福島県国見町を舞台にした企業版ふるさと納税の闇を暴いた河北新報の調査報道をもとにした本。
著者は河北新報の記者であり(名前は「つとむ」と読みます)、ちょっとしたタレコミをきっかけにして、小さな役場がコンサルやそれに連なる企業によって食い物にされている実態を暴いていくことになります。
前半はスリリングで読ませますし、全体を通じてふるさと納税の問題点、そして人口減少の中で自治体の「創意工夫」に頼る国の政策の問題点が浮かび上がる内容になっています。
目次は以下の通り。
第1章 疑惑の救急車第2章 集中報道の舞台裏第3章 録音データの衝撃第4章 創生しない地方第5章 雑魚と呼ばれた議員たち第6章 官民連携の落とし穴第7章 自治の行方
著者が国見町の町政に関心を抱くようになったきっかけは、「国見町の特別職三人が、自分たちだけの給料を上げる条例をこっそり通した」(17p)というタレコミでした。
特別職とは町長、副町長、教育長のことで、さらに調べてみると昇給のレベルを決める等級が変更され、総務課長が7級となり、この給与も引き上げられていたことがわかりました。総務課長が7級に位置づけられるのは福島県の他の自治体と比べても異例だといいます。
こうして国見町に興味を持った著者は、国見町のある事業のおかしさにも気づきます。
その事業とは、企業版ふるさと納税で寄せられた4億3200万円を財源に高規格救急車を12台購入し、自分たちで使わずに他の自治体や消防組合にリースするというものでした。
高規格救急車とは患者への応急措置を車内でできる救急車ですが、特に法的な基準があるわけではありません。
国見町にとってどんなメリットがあるのかよくわからない事業ですが、国見町の引地町長は議会において国見町のネームバリューを上げるものだからと疑問の声を押し切っていました。
著者が国見町の給与の問題について報じてからすぐに、救急車リース事業の委託先が地方創生コンサルの「ワンテーブル」に決まります。
委託先の選定は公募型プロポーザルという事業者のプレゼンを審査・採点する仕組みが取られましたが、プロポーザルに参加したのはワンテーブル1社のみでした。
ワンテーブルは防災備蓄ゼリーの提供なども行っており、創業社長の島田昌幸は河北新報の記事でもとり上げられてきた人物です。
調べてみると宮城県の亘理町でも、企業版ふるさと納税を使って高規格救急車を購入していたことがわかり、ここでも受託企業がワンテーブルであることがわかりました。
ワンテーブルは東日本大震災で被災した亘理町荒浜地区の活性化事業「ワタリ・トリプルC・プロジェクト」の実施主体でもあり、高規格救急車の事業もこの一環でした。
ここから調べていくと、ワンテーブルが救急車の車両製造をDMM.comのグループ会社である「ベルリング」に委託していることが明らかになりました。
さらに亘理町議会において町の担当者が「東京と石川の情報系の企業による寄付」と説明していたこともわかりました。DMMは石川県の企業です。
企業版ふるさと納税では、寄付額の最大9割が本来納めるべき法人税や法人事業税、法人住民税の合計から差し引かれます。もし、DMMが寄付をしていたとするならば、寄付はグループ会社のベルリングの利益につながり、DMMに寄付額が戻ってくるような形になります。
企業版ふるさと納税は匿名での寄付が可能であり、外から見ているだけではこのつながりはわからないのです。
ワンテーブルと国見町のつながりは2019年からで、防災パートナーシップ協定を結び、国見町はワンテーブルに防災備蓄ゼリー2万個を発注しています。事業費は3850万円で、ワンテーブルからのふるさと納税945万円と国からの地方創生交付金2675万円、国見町の一般財源230万円を合わせて賄われていました。
ワンテーブルのゼリーは地元の果物を味付けに使うなど工夫がされていましたが、国見町の監査委員会からは割高ではないか(ワンテーブルの通常商品の倍位以上)という疑問も出されていました。
このように明らかにおかしさを感じる仕組みではありますが、国の制度設計では企業版ふるさと納税における寄付企業やその子会社による対象事業の受注に関しては禁止されてはいません。
国の説明によれば、たとえ寄付企業が受注したとしても自治体は公正・公平な入札契約のプロセスを踏んでいるはずなので問題はないとのことなのです。
