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山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2010年12月

川北稔は『イギリス近代史講義』で、生産地と消費地が離れている砂糖を題材にした世界システム論の本は書けるが、生産地と消費地がほぼ同じジャガイモでは書けない、有望なのはコーヒーだろうという話をしていましたが、チョコレートの原料のカカオも、世界システム論的に記述できるものでしょう。

この本では、中南米で「神々の食べ物」とされ、貨幣の役割まで果たしていたカカオが、ヨーロッパに到来し、普及していく様子が描かれています。
薬品、あるいは貴族たちの嗜好品としてヨーロッパに登場したココアは、スペインのバスク地方でポルトガルから亡命してきたユダヤ人達によって市民層に提供されるようになり、さらにはオランダ、イギリスといった国々で大々的に普及していくようになります。

18〜19世紀にかけてのイギリスの自由貿易の普及と砂糖の輸入量の伸び、そしてそれと共に起こるカカオの生産の拡大。このあたりはカカオ豆を通してダイナミックな世界史の動きが見える部分です。
また、アルコールに変わる労働者のエネルギー補給物としてココアやチョコレートが普及していった過程というのも興味深いです。

ただ、著者が社会学者ということもあって、後半はイギリスの「キットカット」を生み出したロウントリー社の歴史を中心に製品としてのチョコレートの変遷、そしてクエーカー教徒の実業家として社会問題にも関心を持ち理想の工場などを模索したロウントリー社の試みが記述の中心になります。
心理学などを用いて理想の職場環境を考え、工場で様々なレクリエーションを行ったロウントリー社の模索は面白いですし、クエーカー教徒がイギリスの産業社会や社会福祉に与えた影響というのも興味深いですが、世界史的な部分がバッサリ切られてしまったのはちょっと残念。
例えば、ガーナやコートジボワールでのカカオ栽培の歴史など、少しは触れてくれてもよかったと思います。
また、ロウントリー社は現在、ネスレに買収されたわけですが、理想の工場はその後どうなっていったのかということも気になります。

ただ、キットカットだけではなく、ヴァンホーテン、リンツなどの起源を知ることができますし、ゴディバが、ウォーホルの絵で有名なキャンベル・スープのキャンベル社に買収されたことで世界的なブランドになったことなど、トリビア的なネタも楽しめる本ではあります。

チョコレートの世界史―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石 (中公新書 2088)
武田 尚子
412102088X
12月29
カテゴリ:
その他
今年は77冊新書を読みました。
ただ、仕事の関係で新刊だけでなく歴史関係を中心に過去の新書をけっこう読んだような気がします。
今谷明『室町の王権』とか熊野純彦『西洋哲学史―古代から中世へ』とか読み落とした傑作が読めたのはよかったのですが、そのせいか新刊に対する点数はやや辛かったかもしれません。
そんな中でもベスト5を。

父として考える (生活人新書)
東 浩紀 宮台 真司

4140883243
日本放送出版協会 2010年07月10日
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対談本ですし、学問的な厳密さはないのですが、今年もっとも刺激を受けた新書がこれ。今まで何度か行われてきた東浩紀・宮台真司の対談の中でもベストの出来で、宮台真司の剥き出しのエリート主義に東浩紀がヘタレ的な立場からうまく疑問を差し挟んでいます。


さよならニッポン農業(生活人新書321)
神門 善久

4140883219
日本放送出版協会 2010年06月10日
売り上げランキング : 9808

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「農地転用」の問題に焦点をあて、日本農業の問題点をえぐり出した本。 経済学的な見方を維持しながら、たんなる自由化ではない独自のニッポン農業救済策を打ち出しています。


イギリス近代史講義 (講談社現代新書)
川北 稔

4062880709
講談社 2010年10月16日
売り上げランキング : 13506

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イギリス近代の家族形態から、都市やスラムの成立、産業革命における消費者の存在など、ミクロ的な事象から、「近代の成立」というマクロ的な社会構造の変化を描いて見せた本。著者の言う「成長パラノイア」に取り憑かれた「近代」そのものを考える上で刺激に満ちた本だと思います。


ウォーホルの芸術 20世紀を映した鏡 (光文社新書)
宮下規久朗

4334035175
光文社 2010年04月16日
売り上げランキング : 58741

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ウォーホル財団の許可が下りなかったためカラーの口絵がないという大きな欠点はあるのですが、それを補って余りある面白さでした。個人的にこの本によって、今まで興味のなかった現代アートに、ポップアートに、そして何よりもアンディ・ウォーホルに興味を持ちましたし、ウォーホルの作品の魅力に気づくことができました。


