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山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2011年02月

現在の民主党政権の迷走ぶりを見て、「どうしてこうなった?」と思う人も多いでしょうし、僕もここまでボロボロになった理由が知りたかったので読んでみたのがこの本。民主党政権の「目玉」的な大臣であった厚生労働大臣・長妻昭の1年間の回顧です。

現役の政治家の書いた本というのは基本的に自分にいいことしか書いてませんし、敵を作らないように抽象的な記述に終始することも多いので、基本的にあまり 面白いものではありません。実際にこの本も自分に都合のいいことしかいていない印象はありますが、記述がかなり具体的なので新任大臣のドキュメントとして は面白く読めます。

まずこの本を読んで問題だと感じたのは大臣就任から最初の会見までほとんど時間がなく、ほとんど省内の情報がないままに大臣としての仕事をスタートせざるを得ない点です。
長妻昭の場合、厚生労働大臣の打診があったのが組閣前日。組閣の日に首相官邸へ行くと秘書官が待っていて想定問答集が渡され初会見、そしてその翌日に初登 庁と、ほとんど準備の時間なしに大臣としての仕事をスタートせざるを得ない状況です。これでは、この本も書かれているとおり官僚のペースで仕事が進んでし まうでしょう。やはり何らかの政権の移行期間のようなものが必要に思えました。

ただ、こうしたこともあったせいかこの本の中の長妻昭は身構えすぎであるようにも思えます。
もちろん、厚生労働省は様々な問題を抱えた役所で、その官僚とはある程度の対決姿勢をもって臨まなければいけないとは思うのですが、役所の文書のわかりにくさを改 善するために、「わかりやすい文書支援室」を設けて、一般の市民を呼んで「お客様向け文書モニター会議」まで開催する。文書をわかりやすくすると言うことはいいことですが、 さすがにここまでやられると日々の政策形成や実行に追われている官僚はうんざりしてしまうのではないでしょうか?

そしてこの本には書かれていないことがいくつかあると思います。
その一つが民主党の目玉政策の一つであり、長妻昭のライフワークとも言うべき年金の抜本的な改革です。
「消えた年金」とその対処に関してはこの本でもその進展具合がわかるようになっていますが、肝心の年金そのものの改革についてはほとんど触れられていません。
もちろん、年金の抜本的な改革は1年という任期では行えないものではありますが、今になっても民主党の年金改革プランが具体的な形として現れてこないのはなぜなのでしょう?
民主党の改革案に欠点があったにしろ、現在の年金の状況が予想以上にひどかったにせよ、官僚の抵抗があったにせよ、何らかの言及が欲しいところです。

それにしてもこの本で述べられているとおり大臣が1年で替わってしまっては腰の据わった改革は出来ません。けれども目先の政権浮揚のために、つい首相の交代や内閣改造に走ってしまう。そこに現在の日本の政治の一つの問題点があると感じました。


招かれざる大臣 政と官の新ルール (朝日新書)
長妻 昭
4022733829
タイトルのとおり「「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか?」ということを最新の研究に基づきながら論じた本。面白いですが、やや危うい部分と感じました。

この世界の研究は日進月歩のため、以前にこの手の本を読んである程度の情報を知っているという人も読んでみる価値がある本です。例えば、NHKスペシャルの「人体」シリーズで「遺伝子と性格」についてやったとき、「遺伝子に「新奇探索傾向」を決める部分があり、日本人はそれが少ない人が多い」という話をやっていて、それを覚えている人もいるかもしれません。個人的にも番組の中では遺伝子と性格の関係が鮮やかに示されていた印象があります。
ところが、この本の176p以下の記述によると、この研究で取り上げられていたドーパミンD4受容体以外にも「新奇性探索」に関わる部分はあり、最近の研究ではドーパミンD4受容体の配列の長さの有無と「新奇性探索」に関連は認められないという結論になりつつあるというのです。

この本では、遺伝子が人間の脳に大きな影響を与え、それがその人の知能や性格といったものに大きね影響を与えると考えています。
しかし、その一方で著者は特定の遺伝子がストレートにその人の性格や知能に影響を与えるという立場にも水を差します。遺伝子の数は膨大で、なおかつその働きが解明されているものはごく一部であり、まだ今の科学は遺伝子とこころの因果関係を突き止めるレベルにはないからです。