つまり、本件を不正だと断じるためには公正・公平な入札契約のプロセスではなかったことを証明する必要が出てくるのです。
あまり詳しく説明すると本書を読む面白さがなくなってしまうので、ここから先は大雑把に紹介するにとどめますが、本書から見えてくるのは、「税金を食い物にする民間企業」だけではなく、それを半ば黙認しつつも何かアリバイ的に政策を進めようとする「官」の側の状況です。
著者はワンテーブルの社長の島田昌幸にインタビューを行いますが、彼の口から出てくるのはまずは経済産業省や総務省、各自治体のつながりです。
そのうえで「(制度に)グレーな部分があるというのなら、国がやめましょうとしたほうがいいですよね。ルールの中でやっていることを言われても困りますよ」(50p)と、自分たちはあくまでも国が設定したルールの中でやっているんだということを主張します。
ここからは官と民がお互いに制度の穴を利用しているような姿勢が垣間見えます。
実際、著者が国見町の企画調整課長に話を聞きに行くと、ベルリング製の救急車を選ぶためとしか思われない細かい仕様書ができた理由についても答えられませんし、入札に関しても「私は公平公正と言える立場じゃないです」(60p)と逃げています。
河北新報が4日連続で一連の疑惑を報じると、ワンテーブルは法的措置をちらつかせますが、同時にタレコミも相次ぎます。
DMMとベルリングは北海道の余市町、赤井川村で救急車の「寄贈」を行っていましたし、ワンテーブルは新潟県の三条市で中国人富裕層150人ほど三条市に招くというインバウンド誘致事業を随意契約で受託したものの、事業が進まずに問題視されていました。
また、同じように高規格救急車を導入した亘理町の「ワタリ・トリプルC・プロジェクト」においても、当初描いたような事業にはなっていないこともわかってきます。
さまざまなタレコミがワンテーブルの主導する事業の胡散臭さを暴いていくわけですが、決定的だったのは島田昌幸を以前から知っているという人物が持ち込んだ彼の肉声を録音したものです。
ここで島田は「僕たちはふるさと納税っていう制度を使いながら、黒を白に変えている」「超絶いいマネーロンダリング」「なぜか寄付するんだけど、あべこべにもうかっちゃう事業なんですよ」(98−99p)といった具合に放言しています。
そして、さらに「君たちは民間に見捨てられて、誰も構ってくれない田舎の自治体なんだと、そういうふうに教育していくわけです」(101p)、「地方議会なんてそんなものですよ。雑魚だから」(103p)といった発言も飛び出しています。
そのうえでワンテーブルはさらに国見町で町の小中学校と幼稚園、保育園を一体化する事業「くにみ学園(仮称)」の事業も進めようとしていたことがわかりました。
その上に島田は次のように語っています。
「(ワンテーブルは)国見町の役場の機能になっているんですよ。内部組織の事務局運営がワンテーブルなんですけど、我々こそ行政の政策課を運営している。」「無視されるちっちゃい自治体がいいんですよ。誰も気にしない自治体。誰も手をつけないやつ。でももうかるっていう。過疎債ってあるんですよ。いわゆる(補助率が)七割引きなんですよ。今回国見町は、都市地域から栄えある過疎地域に指定されたんですよ。ナイス! って俺ら言って。過疎債をばんばん発行できる。インフラ取れるから。ランニングでもうかるわけですよ」(103‐104p)
過疎債では元利償還の7割が国が措置するので、あとの3割を寄付で賄えば自治体負担ゼロでインフラを作れるという仕組みです、そして、その運営にワンテーブルが入ることで儲けを得ようというわけです。
さらに小さな自治体をバカにした発言が続きます。
「ちっちゃい自治体って経営できるんですよ。華々しくやるとハレーション(強い悪影響)が大きいんで、ちょっとずつ侵食しているんですよ。(行政の)機能を外出しさせる。気付かないけど、侵食されたってね。財政力指数が0.5以下(の自治体)って、人もいない。ぶっちゃけバカです。」(106−107p)
ひどい発言ではありますが、これが職員の少ない自治体の現実でもあります。「三位一体改革」の影響もあって地方公務員の削減が進みました。その後は微増しましたが、少子化対策、デジタル化対応、地方創生など、対応しなければならない仕事は増え続けており、アウトソーシングに頼らざるを得ないのです。
