戦後は一八九八(明治三一)年に恐慌になり、不況は長期化し、渋沢の経済感に変化が生じた」とあり、今までの自由競争主義一辺倒から保護主義を是認するようになったとの説明がありますが、この本の132pには一八九五年に日清戦争の賠償金による軍事公債の償還に反対した渋沢の意見の中に「渋沢が政府保護の必要性をあわせて論じている」と書いています。
著者は渋沢を(後半生はともかくとして)自由競争主義者として描こうとしていますが、実際の渋沢はもっと自らと自らの会社の利益を重視する現実主義者だったのではないでしょうか?
渋沢の残したさまざまな足跡をたどるには役に立つ本だと思いますが、渋沢栄一という人間を知るには少し物足りない本に感じました。
渋沢栄一――社会企業家の先駆者 (岩波新書)
島田 昌和
4004313198
埼玉の富農の家に生まれ、若い頃は攘夷思想に心酔。その後、一橋家の家臣になり最後の将軍慶喜に仕え、慶喜の弟・昭武に随行してパリの万国博覧会へ。帰国後は新政府の大蔵省に出仕しするが、ほどなく辞任し実業界へ。第一国立銀行をはじめとして、東京瓦斯、帝国ホテル、王子製紙、東京石川島造船所、札幌麦酒などさまざまな企業の社長や会長をつとめ、設立に関わった会社は数知れず...。
そんな渋沢の生涯を描いた本です。
このような人物だけに伝記的な事実だけでも膨大なものになってしまいます(しかも渋沢は91歳まで生きた)。
そんな中で、経営学や経営史を専攻する著者が焦点を当てるのは渋沢の実業家としてのスタイルや人脈、そして彼の社会事業について。
現在では考えられないほどの多くの会社の経営に関わった渋沢ですが、実際どのように経営に関わり、自身のスケジュールをマネジメントしていたのか?まあ、明治期という資本主義や近代的企業のの立ち上がり期において、渋沢がいかなる役割を果たしていたのかがわかります。
会社の創立総会の議長、危機の時の処理役、紛糾した株主総会の取りまとめなど、重要なところで渋沢の能力とネームバリューが必要とされています。
社会事業についても、特に教育について詳しくとり上げられており、渋沢が東京商業学校(現・一橋大学)の設立と維持に果たした役割の大きさ、京華商業学校、大倉商業学校、高千穂高等商業学校といった学校と渋沢の関わりなども知ることができます。
以上のように、渋沢の業績については色々と知ることが出来る本だと思います。
ただ、渋沢の思想に関しては、いまいち整理ができていなくてわかりにくい。
例えば、この本の153pには「日清戦後は一八九八(明治三一)年に恐慌になり、不況は長期化し、渋沢の経済感に変化が生じた」とあり、今までの自由競争主義一辺倒から保護主義を是認するようになったとの説明がありますが、この本の132pには一八九五年に日清戦争の賠償金による軍事公債の償還に反対した渋沢の意見の中に「渋沢が政府保護の必要性をあわせて論じている」と書いています。
著者は渋沢を(後半生はともかくとして)自由競争主義者として描こうとしていますが、実際の渋沢はもっと自らと自らの会社の利益を重視する現実主義者だったのではないでしょうか?
