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山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

「大東亜共栄圏」というと、日本が太平洋戦争の目的として持ち出してきたスローガンというイメージが強いかもしれませんが、同時に大東亜共栄圏は経済圏の構想でもありました。
本書では、この経済圏としての大東亜共栄圏に焦点を合わせながら、それがいかに構想され、挫折したのかということを見ていきます。総力戦を戦うために、日本はアジアに資源を求めましたが、なんとか辻褄が合ったはずの机上の計画は現実には上手くいかなかったのです。
また、この大東亜共栄圏の軌跡を通じて、アジアの各地域の指導者たちのしたたかさや、日本の統治機構の問題点などが見えてくるのも本書の面白いところです。

目次は以下の通り。
序章 総力戦と帝国日本―貧弱な資源と経済力のなかで
第1章 構想までの道程―アジア・太平洋戦争開戦まで
第2章 大東亜建設審議会―自給圏構想の立案
第3章 自給圏構想の始動―初期軍政から大東亜省設置へ
第4章 大東亜共同宣言と自主独立―戦局悪化の一九四三年
第5章 共栄圏運営の現実―期待のフィリピン、北支での挫折
第6章 帝国日本の瓦解―自給圏の終焉
終章 大東亜共栄圏とは何だったか

戦前の日本は中国政策などをめぐって英米と対立しつつ、経済的には英米に依存するという形になっていました。
第一次世界大戦後、日本は世界の「五大強国」と呼ばれるようになりましたが、例えば1925〜29年の鉄鋼の生産量は年平均で132万トンにすぎず、アメリカの3920万トン、ドイツの1160万トン、フランスの954万トン、イギリスの618万トンに比べて大きく劣っていました(7p)。
工作機械なども英米からの輸入に頼っていましたし、主要な輸出品であった綿製品も原料の棉花はアメリカ(63%)、英領インド(28%)からの輸入に頼っており、外債の消化も英米に依存していました。
ここから必然的に対英米協調の方針がとられることになるわけですが、それに不満を持つ軍部や右翼の中からがアジア・モンロー主義の考え方も生まれてきます。

満州事変でも、鞍山の鉄、撫順の石炭といった資源の獲得は重要視されていましたが、1935年に出された『満州国視察報告書』では、満州における資源の少なさや質の低さが問題視されており、華北への進出を求める声が出てきます。
この頃、昭和恐慌に対応するために高橋是清蔵相は金本位制から離脱し、円の価値を下落させて輸出を増やす政策をとり、成功していましたが、同時に日本がそれまで輸入していた重化学工業品は割高になりました。そこでこの国産化が急務になります。
1933年に日本製鉄会社法が成立し、翌年には日本製鉄が設立されます。同時に東南アジアからの鉄鉱石の輸入も増えていきます。1930年には英領マラヤからの輸入が中国を抜いて1位になりますが、それ以外にもフィリピンや仏印からの輸入が行われます。
石油はアメリカからの輸入に頼っていましたが、日本は蘭印をはじめとする各地で油田開発を行おうとします。
ボーキサイトについては、蘭印のビンダン島からの輸入が行われるようになり、日本のアルミニウムの生産は急増していきます。
このように日本は東南アジアからの資源の輸入を進めますが、これによって総力戦体制の確立には東南アジアの資源も必要だとの認識が強まっていきます。

1939年9月に第2次世界大戦が勃発すると、イギリスがポンドとドルの交換を停止したために、イギリス圏に輸出してポンドを獲得し、それをドルに交換してアメリカからの輸入を行っていた日本の決済構造が成り立たなくなります。
さらに40年にドイツが攻勢をかけてオランダを占領し、フランスを降伏させると、日本の中から蘭印や仏印に進出すべきだとの声が強まりました。
40年7月の「基本国策要綱」には「大東亜新秩序」の建設が盛り込まれ、松岡洋右外相はこの説明の中で「大東亜共栄圏」という言葉を用います。松岡は三国同盟で、このアジアにおける経済圏を独伊に認めさせ、世界の再分割を行うことを狙っていたのです。

