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高瀬大介の思い出のプラグインは刹那い記憶

〜高瀬企画発気まぐれ遺言状〜

2008年09月

2008年09月27日10:23
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しばらく生活のペースが狂っていたせいか、どうも身体の具合が悪くて(風邪?)2日ほど寝て過ごしたので、家にある北野武監督作品を何故だか観まくってしまったら、結局徹夜になってしまってさらに具合が悪くなった。


「監督北野武」信者とかいいながら、「その男凶暴につき」と「ソナチネ」以外は、どの映画も多くて3〜4回くらいしか観てないので、長らく観てない映画を選んだ。「HAN-BI」など10年振りに観たんではなかろうか。

俳優として出演した作品もかなり観た。「教祖誕生」「兄弟」「三億円事件」など。しかしこの「兄弟」における武の演技の凄まじさは筆舌に尽くしがたい。これだけでも心ある人は観て欲しい。元々テレビドラマだが、DVD化されてレンタル出来るはず。


それにしてもどれを観ても感じるのは、画面に出て来た瞬間の「異物感」と「緊張感」の凄まじさ。


その後で「ひょうきん族」などの昔のバラエティを観ると、そこですらも同質の「異物感」と「緊張感」があるのには驚かされる。


「笑い」も「シリアス」もほんの少しベクトルが違うだけで、根本は全く同じところにある、という北野武独自の在り方に改めて深く沈む込んでしまった。


といった日々がしばらく続いて生活のタイムテーブルが狂っているから身体がおかしくなる。しかし今はなるだけインプットしたい。そんなモードだから仕方ないか。
2008年09月24日23:16
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CDTV15周年スペシャルに急遽参戦したサザンのライブは最高だった。
4曲やったがどの曲もどの曲も名曲ばかり。YaYaなんてホント久し振りに聴いた。最新シングルのI'm Your Singerなんてタイトルからして素敵だし今のサザンのスタンスと温度を完璧なタイミングとメロディーとアレンジで表現した究極の名曲だ。しかし最も凄まじかったのはマンピーのGスポットだった。なんかおバカでエロ親父で無茶苦茶だ(笑)。TBSの上層部が肝を冷やすようなスレスレ感というか、馬鹿な奴等が苦情の電話かけまくりそうな猥雑さが素敵だった。しかもなんかどさくさに紛れて放送禁止用語叫んでたような気が...。
とにかく徹底的に楽しませてくれるステージで圧倒されてしまった。それまでなんとなくボ〜と見てたのにいきなり目が覚めてしまった。
しかしまあその後にライブをやるGlayの分の悪いこと悪いこと。しょうがねぇか。


それにしてもミリオンヒットがバカバカ出てた頃、10〜15年前のヒット曲を立て続けに聴いてると、やっぱ売れた曲は偉大だなと感じてしまった。あの当時はあんなに嫌いだったにもかかわらず(笑)。なんか貪欲なまでに金を生み出そうとする生命力がギラギラ漲っていてかえって清々しい。100万人単位の人間が金を出して買って、夢中で歌って踊っているという既成事実が送り手の創造性にも大きく作用したということか。CDの売り上げが激減した近年のヒットソングには感じられないギラギラした要素が確かにあった。
そう考えるとダウンロードってのはつくづく罪なシステムだなぁと思う。実際にブツと金が動くことによって生み出されるダイナミズムを音楽から奪ってたいるような気がする。
歌は世につれ、世は歌につれというけど、それが「今」ということなんだろうなぁ。なんだか寂しいなぁと、あれだけ忌み嫌った昔のヒットソングを聴きながら感慨が沸いて来た。