渋沢の残したさまざまな足跡をたどるには役に立つ本だと思いますが、渋沢栄一という人間を知るには少し物足りない本に感じました。
渋沢栄一――社会企業家の先駆者 (岩波新書)
島田 昌和
4004313198
- 2011年08月09日23:03
- yamasitayu
- コメント:0
- トラックバック:0
タイトル通りに「大学とは何か?」という問題を歴史的にたどってみせてくれた本。
中世ヨーロッパにおける大学の誕生、活版印刷の登場による大学の衰退から18世紀末から19世紀初頭にかけてのフンボルトの理念によるドイツにおける大学の復活、アメリカにおける大学院の「発明」、そして森有礼のつくった「帝国大学」のシステム、戦後の日本の大学の変化と拡大など、現在に至るまでの大学の変遷が手際よくまとめられています。
名称は昔から変わらない大学(ユニバーシティ)ですが、その内実は時代の波を受けて大きく変化しています。
「ユニバーシティ」という名称は「学問の普遍性(ユニバーサリティ)」などから来たものではなく、もともと学生や教師の「組合」から生まれたそうですが(28p)、そうした移動する知識人達によってつくられていった「組合」はやがて大学となり、学問的な権威を確立していきます。
しかし、その権威は活版印刷の登場によってゆらぎます。16世紀になると君主の権力によって監督下に置かれた大学の自由は衰退し、大学の知のネットワークは出版によるネットワークにとって代わられていくのです。
また、「知」のサークルとして「アカデミー」が登場し、大学よりも自由な「知」の交流の場として発展していくことになります。
そんな中で大学を蘇らせたのが、ナポレオンに敗北したドイツにおけるフンボルト。
ドイツのナショナリズムと結びついたベルリン大学の改革は、大学にゼミや実験室を導入することによって、「内容」としての知から、「方法」としての知への転換を図るものでした(88p)。
このドイツ型の大学に、アメリカのジョン・ホプキンズ大学で「発明」された大学院が加わることで、今の大学のシステムの基本的な形が出来上がっていくことになります。
日本では幕末期に発展した私塾、そして明治のはじめに設立された官立専門学校が西洋からの「知」の輸入をリードすることになります。
そんな中で「帝国大学」を頂点とするシステムをつくり上げたのが初代文部大臣の森有礼。彼の強い意志と思想が、のちに海外の植民地も覆っていく「帝国システムとしての帝国大学」(143p)をつくっていくことになります。
戦後、日本の大学は6・3・3・4制のもとで一元化され、大学の大衆化が進みます。
教育内容や設備を置き去りにしたまま規模拡大に走る大学は、やがて1968年にはじまる学生叛乱をもたらし、その学生と経営側の対立は、特に戦後急速にマンモス大学となった日大で先鋭化し、大学の「知」が再び問い直されることになります。
その後、学生運動の季節は過ぎ去りますが、今度は大学は「法人化」という課題を抱え、より「資本の理論」に従属していくことになります。大学はサービス産業化し、研究はより「企業」に寄り添うようになっていくことになるのです。
というのが、この本の大まかな内容。
細かい部分で興味深いところもあるのですが、こんな形で大学の変遷を綺麗にまとめてくれています。なので、「大学の歴史」を知りたい人にとってはコンパクトでいい本だと思います。
ただ、「社会学者」の著作と考えると、どうしても物足りない(もっとも吉見俊哉は社会学者でなくカルチュラル・スタディーズの人ということなのかもしれませんが)。
「では、これからの大学はどうすればいいのか?」、「大学はどのような社会状況の中に置かれているか?」ということに対する考察が決定的に足りないです。
一応、終章の「それでも、大学が必要だ」において、「これからの大学はどうすればいいのか?」という問に対する答えの方向性が簡単に書かれているのですが、その答えは、1,学生や教師の都市間、大学間の移動、2,英語化、3,既存分野を超えた新たな「専門知」の創出、といったところ。
これらはお題目としてはきれいであっても、現在の日本の大学を取り巻く問題を具体的に解決するものではまったくないはずです。
確かに東京大学の一部の大学の将来を考えるのなら、中世の大学をモデルにした著者の考えも有効なのかもしれません。
しかし、ここまで大衆化し拡大してしまった大学を考える上では、「机上の空論」という印象を持たざるをえないですね。
大学とは何か (岩波新書)
吉見 俊哉
400431318X
