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外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2017年04月

2017年04月30日10:00
私の会社が経営するバンクーバーの商業不動産に入居するテナントの従業員から「お願いがあります」と。イスラム系の彼が所属する団体で寄付金集めの年次イベントが近く催されるのですが、それに寄付をしてくれないか、いう依頼です。「わかった。いいよ、協力するよ。」と気持ちよく受けて経理の方にその旨、指示をしました。

このような寄付の依頼は当地で仕事をしていると頻繁にあるものです。証券会社の担当が「前立腺がんの協会に寄付を」と言われれば喜んで、と受け、銀行の担当から「小児科病院の寄付を募っているのだが」とお願いされればもちろん、とニコニコひとつ返事で受けます。

「それじゃ、いくらあっても足りないじゃないか?」と言われるかもしれませんが、通常の寄付の金額はせいぜい一件100ドル(8000円程度)ですからこの位は必要経費の中で収まります。

それとは別にほぼ毎年行っている大枠の寄付の依頼もあり、これは予算付けしています。数十万円単位の額になります。

なぜそのような寄付を行うのか、といえば一つは社会の要請であるということでしょう。北米で富裕層はずるいという風潮がありますが、富裕層の寄付の金額も尋常ではありません。特にメディアなどでよく取り上げられる富裕層は逆に多額の寄付がその人の人格、名声を引き上げる役割を果たしたりしています。

ただ、一番重要なのはお金は廻るという考え方だと思います。日本でも宝くじに当たったり、競馬で勝ったら「ごちそうするよ」と言います。ゴルフでホールインワンを取ったらうれしさよりも出費の多さで頭が痛くなります。つまり、恵まれたり幸運であればそれをみんなにおすそ分けするという発想は万国共通なのでしょう。

最近のニュースで日本電産の永守重信会長が出身校や地元の学校に170億円以上の寄付をしていることが話題になりました。東日本大震災の際には多くの企業が億単位の寄付をしたことも覚えていらっしゃる方も多いでしょう。よく金持ちはグリード(貪欲)だと言われますが、そのような姿勢だと逆に社会から見放されてしまい、企業活動がしにくくなるものなのです。「寄付して」というのは「飯でも食おうか」ぐらいのノリなのです。

さて、私はお金で解決すればいい、という発想はあまり好きではありません。確かにお金という実弾はそれを必要としている人たちにとってもっとも使いやすい形ではありますが、寄付団体を通じて行うと団体の経費がかかるため、1割から4割程度は誰かわからない人の給与や事務所経費に消えてしまいます。私はこれがどうも好きではなく、なるべくなら直接的な寄付の方を好みます。(もっともこの場合税額控除のレシートを貰えない訳で節税対策としては面白みがないのですが、私は寄付を税金対策で行うという発想が二の次、三の次だと思っています。)

そこでもう一つの社会貢献として社会奉仕を積極的に行っています。社会奉仕といえば街の掃除をしたりそれこそ被災地にお手伝いに行くことがイメージされると思いますがそれだけではありません。私はカナダで25年以上、悪戦苦闘しながらも今日に至ったわけでその苦労から学んだことを次世代に伝えることは極めて有益だと思っています。それ故に経済系NPOに所属し、日本からの若者に時間を割いて様々なことを教えたり、依頼があれば高校生や大学生など若者向けの講演もしばしば行っています。

実は私は出身大学の校友会のバンクーバー支部長をしているのですが、当地の大学に交換留学している学生さん達と今期、初めて深い付き合いをいたしました。そこでの気づきは現役学生と校友会の接点を通じ、留学先の大学で学ぶだけではなく、校友会がバックアップし、もっと広く海外の見識を広げてもらおうと考えました。私は大学の事務部と掛け合い、次期以降の留学予定の学生との接点をつくるのに大学側の協力を得られるようになったのです。現役と校友会の繋がりはわが校では初めての試みのはずです。こういう活動も大事な社会貢献だと思っています。

お金を持っている人は寄付をして社会に還流させるという発想があると同時に経験や能力を若い人に伝授したり教えていくということも重要な社会活動であります。我々日本人はどうしても他人に対してやや壁を作る傾向があります。私は出来る限りそのハードルを低くし、社会が豊かになるために汗をかき、時間を割き、寄付も厭わないよう微力ですがお手伝いできるように前向きに進んでいます。こんな人を一人でも二人でも増やして社会をもっと豊かにできればと思います。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。
2017年04月29日10:00
ゴールデンウィークでお休みモード満開になる日本。世の中いろいろありますが、まずはいったん休憩、レジャーに勤しむのかと思います。みなさん、楽しんでいただければと思いますが北朝鮮が弾道ミサイルを29日朝、飛ばしたようです。失敗のようですが、全く持ってこの先、読めなくなりそうです。

さて、今週の話題で本項で取り上げなかったことを中心にさらっとおさらいしたいと思います。

まずは経済。ユーロ圏のインフレ率が1.9%、コアも1.2%となり、ディスインフレーションからの脱却が明白になりつつあります。インフレ率には食料品やガソリンなど振れ幅がある項目が含まれ、時として0.5%程度の幅でぶれますが、それらを除いたコアインフレ率も13年6月以来の水準に上がっています。長く続いた金融緩和政策が効果をもたらしのか、はたまた経済循環の法則に基づき、回復してきたのか、議論があるところだと思いますが、良い傾向なのだろうと思います。

一方、アメリカの第一四半期GDPの速報値は頭が痛いものでした。もともと1.0%程度と事前予想されていましたが、それを下回る0.7%に留まり、10-12月期の2.1%と比べても大幅に見劣りする結果となっています。特に足を引っ張ったのが個人消費。過去3四半期は3%以上の伸びだったこのセグメント、今回はわずかに0.3%の伸びに留まっています。

アメリカ経済もリーマンショック以来ずっと成長してきたことを考えれば欧州とは逆の循環の法則が成り立つとしても誰も否定できないでしょう。一応、着目しておいた方がよさそうです。

さて、企業を見ると決算発表が始まり、これからしばらくは決算の喜怒哀楽が見られそうです。その中で今週の注目はソニーだったと思います。連結ベースの営業利益は17年3月が2887億円、18年3月は過去二番目の5000億円を目指す、と発表しています。ただ、中身を見ると今期の収益の柱は金融1664億、ゲーム1356億円が突出しており、あとはプラス、マイナスが混在しています。映画は減損もあり、マイナス805億円に沈んでします。営業利益としての改善は見られますが、かつてのソニーらしさではない気がします。違う会社だと思えば良いのでしょうか?日本の家電メーカーがボロボロの中では健闘していますが、ゲームと金融では家電メーカーとも言いづらいところです。

小売りをみるとアマゾンの絶好調振りがより鮮明になってきました。アマゾン本体の第1四半期決算は売り上げが23%増で小売りではウォールマートに次ぐ全米2位。世界制覇もいよいよ見えてきました。その陰にあるのが宅配業者です。例えば日本ではヤマト運輸の苦悩が話題になりアマゾンを含めた通販業者との取引見直しを進めるとともに27年ぶり値上げに踏み切り、個当たり最大180円値上げすると発表しました。この値上げは一般向けですが、アマゾンなど大口業者との取引はどうなるのでしょうか?これは非公表でしょうが、アマゾンがハイ分かりました、と料金引き上げを簡単に飲むとも思えません。勢いがある企業はとにかく我儘なのであります。

豊洲市場を仮に別用途にするなら最大の潜在的顧客はアマゾンでしょう。フランス北部の地方都市にある家電大手ワールプールの工場が無くなれば従業員はアマゾンの配送センターで働くのだろうか、というフィナンシャルタイムズの記事もあります。世界はアマゾン頼み、弱肉強食そのものであります。

ところでその豊洲。豊洲市場を壊して開発業者に売却し、築地を再開発するという案があります。これは妙案ではなく珍案です。これを提案したのが小池さんが信頼する小島敏郎座長率いる特命チーム。これに対して小池都知事は都市計画決定している中、(豊洲市場を)「右から左に売れるものではない」とバッサリ斬っています。個人的にはしろまるしろまるチームとかしろさんかくしろさんかく本部といった集団合議で方向性を不明瞭にさせるよりも「知事、ご決断を!」と申し上げておきます。

さて、ゴールデンウィーク中は国内のニュースは限られるかもしれませんが、海外からいろいろな声が聞こえてきそうです。北朝鮮をめぐる問題はいよいよ白熱しそうですし、韓国の大統領選の行方もこの展開次第ではまだ、予断を許しません。フランスの大統領選はマクロン候補が静かに逃げ切り体制であるのに対してルペン候補が猛烈な攻勢をかけています。1週間でも情勢がひっくり返ることはあり得ます。気持ちは休みでもニュースからは目が離せそうにありません。

では素敵なゴールデンウィークをお過ごしください。

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また明日お会いしましょう。
アメリカ大統領が就任して100日間はその手腕を見極める為にマスコミもさほど騒がないというのが慣例であります。残念ながらそれは打ち破られるためにあるのか、トランプ大統領が喧嘩を売ったからなのか、そこはともかく、マスコミが全面的に参戦してあぁだ、こうだ、と100日未満の仕事ぶりを評価してきました。

結果は言うまでもなくトランプ大統領の惨敗であります。正直申し上げるとトランプ大統領がいてもいなくても国家は廻るとも言えるかもしれません。何を吠えようが、どんな失敗をしようが結局、株価は高値を更新し、誰もショックを感じていません。期待感が低いが故に税制改革案が発表されても「そんなもの、そう簡単に実現できるわけない」とそっぽを向かれています。就任当初からレームダックになった大統領も珍しいかもしれませんが、逆にこれ以上悪くならないという見方があるのも事実。よって、私はいずれ見直されるのだろうと思っています。

その中で割と評価が高かったのが突然のシリアに対するミサイル攻撃であります。共和党が大統領を持ち上げたのはもちろん、ヒラリークリントン氏ら民主党の有力議員まで支持しています。「人道的」という意味合い、ディールをすると思われたプーチン大統領への挑戦状、そして習近平国家主席とステーキを食べている際の自慢話になった点が評価につながった可能性があります。

では私が考える最大の疑問ですが、その習近平国家主席との会談で美酒に酔い、いい気になってしまい、中国が北朝鮮対策に深く踏み込むことを許したのではないかという点であります。まだ予断は許しませんが、もしも仮に金正恩氏があがきを諦めたとしたらいくつかの背景があると思います。そのうちの一つが中国側の北朝鮮に対する締め上げだろうと思います。この締め上げは軍を北朝鮮国境そばに配置するであるとか、石油を止めるなどのより強固な北朝鮮制裁であります。(ただし、パイプラインの石油を完全に止めるとそう簡単に復旧できないので止まってはいないはずです。)

そして最も効果的だったのは真偽がはっきりしないですが、習近平氏が述べたとされる「朝鮮半島は中国の一部だったことがある」との発言であります。この後に北朝鮮の国営放送は中国を暗に非難する発言を行っています。

この意味を考え抜くと中国による朝鮮半島管理体制をトランプ大統領が認めたのではないか、という気がしてなりません。シナリオとしては北朝鮮に中国の傀儡国家を一時的に作り、その上で韓国と統一交渉を行い最終的に朝鮮半島問題の解決を画策したのではないかと考えられないでしょうか?

ではアメリカは今回の問題で何をしたかといえば遅まきながらもカールビンソンを朝鮮半島近海に配備し、THAADは韓国大統領選を考慮し、とてつもなく早く準備するなど戦略としての準備を整えてきました。これは金正恩氏としては中国とアメリカに包囲されているようなものであがきようがない形勢であります。

一方、韓国ですが、揺れ動いた挙句、大統領候補は文在寅候補が安哲秀候補を20%ポイント以上の差をつけてしまい、独走している点に注目しています。アメリカが北朝鮮に軍事行動を起こすなら大統領選挙前、正に今が最後のタイミングだったのですが、文候補に圧倒的支持が集まり始めています。理由ですが、韓国が北朝鮮とけんかをしたくないという心理そのものなのだろうと思います。

ソウル市民にとって一瞬のうちに火の中に包まれるシーンは想像したくないでしょう。ならば対話をもって解決したいと思う気持ちが出てくるのは分かります。金正恩氏は北朝鮮に融和的大統領が誕生するなら刺激を急がなくてもいい、と考える可能性もあります。中国にとってこれは実に好都合なのであります。

このストーリー、一見平和裏に解決する美談にも感じますが、日本にとっては頭痛のタネになるでしょう。一つはアメリカが中国の膨張を黙認したことになります。アメリカ軍は韓国から喜んで撤退するでしょう。そうすれば防御ラインは日本列島になりますから在日米軍は強化する必要が出てこないでしょうか?

朝鮮半島から日本になだれ込んでくる韓国人も増えるかもしれません。韓国とビジネスをしている日本企業も企業戦略の練り直しが求められるかもしれません。

こう考えるとトランプ大統領と習近平国家主席との会合は何だったのか、そしてなぜ、習氏はニコニコしてご機嫌で帰国したのか、辻褄があってきます。北朝鮮国境近くは江沢民派ですから習氏の力を顕示するにも都合がよいのです。つまり、中国に「百利あって一害なし」だったのではないでしょうか?

もちろんこのストーリーは私が様々な事実から組み合わせた可能性の話でありますのでこのようになるのかどうかは分かりません。が、トランプ氏はもともと東アジア外交に興味がないのは当初からの分かり切った話でさっさとケリを付けるという姿勢だったのだろうと察しています。

では日米関係はどうなるのか、ですが、個人的にはトランプ政権の時は「愛がない形式だけの日米関係」になると思います。だったら安倍首相はプーチン大統領ともっと踏み込んでもいいのではないか、という外交的判断も可能になってくるのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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今村前復興大臣、何とも格好悪い辞任劇であります。たった一言のあの発言で地位も名誉もお金も失ってしまいました。政治家はしゃべるのが本職故にそのリスクは高くなります。言葉遣い、自分の信念の押し出し方、断言調でモンギリ調という人もいます。そういった会話としての表現力のみならず、トークの中には本心がどうしても出てしまいます。原稿をしっかり用意した場合には案外とちらないのですが、いい気になってしゃべるような時が一番危ないもので今回も身内のパーティーでの話でありました。

同じようなことは長靴業界が儲かると冗談のつもりで言った務台前政務官も同様にバッサリと斬られてしまいました。彼の場合も被災地に革靴で来て濡れると困るからおぶってもらったシーンがテレビに再三映し出され、恥をかいた後、講演で冗談にもならないことを言ってしまったのであります。

今回の情けない大臣に対して安倍首相の即断即決即行動には評価をいたします。任命責任はあるのでしょうけれど身内をかばうということをせず、トランプ大統領流の「お前は首だ!」という判断を即座にしたことは大きいと思います。ここまで早い対処をしたケースもそうそうないのではないでしょうか?

私がこの事件を通じて思うことは日本人の甘えの構造なのかな、と思います。パブリックと身内の使い分けによる二枚舌、二重人格的な点であります。

例えば初めて会う人には平身低頭で丁寧語を使いますが、よく知る関係になると急に打ち解け、場合によっては緊張感が完全に弛緩しきって崩れてしまう人もいます。これを私は外面(そとづら)と内面(うちづら)と考えています。今村氏の場合も自分の派閥のパーティー、務台氏は視察先で自分の配下の人間におんぶしてもらい、また自分がよく知る講演会で失言しています。これが内面です。

私は内側を締めてこそ本物だと思っています。つまり、外に行くほど緩く、内側に来るほど厳しくなり、最も厳しいのが自分に対する姿勢であります。緩まないネジというがありますが、正に自分を緩ませては全ての収拾がつかなくなるのがオチではないでしょうか?務台氏の場合も本来では指導側の立場であって見本的行動を要求されるものです。何しに被災地に行ったのか、視察が形骸化していたとしか思えないのです。

実は私は外に対しては優しいのですが、一定のルールを化しています。そのルールを逸脱すれば「はい、終わり!」という厳しいペナルティを相手に課します。例えば私が経営する東京のシェアハウスでも契約書とハウスルールは共に4-5ページ、きっちり細かく書き込まれています。契約前に「よく読んでください」と念押しします。ルールは厳しいものではありません。ごく道徳的で常識的な内容ですが、それすら守れないなら即退去ですよ、という話です。過去、この退場宣言を2度ほどしています。

あるいは私どものカナダの会社の従業員就業規則には会社のルールが法律に基づき、細かく規定されています。どれも当たり前のものです。会社のものを盗むな、さぼるな、悪口を言うな...というレベルです。これが出来なくて解雇された人は過去、5-6人はいたと思います。

これは何を意味するかというと顧客でも従業員でも甘えを許さないということです。安倍首相はその点で一度は許し、かばっています。私もサッカーと同様イエローカード、レッドカード制度ですので必ず、事前警告があります。それでも気が付かない「ぼんくら」はいくら我慢してもダメなのです。

日本人論の名著に精神科医の土居健郎氏が1971年に書いた「甘えの構造」があります。私も読みましたが、日本人の甘えの体質は世界でも独特であり、そのひとつの理由として「父」の存在感にある、としていたと記憶しています。父とは一般に言う父親だけではなく、すべての社会的関係に於ける指導者であり、それを通じた組織への帰属意識を通じた甘えだと論じていたはずです。

現代社会ではこの父親たる指導者が強くないことが最大の問題であります。家庭の父は教育を母親に任せ、学校の父である担任はモンスターペアレンツを恐れ、企業の上司は働き方改革で厳しいことが言えなくなります。近所の人は「怖そうだから」と近寄らなければやりたい放題になってしまいます。言い換えればブレーキが利かない暴走列車なのでしょう。

それゆえの即断即決即行動なのです。少なくとも安倍首相は政治家としての父親の姿勢を見せたと思います。こういう毅然とした態度をとり、世の中は厳しいのである、ということを再認識させないと緩み切った日本の社会では何が起きてもびっくりしないことになってしまうのではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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かつてインターネットが世の中に広がり始めたころ、人々は次々とウェブサイトにアクセスし、ネットサーフィンを楽しむとされました。この言葉もすっかり死語になり、今ではアクセスするウェブサイトは比較的限定的という人も多いのではないでしょうか?

私も「お気に入り」のフォルダーにあるポータルサイトや専門サイトは頻繁にアクセスするもののそこから先は検索などで探し出す手法ですので「サーフィン」という波に乗り続ける連続性というより狙いをつけてそこだけアクセスする点において「カワセミ」のようになってきた気がします。

さて、そんなサーフィンブームから20年。次に訪れたサーフィンはネットショッピングだったと思います。日本では楽天にアマゾン、ヤフーなどが大型ネットショップを運営しています。また多くの大企業が直接的なショッピングサイトを持っています。ファッションのゾゾタウンなどは急速な成長を遂げるほか、例えばニトリなどはそのショッピングサイト自体で十分楽しめる規模を持っています。北米ではウォールマートがネットショッピングサイトに非常に力を入れています。

そこで思うのはネットショッピング疲れであります。私は日本ではネットショッピングは一般的なものはアマゾンが主体であります。お恥ずかしながら楽天でショッピングしたのは昨年の暮れが初めてであります。が、多分、もう行かないかもしれません。なぜならサイトを見ていて疲れるのです。原色ギラギラに「安いよ、安いよ」はかつての魚屋や八百屋のノリであります。正直言ってもっと見てやろうという気が起きません。

ではアマゾンならあれこれのぞき込むのか、といえばそれもしません。目的地に行って商品の紹介の初めの1-2ページだけ見てさっさと決めてハイおしまい、です。なぜならどこまで見に行っても同じだからであります。

こんな私の行動は案外、多くの皆様と同じではないか、という気がしています。例えば水のボトルを買うとします。そこには7-8種類のブランドがならび価格もごくわずかの差です。水のブランドを見てもどれがうまいのか即座に分かりませんが、わざわざそのコメントを読むほど暇でもないのです。だったらもうこれでいい、という妥協の産物がそこにあります。

そんな我々のネットショッピング疲れに気付いたのか、アマゾンではDash Buttomなるワンタッチボタンを開発。家庭で頻繁に必要になる水や洗剤などのそばにこのダッシュボタンを冷蔵庫や洗濯機のそばに張り付けておき、無くなったな、と思ったらボタンを押せば商品の注文が完了するという「ものぐさ専用機器」が生み出されました。

一方、日経には「さらば楽天、自前サイトで勝負」という衝撃的記事が出ています。自分のネット商店がネットで目立つか価格攻勢をしない限り埋没し、本来の「こだわり」を押し出せない弱点に気が付いた商店主が多いといった趣旨であります。記事の中には今年楽天を退店した数は160店にも上るとなれば時代が明らかに変わってきたことを意味します。

ネットショッピングの時代の幕開けの時、多くの商店主は「これで我々の商圏は半径300メートルから全国くまなく拾い上げることになった!」とそのショッピング革命に勝利宣言をしていたのを今でも鮮明に覚えています。が、今ではどこも似た商品、似た価格、似たおすすめで食傷気味なのです。

ではこの次はどうなるのか、でありますが、個人的には「みのもんた」スタイルにヒントがある気がいたします。みのもんたがかつてバラエティに出ていた頃、彼が勧める商品に主婦が群がり、その日の夕方には陳列棚から商品が消えるということがしばしば発生しました。「みのもんた教」ともささやかれた主婦への洗脳力は驚くべきものがありました。

似たようなケースとしてジャパネットたかたの高田明氏が挙げられます。氏も独特の言い回しから欲しくなる、そしてお得になったという説得力で圧倒的な販売力を誇ります。もう一例は業種は違いますが、ライザップを挙げておきます。あれだけテレビの宣伝で痩せるだけではなく、格好良くなれるという刷り込みをされるとやってみようというマインドコントロールをされます。そして決して安くないその費用を払った瞬間、「あんなに払ったのだからやらざるを得ない」という気にさせるのでしょう。

これらの例に共通するのは頭への刷り込みであります。つまり、多くの一般ネットサイトは商品名と価格がその説明の大部分であります。それに対してみのもんた氏にしろ高田明氏にしろ商品説明には時間がかかるけれどその分、しっかり顧客に差別化を図り、欲しいと思わせるテクニックがそこに存在します。

つまり、私が思う新しいネットショッピングとは目的や用途、効用、効果などをより強調し、顧客の価値観と合致させるようなAI機能を搭載させることで頭に刷り込みが出来るアプローチが求められるのではないかと思います。

例えば「ジョーンズ博士」という検索をしたら健康的で摂取するものをよく考えた商品構成が並ぶといったアイディアです。「ライザップ」と入れたら美しく痩せる、たくましく痩せるという二つ以上の組み合わせキーワードを取り込める商品構成が出てくることが必要であります。

実は顧客は知っているようで知っていないものです。例えば私がスーパーマーケットを経営するとしたら商品の値札の下に一言コメントを入れるようにします。「しろまるしろまる産のアスパラガスは全国でも1、2を争う高品質」と書けば今まで気にもしなかったしろまるしろまる県の産品に急速にスポットライトが当たります。

お酒でもどの銘柄を買っていいかわからないものです。辛いのか、ドライなのか、芳醇なのか、いろいろな好みがある中でスーパーマーケットは単に「ギリギリの価格でご奉仕しています」というメッセージしか出していないのは実にもったいない気がするのです。

つまり、これからは洗脳させることによる販売増を図ることが主流になると思います。よって、何ら特徴もない単に安価だけが取り柄だった商品は世の中から消えていくし烈な戦いになっていくのではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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ほとんどのメディアのトーンはフランスの大統領選挙の決選投票は中道のマクロン氏が極右のルペン氏を大差をつけて破るだろう、という安堵感に浸ったものになっています。私も基本的にはその路線で正しいのだろうと思いますが、過去、英国のEU離脱にしてもトランプ大統領の当選にしても「想定外」だったのはほとんどの人があり得ない選択だと信じ切っていた心理的ギャップの大きさであったとも言えます。2度あることは3度ある、が起きるのでしょうか?

次の決選投票は5月7日。つまり、第1回目投票から2週間しかない点において、人々の考えが大きく変わるかという点においてはアメリカ大統領選の時のような長丁場の戦いとは違いますのでルペン氏にとっては不利であります。

但し、2つのいつ起きてもおかしくない可能性は頭に入れておいた方がよさそうです。一つはフランスでしばしば起きるテロ事件。もう一つは北朝鮮動向次第で、人々の心に大きな変化をもたらすことがないとは言えません。

まず、今回の選挙結果を見るとマクロン氏はフランスの西部で勝利したのに対して東部はルペン氏が圧倒しています。そこには経済的に十分なサポートが得られていない地域からのルペン氏への強力な支持という点においてトランプ氏が勝利した絵面と似た形が見て取れます。

また、高失業率を背景とした若年層が極左のメランション候補を圧倒的に支持した点においてはバーニーサンダース氏が若年層の強いサポートを得たときのやはり似た絵面となっています。

もう一つ、今回、第1回目の選挙で注目される点はそれまでのフランスの二大政党、社会党と共和党が敗れたという点でしょうか?マクロン氏はその中道左派と中道右派の中間に位置すると考えられるため、思想的にはバランスがとれたものになると思いますが歴史ある二大政党からどちらも候補者を出せなかった点においては揺れ動くフランスを見て取れます。

更に1点あげるなら有力4候補の得票率が当初想定通り横一直線に近い形になりました。マクロン氏23.9%、ルペン氏21.4%、フィヨン氏19.9%、メランション氏19.5%であり、人々の考えがばらつき、個人主義のフランスが見事に体現化されています。

ここで仮にマクロン氏が大統領になった場合の不安材料としては政治家としての手腕がまだ未知数の若手エリートにこのバラバラになった人々の価値観をどう束ねるかがその第一歩となります。次いでEUに関してはマクロン氏は最も保守的、つまり、団結を訴えている主導者であり、今後、英国との離脱交渉において激しくぶつかる公算があります。その場合、英仏関係に悪影響が出ないとも言えないかもしれません。

それ以上に議会での支配力がないマクロン氏が癖ある二大政党を相手にどう支配できるか、といえば正直、楽観視は出来ないでしょう。その点においてマクロン氏が大統領になればフランスはほとんど何も変われない状況となり、現任のオランド大統領と大差なくなることも視野に入れておく必要があります。

ちなみに孤軍奮闘のルペン候補ですが、あり得ないサポートとしてメランション氏支持層の協力を取り付けようという動きがあります。現状からの打破という点では極右と極左の協力体制という全く珍妙な切り口があり得ないとも言えないでしょう。

私はこれから2週間、まだ一波乱ぐらいはあると思っています。

では今日はこのぐらいで。

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2017年04月24日10:00
カテゴリ
不動産
経済一般
私がカナダのバンクーバーダウンタウンで開発した隣接地域が今とてもホットなエリアになろうとしています。2ブロック圏内に少なくとも用途変更及び開発計画が申請されたところが7か所、用地買収が進むところが1か所あります。そのすべてが最低でも25階建て、高いものになると45階建て程度の高層住宅になり、そのうちの一つは日本で最も著名な建築家、隈研吾氏の作品になります。

言い換えれば私共の隣地は私共の事務所が入居するオフィスビル以外、数年のうちに全て新しいビルに建て替えられると言い切っても差し支えないと思います。その分譲住宅の販売価格は既に売り出されたもので100m2当たり1億円水準(眺めや階高により2割ぐらいの幅が出ます。)ですが、売り出されたものは即時完売になっています。隈研吾氏作品の物件はその5割増しぐらいの価格層で売り出される気がします。

数年前、日本の某著名経済専門週刊誌がバンクーバー不動産はバブルであるという記事を書くにあたって私にも取材を求められたのですが、「バンクーバーの不動産は価格修正はあっても下がらない」と申し上げたため、記事では6ページにわたるレポートにもかかわらず私のクォートはわずか1-2行出ただけでした。しかし、その記事は結果として大きく外してしまいました。

日本の方、特にバブルを経験している方にとって不動産は悪夢のようなものであり、その価値が上がるという夢を抱くことは極めて難しくなっています。論理的にも紙と木で出来たイメージの木造住宅は減価償却が早く、新しいもの好きな日本人は古いものは壊して立て直すため古いものへの価値観を基本的に持ちません。人口も減り、都市空間はお世辞にも外国人が喜んで投資したくなる環境があるわけではありません。

では、なぜ、バンクーバーはこんなに不動産価格が上がるのでしょうか?いや、バンクーバーだけではありません。世界の有数の都市の不動産は何処でも目の玉が飛び出るぐらい高いものです。アジアではシンガポール、上海、香港などは一般庶民には手が出ません。それらの都市には優良地が極めて限定されているという共通条件があります。同じことはサンフランシスコ、ワイキキ、オーストラリアの主要都市でも同じでしょう。それぞれの都市に不動産が高騰する理由がありますが、必ず言えることは外からのマネーが極めて大きな影響を及ぼしている点であります。

先日の日経記事にECAインターナショナルが世界で一番住みやすい街はシンガポールと発表したと掲載されているのですが、同社がビジネスマン、駐在員向け調査だと割り引いたとしてもシンガポールがそこまで住みやすいと感じる日本人はどれぐらいるのでしょうか?気候、物価、自由度、一部の税制(自動車の輸入税)などの理由で私の知る日本人でギブアップする人が案外多いのがシンガポールでもあります。それでもシンガポールはいい、と評されるならばいくら金を払っても代替できない何かがあるのです。

私はこれをJewel of Asset (資産の宝物)だと考えています。

資産とは何でしょうか?現金、有価証券、宝飾品、絵画、骨董、高価な車などのガジェット、あるいは技能や能力など無形資産もあるでしょう。その点、不動産は多くの日本人が「住むところ」という用途目的で捉えます。ですが、私の知る香港人達は何年たっても空き室のまま放置です。値上がりするまでじっと待っています。理由はそこに不動産を持つこと自体に価値がでるからです。

私がバンクーバーで開発した物件を90年代に購入された方はまさにその例でその多くは3倍以上に値上がりしています。20年で不動産が3倍になるのはそれだけ資産価値として担保されるものがあるのです。

それは何でしょうか?バンクーバーの場合はマイルドな政策、環境配慮、住民のオープンな気質がマネーや人々を呼び込むチカラがあるのだろうと考えています。言い換えれば都市としてのブランド力です。

私に東京湾に面するウォーターフロントで海が一望できる高層マンションを買うか、と言われてもNOです。日本のマンションの同質感、余りにも巨大で住民同士が素知らぬそぶりを見せること、また夜景がきれいでも公園は少ないでしょう。コンシェルジュがいても10年も勤め上げ、建物の隅々まで分かってくれるようなプロは日本で育っていません。

これでは買い手にとってJewelと言わせるものがないのです。もしもその潜在性があるところをどうしても選べと言われたら私は躊躇なく浜離宮周辺と申し上げておきます。

Jewelになるかどうかは住民が作り出すものです。インターナショナルで極めてハイソな住民構成で住民同士のオープンな感覚、更には住民たちが建物をアップグレードしていくぐらいの継続した投資を行える余力が資産の圧倒的価値を高めることでしょう。

世界にはそのような不動産があちらこちらにあり富裕層がセーフヘイブンとして投資をするのが新しい不動産の価値観であります。今や数億から数十億円程度の現金を持つ人は世界にはいくらでもいます。ところが数億の投資をするのに銀行は低金利、株はリスキーとなれば不動産は案外、納得できる投資対象、安全な資産の置き場の第一候補なのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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