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山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、テレビなどで引っ張りだこになり、2021年6月に出た『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)もベストセラーになった著者による待望の書。
今なお進行中の出来事を扱っており、なおかつ、かなりの突貫工事での出版だったと思いますが、さすがに侵攻前からこの問題をウォッチしてきただけあって内容は充実しています。
「ロシアとウクライナの対立はどのような経緯をたどっていたのか?」、「なぜ、プーチンは武力行使を決断したのか?」、「当初のロシアの狙いはどのようなものだったのか?」、「ウクライナが善戦できた要因は何か?」、「東部で主導権を取り返すかと思われたロシアが再び劣勢に追い込まれたのはなぜか?」、「これからどうなるのか?」など、誰もが疑問に思う問題について現在分かる範囲で著者が分析を示しています。
まだ本書の分析が正解なのかはわからない面がありますが、現在の世界において最重要とも思われる問題について、わかりやすい見取り図を与えてくれる本です。

目次は以下の通り。
第1章 2021年春の軍事的危機2021年1月〜5月
第2章 開戦前夜2021年9月〜2022年2月21日
第3章 「特別軍事作戦」2022年2月24日〜7月
第4章 転機を迎える第二次ロシア・ウクライナ戦争2022年8月〜
第5章 この戦争をどう理解するか

今回の戦争の兆候は2021年の春頃に現れていたといいます。ロシア軍が「演習」の名目で集結し、4月半ばにはロシア軍の主力部隊を含めた11万人以上がウクライナ周辺に集結していました。
さらにドンバス地域では親露派武装勢力による停戦協定違反の砲撃などが激増しており、これに対してウクライナ側も部隊を増強して緊張は高まりました。

しかし、このときは4月22日にショイグ国防相が部隊の増強は即応性をチェックするための「抜き打ち検査」であり、5月1日には撤退すると表明します。実際に部隊の撤退がある程度進んだことから国際社会の緊張は薄れました。
このときはアメリカでトランプからバイデンへと大統領が交代する中で、ロシアがアメリカの出方をうかがったという形で、5月にバイデン政権がロシアからドイツへ向けたパイプライン・ノルドストリーム2に対する制裁緩和を発表したこともあって、米ロ関係を含めて緊張緩和に向かうと予想されました。

一方、2021年1月にはロシアで野党指導者のナヴァリヌイの逮捕に対する抗議デモが広がっており、カラー革命の背後にアメリカを中心とする西側の存在があると考えていたプーチンにとって、この抗議デモもバイデン政権による揺さぶりと見た可能性はあります。

2019年に就任したウクライナのゼンレンシキー大統領は、当初ロシアと話し合いの姿勢を見せており、特にプーチンとの直接会談で事態を打開することを考えていました。
2019年の9月にプーチンとの間で電話による公式首脳会談が行われます。ところが、第2次ミンスク合意の履行方法をめぐってゼレンシキーはロシアに譲歩したとウクライナ国内から批判を受けます。
19年の12月にゼレンシキーはパリでプーチンとの会談のチャンスを得ますが、ここでも歩み寄りは進まず、直接会談で事態を打開する路線は行き詰まりました。

一方で、ウクライナ国内はプーチンの支援を受けた野党の党首メドヴェチューク(娘の名付け親がプーチン)が活動を活発化させていました。これに対して2021年になると、ゼレンシキーは親露派テレビ局を閉鎖するなど、メドヴェチュークの弾圧に乗り出しました。
2021年春のロシア軍による圧力はゼレンシキーの政策が上手くいっていないことをアピールするものだったとも考えられます。

このように2021年春のロシア軍の行動は「威圧」ととられましたが、9月に米国防総省がロシア軍がまだウクライナ国境に展開していることを明らかにし、さらに10月には米国の情報機関がロシアが本気でウクライナ侵攻を考えているとバイデンに伝えたといいます。
11月になると、ウクライナ国境付近に展開するロシア軍は10万人に迫り、モスクワやシベリアに駐屯していた部隊が集結していることも明らかになります。
12月にはブリンケン国務長官がロシアがウクライナに侵攻すれば「インパクトの大きな」経済制裁に直面するだろうと述べるなど、ロシアを牽制する発言も出てきます。

