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高瀬大介の思い出のプラグインは刹那い記憶

〜高瀬企画発気まぐれ遺言状〜

2007年04月

2007年04月30日11:36
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こないだの弾き語りライブはなんだかやたらと気持ちよく詠唱出来たような気がする。
セットリストは

1俺に逆らうな/小林アキラ
2微熱/高瀬大介
3駄目な女/高瀬大介
4静かな日/高瀬大介
5残り香/高瀬大介
6あの鐘を鳴らすのはあなた/和田アキ子

実は当日までセットリストが確定してなくてコンセプトも決まってなかったんだけど、本番直前になって思いついた骨子が我ながら素晴らしかったのでエラいテンション上がった。
そのコンセプトは「歌謡曲とわたし」。昨日やった自作曲は全部、ロックではなく歌謡曲からインスパイアされた曲だったので、一つ一つネタばらしというか解説しながら演奏した。ちょうど昨日売り出したCDも同じような意味合いを持ったものなのでおあつらえむきだったし、アタマとケツに歌謡曲をやって、真ん中に歌謡曲からインスパイアされてそこからと遠ざかろうとした自作曲を挟む構成も俺自身を表してると思ったし。調子にのって予定にはなかった「残り香」もその場のアドリブで組み込んでみたりと、弾き語りならではの柔軟さを楽しんだ。まあとにかくいろんな事が上手く合わさったおかげで、自分でも驚くほどエモーショナルに歌えたのさ。人前で初めてやる曲もあったから緊張したけど、本番始まったらなんか怖いもんなしだった。
自画自賛ばっかで気持ちわりぃな。あんまし普段はしないんだけどよ...。まあとにかくやっと一人でやる楽しさを体感してきた感じだ。もっともっと自我を解放したいもんだ。歌を歌うことは実に気持ちのいいことだ。...すんまへん、今だけは浮かれる。


さて次は5月7日渋谷屋根裏で弾き語りライブです。毎度お馴染みのハコながらいつもと勝手が違うこのシチュエーション。楽しみだ。なるべくこの機会に見に来て下さいな。引き続き手売り密売CD「高瀬企画 企画書 其の壱」は売ります。ひょっとしたら其の弐もあるかもしれん。
2007年04月27日17:46
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最近近くのレンタルビデオ屋がビデオを100円で売ってるので「刑事コロンボ」のビデオを良く買っている。

「刑事コロンボ」はアメリカの刑事ドラマで、父親の影響で小学生の頃からテレビでよく観ていた。いやこれが面白いんだ。明らかに「古畑任三郎」はコロンボを下地に作られている。
要するに謎解きがメインではなくて、犯人の犯行を見せておいて、それをコロンボが解明していくところがメインという作りだ。
犯人となる人物は概ね社会的地位の高い人物であるが、コロンボのとぼけたキャラが相手に優越感とを油断をいだかせる。そこをついて犯人を追いつめ居ていくというある種狡猾で高度な作戦だ。しかしそのコロンボの執拗なまでの追いつめ方とは裏腹に、飄々としたキャラクターがやっぱり何とも言えず好い。あまりアメリカ的な感性とはソリの合わない俺でも、コロンボはアメリカのドラマが作り出した偉大なキャラクターだと思う。


さて今週土曜日、つまり明日、俺高瀬大介が弾き語りライブを久方ぶりにやります。今回もおなじみ捻転時計の山崎怠雅君企画「AN INCIDENT AT A STREET CORNER Vol,10」