こうした状況に食い込むワンテーブルのような企業を著者は「過疎ビジネス」と名付けています。
この音声データは決定打になりました。今までの河北新報の報道に対して、「心外」などと述べていた国見町の引地町長もワンテーブルとの事業を中止せざるを得なくなります。
島田は総務省の地域力創造アドバイザーの名簿からも外されました。
ただし、本書は島田1人を悪役にして終わりではなく、そういったコンサルに漬け込まれる地方の状況も描いています。
地方自治総合研究所が2017年に行っていた調査では集計した1342自治体のうち、77.3%が地方版総合戦略の策定を外部のコンサルタントに委託していたといいます。
政府が地方版総合戦略の策定を進める市町村にあらかじめ1000万円の予算措置を講じて外部委託費として使えるようにしていたこともあって、コンサルへの委託はますます助長されました。
国が「地方創生」の旗を振って金を配っても、結局はそれが東京のコンサルに流れていくという構図が見えてきます。
また、地方創生の目的が人口減少への対応であり、東京一極集中の是正でしたが、これは国がグランドデザインを描かなければ解決しない問題であり、これを目標に自治体を競わせれば人口の奪い合いになります。
本書には公共系コンサルの写真が発した「コンサル栄えて国滅びる」(149p)という言葉が紹介されていますが、国の予算措置がコンサルの養分にしかなっていない状況があるのです。
本書では、「雑魚」と呼ばれた国見町の町議会議員の取り組みも紹介しています。
高規格救急車のリース事業については当然のように町議会の議員から質問も出ているのですが、結局は町長に丸め込まれてしまっていました。
一連の報道後、国見町では百条委員会が立ち上げられ、この問題を追求していくことになります(一方、町は第三者委員会を立ち上げますが、委員三人のうち二人が「町の不誠実な対応により調査の継続は困難」(167p)と辞職してしまう状況だった)。
その後の取材で、ワンテーブルは東北だけではなく、むかわ町、厚真町、仁木町、余市町にも食い込んでいました(ワンテーブルの島田社長は北海道出身)。
国見町の高規格救急車の事業ほど露骨なものではないものの、仕様書の素案や費用の見積もりなどにワンテーブルが関わっていたケースもあり、ワンテーブルがさまざまな自治体の地方創生事業から利益を引き出そうとしていたことがうかがえます。
一方、国見町の役場の方も第三者委員会の状況に見られるように大きな問題を抱えており、百条委員会ではずさんな仕事ぶりが明らかになりますし、内部情報を流出させたとして課長級の人物に減給10分の1(6月)の懲戒処分を行ったりしています。
結局、2024年11月の任期満了に伴う町長選挙で現職の引地町長が落選することで政治的責任が取られることとなりました。
こうした企業版ふるさと納税を使った利益の追求はワンテーブルの専売特許というわけではなく、福岡県の吉富町でも同じようなスキームがみられました。
吉富町でもワンテーブルと同じように、企業と関係のある人物が地域力創造アドバイザーや地域おこし協力隊として町に入ってきたといいます。
どちらかというと「公」による「やりがい搾取」のように報じられることもあった地域おこし協力隊ですが、逆に「公」を搾取するための尖兵ともなり得るのです。
このように本書は国見町でおきた事件を明らかにするだけでなく、地方創生やそういった業務をもはや担うことができななくなっている小さな自治体の問題点を浮き彫りにしてます。
なんといっても事件を追求する前半部分が面白いですが、後半部分で触れられているいくつかの問題も今後の地方創生や自治体運営を考えていくうえで重要なものだと思います。
個人的にふるさと納税の仕組みには反対なのですが、企業版ふるさと納税はもっと欠陥だらけの制度だということがよくわかりました。
今後の地方創生のあり方について国も考え直す必要があると強く感じさせる1冊です。
- 2025年08月25日21:29
- yamasitayu
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