1940年8月に日本政府は「南方経済施策要項」を閣議決定し、まずは各地域からの輸出保障をとりつけるとともに日本企業の進出を図るという二段構えの方策をとります。
40年9月13日から小林一三商工相らが蘭印で交渉を行いオランダ側もこれに積極的に応じますが、9月27日に日独伊三国同盟が締結されると蘭印の態度は冷淡になり、交渉は停滞しました。仏印との交渉も停滞し、日本は武力による威嚇によって経済圏を形成する方向に傾いていきます。

松岡洋右が閣外に去ると、アジアに日本の勢力圏を設定しようとした彼の構想は潰えます。大東亜共栄圏の構想が具体的に再起動するのは日本が対英米戦を開始し、東南アジア各地を占領してからでした。
日本軍はフィリピン、マレー半島、蘭印、ビルマといった地域を占領し、1942年2月には大東亜建設審議会の設置が決まります。開戦直後から政府は大東亜共栄圏の建設をスローガンとしてきましたが、その方針を決める審議会が設置されたのは開戦2ヶ月後でした。

経済以外にも、人口や民族、教育などについての部会も設置されましたが、42年5月に総会で決定された基本理念で「皇国の指導または統治の下、圏内各国および各民族をして各々その所を得しめ道義に立脚する新秩序を確立するを以て要となす」(53p)と謳われているように、基本的には日本を上位とする階層秩序が想定されていました。

また、長期的な経済圏の構想は、商工省と企画院の対立もあってまとまりませんでした。
企画院は、工業生産の増大とともに都市化が進行し日本人の出生率が低下することを心配していました。そのためには大陸への工業分散と都市化の抑制が必要だと考えており、大陸での重工業の開発配置を主張しました。
一方、商工省は国内での産業発展を重視し、産業統制の主導権を握ろうとしていました。商工省は大企業の経営者と連携し、産業統制における強い権限を保持しようとしました。

1942年時点で15年後の主要物資の生産目標も立てられましたが、鋼材3000万トン(41年の実績(以下同じ)470万1千トン)、銅60万(7万9千トン)、アルミニウム80万トン(7万2千トン)、天然石油2000万キロリットル(32万7千キロリットル)と実績から見てかなり過大な数字でした(69p2−3参照)。
農業分野においては、仏印を組み込んだことで輸送を抜きにすればコメの自給は可能になりましたが、小麦と棉花は不足しました。特に棉花は需要2000万坦(1坦約60キロ)に対して生産量は500万坦で大幅な不足でした。
一方、これまで欧米に輸出をしていた砂糖やゴムはその販路を失い、余ることが予想されました。
棉花の産地として期待されるのは北支ですが、ここは不足する小麦の産地でもあったために、フィリピンなどで砂糖から棉花への転作が計画されます。

軍部も占領地での重要資源の確保を優先していましたが、占領地から物資を日本に送れば現地の物資が不足する恐れもあります。しかし、これについては我慢させ日本軍への信頼を助長するという両立困難な方針が掲げられていました。
このため政府・大本営、現地軍の間では形式的な独立付与を早期に行おうという動きが出てきます。民族主義の高揚を独立付与によって抑え込もうというのです。
一方、東南アジア占領地全体を管轄する南方軍は独立を抑制して、軍政の施行を主張します。

そのために、まずは旧統治機構を利用した統治が行われます。
フィリピンは1934年の段階で46年に完全独立することが決まっており、植民地エリートによる自治政府がつくられてましたが、日本も植民地エリートを使って統治を行いました。
ビルマではイギリス人総督のもと、植民地議会がありビルマ人の首相がいましたが、日本はこの自治政府と反英運動を利用しながら統治を進めようとします。

蘭印では、中央行政機構や企業の主要な役職をオランダ人をはじめとする白人が握っていました。占領当初は、企業や農園の責任者、あるいは治安維持のための警察官として残されていたオランダ人もいましたが、これには批判もあり、次第に日本人やインドネシア人に置き換えるとともに、オランダ人を収容所に収容していきます。そして、この収容所で多くの人が亡くなりました。
マラヤ・シンガポールでは日本軍は華僑を警戒し、シンガポールでは華僑を虐殺しました。一方、マレー人は無気力と見ていましたが、親日的な者を下級官吏や警察官に登用していきます。