創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史 (光文社新書)
輪島 裕介

4334035906
光文社 2010年10月15日
売り上げランキング : 16447

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「演歌」という「伝統的」と思われているジャンルが、1960年代に成立し、そして70年代から80年代にかけて「日本の心」となっていった過程を丁寧に論じた本。あまりにも多くの要素がありすぎて、もうちょっとすっきりとした見取り図は描けなかったのか?とも思いますが、このあまりにも雑多な要素から「政治性」が見えてくる所が面白かったです。

これ以外だと、本田良一『ルポ 生活保護』(中公新書)、大竹文雄『競争と公平感』(中公新書)、古市憲寿『希望難民ご一行様』(光文社新書)、明石康『「独裁者」との交渉術』(集英社新書)、山口誠『ニッポンの海外旅行』といったところでしょうか。
今年目立ったのはNHK生活人新書。どうやら1月からNHK出版新書となって、今年から目立ってきた教養新書路線を強化するみたいです。


あと、細かい変更ですが美川圭『院政』(中公新書)を6点から7点に変更します。
記述がわかりにくいというのはあるのですが、平安時代後期の政治史のネタを提供する本として非常に役に立ちました。

「ハーバード白熱教室」で一躍時の人となったサンデルの入門書。著者の小林正弥はTVで解説を行っていた人で、覚えている人も多いかと思います。
その小林正弥が、『これから「正義」の話をしよう』、『リベラリズムと正義の限界』、『民主政の不満』、『完全な人間を目指さなくても良い理由』(小林正弥はこの邦訳タイトルには不満らしいですが...)、『公共哲学』と、サンデルの主要な著作のすべてを解説してくれるのがこの本です。

ただ、「ハーバード白熱教室」や『これから「正義」の話をしよう』を、見たこと、読んだことがないという人には、この本を通してではなく直接、サンデルの本を読むなりTVを見るなりすることをお薦めします。
もともとわかりやすい内容ですし、要約が意味を持つものでもありません。
ということで、この本も第一講の「「ハーバード講義」の思想的エッセンス」については、個人的にあまり意味が無いと思いますし、『これから「正義」の話をしよう』を読んだ人は飛ばしてもいいと思います。

けれども、「ハーバード白熱教室」や『これから「正義」の話をしよう』を、見ただけ、読んだけという人には、この本はおすすめです。
サンデルは講義の中では、あまり自分の意見を積極的に主張しておらず、学生のナビゲーターのような役割を果たしていますが、ある程度、政治思想の知識がある人が見ると、彼がいわゆる「コミュタリアニズム」の考えに議論を誘導していることがわかります(あるいは、「コミュタリアニズム」という言葉にイメージを持ちにくいならば、「アリストテレス的な倫理」と言ってもいいもので、倫理や道徳において共同体の存在や共同体の中での個人という立場を重視するタイプ)。
そうした講義の背後にあるサンデルの思想を分かりやすく教えてくれるのがこの本。この本を読めば、サンデルの講義に隠された意図も分かってくると思います。
またコミュタリアニズムの入門書としても、以前新書で出た
菊池理夫『日本を甦らせる政治思想』が全く良くなかっただけに、手軽なものとしておすすめできます。

もっとも入門書と考えると、ここまで全著作を網羅する解説にする必要があったのかとも思います。『公共哲学』のようなエッセイ集の解説は、「ここまでしなくても」、と思いました。

ただし、ある程度、政治哲学に詳しい人にとっては詳しすぎる解説が逆に興味深いという面もあります。
特に一般には保守的と考えられることの多いコミュタリアンでありながら民主党を支持するサンデルのロジック、同じユダヤ系のコミュタリアンであるウォルツァーとの違いなどはなかなか興味深く読めました。

あと蛇足ですが、次の部分は日本の昨今の青少年育成条例なんかにもあてはまる現象だと思いました。
過去の大統領たちは、同朋市民に対して、戦争や福祉のために大きな犠牲を求めた。しかし、当時のアメリカ(クリントン大統領のとき)では、コミュニティや道徳目的は求めても、抑制や犠牲は望まない人が多かった。そこで、クリントンは、大人に道徳的抑制を求めずに、子どもにそれを課したのである。(285p)

具体的にはVチップの導入や門限や学校の制服の奨励とかなんだけど、これをサンデルが肯定的に捉えているところに、個人的にコミュタリアニズムへの違和感があります。
つまり、コミュタリアニズム的な共同体の「善」なんて、現実の大人が守れない幻想に過ぎないのではないかとも思うのです。