ここからアメリカはロシア軍の動きを次々と暴露することでロシアの意図をくじこうとする戦略を取ることになり、一方でロシアはドイツやフランスに外交的にはたらきかけますが、このときのロシアの要求が「旧ソ連をロシアの勢力園だと認める」ようなものであり、受け入れられることはありませんでした。
2021年7月にプーチンは、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」という論文を発表します。
これはロシア・ウクライナ・ベラルーシは民族的に共通しており、ウクライナ人とロシア人が別民族というのはポーランドの影響で作られたフィクションにすぎないという内容でした。その上でプーチンは、現在のウクライナの混乱は西側のせいであり、ウクライナの発展はロシアとのパートナーシップのもとでのみ可能になると主張したのです。

2022年の2月になると集結したロシア軍は15万人ほどになり、侵攻に必要な兵力がほぼ揃います。衛星写真に大型の野戦病院が確認されるなど、ロシア軍が実戦の準備をしていることが明らかになります。
このとき著者は迷っていたといいます。「軍事屋」としてはロシアが戦争を始める可能性が高いと思いながら、「ロシア屋」として、プーチンの狙いがつかめず、そもそもウクライナをどうしたいのかがわからなかったといいます。
2月20日、著者はテレビ番組で「今回の事態の落とし所は、ロシアが軍事的圧力によって第二次ミンスク合意をウクライナに呑ませるということになると思います」(93p)と発言しましたが、翌日にプーチンが「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」を承認したことで、これは間違いだとわかります。

2022年2月24日、いよいよ戦争が始まります。
この日のビデオ演説でプーチンはウクライナの「非軍事化」と「非ナチ化」を持ち出し、狙いがゼレンシキーの退陣であることを示しました(ゼレンシキーはユダヤ人ですが、ロシアに言わせれば「ナチ」なので)。
作戦はアメリカの予想通り、北部、東部、南部に侵攻する全面的なものであり、さらにキーウ近郊のアントノウ空港に空挺部隊を送り込む作戦も行われました。
これは空港を占拠した上で、そこに後続部隊を送り込んで一気にキーウの占領を狙うもので、ロシアの狙いが電撃的にゼレンシキーの排除を狙う「斬首作戦」だったことがわかります。

ロシアはウクライナにいくつかの「民間警備会社」を設立しており、ロシアの協力者のネットワークはウクライナの諜報機関のSBU内部にも及んでいたといいます。
こうした内通者のネットワークがロシア軍の侵攻を手引することになっており、2014年のクリミア分離のような鮮やかな制圧を狙っていたと思われます。

実際に一部のSBU幹部が姿をくらましたことなどにより(例えば、チョルノービリ原発の警備責任者は開戦とともに姿を消したという)、一部では混乱が見られました。
しかし、裏切りは一部にとどまり、「民間警備会社」もそれほど役には立たなかったと考えられます。

そして、キーウ制圧に失敗したことでロシアの第一のシナリオは崩れます。
アントノウ空港の制圧には成功したものの、その後の反撃で空港は使用不能になり、後続部隊を送り込むことは不可能になりました。
しかも、ゼレンシキーが逃亡せずにキーウに踏みとどまり、自撮りの映像をネットに公開しました。これによってキーウを中心としたウクライナの組織的な抵抗が続くことになったのです。

当初、多くの国や専門家の見方はウクライナ軍はロシア軍に真正面からは対抗できないというものでした。アメリカからの援助もジャヴェリンやスティンガーなどの歩兵が携行できる兵器が中心で戦車や装甲車は含まれていません。
しかし、ウクライナ軍は主要都市の防衛に成功します。
この要因としては、開戦時に兵士が19万6千人、国家親衛軍が6万人、国境警備隊が4万人と30万近い兵力があったこと、国土が広く、湿地帯や森林が広がっているために天然の防波堤となったこと、そしてジャヴェリンなどの供与された兵器が活躍したことなどがあげられます。