企業の進出は一地点一企業の原則のもとで進みます。また、同種資源を2つ以上の企業で担当させるようにし、開戦前から東南アジアに進出していた企業が選定されたこともあり、財閥系の企業が中心となりました。
石油に関してはスマトラ南部の油田を軽微な損傷で獲得できたことから想定よりも速いペースで内地に輸送できましたが、フィリピンのマンカヤン銅山など徹底的に破壊されていたものもあり、順調に確保できなかった資源もあります。

1942年末、日本は中国の汪兆銘政権に対して権限の多くを委譲する対支新政策を実施し、43年1月に汪兆銘政権は英米に宣戦布告をします。
この動きの裏には重光葵駐華大使のはたらきかけがありました。重光は戦争の遂行には中国の自発的協力を引き出すことが重要だと考え、また、蔣介石との和平や対英米和平のためにも中国との関係を考え直すことが必要だと考えていました。
これに昭和天皇が強い関心を示したこと、ガダルカナルで苦戦し中国戦線の兵力を南方に振り向ける必要が出てきたことなどから、対支新政策が動き出します。
さらに、フィリピン、インドネシア、ビルマの独立も検討され、フィリピンとビルマの独立を認めることが決まります。

1943年4月に外相に就任した重光は、対等の立場の日華同盟条約を結び、これをアジア各国との関係にも反映させようとします。重光は連合国の大西洋憲章を意識しており、日本側の公正な戦争目的を示すことが必要だと考えていました。
東条英機も天皇がこの政策を支持していたために前向きでしたが、一方で「「ビルマ」国は子供というよりむしろ嬰児なり」(134p)と述べているように、アジア諸国に対する態度は家父長的なものでした。

1943年6月に東条は帝国議会で「大東亜宣言」と呼ばれる演説を行います。
これに対して、在満朝鮮人から「南方未開の原住民に独立を与える以上当然我らにも同様の名誉を与えよ」(140p)といった声が上がります。これは日本政府も想定していましたが、朝鮮や台湾では同化政策の徹底によりこれを乗り切ろうとしました。

1943年11月には大東亜会議が開催されます。そこでその場で発表される宣言として「大東亜宣言」の文案が練られますが、できるだけ自主独立を盛り込もうとする重光と資源の確保を目指す軍部の間で駆け引きがありました。
会議では各国の代表が集まりましたが、タイのピブーン首相が参加せず、フィリピンのラウレル大統領は演説分の事前提出を拒み、演説に「自主自立」の語句を盛り込むなど、抵抗を見せました。

経済圏としての大東亜共栄圏は、やはり想定通りにはいきませんでした。
棉花は中国と南方での増産が期待されましたが、フィリピンでは現地の地主や農民が棉作に関心を示さず、さらに北支から導入した品種が気候風土に合わなかったことや虫害などでうまくいきませんでした。
鉱山の復旧も、フィリピンでは抗日ゲリラの襲撃もあってうまく進まず、ビルマでは坑内労働を担っていた中国人が日本軍の侵攻によって逃亡したことで労働力不足に見舞われました。

そして1943年頃から大きな問題になったのが輸送力の激減です。
開戦時、日本が所有している船舶は約637万トンで、企画院は民需用の物資輸送船が常時最低300万トンあれば日本経済の維持に必要な物資の輸送は可能だと考えていました。このため、軍が徴傭する船は300万トン以下に抑える必要がありました。
開戦当初は作戦域が広かったものもあり徴傭船は300万トンを超えましたが、戦況が落ち着けば徴傭は解除されると考えられていました。
ところが、海軍が南太平洋に戦線を拡大したこともあって徴傭の解除は進みませんでした。42年8月から始まったガダルカナルの戦いでは船舶の損失も大きく、船舶の徴傭をめぐって参謀本部の田中新一が東条を「バカヤロー」と罵倒する事件も起こります。
結局、民需用の物資輸送船は43年3月の段階で約160万トンまで減少し、生産計画の達成は難しくなり、さらに各地で自給的な経済圏をつくることが目指されるようになります。
輸送力が低下する中で、物資供給の中核は中国や満州に置かれるようになり、南方からは重要物資のみに絞られます。
ただし、北支で問題になったのが食糧不足と労働力不足です。もともと北支は食糧が不足しがちで、カナダやオーストラリアから小麦を輸入していましたが、これが途絶えます。また、棉作の拡大も食糧不足に拍車をかけました。
そこで注目されたのが満州です。満州の農業生産は1938年を頂点に42年まで下降をたどりましたが、43年以降生産量は増加していきます。こうしたこともあって日本からの開拓団の送り出しも続きました。

