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山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2008年04月

いろいろと問題点がないわけではないですが、非常に面白く考えさせられる本。

問題点としては、タイトルの「日本の刑罰は重いか軽いか」ということに関して、比較対象とした国がともに死刑存置国でどちらかというと重い刑罰を科す傾向のあるアメリカと中国だという点。
この問題を考える上では、比較対象が悪いと思います。死刑を廃止したヨーロッパの国をとり上げたほうがより議論としては有効だったでしょう。
けれども、中国とアメリカの両国との比較を通して浮かび上がる日本の犯罪観や日本の司法、法学の特徴についての記述は非常に興味深く、新しい視点を提供してくれるものです。

この本で言われている日本の刑罰の特徴は「広く浅く」とうもの。
例えば、中国ではパンダ殺しや収賄罪などで死刑が言い渡される一方で、一定金額以下の窃盗に関しては犯罪とはなりません(小額の窃盗は放置か行政処分)。
これに対して日本では石鹸3個でも窃盗罪が成立し裁判で有罪が言い渡されます。

さらに日本の刑法研究では「刑法典・特別刑法・条例のなかで定められている罪名・迷惑行為を、最大限にまで適用、解釈し、既成の罪名・迷惑行為のなかではどうしても押さえきれない場合にのみ新たな立法を求める傾向にある」(133p)ため、幅広い行為が犯罪として成立してしまう状況にあります。
この後に続く、日本の刑法研究への批判は、かなり専門的な内容ですが、非常に大切なことを言っていると思います。
警察や検察、そして裁判所だけではなく、日本の刑法研究にも問題があるというのは、あまり知られていない重要な視点だと思います。

「違法」行為が必ず「犯罪」になるとは限らず、「犯罪」といえでも必ず「逮捕」されるわけではない中国に対して、「違法」行為がほぼすべて「犯罪」となり、「犯罪」として認知されればほぼ「逮捕」される日本。
その結果、日本では「執行猶予付き、少額の罰金のような極めて軽いものであるにもかかわらず、逮捕などの刑事手続法上の処分の容易な発動により、被疑者・被告人が実際に受ける法的制裁と社会的制裁はかなり大きなものとなること」(180ー181p)があります。
著者はここに「人権侵害」の可能性を見ていますが、その通りでしょう。

これ以外にも、単純に中国の刑罰の実態が知れて面白いというのもありますし、アメリカや中国の陪審制の様子、アメリカのロースクールのしくみなど、日本の司法改革を考える上での重要なポイントも書いてあります。

そして、もう一つの読みどころが筆者が中国で実際に死刑に立ち会ったことから死刑廃止論者となり、「感情・感覚を超えた理性としての法」を訴える「おわりに」の部分。
ここ最近の日本の「厳罰化」の流れに対して、冷静かつ有効な批判になっていると思います。

全体のまとまりとしてはややかける部分もあるかもしれませんが、非常に重要な視点を提供してくれる本と言えるでしょう。

日本の刑罰は重いか軽いか (集英社新書 438B)
王 雲海
4087204383


村上隆や奈良美智を世に送り出したギャラリストが現代アートとビジネスについて語った本。
「ビジネス」という所がポイントで、著者のギャラリストとしての経歴やその仕事の内容に触れながら、現代アートの値段のつき方などについたも語っています。
例えば、中国やインドの現代アートに関しては、これらの国がこれから発展し富裕層が自国の現代アートを買い戻すことを見越しての思惑買いが行われているという話には、現代アートの投機としての側面を強く感じました(中国のアーティスト、リュウ・イエのケースは2004年に200万円ほどだった絵が3年ほどで1億5000万ほどにまで高騰)。

ただ、そういったビジネスの部分が面白い反面、アートの鑑識眼的な部分に関してはあまり突っ込んで描かれていないのが少し残念です。
「奈良さんの絵はイラストとどう違うの?」という。非常に興味深い項目があるのですが、そこでは「僕は描きたいものしか描かないよ」という奈良美智の言葉と、「絵画として成立している」という著者の見方が紹介してあるだけで、もうちょっと突っ込んだものが欲しかったです。

それでも、同じくアートを一種のビジネスとしても捉えている村上隆のことについては面白く描かれていて、村上隆の方向性や著者との違いといったものもわかります。
あまり知られていない世界を知る読み物としてはなかなかの面白さです。