そういった慎重な見方のもとで、著者はパーソナルゲノムの解析サービスのもたらすもの、その問題点、付き合い方などについて述べてくれます。これから広がるであろう遺伝子解析サービスなどと向き合う上で冷静な心構えを準備してくれる本と言えるでしょう。

ただ、前半のノックアウトマウスを使った統合失調症と遺伝の研究に関しては、個人的に著述に少し問題があるのでないかと思いました。
統合失調症の発症に遺伝に大きな影響を与えているというのは広く知られていることで、おそらく何らかの遺伝子や遺伝子群が関係しているものと思われています。
著者はカルシニューリンという遺伝子をノックアウトしたマウスの行動から、カルシニューリンの欠損と統合失調症の関連を疑い、研究を進めていくのですが、そこで著者の想定している統合失調症患者の特徴が、精神医学などの本に書かれていることと少しズレているような気がするのです。

もちろん評者は精神医学に関しては本で少しかじっただけなのですが、この本に書いてある「活動量の亢進」(80p)、「発症するのがだいたい20歳以降」(82p)、「双極性障害は、統合失調症とは別の疾患だと考えられてきましたが、このふたつの疾患はかなり共通した脳内の異常を原因としているのではないかと最近では推測されています」(94ー95p)といった記述にはかなり違和感を覚えました。
統合失調症患者の活動量は「低下」するケースが目立つように思いますし、10代後半で発症する人も多いです。また、最後の双極性障害との類似に関する記述はやや勇み足に思えます。
そして、そんなやや勇み足気味の記述の中に、「きょうだいを殺すマウス」という節があるのはさらに問題です。「注」で「精神疾患の患者が人を殺すということはほとんどない」とフォローされてはいますが、この記述の流れでは統合失調症の患者が理由もなく他人を殺す危険性があるとの誤解を招きかねません。
他の部分の記述は非常に慎重なので、こうしたセンシティブな部分に関してはより慎重に筆を進めて欲しかったです。


「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか―パーソナルゲノム時代の脳科学 (NHK出版新書)
宮川 剛
4140883421


追記

コメント欄にこの記事であげた統合失調症にかんする疑問点について著者の宮川氏から非常に丁寧なコメントをいただきました。あわせてご覧ください。

最近、東京都の青少年育成条例などで何かと話題の東京都副知事の猪瀬直樹。
彼はもちろん生粋の政治家ではなく、『ミカドの肖像』『日本国の研究』などで日本の戦後史や、特殊法人の問題などを探ってきた作家なわけですが、そんな彼が一貫して興味をもって調べているのがインフラの問題。
小泉政権下でも道路公団民営化推進委員を務め、道路公団の天下りやファミリー企業の問題を追求した猪瀬直樹と、「地下鉄一元化」という問題は、まさにうってつけの組み合わせです。

東京に住んでいる人はご存知でしょうが、東京には東京メトロ(旧営団地下鉄)と都営地下鉄という2つの路線があり、それぞれ初乗り運賃も料金体系も違います。
そして、一番厄介な点は乗り換えるとまた初乗り運賃を払わなければいけない点です。特に都営地下鉄は料金が高いので、都営への乗り換えとなると少し躊躇してしまう人も多いでしょう。
そんな2つの地下鉄の経営を統合し、利用者の利便を図ろうと言うのが「地下鉄一元化」。
そして、それをしぶる東京メトロと国に対して乗り込んでいくのが東京都の代表の猪瀬直樹というわけです。

地下鉄は最初に莫大な投資が必要ですが、人口密集地を走っているだけに一度完成して建設費を償還してしまえば安定して利益が上がります。いち早く地下鉄を整備した東京メトロは副都心線を最後に新線の建設を終え、安定した利益が上がっている状態です。
一方、少し遅れて建設の始まった都営地下鉄は大江戸線の債務などがあるためようやく2006年度に単年度黒字がでたところです。
ですから東京メトロとしたら、できれば一元化は避けたいところなのですが、そこを猪瀬直樹は利用者の利便性の向上、東京メトロの天下りの問題、本業とは関係の無い不動産投資、そして遅れたバリアフリー化などの面から攻めていきます。
このあたりは道路公団民営化推進委員などで鍛えられてきただけあって、猪瀬直樹は官僚的な相手に対して嫌がるデータを次々と突きつけていきます。

