[フレーム]

山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2009年09月

これはややタイトルに偽りがある本。
「消費税をどうするか」というタイトルですが、「日本の財政をどうするか」というタイトルが正しいと思います。消費税についてのテクニカルな議論を期待すると、肩すかしを食います。

本書の基本的な流れは、「経済危機で財政の役割が再び重要になってきた」、「財政赤字はなんでこんなに増えたのか」、「消費税導入と税率アップの歴史」、「再分配をどうするか」、「欧米の財政の仕組み」、「これからの日本の税制のあり方を考える」という感じ。
上記のような事柄の基本的な部分について知りたいというのであれば悪い本ではないでしょう。
経済学的な裏付けは弱いですが、デフレの問題点などもきちんと指摘してありますし、経済学的に「トンデモ」な部分はそれほどないと思います。

ただ、日ごろからこうした問題に興味のある人にとってはあまり得るとことのない本かもしれません。
最近、好調の岩波新書ですが、経済に関しては相変わらすやや弱いですね。

消費税をどうするか―再分配と負担の視点から (岩波新書 新赤版 1204)
4004312043


精神分析の立場から見た男女論。男は「所有」、女は「関係」を行動原理として生きているという考えを打ち出しています。

この「所有」と「関係」の原理、一番わかりやすい例として著者もあげているのが、オタク的な分野における男女の違い。
男性のオタクはフィギュアやグッズなどさまざまなものを所有しようとし、そういったグッズの収集をしないオタクも「視る」ことによって対象を所有しようとします。
一方、腐女子と呼ばれる女性のオタクは、マンガなどの男性キャラクター同士の愛を描いた二次創作、いわゆる「やおい本」などを読むこと、書くことに情熱を注ぎます。
つまり、男性はキャラクターを「所有」することに萌え、女性はキャラクター同士の「関係」に萌えているのです。

これ以外についても、さまざまな説得力のある例が挙げられていますし、俗流の脳科学の男女論に対する批判などもしっかりしています。
男女の違い(ジェンダーの違い)を認めつつも、脳の構造とか「産む性」といった、ヘタをすると差別を再生産しかねない概念を退けている点も、個人的にはいいと思います。

ただ、ずっと斎藤環の著作を読んできて身からすると、それほど目新しい記述はないです。
男女論ではないのですが、『母は娘の人生を支配する―なぜ「母殺し」は難しいのか (NHKブックス)』のほうが、女性論としては面白かったです。

けれども、精神分析的な考えに親しむ本としてはいいかもしれません。精神分析的な考えをどれだけ受け入れられるかは人によって違うと思いますが、この本には精神分析の入門書的な側面もありますし、精神分析のキーワードである「欲望」の面からジェンダーを考えた本としてよくまとまっていると思います。

関係する女 所有する男 (講談社現代新書 2008)
4062880083


精神分析やカウンセリングではない心理学がどんなものか?どんなことが科学的に判明してきたのかということを幅広く紹介した本。
第1章で統計や二重盲検法のについて詳しく説明するなど「科学的」であることが重視されています。

ただ、その割には「はじめに」に書かれた次の部分は少し乱暴かも。

・兄は兄らしい性格、妹は妹らしい性格になる。
・親の育児態度は性格や気質に永続的な影響を与える。
・乳幼児は他人の心を理解出来ない。
・自由意志は存在する。
・幽体離脱は本当だ。
・乳幼児は長期間、物事を記憶出来ない。
・記憶力は鍛えれば強くなる。
・女性の理想の相手は、自分をもっとも愛してくれる人である。
・暴力的映像は暴力を助長する。
・うつ病の治療には薬物療法が効果的である。

まさかこんなこと信じていないでしょうね。(7ー8p)

これらのことが書かれたそれぞれの部分を読めば、それなりに丁寧な議論はしてあるのですが、「うつ病の治療には薬物療法が効果がない」と言い切ってしまうことは出来ないと思いますし、有名なリベットの実験から、ただちに「自由意志は存在しない」とは結論づけることは出来ないでしょう。
このイントロダクションは明らかに「科学的でない」と思います。