サンデルの政治哲学 (平凡社新書)
小林 正弥
4582855539


サブタイトルが「インデックス運用実践ガイド」。いわゆるインデックス型の投資信託やETFによって資産運用を行うための入門書です。

著者はエコノミストの山崎元と、投資ブログ「梅屋敷商店街のランダムウォーカー」を書いている水瀬ケンイチ。
水瀬ケンイチの書いている部分では「インデックス投資がどのようなものであるか?」「どうやって買えばいいか?」、運用の心得といった基本的な部分を解説していて、山崎元がインデックス投資の理論的な優位、「どのインデックスに投資すべきか?」、金融機関との付き合い方などの理論的・実践的な部分を解説しています。

インデックス投資とは、株で言えば個々の銘柄ではなく「日経平均」や「TOPIX」といった株価指数に連動して投資している投資信託や連動して動くETFに投資するものです。
この指数に連動して投資する投資信託をインデックス・ファンドと言い、個々の株式の値上がり・値下がりを読みながら投資するファンドがアクティブ・ファンドです。
普通に考えれば、インデックス・ファンドよりもプロが考えて投資するアクティブ・ファンドのほうが良い成績を上げそうですが、実は成績的には大して変わらず、手数料や信託報酬などの面でインデックス・ファンドのほうがだいたいにおいて有利なのです。

こんなインデックス・ファンドの強みを身も蓋もなく解説してくれる山崎元の執筆部分は刺激的で「インデックス・ファンドに勝っているアクティブ・ファンドは全体の3割前後に過ぎない」(32p)、アクティブ・ファンドについて「信託報酬が1.5%という段階で、運用商品としては「論外」」(63p)、資産運用に関して「金融機関のアドバイスに基づいて行うのは不適切です。はっきり言って、銀行にせよ、生命保険会社や証券会社にせよ、相談の担当者の使命は自社の手数料をなるべく多く上げることであって、顧客にとってベストな運用計画を作ることではありません」(71p)、「運用期間の長短とその投資家が取るべきリスクの大きさは無関係です」(75p)など、大胆かつ鋭い指摘がいくつもあります。

ただ、かなり専門用語なども交えているので、水瀬ケンイチの執筆部分とはちょっとレベルの差があって、初心者には難しいところがあるかもしれません。
投資の初心者よりは中級者程度の人が読むべき本になっていると言えるでしょう。

このようにパフォーマンスも良く、手もかからないインデックス投資なのですが、1つ疑問として残ったのは、現在の日本のようなデフレ状況の中で「日本株式のインデックス投資をする意味はあるのか?」ということ。
株式投資にはインフレのヘッジとして意味もあると思うのですが、ここまでデフレが続いてその状態を日銀が追認してるとなると、インデックス投資へのためらいが生じます。もちろん、外国株式のインデックスに投資すればいいわけですけど、それだけだと為替のリスクもありますし...。

ほったらかし投資術 インデックス運用実践ガイド (朝日新書)
山崎 元 水瀬ケンイチ
4022733691


「バレンタインにダークレッドのブラをつけて、気持ちが浮き立ちました(29歳)」「下着ひとつで気分が安らぐのか、気持ちが落ち着くのか、周りの人に"優しくなったね"と言われた(57歳)」、「大事な場面に着用するとパワーが溢れて自信が出る(52歳)」、「気分が落ち込んだ日に着ると安心できる(24歳)」、「ステキな下着を身につけたときは、母から女になれます(47歳)」、「お気に入り(の下着)で過ごすオフは最高に癒されます(31歳)」

と、いきなり「スイーツ」な引用をしてしまいましたが、これはすべて本書の49ページで紹介されている女性の下着に関するコメントです。
この本は社会心理学の菅原健介が、下着メーカー・ワコールの研究部との共同研究によって女性と下着の関係を探ったもので、女性が下着に求めるもの、肌見せファッションと羞恥心などさまざまなトピックが取り上げられています。

18〜59歳までの女性の88%が「お気に入りの下着」を持ち、4割ほどの人が「下着には夢がある」と答えています(本書38pより)。
このように男性にはうかがい知れない女性の下着へのこだわり。この本では、そのこだわりを「アピール」「気合」「安心感」という要因に分けて分析しています。
このうち「気合」「安心感」は自己への働きかけであり、ここにはネイルアートとかアロマテラピーなどにも共通する、女性の自己コントロールへの欲求みたいなものが見て取れます。