戦況が悪化すると、アジア諸国の指導者たちも日本に背を向け始めます。
フィリピンでは憲法をめぐって日本の軍部とラウレル大統領やベニグノ・アキノが対立し、日本が譲歩しますが、それでもフィリピン側はフィリピンの参戦を見送り続け、実際に参戦したのは米軍がマニラ攻撃を始めた1944年9月でした。ビルマでも通貨の発行や敵の資産をめぐって日本が譲歩を強いられています。
インドネシアでは食糧や労働力が集められますが、しかし、食糧不足などもあって労働者の待遇は悪く、「ロームシャ」という言葉がインドネシア語の中に定着していきます。日本は労働者確保のためにスカルノなどの民族主義者の協力を仰ぎ、将来的な独立を認める方針に転換していきます。

1944年になると輸送力はさらに低下し、南方と日満支は分断されました。そのためにそれぞれの地域での自活自戦体制の構築が目指されます。
しかし、この南方の切り離しで東南アジア経済は崩壊します。東南アジアの輸出作物は輸出の行き場を失い、今まで輸入していたものの価格は高騰しました。ビルマではインド人労働者がいなくなったことでコメの生産が減少するなど、自給自足体制は経済の収縮とインフレをもたらしました。220−221pの6−3の表を見ると、日本や満州に比べて東南アジアと中国でのインフレのすさまじさが目に付きます。
こうなると抗日運動もさかんになり、ビルマではアウンサンが抗日蜂起に踏み切るなど、日本を見限る動きも出てきます。そして、大東亜共栄圏は崩壊するのです。

このように、本書は大東亜共栄圏構想の始まりから崩壊までを、主に経済に着目しながら描いています。
太平洋戦争の展望がドイツがイギリスを屈服させるといった希望的観測に満ちていたことはよく知られていますが、大東亜共栄圏もそうだったことがわかりますし、計画の無理な部分も見えてきます。
また、終章でも改めて指摘されているように、統制経済を志向しながらも日本の統治機構は分権的であり、大東亜共栄圏での自給自足を目指しながらも、海軍の攻勢主義を止められなかったのも大きな問題です。
こうしたさまざまな問題が見えてくるのも本書の魅力の1つです。


コメント一覧 (6)