そして、著者はウクライナには、クラウゼヴィッツの言うところの、政府、軍隊、国民の「三位一体」があったことが大きかったと見ています。
ウクライナは総動員をかけて7月には兵力を100万人規模に増強させますが、それを可能にするだけの国民の支持があったのです。

一方、ロシアは約36万人の地上部隊がいたとされていますが、そのうちの徴兵の20万強は戦時体制が発令されない限り戦場に送ってはならないということになっており、「特別軍事作戦」にこれを投入することはできませんでした。
また、著者も疑問を持っていますが、空軍が損害を恐れて激しい航空戦を避けたために、圧倒的な空軍力を持ちながら、ウクライナに対する航空優勢を確立できませんでした。

開戦から1ヶ月後の3月25日、ロシアは特別軍事作戦の第一段階が概ね完了したので東部の開放に注力すると発表します。そして、実際にキーウ周辺から撤退します。
また、停戦交渉も何度か行われ、3月29日にイスタンブールで行わた4回目の停戦交渉ではロシアが「非武装化」「非ナチ化」を引っ込めるなど、譲歩の姿勢も見せました。
しかし、4月になるとブチャでの虐殺が明らかになったことで停戦の機運はしぼみます。西側からの武器供与も本格化し、戦争は長期化の様相を見せます。

ロシアの東部解放作戦はある程度の成功を見せます。ロシアはマリウポリを陥落させ、クリミアへの兵站線を確保しました。さらにドンバス地域でもイジューム、ポパナス、セヴェロドネツク、リシチャンシクといった都市を占領し、ルハンシク州を完全に制圧しました。
ドンバス地域は開けた地形で戦いやすく、また兵站の確保も容易だったために、優勢だったロシアの火力が生きたのです。

しかし、5月には反攻の立役者と見られていたドヴォルニコフ上級大将が公の場に姿を見せなくなり、6月に統括司令官から解任されます。一度は統括司令官が置かれましたが、その後にまた各軍管区をモスクワが直接指揮する形になったようで、しかもプーチンが細かい作戦にまで介入するようになっていたようです。
さらにゲラシモフ参謀総長の失脚の噂やFSBでの大量更迭の噂が流れるなど、ロシアの内部ではさまざまなきしみが見られました。

一方、この時期ウクライナが巻き返しますが、その立役者となったのがHIMARSです。HIMARSは小型のミサイルを発射できる車両ですが、ウクライナはアメリカから供与されたこの兵器を使ってロシアの弾薬集積所、燃料集積所、橋などを効果的に破壊し、これによってロシアの火力の支援は大きく減退しました。
同時に西側がロシア軍の位置情報などを提供したことが、攻撃の成功につながったと考えられています。

夏以降、戦争の主導権をウクライナが握るようになります。
ウクライナの攻勢に合わせてロシアが軍の配置を変えるようになります。ウクライナはヘルソン攻略の構えを見せ、ロシアもそれに合わせて南部に軍を展開させますが、それはウクライナの偽装であり、9月にはハルキウ方面での大規模な攻勢でロシア軍は潰走します。また、ロシアは航空優勢も失っていきます。

ここまでが本書執筆までの状況になります。
ただし、ロシアにはまだ巻き返しの手もあります。その1つがさらなる動員であり、もう1つが核兵器の使用です。

ロシアには5年以内に兵役を終えた国民が約200万人いるとされ、彼らを戦場に送り込むことは可能です。実際に本書の脱稿直前の9月21日にロシアは部分動員に踏み切っています。
しかし、本来対象とならない軍務未経験者や高齢者、さらにはすでに亡くなった人にまで召集令状が届くなど大きな混乱が見られました。また、動員はシベリアや極東、カフカスなど、動員は貧しい地域で集中して行われているとも言われています。
モスクワなどの都市部で動員が控えられているのは国民の反発を恐れているためと考えられ、ウクライナにあった三位一体の「国民」の部分がロシアにはないことがうかがえます。

