源氏物語の野分
台風19号がついに上陸しています。物干し竿を外す、庭先の鉢を玄関に入れる、自転車をあらかじめ倒す、などそれなりの用意はしました。風はまだそれほど感じませんが、雨は大変なことになっているようで、近所のお友達からも「いつ避難?」とか「早めに風呂や夕食を済ませた」といった連絡が入っています。一応、ハザードマップではギリギリ大丈夫な地域ですが、今晩、安眠するのは難しそうです。
さて、家に一日閉じこもることが決定した我が家では、youtube&「ほん怖」祭りとなりました(間に少しだけ家庭学習)。夜の「ほん怖」も楽しみですが、せっかくなので、源氏物語の野分巻を再読しました。「野分」(のわき)とは古語で、現在の「台風」の意味です。
宮いとうれしう頼もしと(孫の夕霧を)待ちうけたまひて、「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」と、ただわななきにわななきたまふ。「大きなる木の枝などの折るる音もいとうたてあり、殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、かくてものしたまへること」とかつはのたまふ。
野分と大宮
(孫・夕霧のお見舞いに台風の様子を震えながら話す大宮。)
大木の枝の折れる音、御殿の瓦が全て吹き飛ぶなど、かなり大きな台風だったことが窺えます。この祖母・大宮の住む三条宮に見舞いに行く前、夕霧はまず父である光源氏の邸宅・六条院を訪れます。そこで偶然、父の愛妻・紫の上を垣間見し、夕霧は心を奪われるのですが、専ら、野分巻では、夕霧が六条院の女性たちを見てそれぞれ花に喩えるなど、六条院の有り様を見定める視点人物としての役割が注目されます。
一方で、大宮は、同居していた孫・雲居雁と離れ、大変寂しい思いをしており(同じく同居していた孫・夕霧と娘・雲居雁との仲に驚いた内大臣が自分の邸に連れて行った)、夕霧だけを頼りにしています。大宮の不安は、現在、台風の最中を過ごしている人々の不安にも重なるもので、大変リアリティがありました。
今回の再読は、いつもと違う新たな箇所に注目できました。同じ物語でも、年齢を重ねる、違う状況下で読む、ことで、新たな発見ができます。源氏物語は、そのような物語であると特に実感させてくれるから不思議です。
高校時代と教育実習時にお世話になった国語の先生が「源氏物語はライフワークだよ」と言われていたことも、今なら一層よく理解できます。
さて、家に一日閉じこもることが決定した我が家では、youtube&「ほん怖」祭りとなりました(間に少しだけ家庭学習)。夜の「ほん怖」も楽しみですが、せっかくなので、源氏物語の野分巻を再読しました。「野分」(のわき)とは古語で、現在の「台風」の意味です。
宮いとうれしう頼もしと(孫の夕霧を)待ちうけたまひて、「ここらの齢に、まだかく騒がしき野分にこそあはざりつれ」と、ただわななきにわななきたまふ。「大きなる木の枝などの折るる音もいとうたてあり、殿の瓦さへ残るまじく吹き散らすに、かくてものしたまへること」とかつはのたまふ。
野分と大宮
(孫・夕霧のお見舞いに台風の様子を震えながら話す大宮。)
大木の枝の折れる音、御殿の瓦が全て吹き飛ぶなど、かなり大きな台風だったことが窺えます。この祖母・大宮の住む三条宮に見舞いに行く前、夕霧はまず父である光源氏の邸宅・六条院を訪れます。そこで偶然、父の愛妻・紫の上を垣間見し、夕霧は心を奪われるのですが、専ら、野分巻では、夕霧が六条院の女性たちを見てそれぞれ花に喩えるなど、六条院の有り様を見定める視点人物としての役割が注目されます。
一方で、大宮は、同居していた孫・雲居雁と離れ、大変寂しい思いをしており(同じく同居していた孫・夕霧と娘・雲居雁との仲に驚いた内大臣が自分の邸に連れて行った)、夕霧だけを頼りにしています。大宮の不安は、現在、台風の最中を過ごしている人々の不安にも重なるもので、大変リアリティがありました。
今回の再読は、いつもと違う新たな箇所に注目できました。同じ物語でも、年齢を重ねる、違う状況下で読む、ことで、新たな発見ができます。源氏物語は、そのような物語であると特に実感させてくれるから不思議です。
高校時代と教育実習時にお世話になった国語の先生が「源氏物語はライフワークだよ」と言われていたことも、今なら一層よく理解できます。