タイムテーブルは、

19:00 オープン
19:30 伊藤昭彦
20:00 中川コースケ
20:30 山崎怠雅
21:00 Mono me U san
21:30 高瀬大介

ってな感じです。

場所は以前もやった小伝馬町の喫茶店プードル。

東京都中央区日本橋小伝馬町7-12 セントラルビル1F
Tel:03-3666-5007 Mail:poodle@poodle-live.com

です。

今回は著作権関係タブーを犯しまくった違法CDを作ったので密売しちゃいます。かなり面白いもんになってると思います。まだ何も知らなかった引き蘢りの頃に公共電波に乗った肉声、引き蘢り一人宅録音源、スタジオライブ、ラジヲによって作られたペルソナを懸命に生きようとする最近の音源、自分で編集をした企画コーナーなどなど盛りだくさんの内容です。興味ある方は是非どうぞ。
ではもしお時間ございましたら是非おこしやす。
2007年04月22日15:04
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今日ワイセッツのライブです。渋谷タウキッチンにて。場所の説明をすると、渋谷駅南口を出て246をまたぐ陸橋を渡ってKEY楽器のある坂を登ってあげくのジョナサンとロッキンオンのあるインフォスタワーの間の細い道をそのまま下って、左手前にローソンがある道に出くわすのでその道を右折。右手にタウキッチンがあります。ライブハウスっぽくないし看板も出てないんで分かりづらいです。
まあどっちにせよ燃焼するんで是非遊びにキテください。
2007年04月18日11:05
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「音楽」が「音」になる瞬間。


詳しく言うなら「音楽」に付随する「意味」や「物語」などが消え去った後のただの純粋で快楽的な「ノイズ」になる瞬間。


欲しいのはそれだけだ。昔から変わらない。歳と共に音楽の接し方に幅は出てきたが、相変わらず最も必要としているのは「ノイズ」だ。


こうなると殆ど病気である。しかもそんなオアツラエ向けのノイズなんてそう簡単には転がっちゃいないから、飢餓感はつのるばかりだ。


自分の家にあるCDに入っている音の9割9分8厘はどうでもいい音だ。


必要なのは、若きジョンレノンの世界を馬鹿にしたようなクールなシャウト、ジミヘンがギターをぶっ壊す時のアンプからもれた電気的な呻き声、野蛮人のようなボンゾのドラムの上でどこまでも上昇するロバートプラントの絶叫、暗黒のようなカオスに向かって狂っていくロバートフリップのギター、青い静寂の中に墨を垂らすようなマイルスのかすれたペット、等々の僅かな瞬間だけ。
えも言われぬ気持ちいい瞬間は射精の快感のように呆気なく過ぎ去ってしまう。


しかもその刹那なノイズがノイズとしての効力を発揮するためには、その核の輪郭をなぞる「メロディー」なり「コード」なり「言葉」なり「グルーヴ」なり「情緒」なり「リズム」なり「物語」なりの膨大な付随要素が必要となる。最も必要なのは快楽的なノイズなのに。ああ面倒クサい。


官能小説だって、最も官能的な部分だけを切り取って読んだってさしたる興奮はないのだ。


分かっちゃいるけど面倒くせえ。


ハッキリ言って生きてたってたいして面白いことなんかない。音楽なんか聴いてたって本当に気持ちいいのは一瞬だ。


だからと言って死んでもしょうがないから、少しでもマシな時間を過ごすために新しいものを産み出していこうともがく。勘違いでも錯覚でもいいから気持ちいいモノを産み出し、他人と共犯関係になろうとする。


またしても宅録しながらなんだかんだもがいている。バンドのレコーディングとはまた別に個人でもボチボチやり始めた。


しばらくは退屈しなくていい。
2007年04月18日11:02
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最近は専ら「鬼平犯科帳」ばかり観ている。


恥ずかしながら池波正太郎の原作は読んだことがなく、中村吉右衛門演じるドラマと、さいとうたかおによる漫画の方ばかりを楽しんでいる。

いやそれにしても中村吉右衛門の鬼平は絶品だ。粋で洒脱で品がある。そして圧倒的に強い。男が惚れる男とはまさにこのこと。彼の父親を含め多くの俳優が鬼平を演じてきたが、やはり中村吉右衛門の鬼平が圧倒的に格好いい。誰もが言うことだろうが。特に人情話における彼の人間味溢れる優しさと苦みはぐっとくる。思わず泣いてしまう。

またこの鬼平シリーズ、絶妙なキャスティングが楽しめる。江戸屋猫八や蟹江敬三や尾身としのりといった脇を固める名優怪優は勿論のこと、毎回ごとに登場するゲストも一癖二癖あっていい。大滝秀治、いかりや長介、藤田まこと、岩下志麻、石橋蓮、世良正則など枚挙に暇がない。

テレビの時代劇なんか殆どが阿呆らしくてまともに観れないけど、中村吉右衛門の鬼平だけは見応えがある。
毎回ラストシーンの吉右衛門の台詞や味のある表情のあとに流れるジプシーキングスのエンディングテーマが流れる度に得も言われぬ充足感に満たされる。