核の使用については、1戦術核によって通常戦力を補う、2大きな損害を出す目標を選んで限定的な核使用を行い停戦を強要、3第三国の参戦を阻止するためにほとんど損害のでない地域で威嚇のために使う、という3つのシナリオが想定できるといいます。
ただし、NATO諸国が核戦争のリスクを恐れて直接的な介入を抑えている中で核を使用すれば、NATOの全面参戦といったことも考えられます。核戦争のリスクは西側にもロシアにも同じようにあるといえます。

最後の第5章ではこの戦争の「性質」についての分析がなされています。
この戦争では両軍がさかんに無人航空機(UAV)を大々的に使用し、また、「スターリンク」や衛星写真など宇宙空間が戦争をバックアップしているなど、今までにはなかった光景も見られます。
しかし、メインになっているのは村落の取り合い、機甲戦力による大規模な突破、航空支援やそれを阻止する攻撃、兵站の鍵を握る鉄道への攻撃、さらには戦場のおける一般市民への非人道的行為、捕虜への虐待など、第2次世界大戦と変わらない姿です。

また、「ハイブリッド戦争」と言われるように軍事手段と非軍事手段を組み合わせ、戦場の外部で優位に立つ新しいスタイルが注目されています。
今回もロシアは、民間軍事会社や親露派武装勢力などの多様な非国家主体を戦争に関与させ、開戦前後には大規模なサーバー攻撃や偽情報の流布などを行っています。
しかし、今回の戦争の中心は戦場の内部であり、ロシアの戦争は「ハイブリッドな戦争」であっても「ハイブリッド戦争」ではない、というのが著者の判断です。
戦場の外部ということでいえば、ウクライナのゼレンシキーのほうが上手く立ち回ったと言えるでしょう。

著者はむしろプーチンが大統領就任前のインタビューでKGB志望の動機について、「「全軍をもってしても不可能なことが、たった一人の人間の活躍によって成し遂げられる」ところにプーチン少年の「心はがっちりとつかまれてしまったのだ」」(212p)と語ったことに注目しています。
クリミアで上手くいった内通者によって相手国のネットワークを崩壊させるような作戦がおそらくはプーチンの理想だったのでしょう。しかし、これが上手く行かなかったために伝統的な戦争へとなだれ込んでいったのです。

最後にプーチンが戦争に踏み切った理由を改めて検討しています。
まず、「非ナチ化」については、ウクライナにアゾフ連隊のようなネオナチ的な組織があるのは事実ですが、それが国民的な支持を得ているわけではありません。一方、ロシアの民間軍事会社ワグネルの組織づくりをしたのはネオナチ的な人物だとされています。
また、ウクライナ東部地域で「虐殺」が行われていたとの根拠も薄弱です。同じようにウクライナが大量破壊兵器(核兵器)がつくられていたとの主張の根拠も薄弱です。

また、ウクライナがNATOに加盟すればロシアの安全が損なわれるとの主張には一定の説得力がありますが、開戦後のスウェーデンとフィンランドのNATO加盟にロシアが戦争を辞さない構えで反発しているわけではありません。ロシアとフィンランドの国境が1400キロに及ぶにもかかわらずです。
やはり、プーチン個人の民族主義的野望のようなものを想定しないと今回の行動は説明し難いのです。

本書が扱っているのはあくまでも2022年の秋までの状況であり、今後どうなるかはわかりません。その意味で「決定版」とは言えませんが、それでも開戦の経緯、戦局の転換のポイント、そして「この戦争をどう見ればよいのか?」という点について、説得力のある見解が示されています。
著者の今までの研究の蓄積と、機動的な情報収集力が結実した本で、今回の戦争を語る上で「暫定的な決定版」とも言える本です。


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通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
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