現代アートビジネス (アスキー新書 61)
小山 登美夫
4048700022


前半は最近よく見る医師による崩壊しつつある医療現場の告発という趣なのですが、実はこの著者は医師ではなく、経営学を学んで病院経営にも携わったことのある学者さんなんですよね。
後半になると、著者の提唱する「医療の『見える化』」運動による、各医療機関ごとの医療成績の可視化という考えが打ち出され、単なる政府批判だけではない別の視点からの医療再生の提言がなされていると思います。

ですから、この本は少しもったいない気がします。
後半に至るまでの部分部分でも、統計を使った医療に関する面白いデータが出ているので、そうした統計データなどを前面に出して議論を展開すると、あまたある「医療再生」関係の本の中での差別化が図れたのではないでしょうか?

医療再生は可能か (ちくま新書 717)
川渕 孝一
4480064222


Blog「Life is beautiful」も有名なプログラマー中島聡の本。
中島聡はマイクロソフトでWindows95やInternet Explorerの開発にもかかわった凄腕のプログラマーで、そのすごさは後半の古川享との対談などでも触れられています。けれでも、彼はプログラムだけに興味のある人間ではなく、ベンチャー企業を経営し、ITビジネスの新たな動向に常に注意を向けている人間です。

そんな筆者が注目するのが「ユーザー・エクスペリエンス」=「おもてなし」という概念。
「ユーザー・エクスペリエンス」とは顧客の体験ともいうべきもので、例えばアトラクションだけでなく園全体をプロデュースしているディズニーランドなどが、この「ユーザー・エクスペリエンス」を提供している企業になります。
筆者はこの「ユーザー・エクスペリエンス」=「おもてなし」こそが、ITビジネスの中でのキーコンセプトだとして、ここから副題にもある「アップルがソニーを越えた理由」が説明されます。

ただ、この本筋の話はBlogを再構成した内容で、Blogを読んでいたものにはそれほど目新しい点はないです。
同じITビジネスについて語った本だと、この本でも対談している梅田望夫の本のほうが、はるかにしっかりと書かれていると言えます。

しかし、だからといってこの本がだめかと言うとそんな事はない。
ほぼGoogle一本に絞ってシリコンバレーをわかりやすく記述した梅田望夫の本に比べると、この本はいい意味で興味や関心が拡散していて、今起きていることがリアルタイムに感じられるようになっています。

また、後半に収録された2ちゃんねるの管理人ひろゆきや前述の古川享の対談も非常に面白く、全体を通して"中島聡という人間の面白さ"が伝わる本になっていますね。

おもてなしの経営学 アップルがソニーを超えた理由 (アスキー新書 55)
中島 聡
4756151345


経済学の父であるアダム・スミスの2冊の主著『道徳感情論』と『国富論』を丁寧に解説し、「道徳」と「経済」という対立するものと考えられかねない2つの領域の関連性を探った本。
経済学についてあまりいいイメージを持っていない人にぜひ読んでもらいたい本です。

アダム・スミスは「見えざる手」という有名な言葉で、「人々が利己心にもとづいて行動すれば社会が発展」するという経済の仕組みを明らかにしたわけですが(ただし「見えざる手」という言葉は『国富論』の中に一度しか出てこない)、彼は何も利己心だけを礼賛したわけではありません(このあたりはこの本でも指摘されいますが、悪徳こそが社会を進歩させるとしたマンデヴィルとは違うところ)。
スミスによれば人間には「徳への道」と「財産への道」があり、「徳への道」のほうが真の幸福につながるものですが、「財産への道」を目指す過程で身につける節制や慎慮といったものは「徳への道」につながるものであり、「財産への道」は人間性を高めていくものでもあるのです。

また、経済学者が主張しつづけ、歴史が証明しているものの、あまり評判のよろしくない「経済の発展こそが貧困層の生活改善に結びつく」という考えが、スミスの時から主張されていたこともわかります。

何か斬新な主張がされている本ではないですが、経済学という学問が、アダム・スミスという哲学者が人間と社会の問題について深く考察したことから生まれたものだということはきっとわかるはずです。

アダム・スミス―「道徳感情論」と「国富論」の世界 (中公新書 1936)
堂目 卓生
4121019369


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★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
メールはblueautomobile*gmail.com(*を@にしてください)
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