それにしても最近はよく泣ける。吉右衛門の天晴れな笑い声を聞いただけでもヤバい。涙腺のパッキンが緩んどる。
2007年04月11日11:44
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最近また見直して改めてその凄まじさを実感してるのが、ダウンタウンの「ごっつうええ感じ」の料理コント、「キャシィ塚本」だ。このシリーズは何本もあって、回を経るごとに凄まじくなっていく。


松本人志演じる「四万十川料理学園講師・キャシィ塚本」がごくごく普通の料理番組に出てきて、アシスタントの今田耕司と篠原涼子相手に不条理なボケをカマし続けるというコントだ。一回目を見た時の衝撃は忘れられない。


キャシィ「今日の料理はポルトガルの家庭料理、スタンディングインフォメーションです」

今田「先生、これはどういった料理なんでしょうか?」

キャシィ「(ハイテンションで)そうねぇ、ポルトガルではこれが出来ないとお嫁に行けないのよ。あえて日本料理で例えてみましょうか、先生例えちゃおうかな〜(笑顔)」

今田「あ、いいですね先生、日本料理に例えるなら?」

キャシィ「...特に無いの。では早速始めましょうか」

今田「...(苦笑)やっぱり違う国同士の料理を例えるのはなかなか難しいもんですよね?」

キャシィ「...(冷たく今田を見ながら)フン......」



というようなやりとりが続く(コントの内容を文字で伝えるのは実に難しい)。


こんな精神分裂症みたいな人が毎週ワケの分からない奇行を繰り広げるのだが、もう回を経るごとにどんどん様子がおかしくなっていく。例えば、


くろまる卵を割ってボールの中でかき混ぜてたかと思うと突然叫びながらそれを窓ガラスに投げつける。

くろまるまな板にマヨネーズを塗って包丁で切り続ける。

くろまるフランスパンを冷やすと言って冷蔵庫に入れるが、ドアを閉じた途端冷蔵庫を倒す。

くろまる突然ハサミで自分の髪を切り出す。

くろまる篠原涼子にピザの生地を宙に高く上げさせ落ちてくる瞬間に思いっきり壁に篠原を突き飛ばす。

くろまるそのピザ生地の上に自分が乗って具材となる。

くろまる篠原の股間を触ったり下品な言葉のセクハラをする。

くろまる今田耕司の顔に唾を吐きかける。

くろまる突然「ワタシ...ブタに二年ほど育てられたの...」と告白したかと思うと「今日はお母さんを持ってきたの」と言ってブタ肉の塊を出してくる。

くろまる「ストレスで流産したの...」とか「昔レイプされたの...」とか「あの人に逢いにホテルまで行ったら出てくるなり「チェンジだ、もっと若いの居ねぇのか!」って言われた」とかとんでもない告白をしだす。

くろまる突然狂ったように怒りだして「二度と出ないわよ!」「この次会うのは法廷よ!」「このウジ虫!」とか言いながら番組途中で立ち去ったりする。


完全にキチガイである。松本の目は狂人のそれ以外の何者でもない。あれはボケとかアドリブとかいうもんでなく言わば憑以である。松本自身も「たまにとり憑かれてるような気がした」と語っているが、今田、篠原はもちろん松本自身にもその先どうなるのか分からないまま事態(コント)は進行していく。
もう一つ一つのボケのシュールさがどうとか言うより、こんなアブナい人間が日曜日のゴールデンタイムにテレビに映っているということ自体が巨大なボケである。俺の記憶ではキャシィがアブナい目をしながら「子供を埋めた〜。警察がワタシを追っている...」と言いながらオロオロしていた回の翌週ぐらいにこのコントは打ち切りになったはずだ......。



このキャシィ塚本に代表されるように、松本の作る笑いのパターンの中で最も特殊なものとして、


くろまる限りなくリアルに描かれたキチガイや乞食や狂信的なファンといった放送禁止になるような人物を、あえて(本来は笑わせる、あるいは笑われる事を前提とする演者が演じる)コントという【笑い】の枠組みの中に登場させ、その空間に生ずる異質感を視聴者につっこませる。それによって、ブラウン管の中と外を通じてボケ→ツッコミの図式を成立させる。