さてNHKでジュリーを観よう。最もギラギラしていた時代を作った人を。


人の事ばっか書いてて気分悪いんで自分の事も。
新しいバンド(名前未定)でライブやります。10月10日六本木エッジにて20時30分くらいから。
あと個人的に、またドップリと引き籠もって作品創作やります。やっぱ出るもんは出すのが人間として正しい在り方だぁね。
2008年09月20日22:58
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最近のCMで好きなのに、大人になった磯野家の面々が法事で集まって会話してるって奴がある。浅野忠信がカツオって...、何があってあんなにカッコよくなったんだろう。あれドラマ化されないかなぁ。
それにしても最近の宮沢りえ(ワカメ役)はゾッとするほどキレイだなぁ。昔はそんなにいいとは思わなかったんだけど、激ヤセで騒がれて以降なんか異様にキレイに見える。クォーターかなんかのはずだけど、古典的な色白面長の日本美人になっとる。
だけどあのCMって何のCMだっけ?ていうくらいあの磯野家が気になる。マジでドラマ化されねぇかな。
2008年09月20日04:54
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412d58d9.JPG 昨日はそぼふる雨の中、横須賀まで一人旅行。MAXIMIZORさん宅にお邪魔する。愛犬うたくんにも気に入られたようで、昼間から酒呑みながら久々に音楽よもやま話で和む。昔から犬と子供には好かれる俺です。

クラプトンのブルースフェスティバルのDVD観ながら出て来るゲストのパフォーマンスにいちいち盛り上がる。最後に出て来たZZ TOPのブギーのリズムは中々癖になる。

クラプトンやバディガイやロバートクレイやジョンメイヤーやスティーブガットら素晴らしいミュージシャンのプレイを聴いてるとついついギターに手を伸ばして一緒に参加したくなるのはブルースならではの効用。
最後は二人でブルースセッションに発展する。

ああ、俺もプレイヤー集めてフェスやりてえな。歌でもギターでもまあ楽器はなんでもいいが、ジャムる心で延々とブルースセッションして発散してぇわ。商売っ気抜きの音楽で楽しみたいわ〜。

帰りはもう台風襲来。土砂降りの雨の中をわたしは泣いた〜〓って泣きはせんけど、駅までの道のりだけで既にスブ濡れ。おまけに最終電車いわゆる赤電車に乗り遅れて、最後の3駅手前で事切れる。
もう開き直って雨の中を嬉嬉として散歩。すれ違う人の中には傘もささず肩うなだれてトボトボ歩く人や、酔っ払って螺旋状に歩く不思議なカップル、駅前には地べたに寝ているサラリーマンなど、それぞれの週末を過ごしている。

暴風雨はすり抜けて去って行くようだ。少し寂しい。全てを浄化してくれればよかったのに。






2008年09月18日00:03
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e3b6877b.JPG NHKでジュリーが歌っていた。還暦とは思えないほどカッコいいシャウトを決めまくっていて堪らない。本人がライブでよく言うように確かに「こんな還暦おらへんで〜」だ。そして大御所芸能人でも往年のスターでもなく、現役の「ロックンローラー」としての自分にこだわった選曲アレンジだった。
最近のジュリーのツアーバンドを引き連れてのライブだったが、ダブルギターのベースレスという、ホワイトストライプスかよ!ってな編成で、なおかつドラムのセクシーなお姉さんGRACEのカッコいいことカッコいいこと。あとテレビの音楽番組とは思えないほどドラムの音がカッコいい。さすが単なる歌手ではなく、サウンドコーディネートに人一倍こだわるジュリーの面目躍如だ。
元々ジュリーはテレビの音楽番組に自分のバンドを連れて来ることにこだわった最初の人だ。
それまでのテレビの音楽番組は、その番組専属の「なんやらかんやらとなんとか楽団」みたいなのが歌謡曲もロックも演歌もいっしょくたにバックを努めていた。今でもやってるNHKのど自慢大会みたいなあのノリだ。
それに対してあくまで自身のサウンドポリシーを貫き、テレビ関係者から疎ましがられても自分のバンドをゾロゾロ連れて来てPAとかモニターとかの環境に関しても向上を図った人だ。ある意味日本の歌謡界におけるロックの地位向上に関して多大なる貢献をした凄い人だ。未だにテレビの音響の悪さに対して怒ったいるみたいだし。
来週の水曜日も続編が放送される。「君だけに愛を」とか「時の過ぎ行くままに」とかやるまたい。楽しみ。「LOVE」をやって欲しいなぁ。
2008年09月17日16:24
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夜中フラフラしているうちに、かつて来たことのある場所に辿り着いてしまって、たとえようのない懐かしさと切なさに襲われた。
「見覚えのある場所」とか「嗅いだことある匂い」とか「よく聴いてた曲」とか「馴染みの味」とか「身体が覚えている触感」とか、五感に繋がる記憶というのは時に暴力的なまでに人を虚脱させる。突発性の発作のように。
そこから抜け出せなくなるほどロマンチックではないが、軽く通り過ぎられるほど悟ってもいない。
でもそんな「発作」を持ってる方が人間らしいとも思う。
「感動」とはニヒルなものではなく、センチメンタルなものだから。
2008年09月14日17:48
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db1ff73a.JPG アコースティックライブ終了!

