コルサコフ港の"夕暮れ"(2017年07月30日)
"夕暮れ"と一口に言っても、時季が異なれば時間帯も多少違います。そして存外に東西に拡がっている日本国内に関しては、場所毎の違いも意外に大きいかもしれません。
それでも「午後9時過ぎ」というのは、日本国内では北海道から九州の西や沖縄県に至るまで「既に日没から結構経っている」時間帯です。
7月31日の日没時刻ですが、稚内は19時03分、東京で18時53分、ずうっと西の与那国島で19時32分です。これがサハリンのコルサコフでは21時02分なのです。
「21時02分の日没」ということは、「午後9時過ぎ」が"夕暮れ"なのです。流石に「日本国内の状況に馴染み切っている中では発想し悪い時間帯」だと思います。
「コルサコフで"夕暮れ"を視る」ということになると「海と空の色の変化」が絡まる面白い光景が視られるであろうと何時も思っていました。が、「午後9時過ぎ」が"夕暮れ"となれば、ユジノサハリンスクから行って戻って来ようとする場合に「路線バスが利用し悪い?」と思えてしまう時間帯になって来ます。
そういう事情で「コルサコフで"夕暮れ"を視る」という機会を設け損なったままで居たのですが、この程「とりあえずコルサコフ泊」ということになり、少し時間が在ったので見晴らしが好い場所へ視に行ってみました。
↓コルサコフ港を見下ろす高台からの眺望です。
コルサコフ港の"夕暮れ" (1).jpg
↑地図で視るサハリン島南端部は「n」というアルファベットのような型をしています。凸状になった真中のやや右寄りの辺りにコルサコフは位置しています。高台から鳥瞰して、港が在って海が拡がり、海面の向こうに陸地が視えます。この「遠くの陸地」が、サハリン島南西部の陸地です。夕陽はこのサハリン島南西部の陸地の向こうに在る日本海側に沈んで行きます。
「色画用紙のような」という感じの青空ではなく、些かの雲が散っている空であったので、「南西側の陸地の向こう」に沈もうとしている夕陽の光が、雲や海面を微妙な色合いに染めています。
↓午後9時を少し過ぎて、日没の時間帯を過ぎて行くと、方々に灯りが入る様子が視えます。
コルサコフ港の"夕暮れ" (2).jpg
コルサコフ港の「夏の夕暮れ」というものですが、それを「偶々コルサコフ泊になった」という夜に視ることが出来たのは幸運でした。
それでも「午後9時過ぎ」というのは、日本国内では北海道から九州の西や沖縄県に至るまで「既に日没から結構経っている」時間帯です。
7月31日の日没時刻ですが、稚内は19時03分、東京で18時53分、ずうっと西の与那国島で19時32分です。これがサハリンのコルサコフでは21時02分なのです。
「21時02分の日没」ということは、「午後9時過ぎ」が"夕暮れ"なのです。流石に「日本国内の状況に馴染み切っている中では発想し悪い時間帯」だと思います。
「コルサコフで"夕暮れ"を視る」ということになると「海と空の色の変化」が絡まる面白い光景が視られるであろうと何時も思っていました。が、「午後9時過ぎ」が"夕暮れ"となれば、ユジノサハリンスクから行って戻って来ようとする場合に「路線バスが利用し悪い?」と思えてしまう時間帯になって来ます。
そういう事情で「コルサコフで"夕暮れ"を視る」という機会を設け損なったままで居たのですが、この程「とりあえずコルサコフ泊」ということになり、少し時間が在ったので見晴らしが好い場所へ視に行ってみました。
↓コルサコフ港を見下ろす高台からの眺望です。
コルサコフ港の"夕暮れ" (1).jpg
↑地図で視るサハリン島南端部は「n」というアルファベットのような型をしています。凸状になった真中のやや右寄りの辺りにコルサコフは位置しています。高台から鳥瞰して、港が在って海が拡がり、海面の向こうに陸地が視えます。この「遠くの陸地」が、サハリン島南西部の陸地です。夕陽はこのサハリン島南西部の陸地の向こうに在る日本海側に沈んで行きます。
「色画用紙のような」という感じの青空ではなく、些かの雲が散っている空であったので、「南西側の陸地の向こう」に沈もうとしている夕陽の光が、雲や海面を微妙な色合いに染めています。
↓午後9時を少し過ぎて、日没の時間帯を過ぎて行くと、方々に灯りが入る様子が視えます。
コルサコフ港の"夕暮れ" (2).jpg
コルサコフ港の「夏の夕暮れ」というものですが、それを「偶々コルサコフ泊になった」という夜に視ることが出来たのは幸運でした。