また、第3章では女性下着の歴史についても書かれており、下着がどのように普及し、そして「男性目線」との摩擦の中で進化してきたことがわかって面白いです。

そして第4章から6章では、下着のアウター化、「肌見せファッション」と羞恥心の関係が取り上がられています。
ここでは、「肌見せファッション」、あるいは下着の一部を見せるようなファッションを着る人は別に羞恥心がないわけではなく、意図しない露出にはやはり羞恥心を覚えるというところから、社会心理学における羞恥心の研究などを紹介しています。
このあたりも興味深いのですが、この肌見せファッションや下着のアウター化に関してはもうちょっと具体的な変化を追って欲しかった気がします。
個人的にはファッション面からの分析も欲しかったです。

というわけで全体的にもうちょっと踏み込んで欲しい感もあるのですが、読み物として面白いですし、女性の心理を垣間見ることの出来る本です。

下着の社会心理学 洋服の下のファッション感覚 (朝日新書)
菅原健介+cocoros研究会
4022733667


一応、カテゴリーは「歴史・宗教」にしましたが、著者は地質学者で岩石学や地球化学を専攻した人物。歴史学者が人間と石の関わりを叙述したのではなく、地質学者が石と人間の関わりを叙述したところにこの本の最大の特徴があります。

個人的に、石器時代の石の材質に関する記述とかは正直、楽しいものではありませんでした。いくら石器時代とはいえ、別に石の性質なんかどうでもいいじゃないかと思ったものです。
ところが、この本を読んで世界各地の石の性質とそこに建てられた建造物や、文化を見てみると石の性質の重要性というものがわかってきます。
地中海の建築物に石灰岩や大理石は欠かせませんし、イギリスでは岩石が露出している部分が多く表土が薄いために材木となるような樹木は少ないなど、文明の姿を決める一つの要素が地質や石の性質だということがわかります。

また日本でのヒスイ輝石に関しても、昭和初期までは今のミャンマーから何らかのルートで日本に伝わってきたのかと思われていたけど、実は新潟県の糸魚川市で産出することが明らかになったなど、地質学が歴史学に与える影響というのも見て取れます。

さらにフリーメイソンが元は石工たちの団体から発生していることとか、ゲーテや宮沢賢治の石との関わりといった雑学的な知識も知ることができますし、歴史を別な観点からみるという点で面白い本だと思います。

石と人間の歴史―地の恵みと文化 (中公新書)
蟹澤 聰史
4121020812


宮下規久朗『食べる西洋美術史』池上英洋『恋する西洋美術史』に続く、光文社新書「西洋美術史」シリーズの第3弾。今作はマリー・ド・ブルゴーニュからジャクリーン・ケネディまで歴史上の美女の肖像画を読み解いています。
そして、全ページがカラー化。絵はたっぷりと引用してあり、そこの部分では前2作よりも進化しています。

アン・ブーリン、エリザベス1世、メアリー・スチュアート、ポンパドゥール夫人、マリー・アントワネットといった有名な人物から、それほど知られていない人物まで15世紀から20世紀までの美女たちが取り上げられていますが、そのエピソードは面白い!

美しい胸が自慢のあまり胸を強調するだけでは者足りずに片方の乳房をむき出しにしていたというフランスのシャルル7世の寵姫アニエス・ソレル。そのエピソード共に実際に片方の乳房がむき出しになっているまるでサイボーグのようなジャンフーケの肖像画はインパクトがあります。
また、アンリ2世の公認の寵姫として王の愛を一身に集めたディアーヌ・ド・ポアティエ。彼女はアンリよりも20歳も年上ながら、たくみに王を操縦しました。魅力的でなかった正妻カトリーヌとアンリを別れさせないために(別れたら美人の正妻を娶る可能性がある)、アンリの気分を盛り上げたあとにアンリをカトリーヌの寝室に送り出していたというエピソードとかはすごいです。
この手の歴史の裏話が好きな人には楽しめる内容になっていると思います。

ただ、歴史上の美女たちをめぐるエピソードは豊富ですが、「西洋美術史」としての側面は弱い。個々の画家や技法に関する掘り下げ方はいまいちです。
また、絵画としてうもれていた名作を発掘しているわけでもないので、新しい絵に出会うといった楽しみはあまりないです。
内容的には『西洋絵画の中の美女たち』というタイトルが適切かもしれません。
歴史の本としては楽しめるけど、美術の本としては物足りないといったところでしょうか。

美女たちの西洋美術史 肖像画は語る (光文社新書)
木村泰司
4334035965
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★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
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