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高瀬大介の思い出のプラグインは刹那い記憶

〜高瀬企画発気まぐれ遺言状〜

2005年12月15日11:05
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[画像:23b334ae.jpg]数日過ぎたが12月12日は小津安二郎の誕生日であり命日でもある。60歳の誕生日に彼は現世から引退した。


小津安二郎監督の「東京物語」と黒澤明監督の「七人の侍」は俺にとって映画の中でとか言う枠組みを超えて、全ての創作物の中で最高峰に位置する作品だ。


キネマ旬報オールタイムベストの1位2位を争うような2作品である。ベタと言えばこれほどベタなものはないが、本当にこの2作品は観るたびにえも言われぬ感動に満たされるのだ。映画館で観た時などは泣いて泣いてしばらく席を立てなかったほどだ。
言っておくが決してお涙頂戴の映画ではないし、主人公に感情移入したりとかストーリーにとかで泣けたんではない。何が何だかよく分からないのだがとにかく心のどこかから涙が湧き出て来たんだろう。


小津作品の場合ストーリー性がどうとか、時代性がどうとかで語る事は無意味だ。小津作品がもたらす感動の要因はそんなところにないからだ。
俺が考えるところの要因はその独自の「タイム感」だ。小津の作り出す「時間の流れ」がこちら側の意識を支配し小津の術中にはめられる。


優れた映画監督には必ず独自のリズム、タイム感がある。どんな映画的技法よりも如実にその監督の生理を表すのが編集であり、すなわちタイム感である。


黒澤明は比較的オーソドックスな映画的時間感覚を持った監督で、それ故にハリウッド映画にも匹敵する非常に優れたエンターテイメント性を持った作品を創作出来たのだが、対して小津安二郎のそれは非常に独特だ。本当に他に類を見ない独自の境地に達していてそれが欧米人が思うところのオリエンタリズムになっている。


小津のタイム感は映画的時間感覚というよりは現実的時間感覚といえるのではなかろうか。


小津映画を最初見たときはナントかったるいんだろうと思った。他の映画やテレビで慣らされた映画的時間感覚の所為だ。


映画的時間感覚とは「実際にはあり得ないが見る側のフォーカスによって延びたり縮んだりする時間の流れ」のことである。


小津映画にはこれがない。そういうある種デフォルメされた時間の流れはなく、日常と同じ速度で時間は流れていく。

例えばだ。家の中で一階から二階に行くシーンがあるとする。するとそこにはその間の階段を上がるまでの時間がきっちりと「ある」のだ。その時間にこちら側は興味はないから、その間は非常に間延びした画面に感じられる。


そういった現実的時間感覚は映画の中においてはむしろ非日常に感じられる。映画であるという約束事の中に現出したリアルな時間の流れ。これは異質である。


そこに登場人物のおおよそリアルとは言えないぎこちない会話と演技が入ってくる。笠智衆の間延びした言い回し、原節子の少々クサい演技、あるいは演者のセリフとセリフの妙な「間」、殆ど感情が入ってないんじゃないかと思わせるようなセリフのトーン。
(小津は自分が求めるトーンとリズムで役者がセリフを言えるまで何回も何回もテストを重ね、しまいには演者がセリフ自体の意味を忘れ殆どゲシュタルト崩壊を起こすくらいまでくり返させたと言う)。


考えてみれば非常に高度でアバンギャルドな映画技法が駆使された作風である。

「映画的快楽」に基づいた「タイム感」、「映画の原則」を踏襲するかたちでこちら側の気持ちを逸らさないようにする作品は数あれど、自らの生理に基づいた「時間感覚」でこちら側の意識を支配するなんて並大抵の監督には出来るもんではない。

しかも作品はそんな技巧は感じさせず、人間の心の琴線に触れる滋味深い作品になっているのが何とも不思議である。何でこんなに地味で、ドラマチックな展開もなく、感情があらわになる事もない作品がこれほどまでに心を捉えるのか?その手がかりの一つがが独自の「タイム感」にあるのではないだろうかと思う。あの「タイム感」が観るものを「作品の世界」に誘うかもしれない。


その頂点にいる作品が「東京物語」である。


敢えてストーリーや見所は書かないが、とにかく笠智衆の丸まった背中を観ていると何だか堪らなくなってくる。不思議な事にあの背中にはこちらの理性のたがを外す「何か」 がある。そこには映画が終わったあとも映画と同じ早さで淋しく流れていく時間が感じられる。そしてそれは小津安二郎の「虚無」かもしれない。




次は黒澤明監督の「七人の侍」について書いてみたい。

トラックバック一覧

  1. 1. 七人の侍

    • [映画の缶詰]
    • 2005年12月16日 09:48
    • 七人の侍『七人の侍』(しちにんのさむらい)は、1954年に公開された黒澤明監督の日本映画。時代考証などの点を含め、世界的に高く評価されており、多くの映画作品に影響を与えたと言われている。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Wikipediaより引用- Art...
  2. 2. 一息コラム 名俳優たち ≪原 節子≫(日)

    • [極私的映画のススメ]
    • 2005年12月29日 16:33
    • 戦後の日本をささえたものって、なにがあるでしょうね。 歌の世界であれば、「りんごの唄」とか美空ひばり「悲しき口笛」などでしょうか? 詩や演劇、そして文学。 戦後、さまざまな分野で、光り輝いていた人たちがいました。 非業に倒れたもの、伝説と化したもの

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