<三兄弟>:アレクサンドロフスク・サハリンスキーの象徴的な存在の岩(2017年09月23日-24)
「市章」と呼ぶのが最も判り易い言い方になると思いますが、サハリンで"地区"と呼ばれる各自治体では、各々の紋章を定めています。
稚内市との友好都市交流を続けているネベリスク、コルサコフ、ユジノサハリンスクでも各々にそういうモノを定めています。稚内での催事でも、それらを示すような場面が在りますが、各々に工夫をした紋章で、なかなかに美しいモノです。そして、ネベリスクが"トド"を図案に入れている例が在りますが、「地区の特色」を想起させるユニークな図案も多く見受けられるものです。
↓アレクサンドロフスク・サハリンスキーではこういう市章を使っています。
Aleksandrovsk[1].png
一瞥して「山?」というように、または「チェスの駒?」というようにも思いましたが、何れでもありません。
↓こういうモノの図案なのです。海から突き出ている3つの岩です。
<三兄弟>の件 (3).jpg
このアレクサンドロフスク・サハリンスキーの海岸に突き出ている3つの岩は<三兄弟>(Три Брата)(トリ ブラター)と呼ばれて古くから親しまれているものです。
<歴史・文学博物館『A.P.チェーホフとサハリン』>の一部を成す「ツァプコの家」ですが、元々は「港での無線連絡に関する仕事」のことを顧慮して現在も在る場所が選ばれていたようで、「ツァプコの家」を起点にすると港の側、その少し先の<三兄弟>が視える海岸へは行き易い感じです。
アレクサンドロフスク・サハリンスキーの港ですが、博物館で古い写真を視ると「桟橋が築かれていて、小さな船で沖の大き目な船との間を行き交う」ようになっていました。現在でも大型船が出入可能な状態ではない様子です。大型船が停泊している様子は視えませんでしたし、大型船のためと見受けられる施設も視えませんでした。
「ツァプコの家」の直ぐ先に、海へと注ぐ川に架かった橋が在り、そこを渡って進めばアレクサンドロフスク・サハリンスキーの港に至ります。「廃工場?」というような建物、「廃工場風だが、何かやっている?」という感じの場所、少し古めかしい感じがする場合も在る戸建ての民家が文字どおりに点在しているような中、車輛が通り抜けると多少の砂埃が舞い上がる道路を進めば水辺の風景になります。
やがて港が在ります。「アレクサンドロフスク・サハリンスキー・モルスコイ・ポルト」(アレクサンドロフスク・サハリンスキー海洋港)の略称と見受けられる"АСМП"(アーエスエムペー)という文字が在る大きな門扉が視えたのですが、その辺りに「グルーッ!」と唸る犬が3頭位居て、繋がれているのかと思えばそうではなく、いきなりこちらに吠えながら駆けて来るので、別段に悪いことはしていないにも拘らず、慌てて走って逃げました。
「物騒な感じの犬だった...」とブツブツ言いながら更に進むと海岸が視え、好天の土曜日だったことから、散策している家族連れや、ゆったりしている人達の様子が視える平和な光景が眼前に拡がりました。
↓人為的に造ったのではなく、自然の造形で、こういう具合に「寄り添う兄弟」のように3つの岩が並ぶのは不思議なことです。
<三兄弟>の件 (2).jpg
海岸辺りに岩が突出るように立っていて、その景観が親しまれている例は日本国内でも、他の国や地域でも在るように思いますが、このアレクサンドロフスク・サハリンスキーの例のように「綺麗に3つ並ぶ」のはやや珍しいような気がします。
↓望遠ズームでも画を撮っておきました。海岸からは思った以上に距離が在るように視えました。
<三兄弟>の件 (1).jpg
「大きな看板をビルの屋上に設置」というようなことをすると、"大きさ"が判り悪くなる場合が在ると思います。この岩も、実際にはかなりな大きさなのだと思いますが、「海岸線から微妙な距離で、広々とした海に突出し、背後も広漠とした空」という条件のために、大きさが判り悪くなっています。
それにしても、視れば視る程に「海の上に"石庭"を造ったかのようだ」と思えて、少しゆっくりと視ていました。
訪ねた際には、満潮かそれに近いタイミングだったのかもしれません。思う以上に海水が岸に迫っていて海岸は狭く、打ち上げられた海藻に覆われているような箇所も多く、少し南寄りに相当する辺りまで「歩いて行ける」と聞いていましたが、途中からそこは海面下になってしまっていて、余り進むことが出来ませんでした。
この<三兄弟>に関しては、少し違う角度からも見ました。
↓別な方角から回り込むような型になりますが、"АСМП"(アーエスエムペー)というエリアの少し北側に在る砂浜に出てみると、前日とは違う角度で<三兄弟>が小さく覗きました。
<三兄弟>の件 (4).jpg
↑こうやって海岸部の断崖と並んで比較が出来るように視ると、<三兄弟>が存外に大きいことが判ります。
好天の休日という好い条件ではありましたが、この<三兄弟>が視える辺りに行くと「存外に地元の家族連れと見受けられる人達が多い」ような感じだったことに少し驚きました。市章に使う程度の「対外的に"発信"するような代表的景勝地」が、地元の人達にも愛されているという様子が判ります。