    • 1. 嘉藤紀世雅+関連用語 芹沢獅童絵文字けんさく
    • 2023年05月15日 00:03
    • 4 無言...色っぽいね 工藤静香 真田広之 桑名正博 生瀬勝久 井桁弘恵 まるがめシェイクうどん=原菜乃華 小手伸也 あいのはな🎙あいみょん 長宗我部盛親 CMSongs 三浦友和=宇喜多秀家 岡田准一 中村勘太郎 中原丈雄 平 岳大 又野誠治 松下奈緒 吉本多香美 中山大志 三浦洋一 三浦浩一 鈴木エイト 原田泰造 強いぞガメラ 強いぞガメラ やつだ!きた デビルマン明智光秀 布施 明 親納慎也 真どじょう ゆうちゃみ 田うなぎ ゆきぽよ ミチョパ あのちゃん なよなの 井桁弘恵 読めないわ 止まる宿は 忘れましたで 通じるか ふつうは切腹もんだ わかるな近藤くん 土方くん 永倉さん ネクスト第一等野党 空威張りはいいが ノー財団じゃ張り子の虎 盛田和夫 与謝野馨 野中広務 いなきゃ 勝てんわ30年は 細川護熙 羽田 孜 たばこ税の鳩山由紀夫 赤井英和 赤井直正 鈴木聖美 野茂英雄 脇坂安治さあ寝返りじゃ〜 襟巻蜥蜴 村上宗隆 三屋裕子 クリーピーナッツ🎤のびしろ 🐎サクラバクシンオー ノースフライト 流れ書き、実況打ち込みの場合 藤浪晋太郎 盛山晋太郎 森山直太朗 田村正和 高畑淳子 桜田淳子 櫻井淳子 秋山博康 秋山書店 コミック時代劇 麻里梨夏 河上彦斎 横井小楠横死 青江三奈 甲本ヒロト 竜 雷太 沢口靖子 杉村春子 杉村太蔵 杉良太郎 うた飛 翔 ピンクタイフーン キス・イン・ザ・ダーク パリの散歩道 相田翔子 菊池桃子 中田喜子 田島貴男 大久保利通さあ 反対でごわす 牧瀬里穂 斉藤和義 無言...色っぽいね 伊吹太郎 下柳 剛 工藤静香 中山美穂 塚地武雅 羽島隆一 蘭=叩くより称え合おう 森 蘭丸 CMSongs 藤岡 弘 佐々木 剛 宮内 洋 高橋克実 白装束にて 小田原平定に 伊達政宗 腹切れぃ覚悟の遅参 襟裳岬 岬めぐり さよなら 松山千春
    • 2. 🧑‍🏫スキルないと雇わぬ資本集約情報集約型
    • 2024年12月29日 13:05
    • 連れ戻せ 廃藩置県は君しかできんと 西郷従道よ行け アタシ?! 兄は頑固ですよ 山県有朋 そん次もある軍隊づくり、日本政府之な あと近衛兵整備、教育は、フランス式が ナポレオン三世時代に充たるから、実際に、政治で、苦労すりゃを、福田康夫総理、麻生太郎総理が、淡々と述べていた、ことは、皆、忘れてるが... 中島貞夫 榛葉賀津也 小松左京 勝 海舟 高井崇志 徳川昭武 徳川家達 奥田 硯 も打診し、交渉せよ 小村寿太郎 陸奥宗光 銀行ビッグバン対策 土光敏夫 中坊公平 竹中平蔵 高橋洋一 公務員構造の中野雅至もだぞ、えーっ そんなぁ みんな嫌がってます、殺されそうはに脅迫されたり、余計なことするなと右翼、新左翼、むせいふしゅぎしゃ、コスモポリタン ジェンダーが、死んでたら、それに、変わる ひと👱👷👮🧑‍🌾🧑‍🔧だ。わかりました。あたしは、星 亨ほしとおる を 攻略し、中小企業パートナーズ 連 合に いきます。清兵の北洋艦隊水兵 ロシアからプチャーチン イギリスからスターリングが、日本と韓国に 早く開国せよと アメリカのましゅー・ペリーに、前回のペリー一年後に来航 12代徳川家慶にオランダ国王ビットルがくるぞ、来るぞ、極東にも、上海はアヘン売りつけられており、紅茶ビジネスの三角貿易でインドや上海は、タバコがないならとな! 来るぞは ビッドル提督 オランダ国王の忠告が12代、徳川家慶に伝承を受け、13代になる徳川家斉は、がくぜんと孝明天皇 水戸斉昭徳川公、だめだぞ、通商交易は不利な条文、やつらは、見抜けまい 中国漁師航海術士がおおさわぎ 1886年8月13日遊郭で、長崎事件 イギリス、イタリアがモデル、法律はドイツ、フランスじゃ 松方正義 品川弥二郎→めでたい亀じゃ亀じゃ 木戸孝允 島津久光も三条実美も山縣狂介 [つか]掴まえて、再入閣させよ。駆け足ぞ いけぃ。五代友厚 松方正義