今までで一番楽しかった!

来てくれたお客さん、ありがとう!

参加してくれたミュージシャンありがとう!

スペースを貸してくれたイヴァンさんありがとう!


やった曲

めくるめくwith蛇石徹
俺に逆らうな(小林旭のカバー)
帰り道
浮雲
海猫(奥田民生のカバー)
麗人(沢田研二のカバー)
インマイライフ(ビートルズの意訳カバー)
およしなってTeacher(おニャン子クラブのカバー)withひなた
くうの波withひなた
真夏の果実(サザンのカバー)with JULI
Over The Rainbow(スタンダード) with荒井ヒカル
可愛いアイシャ(スティービーワンダーのカバー)with荒井ヒカル
ラリる恋慕with山田琢磨
赤電車with山田琢磨
サムライ(沢田研二のカバー)with山田琢磨
木枯らしの歌with長沼良、山田琢磨、蛇石徹
あの鐘を鳴らすのはあなた(和田アキ子のカバー)with長沼良、山田琢磨
人間はとてもはかないwith山田琢磨
愛飢を(大瀧詠一のカバー)


久し振りにじっくり沢山の曲を人前でやったな〜。満足だ。第二弾もやりてえ。


しかし、メインエベントはここからだった。


めでたく終電に乗り遅れたミュージシャン達と3名のお客さん(といっても彼らもミュージシャンだが)は、開き直ってタクシー代稼ぎの名目で渋谷駅前にて集団ゲリラライブを敢行。


見知らぬ通行人を交えてJ-POP大会。ミスチル、スピッツやエレカシを皆で大合唱。とくにミスチル乱発は凄かった。勘でギターを弾けてしまう俺も偉大だが、なんで皆歌詞までちゃんと覚えてるんだよ?10人くらいが輪になって大合唱している様はさながら新興宗教のセミナーみたいで気持ち悪かった(笑)。う〜んJ-POP強し!

その後ノリのいい欧米人も乱入してきたんで、「ノー・ウーマン・ノー・クライ」や「ヘイ・ジュード」「スタンド・バイ・ミー」「デイ・ドリーム・ビリーバー」などの洋楽のアンセムとも言うべきナンバーで朝まで皆で歌って踊る。


マジで楽しかった!あこは裸足で踊るし、パーカッション二人は手が晴れまくってるし、俺もギター弾きすぎで手から流血してるし心底疲れたが、思いっきり音楽に浸かった一日だった。またやりたいわ。もっとミュージシャン増やしてイヴァンでライブやって二次会で大ゲリラライブ大会コース。締めは朝ラーメンだな。
2008年09月10日23:13
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b702e4ca.JPG 大抵の人が最後まで読まない(笑)ライブ告知です。まあそう言わんと読んでや。