ただ、こうした「猪瀬vs東京メトロ」だけの内容ではなく、東京の地下鉄史、あるいは鉄道史、都市の歴史にまで踏み込んでいるのがこの本の特徴であり、猪瀬直樹ならではのところ。
日本で初めて地下鉄を作った早川徳次と、”強盗慶太”と呼ばれた東急の総帥・五島慶太の東京の地下鉄をんめぐる争いの描いた部分がこの本のもうひとつの読みどころで、かなり紙幅をとって五島慶太の強引な地下鉄乗っ取り、また五島慶太の鉄道+不動産経営について書いてあります。
本の構成からすると明らかに書き過ぎな気もするのですが、この部分は単純に面白いです。

というわけで、なかなか面白い本ですが、やはり猪瀬直樹は一方の当事者であり、必ずしもこの問題を公平に見ているかというとそうでもない気がします。
例えば、一番の問題である二重運賃の問題は、必ずしも経営統合がなくても解決できる問題なのではないでしょうか?
特にスイカやパスモなどのICカードが普及した現在では、両地下鉄間で初乗り運賃をとらないという仕組みはできそうな気もします。
累積債務がまだ残っている都営地下鉄を抱える東京都の事情、そして猪瀬直樹の、自らを五島慶太などの鉄道経営者に重ねたいある種の欲望といったものを頭に入れながら読むべき本でしょう。

地下鉄は誰のものか (ちくま新書)
猪瀬 直樹
4480065962
タイトルは『都知事』となっているけど、『都政』のほうが内容にあっているかもしれません。都知事に権限や仕事といったことだけではなく、都議会、都庁官僚、都の財政など都政全般のさまざまなトピックを取り上げています。都政全般を概観できる本と言えるでしょう。

ただ、そのぶん「都知事」についての掘り下げが少し甘くも感じられます。
この本では戦後の6人の公選知事、安井誠一郎、東龍太郎、美濃部亮吉、鈴木俊一、青島幸男、石原慎太郎の6人をとり上げてその軌跡を簡単に振り返っていますし、鈴木俊一と石原慎太郎に関してはその政治手法に関してもやや詳しく分析しています。
私的な諮問委員会を数多く起ち上げて、その委員会の「権威」を利用して政策を実行に移していった鈴木俊一と、側近ブレーンを使ったり、自らの発案によるトップダウン型の政策形成をしばしば行った石原慎太郎。この二人の知事としての姿を見ると、同じ知事職でありながら、与えられた権力や予算が大きいだけに、都知事にはそれぞれ個性のある権力の運用ができることがわかります。

また、都議会の問題にもメスを入れており、都議会の「与党志向」や都議会の「議院内閣制」的なスタンスに疑問を呈しています。特に後者に関しては、地方自治ではアメリカの大統領制のような立法府と執行部の代表者が別々に選ばれる二元代表制をとっていながら、議員提案が少なく、あたかも議院内閣制における与党のように「自分たちの考えは知事の提案に組み込まれれている」というスタンスを取るのは問題だという指摘(67p)はその通りでしょう。

ただ、あくまでも知事に着目するのか、それとも都政のメカニズムに着目するのかはっきりしていない部分が多く、全体的に少し散漫な印象もあります。
例えば、知事に着目するのであれば青島幸男が都市博中止のあと、ほぼまったく何もできなかった原因などを分析することによって、知事がリーダーシップを振るえる条件、または権限面での壁などについて掘り下げて欲しかったです。
また、著者が元都庁官僚のせいか、ところどころに妙に都庁官僚に肩入れするというか期待することがあって、そこの部分はやや違和感を感じました。



都知事―権力と都政 (中公新書)
佐々木 信夫
4121020901
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★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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「西東京日記 IN はてな」で。
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