    • 3. 新風緑風会+日本教職員組合+自治労連=
    • 2024年12月29日 13:05
    • 地方公共団体の廃藩置県 新しい教育、日本はダントツに遅れてる、日本教職員組合 2割削減断固拒否 いつも銭闘勝ち抜くべし公的機関労働組合が、地 盤、組織票に、聖域なき、三位一体構造改革、オワタと言われる、始末、野党が 最後に我田引水 トリガーのガソリン利権 トランプさんゃプラザ合意、ほぼ、絶対確約ぃ防衛費と日本製品輸出拒否の 日米非関税障壁貿易構造、いい加減、消費税を、国民福祉税呼ばわりするのはやめたらどうだ、衰退の大要因についての、下調べ、ロビイスト、が足りないといふこと 税制や経済、金融、賭博の世界のプロが吐露するから間違いないのに、勉強不足と言えよう。テナント料とか テナントリーシング テナントシーリング テナントシーリングライト ぼうえいひのゼロシーリング理論 とられすぎ を報告したのさ 慣例と条例の世の中、高く見積り、施錠の取られ過ぎに 迷惑察知料 クレーム保証料を加味して 算出される 江戸の仇を長崎で討つ 秋元 司 離党にて 議員辞職は嫌と当世若者気質 つぼうちしょうよう 日本沈没 小松左京 金田一耕助シリーズ 横溝正史 ひとつ、はっきり、してる、ことは、現実日本はわびしいリアル よーし、世界のいう海へ、くり出すぞとか、青春教師モノ、あったらいいな、理想の街、は、だいたい、1930年代前半に、公務員、は、必要悪だな、小狡い、知能犯は、こんなの、犯罪、の、うちらには、ない、と、彼らは述べて、逆ギレ、見たな 如実に現れた 1995年から1999年代 青春を謳歌、する トレンディ・ドラマ トレードセンターづとめは、だいたい、1980年まで、航空機、ジャンボりょきゃくき男性バイロットの ねんしゅ、急な体調不良が少ないといふ訓練を経て男性の、あこがれは マカロニ・ウエスタン西部劇、あめりか開拓時代、インディアン アメリカ原住民、先住民との戦い にほんでも、あった。
    • 4. ドクトルタイガー🐯Tigerせんせい日常の科学検証
    • 2024年12月29日 13:06
    • 消費税は、目的福祉税として、官公職の議員案件手当につかいますから、国会議員税や地方公共団体の廃藩置県 版籍奉還 地方公務員、新しい教育、日本はダントツに遅れてる、日本教職員組合 2割削減断固拒否 いつも銭闘勝ち抜くべし公的機関労働組合が、地 盤、組織票に、聖域なき、三位一体構造改革、オワタと言われる、始末、野党が 最後に我田引水 トリガーの消費税は、目的福祉税として、官公職の議員案件手当につかいますから、国会議員税や地方公共団体の廃藩置県 版籍奉還 地方公務員、新しい教育、日本はダントツに遅れてる、日本教職員組合 2割削減断固拒否 いつも銭闘勝ち抜くべし公的機関労働組合が、地 盤、組織票に、国民福祉税呼ばわりするのはやめたらどうだ、衰退の大要因についての、下調べ、ロビイスト、が足りないといふこと 税制や経済、金融、賭博の世界のプロが吐露するから間違いないのに、勉強不足と言えよう。テナント料とか テナントリーシング テナントシーリング テナントシーリングライト とられすぎ を報告したのさ 慣例と条例の世の中、高く見積り、施錠の取られ過ぎに 迷惑察知料 クレーム保証料を加味して 算出される 江戸の仇を長崎で討つ 秋元 司離党にて 議員辞職は嫌と当世若者気質 つぼうちしょうよう 日本沈没 小松左京 金田一耕助シリーズ 横溝正史 ひとつ、はっきり、してる、ことは、現実日本はわびしいリアル よーし、世界のいう海へ、くり出すぞとか、青春教師モ如実に 現れた1995年から1999年代 青春を謳歌する トレンディ・ドラマ トレードセンターづとめは、だいたい、1980年まで、航空機、ジャンボりょきゃくき男性バイロットが報酬は 急な体調不良が少ないといふ訓練を経て男性の、あこがれは マカロニ・ウエスタン西部劇、あめりか開拓時代、インディアン アメリカ原住民、先住民との戦い にほんでもあった。
    • 5. ドクトルTiger先生👨‍🏫🐯🙋日常の経済科学検証