今週の土曜日13日に久し振りの弾き語りライブをやりますよ。


場所はCAFE&BARイヴァン:渋谷区渋谷2-11-14サカイビルB1。
携帯で「イヴァン」で検索するとぐるなびのページがあって、そこに飲み物や食べ物の料金とかの詳細が載ってます。
ちなみにミュージックチャージは800円です。普通にライブハウスに行って2500円払って1ドリンクで爆音浴びるより、安い料金で入場してあとは飲み食い代に回して楽しんじゃおうという回です。普通のライブハウスもこうすりゃいいのに...。


オープンは19:00でドリンクとフードでしばしご歓談を。


スタートは20:00です。


一部:高瀬大介独り弾き語り。

二部:シンガー達とセッション。

出演歌い手:荒井ヒカル(bluelion)、ひなた(マグネチック)、JULI(vish)、ギター:高瀬大介

三部:アコギとパーカッション。

山田琢磨(The Homosapience)、歌ギター:高瀬大介、飛び入り:蛇石徹

て感じです。


今回出てくれる皆も俺もそれぞれが選んだ歌謡曲や洋楽のカバーをやるので、なんかちょっとした宴会な感じもあります。身内のお楽しみ会にならないようなクオリティにはしますが、どうしても雰囲気的に自分達で楽しんじゃおう的な気持ちも入ってるかな?
まあ皆様も連休初日の土曜の夜、リラックスした雰囲気で小宴会しないかい?恐らく演者も呑んでいい感じでステージに上がると思われるので、楽しく飲み食いしながらゆる〜い気持ちで楽しみませう。取り置きとか予約とか無いんで、その時のノリで友達誘って遊びに来て欲しいなぁ。
2008年09月08日05:48
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8a552fb7.JPG 既存の倫理観や道徳観に揺さぶりをかけ亀裂を入れるような創作物に惹かれる。


60年代末期から70年代初期の頃の創作物に強く惹かれるのは、その時代の創作物には既存の価値観に対する破壊衝動に溢れているものが多いからだと思う。ノスタルジーとかビンテージ趣味とかで、古いものが好きなのではない。破壊衝動の匂いさえあれば別にいつの時代の創作物であろうと好きになるのだ。


だからといって実際の世の中が狂った方向に向かえばいいという思想を持っているわけではない。言わずとも実際狂っている。ニュースで耳に入って来る範囲でも充分狂っている。


そんな狂った世の中のくせに、下らない常識や無知や偏見によって「表現」という行為が息苦しくなっているという状況にイライラする。
実際に起こっている醜い悪行はどこかへ置いといて、人間の営為の中でも最も優れた機能である「想像」と「創造」に対してはバンバン規制する。そんなことが出来る倫理観と道徳観などどこに存在するのか?


人間はそれほど馬鹿ではない。創作物という枠組みの中でくらいは、既存の価値観を破壊することの快感と解放感を味わいたいのだ。あくまでバーチャルな破壊衝動を現実の世界に持ち込むほど無邪気な生き物ではない。
確かにそういう愚かものが少数ながら実際にいる事は嘆かわしいが、内的破壊衝動に対して充分なカタルシスを与えてくれる優れた創作物になかなか出会えない、という悲しい現状を象徴しているのかもしれない。いや、いつの世にも馬鹿はいるのに、その責任を「たかが」バーチャルな創作物にすり替えるほどセコい世の中になっただけか。