というものがある。まあ時には演者自身が突っ込むこともあるし、思わずあまりの「現実からの跳躍」ぶりに演者自身が吹き出してしまうこともある(その吹き出してしまう瞬間に顔を覗かせてしまう演者の「常識」は視聴者にとっての「常識」でもあり、それがダウンタウンの大衆性の正体でもある。アングラ笑劇団にありがちな、完全にツッコミ不在な不条理の世界を演じきってしまい、観る側に「ワタシはこの不条理なこの世界観について行けてる特化した人間だ」といったスノビズム的な感覚を抱かせることにより成立するムラ的な笑いとは正反対だ)が、基本的には演者は、怯えたり引いたり怒ったり戸惑ったりといった反応をリアルに演じる。
そのリアルさは、もし我々が実際に当事者だったら感じるであろう気まずい空気に他ならない。我々は辛うじて視聴者であり傍観者だから笑っていられるのだ。



また同じようでいて真逆のベクトルを持つ松本人志の笑いのパターンに、「限りなく現実にありそうなんだが、絶対に無いものを現出させることで生まれる違和感を笑いに転嫁する」というものがある。



くろまる全く名称や用途の分からない伝統工芸品を作ってる匠を紹介する番組。

くろまる摩訶不思議なルールと採点方法のスポーツの実業団選手権大会。

くろまる恐らくアフリカのどこかであろうと思われる共和国の、メロディーも歌詞もあったもんじゃない国家。

くろまるひたすら「産ませてよ」と言いながらボタボタ粘液を垂らしている緑色の生き物。

くろまる家と家の隙間とか、しょんべん小僧の中とか、洗濯機のホースの中とか、必ず狭いとこに入っていてしかもその理由は明かさないまま食えない会話をする大阪のおっさん。

くろまる生物学上はトカゲだが中身は全くの普通のおっさんが繰り広げる人情劇。


などだ。実際に映像で見なければそのインパクトは万分の一も伝わらないのだが、とにかくこれが日曜の午後8時に堂々と放送されていたのである。



例えばビートたけしのような「表面的な現実をデフォルメすることによって、隠れた情けない内面性を暴く」という批評的でツッコミ型の笑いとは正反対に、ひたすらツッコミ不在のボケの世界を松本人志は生み出し続ける。



ダウンタウンの漫才においては、浜田のツッコミが注釈の役目を果たし視聴者の想像力を促すが、コントにおける「違和感」という(松本特有の)感覚的なボケに対するツッコミは、視聴者の想像力と常識に委ねられる。観る側にも知性と自主性が必要となってくる。かなり敷居が高く、ストロングスタイルな芸風であるが、故に信者はいつまでたってもその唯一無二の笑いがもたらす快感から逃れられない。




今現在も松本人志の笑いは先鋭化の一途を辿っている。今度上映される松本人志・初監督劇場作品「大日本人」によってどういう笑いを生み出してくるのか、半端ではない期待を寄せている。そこにはテレビタレント松本人志では片鱗しか見えないディープな世界観が広がっているのだろうと思う。
2007年04月05日12:42
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さて明日の金曜日、ワイセッツのライブです。こないだの渋谷屋根裏からそれほど空いてないけど本来は最低こんくらいのペースでライブやりたいですな。
場所は渋谷Lamamaです。ウチらのイベントにも出てもらってるJUKE JOINT JIVE BAND企画イベントで、ウチらは4バンド3番目で8時過ぎくらいみたいです。 渋谷Lamamaは初めてということもあるんでベストオブみたいなセットメニューになると思われます。ワイセッツのライブを観たこと無い人はこの機会に是非ともお越し下さい。
チケット料金は2000円+1ドリンクです。
でわ。
2007年04月01日21:42
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今日は歌詞を書こうと思い立って昼間に多摩川へフラフラと。

普段は誰もいない真夜中にいくから気付かなかったけど、考えてみりゃ川沿いは桜並木。花見客もたくさんいて楽しそう。

都内からここらに越してきた何年か前に一度歩いて以来数年振りの多摩川の桜。
明日は雨降りらしいので桜は散ってしまうかもしれないな。ともあれ名残の桜を見れてよかった。

また今夜夜桜を見に行ってみようかな。
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高瀬大介

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