    • 2025年01月05日 22:26
    • 国土の、資産、遺産、殖産、鉱産だけで、足りなくなって、白亜の殿堂 例えば、アメリカのホワイトハウス、スケルトン[半透明の、骨格、構造が見える 見晴らしのよい 外観、内観、の奥行き、が、感じられるような、建築用語の表現に、なるが、前の文章、文脈の流れによって 漢字単語、漢字熟語、の、意味が、拾い、概念 スケルトンは、これよ、が、意味、が、変わってきます]リフォーム、日本が、産業革命や、中国四千年を、北欧巨人原人や北京巨人原人、にて欧州が五千年の歴史、と、いわれるが、起源は、アフリカの近くだとされる。日本、場合、島々に、囲まれては、いるが、陸の孤島にて、飛び道具、鉄砲の、長距離飛行や貫通力のものは、随分、あとから、舶来モノとして、ニッポンに、はいる、幕末前、中時期徳川政権下で 清朝、明朝、イスパーニア、エゲレス、ポルトガル船と、貿易に、より、海外の方後、付加価値、家のデザイン、などが、おしゃれ、ナノを知り、名を定義づけ 輸入などに、力を入れだした、第二、工場時間の、人間の一生に占める、拘束時間が、労働して、生活に使える、当座の費用、これが、かラダを動かす、のか、コンピューターに、やらせるのか、ロボットに、人間、や、労働時間・タイムに 品数の、出来具合、成功具合の差により、今の、中抜き格差、が うまれた 従って、本来の自力を文明にて、大きく、仕掛けて、大きく、手にするが、戦争に、求められた。これが、人口論の、極端な例だと、貨幣や、社宅、家屋、に、あまる、ならば、戦争にて、歩兵、戦車兵、飛行パイロットに、かなり、人減らし、間引きに、なるのだが、働くな、戦争するな、にて、ひと以外の、ものが、人、モノ、カね、土地、価値、の、おおい、すくないを、自動化、瞬間移動、させて、撮れ高、出来だか、対価を 感じさせる時代に 最近、なった。
    • 6. ドクトルタイガー先生💹せんせい女子👘日常検証
    • 2025年01月05日 22:27
    • 国力は、それぞれ、の、都市、国、の、宝、により 随分、制限、いっぱい、使える量、許容期間、耐用年数の 境い目に、世界は、きたのだ。欧州は、アフリカや北半球、南半球の、熱波の被害、寒波の被害を、聴き、大量生産大量消費 大量製造大量見積依頼を控えだした。大量土地居座り、大量土地廃棄、海へ、空へ、地底へ、宇宙ゴミ放置へ 今の原発の、使用済み、核燃料も、いづれかの手段にて、処分、シテルに、すぎない。足らないから、輸入、や、輸出、マスクで我慢、違法駐車で我慢、ワクチン注射で、我慢、と、さて、輸出、にて、よそから、持って、来たならば、国内、で、取られた、場所、府や県、町や村、区や道は、住むとこある、働くとこは、なくなった、民間だから、民間で、見つけよ、そう簡単には、無いならば、国に、役立つ、公務員、ボランティ有償、ボランティア無償に、なりなさいと 世界でも、若者失業者が、60年ぶり、100年ぶり 三十年ぶり 半世紀ぶりに、13%なり 16パーセントに達していると、いふ。消費税の、二分の一に対する、2倍でいえば、26パーセント 32ぱーせんと に、あたる。1000本買いのお客、国民に 定価の26% つまり 5:5 6:4 3:7で、はたして、うんちん[元払い、着払い、あらかじめ払い、後で請求する、建て替え元払い] 向こうが、金は向こうが出す、1.赤帽や、2.緊急運搬車両となる。品物、には、加工ちん、仕入れ、材料準備はどちら、組み立て、部品、手間賃、人間には給与、ロボットにはガソリン又はエネルギー払い、信用電子通貨[暗号資産、クオ・カード、会員お買い上げ・おまけポイント値引き] 原価[ネットといふ NETに6:4 0.6[60%払い 40%お買い上げ]なら、当然高くうれば、儲けが出る。だから、見積もりA.B.C.D 士農工商 カースト政治がある 嫌なら、売らない、買わないと差がある。

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