中世ヨーロッパにおける大学の誕生、活版印刷の登場による大学の衰退から18世紀末から19世紀初頭にかけてのフンボルトの理念によるドイツにおける大学の復活、アメリカにおける大学院の「発明」、そして森有礼のつくった「帝国大学」のシステム、戦後の日本の大学の変化と拡大など、現在に至るまでの大学の変遷が手際よくまとめられています。
名称は昔から変わらない大学(ユニバーシティ)ですが、その内実は時代の波を受けて大きく変化しています。
「ユニバーシティ」という名称は「学問の普遍性(ユニバーサリティ)」などから来たものではなく、もともと学生や教師の「組合」から生まれたそうですが(28p)、そうした移動する知識人達によってつくられていった「組合」はやがて大学となり、学問的な権威を確立していきます。
しかし、その権威は活版印刷の登場によってゆらぎます。16世紀になると君主の権力によって監督下に置かれた大学の自由は衰退し、大学の知のネットワークは出版によるネットワークにとって代わられていくのです。
また、「知」のサークルとして「アカデミー」が登場し、大学よりも自由な「知」の交流の場として発展していくことになります。
そんな中で大学を蘇らせたのが、ナポレオンに敗北したドイツにおけるフンボルト。
ドイツのナショナリズムと結びついたベルリン大学の改革は、大学にゼミや実験室を導入することによって、「内容」としての知から、「方法」としての知への転換を図るものでした(88p)。
このドイツ型の大学に、アメリカのジョン・ホプキンズ大学で「発明」された大学院が加わることで、今の大学のシステムの基本的な形が出来上がっていくことになります。
日本では幕末期に発展した私塾、そして明治のはじめに設立された官立専門学校が西洋からの「知」の輸入をリードすることになります。
そんな中で「帝国大学」を頂点とするシステムをつくり上げたのが初代文部大臣の森有礼。彼の強い意志と思想が、のちに海外の植民地も覆っていく「帝国システムとしての帝国大学」(143p)をつくっていくことになります。
戦後、日本の大学は6・3・3・4制のもとで一元化され、大学の大衆化が進みます。
教育内容や設備を置き去りにしたまま規模拡大に走る大学は、やがて1968年にはじまる学生叛乱をもたらし、その学生と経営側の対立は、特に戦後急速にマンモス大学となった日大で先鋭化し、大学の「知」が再び問い直されることになります。
その後、学生運動の季節は過ぎ去りますが、今度は大学は「法人化」という課題を抱え、より「資本の理論」に従属していくことになります。大学はサービス産業化し、研究はより「企業」に寄り添うようになっていくことになるのです。
というのが、この本の大まかな内容。
細かい部分で興味深いところもあるのですが、こんな形で大学の変遷を綺麗にまとめてくれています。なので、「大学の歴史」を知りたい人にとってはコンパクトでいい本だと思います。
ただ、「社会学者」の著作と考えると、どうしても物足りない(もっとも吉見俊哉は社会学者でなくカルチュラル・スタディーズの人ということなのかもしれませんが)。
「では、これからの大学はどうすればいいのか?」、「大学はどのような社会状況の中に置かれているか?」ということに対する考察が決定的に足りないです。
一応、終章の「それでも、大学が必要だ」において、「これからの大学はどうすればいいのか?」という問に対する答えの方向性が簡単に書かれているのですが、その答えは、1,学生や教師の都市間、大学間の移動、2,英語化、3,既存分野を超えた新たな「専門知」の創出、といったところ。
これらはお題目としてはきれいであっても、現在の日本の大学を取り巻く問題を具体的に解決するものではまったくないはずです。
確かに東京大学の一部の大学の将来を考えるのなら、中世の大学をモデルにした著者の考えも有効なのかもしれません。
しかし、ここまで大衆化し拡大してしまった大学を考える上では、「机上の空論」という印象を持たざるをえないですね。
大学とは何か (岩波新書)
吉見 俊哉
400431318X
- 2011年08月01日22:50
- yamasitayu
- コメント:0
- トラックバック:0
記事検索
最新記事
カテゴリ別アーカイブ
月別アーカイブ
★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
メールはblueautomobile*gmail.com(*を@にしてください)
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
メールはblueautomobile*gmail.com(*を@にしてください)
人気記事
タグクラウド