稚内市との友好都市交流を続けているネベリスク、コルサコフ、ユジノサハリンスクでも各々にそういうモノを定めています。稚内での催事でも、それらを示すような場面が在りますが、各々に工夫をした紋章で、なかなかに美しいモノです。そして、ネベリスクが"トド"を図案に入れている例が在りますが、「地区の特色」を想起させるユニークな図案も多く見受けられるものです。
↓アレクサンドロフスク・サハリンスキーではこういう市章を使っています。
Aleksandrovsk[1].png
一瞥して「山?」というように、または「チェスの駒?」というようにも思いましたが、何れでもありません。
↓こういうモノの図案なのです。海から突き出ている3つの岩です。
<三兄弟>の件 (3).jpg
このアレクサンドロフスク・サハリンスキーの海岸に突き出ている3つの岩は<三兄弟>(Три Брата)(トリ ブラター)と呼ばれて古くから親しまれているものです。
<歴史・文学博物館『A.P.チェーホフとサハリン』>の一部を成す「ツァプコの家」ですが、元々は「港での無線連絡に関する仕事」のことを顧慮して現在も在る場所が選ばれていたようで、「ツァプコの家」を起点にすると港の側、その少し先の<三兄弟>が視える海岸へは行き易い感じです。
アレクサンドロフスク・サハリンスキーの港ですが、博物館で古い写真を視ると「桟橋が築かれていて、小さな船で沖の大き目な船との間を行き交う」ようになっていました。現在でも大型船が出入可能な状態ではない様子です。大型船が停泊している様子は視えませんでしたし、大型船のためと見受けられる施設も視えませんでした。
「ツァプコの家」の直ぐ先に、海へと注ぐ川に架かった橋が在り、そこを渡って進めばアレクサンドロフスク・サハリンスキーの港に至ります。「廃工場?」というような建物、「廃工場風だが、何かやっている?」という感じの場所、少し古めかしい感じがする場合も在る戸建ての民家が文字どおりに点在しているような中、車輛が通り抜けると多少の砂埃が舞い上がる道路を進めば水辺の風景になります。
やがて港が在ります。「アレクサンドロフスク・サハリンスキー・モルスコイ・ポルト」(アレクサンドロフスク・サハリンスキー海洋港)の略称と見受けられる"АСМП"(アーエスエムペー)という文字が在る大きな門扉が視えたのですが、その辺りに「グルーッ!」と唸る犬が3頭位居て、繋がれているのかと思えばそうではなく、いきなりこちらに吠えながら駆けて来るので、別段に悪いことはしていないにも拘らず、慌てて走って逃げました。
「物騒な感じの犬だった...」とブツブツ言いながら更に進むと海岸が視え、好天の土曜日だったことから、散策している家族連れや、ゆったりしている人達の様子が視える平和な光景が眼前に拡がりました。
↓人為的に造ったのではなく、自然の造形で、こういう具合に「寄り添う兄弟」のように3つの岩が並ぶのは不思議なことです。
<三兄弟>の件 (2).jpg
海岸辺りに岩が突出るように立っていて、その景観が親しまれている例は日本国内でも、他の国や地域でも在るように思いますが、このアレクサンドロフスク・サハリンスキーの例のように「綺麗に3つ並ぶ」のはやや珍しいような気がします。
↓望遠ズームでも画を撮っておきました。海岸からは思った以上に距離が在るように視えました。
<三兄弟>の件 (1).jpg
「大きな看板をビルの屋上に設置」というようなことをすると、"大きさ"が判り悪くなる場合が在ると思います。この岩も、実際にはかなりな大きさなのだと思いますが、「海岸線から微妙な距離で、広々とした海に突出し、背後も広漠とした空」という条件のために、大きさが判り悪くなっています。
それにしても、視れば視る程に「海の上に"石庭"を造ったかのようだ」と思えて、少しゆっくりと視ていました。
訪ねた際には、満潮かそれに近いタイミングだったのかもしれません。思う以上に海水が岸に迫っていて海岸は狭く、打ち上げられた海藻に覆われているような箇所も多く、少し南寄りに相当する辺りまで「歩いて行ける」と聞いていましたが、途中からそこは海面下になってしまっていて、余り進むことが出来ませんでした。
この<三兄弟>に関しては、少し違う角度からも見ました。
↓別な方角から回り込むような型になりますが、"АСМП"(アーエスエムペー)というエリアの少し北側に在る砂浜に出てみると、前日とは違う角度で<三兄弟>が小さく覗きました。
<三兄弟>の件 (4).jpg
↑こうやって海岸部の断崖と並んで比較が出来るように視ると、<三兄弟>が存外に大きいことが判ります。
好天の休日という好い条件ではありましたが、この<三兄弟>が視える辺りに行くと「存外に地元の家族連れと見受けられる人達が多い」ような感じだったことに少し驚きました。市章に使う程度の「対外的に"発信"するような代表的景勝地」が、地元の人達にも愛されているという様子が判ります。
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