世の中に対して善行しようとするもの、チャリティとか人生応援歌とか宗教とかに対してどうにもうさん臭さを感じてしまう。


その行為そのものが悪いという訳ではないが、そこに何の快感も無いから信用出来ないのだ。破壊衝動に対するカタルシスに匹敵するような、善行による快感が。


例えば街で募金をしてたら小銭くらいは入れてやるが、そこには快感はない。あの押し付けがましい募金コールをどうにも無視出来ない気弱な自分の心を安心させてやるための偽善的行為には快感は伴わない。まあ最近は図々しくなったんで、赤い羽募金も、おばさんたちがやってるあのよくわからないアンケートも完全に無視するが、あれをやってる本人には善行しているという快感はあるかもしれないが、それを他人にまで伝播させるような強烈な表現力、パワーは感じられない。せいぜいそれに荷担していることで「悪者」にならなくて済むというヌルい安心感ぐらいしか感じられない。
例えばその善行の原動力が、常軌を逸したような強い飢餓感、世の中の価値観をブチ壊さなければ自分の信じる素晴らしい世界は訪れないという異様な思い込みであるなら充分に狂っていて美しい。
日本テレビの24時間チャリティが面白くないのは、お涙頂戴企画ばかりで人間の一側面しかクローズアップしない嘘つきの24時間だからだ。赤い羽募金の偽善的安心感と対して変わらない。
自分が自分でなくなるようなアブナイ感覚、常軌を逸するような快感を与えてくれないまま、上から目線であーせいこーせい募金せい感動せいと言われる事ほどイラつくことはない。



久々にジョージ秋山の「銭ゲバ」と「銭豚」を読んだ。
銭を至上価値に置き、ひたすら銭のために悪行の限りを尽くし、ひょっとしたら銭よりも信じられるものがあるのではないかとどこかで信じながら、結局はそれに裏切られまた銭に戻っていき、最終的に自殺するという男の物語だ。
その最終話では、悪行の限りを尽くして集めた銭の力で政治家になった主人公が、新聞社から「人間の幸福について」という原稿を依頼され、執筆しながら自分の過去を反芻し「ほしいものはみんな手にはいったズラ」という言葉を残し自殺する。
遺書となった文章には、


「いつも私だけが正しかった。この世にもし真実があったとしたらそれは私だ。私が死ぬのは悪しき者どもから私の心を守るためだ。私は死ぬ。私の勝ちだ。私さは人生に勝った」


とあり、最後のページには遺言とも作者のメッセージともつかない言葉、


「そうだ、てめえたちゃみんな銭ゲバと同じだ。もっとくさってるかもしれねえな。それを証拠にゃ、いけしゃあしゃあと生きてられるじゃねえか」


で終わる。
我を忘れて夢中で読み終えてしまった。
作品中で何が正しいとか悪いとかは一切言及されない。ひたすら人間の醜さと哀しさが描かれている。これを読んで何を思うかはその人それぞれに委ねられている。ジョージ秋山はいちいちああだこうだ上から目線でメッセージを発してない。

俺はこういう作品が好きだ。ああしろこうしろなんて言わない。取り敢えず快感は与えた。その後は勝手にしな、自分で考えな、というスタンス。優しい。息苦しくない。


昔ザ・フーのピート・タウンゼントが吐いたセリフに「ロックンロールは悩んでる奴等の悩みを癒してやる音楽じゃない。悩みを抱えたまま踊らせる音楽なんだ」というのがある。
これは俺が生涯心に持とうとしている言葉だ。安易に人を救おうとすることのおこがましさを嘲笑うため、人間の力を過信しないため、しかしじゃあ人のために自分に何が出来るかを真剣に考えるためにこの言葉を忘れない。
「銭ゲバ」のような、既存の価値観に対して牙を向くような作品に出会った時にこそ、自らの信念が試される。


この作品が発表されたのはまさに1970年。
日本赤軍によるよど号ハイジャック事件が起こり、三島由紀夫が割腹自殺し、大阪万博が開かれ、ビートルズが解散した年だ。
2008年09月06日06:37
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最近よく人と話をする。
人と話をしているとその人の事を考えているうちに、いつのまにか自分の事を振り返っている。

取り巻く環境や困難な状況を他人のせいにしても何も始まらない。全て本人に原因があると思う。


人と話しているとだいたいその結論になるなぁ。まあ今まで人と話したり人の日記を読んだりして辿り着いた思考だけどね。
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