また、かなりの数の実験を紹介しているせいか一つ一つの実験の説明がわかりにくいのもこの本の欠点。

ただ、心理学部への進学を考えている高校生などにはこの本は非常にオススメです。
大学の心理学部では、カウンセリングとか犯罪者の精神分析などではなく、こういったことが研究されているということがわかりますし、第7章ではスクール・カウンセラーの実態(年収や臨床心理士がやった場合のその効果など)について書いてあるので、将来を考える上で参考になると思います。

心理学で何がわかるか (ちくま新書)
4480065059


哲学者内井惣七によるダーウィン思想の入門書。
論理学の本などでその名前を知った関係で意外にも思えましたが、元々科学哲学を専攻していた人ですし、この本自体も非常にわかりやすく、なおかつダーウィン思想の本質に迫った本になっていると思います。

生物学に関しては素人なので、この本で描かれているダーウィンの思想が完全に妥当なものかどうかは判断出来ないのですが、この本を読んだことでダーウィンの考えが、ダーウィンよりも前に「進化」の考えを唱えたラマルクや、同時代にダーウィンと同じような主張にたどりついたウォレスに比べて、より洗練された射程の広い考えだということがわかりました。

また、科学哲学者らしく、ダーウィンと周囲の思想家の関係について目配りが利いているのもこの本の特徴。
ダーウィンの思想のもととなった地質学者ライエルの考え、人間の道徳に関するヒュームの考えとの近さ、J・S・ミルとの違いと相似点など、著者ならではの思想的な分析があります。

また、難解とされる「分岐の原理」についての解説もわかりやすいと思いますし、ダーウィン思想の中身とそのラディカルさがわかる本になっていると思います。


ダーウィンの思想―人間と動物のあいだ (岩波新書)
4004312027


タイと言うと、「穏やかな国民性」、「仏教への帰依」、「偉大なる国王」という感じに、政変の多い東南アジアの国にあって例外的に安定した国であったかの印象があります(もちろん、これは印象であってよく歴史を見てみると違うのですが)。
ところが、タクシン政権(本書ではタックシン表記)の誕生後、イスラムゲリラとの戦闘、クーデター、空港占拠などの直接行動など、何かと血なまぐさい出来事が耐えません。
こうしたタイの変化の背景を経済、社会の面から解き明かし、さらに政治の現状とこれからの展望を分析した本。
近年のタイのことを知るために非常に有益な本だと思います。

タイの混乱に関しては、日本お新聞を読んでいる限り、「地方の農民の支持を受けたタクシン派」対「都市のインテリ勢力」という、「農村」対「都市」、あるいは、「ポピュリズム」対「インテリ層」のような形で捉えてしまいがちです。
この見方は確かにわかりやすい図式ですが、これだけではタクシンの一時の圧倒的な人気や、何がクーデターまでを引き起こしたのか?ということは理解出来ません。

こうした近年のタイの情勢を著者は、タイの経済ブームが起こった1988年から説き起こし、経済発展とタイにおける消費社会の到来、そして通貨危機といった中で、民主化と「強い首相」が求められていった状況を説明していきます。
通貨危機後、グローバル経済への対応が求められたタイには、国王が提唱する「足るを知る経済」とタクシンのグローバル路線の二つの道が用意されます。
タイの文化を生かした調和的な発展を目指すエスタブリッシュ・グループと、ポピュリズム的人気を背景に既存の秩序の破壊を目指したタクシン。タイの抱える問題とは、タイのローカルな問題ではなく、各国が等しく向き合うグローバルな問題なのです。

こうした変化とその帰結を政治・経済・社会の面から丁寧に描いてみせたのがこの本。イスラムゲリラの問題があまり触れられてないといった物足りない面もありますが、タイに興味のある人、あるいはアジアの政治や経済に興味がある人はぜひ読むべき本でしょう。

タイ 中進国の模索 (岩波新書)
4004312019



記事検索
月別アーカイブ
★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
メールはblueautomobile*gmail.com(*を@にしてください)
人気記事
タグクラウド
traq

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /