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外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2017年04月

かつて仲間とランチに行けば誰かリーダーシップを取る者が注文を取りに来たサーバーに「全員、今日の定食お願いします。おい、いいよな、みんな!」といったことがしばしばありました。みんな別々のものを取ったら時間がかかるだろう、という理由だったと思います。そこで一人、「俺、とんかつ定食」などと言ったら協調性のないやつ、と罵られるわけです。

ところが時代と共に注文の仕方も変わってきます。メニューを吟味し、仲間と何にするか確認しながら見事にバラバラの注文をします。注文の楽しみと共に自分は自分という視線が生まれてきたのです。欧米からすれば何と遅れている、と思われそうですが、「個」の自由度が十分に確立されていなかったことは紛れもない事実です。また、「自由に選んで」と言われても「どうしよう!」という判断基準を持たない人が多かったこともあります。

何がここまで世の中を変えたのか、いろいろファクターはあると思います。かつての重厚長大から軽薄短小に変わったこと、少量多品種に対応できる製造側の努力もあったでしょう。全く同じことは1920年代のアメリカの自動車業界でも起きていました、フォードは黒単色の車を大量生産することで市場を圧倒していましたが、GMがカラフルで選択肢も増やしたことが世の中の自動車販売のスタイルを一変させました。つまり、日本でこの20年起きたことはアメリカではほぼ100年前に起きていたということであります。

アメリカではこの後、実用主義という言葉がはやりました。車をはじめ、各種製造品は使うためにあるとし、車の場合には基本性能重視の結果、日本車が売れる時代が幕開けします。一方、アメ車が廃れたわけではありません。巨大な排気量のエンジンを積み、ソファのようなベンチシートの車がバカ売れしたのもアメリカです。つまり、消費の二極化はそのあたりから見られます。

その二極化の本当の姿とは人々の価値観の捉え方だったと思います。好きなものには金をかける、どちらでもよいものは極力安く仕上げる、この発想だろうと思います。

カナダでときどき見かけるキーワードがあります。Frill(よけいなもの)であります。この商品にはFrillがついているかどうか、という言い方をするのですが、そのバックボーンは実用主義ならばNo Frillでいいんじゃないか、という発想です。一方でこだわるならこっちだよね、というテイストの勝負(artisanal products=職人技商品)になってきます。

カナダにNo Frillというそのものずばりのスーパーマーケットがあります。飾り気ゼロ。陳列もファンシーではないし、商品棚も店のつくりも安っぽく、レジの横には無造作に段ボールが山積みになっています。客は必要なものを買い、自分で持ってきた袋に入れるか、段ボールに入れて持ち帰ります。但し、価格は圧倒的に安いと思います。

一方、ホールフーズというオーガニック商品主体の店に行けばこれまた大盛況。人々は商品へのこだわりに納得しながら一つひとつかごに入れていきます。レジでは商品を再生紙の紙袋に入れてくれます。決してビニール袋ではありません。但し価格はNo Frillより数割高いでしょう。しかし、顧客にとって価格の問題ではないのです。満足感なのです。

そしてその中間に残されたのが70-80年代の覇者、セーフウェイであります。ごくたまに近所のセーフウェイに行けば実に中間的な商品が並びます。商品により高安まちまち、レジで精算すればまぁまぁかな、というスーパーマーケットがなぜ廃れつつあるのかといえば特徴がなく、楽しくないからです。

人々が極端な選択をするようになったのは人々が便利だと思うものが増え、チョイスが増え、いつの間にか様々なものにお金を使うようになったからでしょう。例えば日本の若者がどれだけ高くても携帯代はケチれないのと同じです。その費用をねん出するためには何かを削らねばなりません。これがデフレの原因の一つかもしれません。その代わり人々はこだわるものにお金を使います。モノかもしれないし、サービスかも知れません。コンサートの年間売上高は2000年までは1000億円にも満たなかったのに今では3000億円を優に超えています。

これはインターネットを含む情報化で人々へ新たなるインプットがあったからです。私の顧客に年に3回ぐらいカナダに家族そろって遊びに来てレンタカーを借りてくださる方がいます。彼らは安い航空券、ホテルを探し、閑散期を狙ってきます。これもネット情報で一番お得な遊び方を知りえたからでしょう。これもこだわりそのものです。カナダに年3回、遊びに行くのです。その代わり、普段はしっかり節約するのでしょう。

デフレという言葉を我々はたやすく使っています。しかし、もっと奥底にある我々を取り巻く環境の変化から捉える必要はあるでしょう。

日本で共産党が野党として頑張っています。その代わり民進党が没落しました。これも主義主張の色が明白に出ているからです。今日、選挙があるフランスでも有力候補が右派と左派という極端な二人にスポットが当たります。ごく一部の熱狂的ファンが生み出す市場や世の中の流れをポピュリズムという言葉で片付けるのもどうかな、と考え始めています。これは我々人類が新たなる次元に入りつつあるのだという認識を持たずして語れない大テーマだと思います。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。
2017年04月22日10:00
日本では北朝鮮の動きにくぎ付けでメディアを通じて様々な報道が飛び交い、何が何だかわからないというのが本音ではないでしょうか?「戦争をするのか、しないか」という高度な戦略に関し、一般庶民に本当のことがわかるわけありません。かく乱作戦から誘導作戦、おびき出しに正面突破まで何でもありとなると我々が一番気を付けなくてはいけないのは情報に惑わされるな、ということでしょう。私は情報化社会故、情報こそ最大の武器に転用出来ると思っています。(思い出してください、あの大本営発表を。)

唯一言えることは自分の身を守ること、これを最優先に考えておくべきです。日本政府もここにきて様々な警告を発しているようです。ことの緊迫性が高まっていることは確かなのでしょう。ロシアからも何やらきな臭いニュースが聞こえてきます。ゴールデンウィークが近づいてきていますが、少し、浮かれ気分は抑制した方がよいかもしれません。

さて、東アジアもきな臭いですが、フランスも大統領選を週末に控え、テロ事件発生で下馬評読みが少し変わってきたかもしれません。個人的には左派から右派までずらりと出そろったお手本のような候補者の並びに「誰も本命がいない」と感じています。中道のマクロン候補と右派ルペン候補が5月7日の最終決戦に進むと予想されていますが、左派のメランション候補も追い上げており競馬でゴール前横一直線に並んで誰が首一つで決勝に進めるか、という状況であります。

ポリシーが明確なのはルペン候補で今回のテロ事件で半馬身ぐらい抜け出した気がします。あとの候補はフランスをどうしたいのかよくわかりません。欧州ではフランスは大国とされながらも色が出にくい国でいかにも中途半端なスタンスで国としてのまとまりを欠いています。それにしても5月7日がフランス大統領選の最終決戦、9日が韓国の大統領選、大陸を挟んで西東で忙しくなりそうです。

久々にカナダの話題を振りましょう。大麻の話です。医療用はすでに合法化されているカナダで今年の秋には一般向け大麻を合法化する法案が通る可能性が高まっています。アルコールより危険性が少ないともされる大麻(私は医学的知識がないのでこれにはコメントできません)はアメリカでも合法化を望む声が高いのですが、まずは先進的理解度があるカナダが先鞭をつけることになります。

しかし、たばこの規制はカナダは世界で最も先進的に厳しくしたのに大麻はOK、自宅栽培も2株まで可能になるという動きにはやや驚きもあります。ここバンクーバーに住んでいてこの数年、Weed(大麻の俗語)のにおいはどこからでも漂ってきます。言い過ぎかもしれませんが、BBQのにおいよりします。タバコのにおいがほぼなくなったカナダであのスカンクのおならのようにも感じるにおいが充満するのでしょうか?

ちなみに大麻のカナダ合法製造会社であるキャノピー グロース社のトロント市場でのティッカーシンボルはWEED。一応、私はウォッチリストに入れています。大麻は嫌いだけど大麻の会社は成長の可能性大です。

国内の話題に行きましょう。

天皇陛下の退位に関して「一代限り」として2018年、つまり、切りのよい平成30年で実施することで決まりそうです。個人的に恒久的にしなかった理由は1議論とプロセスに時間がかかりすぎ、今回のようにやや時間的余裕がない事態に於いて十分議論の時間を取る余裕がなかった2「一代限り」という実績と経験を踏まえ、次に同様問題が起きた時、ふさわしい皇室のあり方の検討を未来に託したということかと思います。

個人的にはそれよりも天皇陛下が安らかな上皇としてのご生活を営まれることが何よりだと思っています。

さて、最後に森友学園。一週間ぐらい前に安倍首相が森友学園問題はもう終わりという態度を取ったことに野党が噛みついていましたが、個人的にはこの問題はもう終戦処理だと思っています。まず、学園そのものが民事再生法を適用しましたが私はいづれ破産に切り替わる気もします。また、籠池夫妻は当局から法的処罰を受けるとみています。つまり、今回の問題の当事者、及び不動産、会社が全部なくなって終わりです。

私はこの問題については再三再四申し上げたようにパンドラの箱ですので興味本位で開けてはいけないと考えています。問題の当事者がこれで全部目の前から消えればそれで結構です。唯一、残ったのは安倍首相の奥様、昭恵さんの振る舞いでしょう。

昭恵さんは首相をサポートすると言いながらかなりご自由なふるまい。そういえばかつて大麻へのご理解も示していました。カナダの今回の動きはさぞかし嬉しいことでしょう。しかし、首相夫人としての振る舞いはもっと見本になるようにして頂きたいとは思います。一般企業ならば人事部からなんて言われるかご存知ですか?「安倍君、君のワイフ、どうかしろよ。ワイフもコントロールできないならば君の部下もコントロールできないだろう。」です。

では今日はこのぐらいで。季節はよくなりました。良い週末をお過ごしください。

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また明日お会いしましょう。
習近平国家主席とトランプ大統領の会談時に習氏が「韓国は中国の一部だったことがある」(ハンフィントンポスト)と発言したニュースが大きな話題になっています。このニュースはウォールストリートジャーナルのトランプ大統領とのインタビュー記事から判明したもので産経新聞の記事の見出しにも「韓国は...」となっていますが、記事の中ではわざわざ英語でKorea actually used to be a part of China.とクォートしています。

個人的にはこれは誤訳だと思っています。習氏は韓国ではなく朝鮮半島の意で言ったと思います。訳そのものはフェイクではないですが、非常に不正確であります。Koreaは狭義では韓国を指すこともありますが、習氏がアメリカの大統領と話をするのにはもっと広義の意味である「朝鮮」という意味で使ったと考えられます。(一般に英語圏では韓国はSouth Korea,北朝鮮はNorth Koreaとはっきり区別します。)仮に韓国を指すなら1948年の独立以降韓国が中国に侵略された事実はなく、当然間違いということになります。よって習氏の発言は「朝鮮半島」という意味だったという前提で話を進めます。

韓国の新聞は習氏の発言に対して一斉に猛反発をしています。朝鮮半島が中国の一部だとずいぶん踏み込んだ発言をしたとしたら習氏の思うところは何だったのでしょうか?少なくとも習氏とトランプ氏は朝鮮半島の歴史について10分程度の説明を受けたとあります。そこから読み取れるものは冊封関係を述べているものと思われます。

冊封(さくほう)関係とは宗主国である中国が朝貢国(この場合、朝鮮)から貢物を受け、中国と君臣関係を結び、中国とは従属関係になるということであります。少なくとも中華思想において華夷という差別的発想がありますが、朝鮮は中国に国境を接し、きわめて近い関係にあったために小中華とも言われますし、儒教に於いては本国の中国で廃れる中、朝鮮半島で極めて進歩した点において朝鮮人が中国人に強い意識を持ち続けたのは間違いありません。

では冊封関係をもって中国の一部だったと言わせることは可能でしょうか?中国における論理なら可能なはずです。ご記憶にあろうかと思いますが、尖閣問題で日中間で揉めていた際に中国から「沖縄も中国のものである」という爆弾発言がありました。この時、ほとんどの報道は「調子に乗りやがって」とまじめに取り合いませんでした。

中国が指摘したのは沖縄のもともとである琉球王国が中国と冊封関係を結んでいたことに由来しています。つまり、この関係をもって支配関係にあると誇大解釈していると思われます。

では習近平国家主席がわざわざトランプ大統領にそんな話をなぜしたのか、であります。ここは二人の会話がどう展開する中で朝鮮半島の歴史問題に触れたか、ですが、私の勝手な憶測としては習氏が「中国は北朝鮮に影響力を行使することができる」という趣旨が隠されていたのではないかと考えています。

故に習氏が帰国後、北朝鮮国境周辺に中国兵が大挙しているという報道が出ましたが、それは習氏なりの北朝鮮への「親としての説得工作」だったのではないでしょうか?私が昨日のブログに記載したように「相手(=北朝鮮)が大人になるよう中国が介入する」と書いたのはその意であります。

仮に習氏が北朝鮮を黙らせたなら、習氏の権力への信認は圧倒的に高まり、秋の党大会を確実なものにするでしょう。もちろん、それがたやすいことではないことは十分わかっているはずです。なぜなら同国境付近は習氏の影響力が強く及ぼされるところではないからです。だからこそ、「俺に任せろ」と強気に出た可能性も否定できません。

となれば、北朝鮮問題に関しては中国も引くに引けない状況に陥った可能性はあります。個人的には習氏とトランプ氏のディールは恐ろしくリスキーなものだったのではないかという気がしてなりません。

では今日はこのぐらいで。

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ペンス副大統領がアジア訪問をしている割にはこの数日、北朝鮮との緊張がややひと段落した感があるような気がするのはなぜでしょうか?

確かにこのひと月ほど徐々に注目されてきたアメリカ軍による北朝鮮への締め付けは習近平国家主席との会談が終わった後、何か吹っ切れたようにトランプ大統領の北朝鮮に対する刺激的発言で一気に盛り上がりを見せます。

その後、シリアでの化学兵器使用に対して電撃的な攻撃をしてみたり、アフガンで通常兵器でもっとも強力な爆弾を落としたことで北朝鮮をも威嚇します。その北朝鮮は金日成生誕105年記念式典直後にアメリカの脅しに反応するように一発ロケットを打ち上げますが失敗に終わります。

この辺りからややトーンが下がり始めます。ペンス副大統領が38度線まで視察に来るのはそこまで事態が切迫していないとも取れますし、副大統領が日韓で安倍首相をはじめ、要人と会談した際にも高い緊張感を強調している割にはややピントがずれてきた気がします。

もちろん、4月25日の北朝鮮軍創建日を控え、今後の展開は予断を許さないのですが、私がおかしいな、と思った直感を裏付けた一つの理由は空母カールビンソンの動きであります。4月8日の発表ではアジア南海にいた同空母打撃群を朝鮮半島近海に差し向けるとあり、報道では遅くとも13-14日には到着するとされていました。15日に北朝鮮の記念式典が予定されていたからであり、なるほどと思ったのであります。

ところが最新の報道によるとその時、カールビンソンは全く違う方向に舵を切り、オーストラリア海軍との演習でインド洋に向っていたとのことであります。(ブルームバーグより)つまり、外向けの報道と実態が全然違ったわけで、今も朝鮮半島そばにはいないのではないでしょうか?仮に軍事演習を切り上げて北に針路を取ったとしてもあの打撃群は動きに時間がかかるからです。

トランプ政権は我慢の限界を超えたと言います。確かにノーベル平和賞をさっさと貰ってしまって手足を縛られたオバマ元大統領よりは動きやすいでしょう。しかし、疑問は残ります。トランプ大統領は本気で朝鮮半島に興味があるのでしょうか?

朝鮮半島で戦争が起きたのは1950年。このときは共産主義との戦いが世界各地で起きており、朝鮮半島、ひいては日本が赤化するのを食い止める必要がありました。それから60年以上が経った今でも在韓米軍と在日米軍の直接的標的は北朝鮮なのですが、ソ連が崩壊し、中国の共産主義も変質化した中、共産主義としての北朝鮮の脅威は地域的問題であって地球ベースの事情にならないと考える可能性は大いにあるかもしれません。

とすれば脅威のレベルとは核開発とロケットを次々に飛ばす無謀な行為に対する戒めであり、政治的、宗教的、思想的伝播と拡散を食い止めるべく防御戦とは一線を画すことになります。ここで思い出すのはトランプ大統領が大統領選の時に韓国と日本に駐留する軍に対する見返りの問題であります。原点に立ち返ればトランプ大統領は自国のことにもっと注力したいはずなのです。

もう一点、北朝鮮とアメリカが戦えばアメリカが勝利することは確実です。ところが、勝利に至るまでに人質であるわずか40キロの先のソウルという街がどうなるか、ここが担保できてない点でシリアやアフガンのように簡単にGOサインを出せないところがあります。軍事境界線には長距離砲がソウルに向かってずらりと並びます。

北朝鮮は120万ともいわれる人民軍を持ちますが、その大半(102万人ともされる)は陸軍であり、海軍と空軍はあるにはありますが、戦力としてはかなり劣るものと察します。(購入ないし開発資金がないでしょう。)それ故に核であり、化学兵器といった一発大逆転が狙える特殊兵器で対峙しようとするわけでそのソウルに銃を突き付けているようなものでしょう。

アメリカが仮にGOサインをかけた場合、人質のソウルが火の海になることを否定できる人はいないでしょう。つまり、果てしなく醜い結果を生む可能性を残しているのではないでしょうか?

私は今回の作戦を実行するなら韓国の大統領選までに行うのではないか、と以前書きました。今でも仮にやるならそうであるべきだろうと思いますが、空母やらペンス副大統領の口撃やらをしている間に1相手が大人になるよう中国が介入する 2特殊部隊による正恩暫首作戦を水面下で行う 3この緊張感が緩まるよう説得を続ける が同時並行で進んでいるような気がいたします。

実際問題としてアメリカが直接的手出しをするのは非常に難しい判断で一部には「アメリカがなぜそこまでするのか?」というボイスが出て来てもおかしくないかもしれません。

こういう時ですので私のような素人が勝手な推測をしてはいけないのですが、何となくちぐはぐ感があるのがこのところの北朝鮮情勢という気がするのは私だけでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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アマゾンのジェフ ベゾスCEOはかつて株式市場から大いに叩かれたことがあります。「今年こそは儲かって配当があると思っていたのにまた新規投資でお預けか!」と。彼はキンドルやクラウドストーレッジサービス、更には配達にドローンを活用するアイディアに真剣に立ち向かいます。その度に世の中は「またか」という声に包まれるのですが、彼はそれを何らかの形で業績に上手く反映させ、圧倒的存在感を見せる才能を持っています。

アマゾンの株価は2009年ぐらいまでは100ドルに達することはありませんでした。それは2001年まで営業赤字が続き、ようやく黒字化してもキンドルへの投資負担が重く、投資家から十分な信頼を勝ち得ていなかったかもしれません。ところが、株価だけをみるとその頃から着実に上昇基調になり、直近でほぼ950ドルに達しています。つまり、8年弱で10倍の株価になっているわけです。

日本の新興市場でも時々株価が突如10倍ぐらいに跳ね上がるケースはありますが、アマゾンのように時価総額43兆円の会社となればまさに企業成長そのものである、とも言えるでしょう。

そのベゾフ氏は富豪ランキングでマイクロソフト創業者のビル ゲイツに次いで第二位になったようです。そろそろアマゾンも配当をするようになるのでしょうか?

同じような成長する会社にはテスラやスペースXのイーロン マスク氏も思いつきますし、日本では孫正義氏、日本電産の永守重信氏がアメリカの成功者型の成長を遂げているようにみえます。(ユニクロの柳井氏はビジネス展開のエリアが衣服に限定されていますが、孫氏や永守氏の場合には時代に合わせたフレキシビリティを持っている点が圧倒的相違点だと思います。)

ではこれらの大経営者にみられる特徴は何でしょうか?

私が感じるのは多少の成功では胡坐をかかない、という点でしょうか?圧倒する投資がインフラ化することによりその会社のサービスがないと困る状態にすることであります。そのために孫正義氏は通信を主体に様々なサービスを抱き込むインフラ化を進めていますし、英国のアーム社の買収は垂直展開を目指し、「絶対的垂直展開」を図るものでありましょう。

永守氏も世の中にモーターがないところはない、という発想から次々とM&Aを進めています。思いつくであろうあらゆる機器にモーターが存在することは意識してみないと分からないものですが、皆さんの家にもモーターは最低でも10ぐらいは存在するはずです。探してみてください。

私は圧倒するレベルまで引き上げる能力はどうやったらできるのだろうか、と思うのですが、上に掲げたすべての会社の創業者はカリスマの塊のような存在です。その人たちが非常に明白なビジョンと成長意欲と再投下マネーという実弾で市場を制覇します。孫氏が大型投資をすると発表するとソフトバンクの株価はしばしば10%以上下落するという災難を経験しています。それは投資家が疑心暗鬼になるからでしょう。それぐらい常識では計り知れない経営判断ができることが圧倒するレベルを作り上げるのだろうと思います。

キーは事業が時代と共にフレキシビリティを持たせられることだろうと思います。例えばスターバックスはコーヒーからどう発展的脱却ができるか、そのピクチャーが描けないと私にとって「ものすごい会社」になりません。

逆に私のような零細の会社を営む者にとっては誰もやっていない新しいビジネスを小さいながらも打ち出す面白みがあります。これが刺激であり、経営者を止められない理由でもあります。規模は小さいですが、大カリスマ経営者を私は見続け、手本にすることはどんな経営本を読むよりもためになると考えています。

では今日はこのぐらいで。

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フェイクニュース問題が話題になる中でブログを書く者として高い関心がないはずはありません。ことの発端はアメリカの大統領選挙で自陣に有利になるような正しくない情報を流すということがきっかけだったと思いますが、日本ではDeNA社がまとめサイトでトラブルを起こし廃止するなど別の問題も持ち上がっています。

双方とも共通するのはそれを読んだ人が間違った情報や認識を持たされることにより正しい判断が出来なかったり、不利益を被ることかと思います。一方、発信者側からすれば目的達成のための便益であったり、原稿料といった直接的な利益もあるでしょう。

まず、アメリカのケースについてみると多くがフェイスブック経由でその影響力を発したという傾向が見て取れるそうです。薄い繋がりの中に一定の信頼感があった可能性があります。また、北米などでは特にそうですが、「答えは一つではない」という発想が根本にありますので「そういう見方もあったのか?」という理解を示した方も多かったのではないでしょうか?

日本の場合には特に検索によって様々な情報が十分すぎるほど取得できるようになっています。つまりこれだけ情報があれば本など読まずに済むし、ネットニュースの深追いすら必要がないのです。実は私のまわりに最近、ネットニュースを追っかけなくなった人が結構います。では情報は何でアップデートしているのかといえばお気に入りのスマホニュースサイトから自動的にニュースがスマホに送り込まれて来るのでそれを読んで世の中をフォローしているというのです。

私のようなブログは自分から見に来ないといけない点において能動型なのですが、メルマガやスマホ連動ニュースサイトからは勝手に来る仕組みになっていますからものぐさには実に便利であるのですが、逆に真偽を判断できないとも言えるのかもしれません。

一方、書き手側の立場としては小遣い稼ぎでしょうか?一本書けば2000円近くの原稿料が貰えるというのが魅力だというのは否定しません。私も過去、一時そういう時もあったのですが、大分前に止めてしまいました。私は原稿料が欲しいために書いているのではなく、自分の見たこと、感じたことへの備忘録と皆様からのご意見を伺いたいことを目的としているわけで、これで小遣いが欲しいわけではなく、逆に収益を上げるという目的があると記事の内容が変わってしまうこともしばしばでした。

例えば自分で銘打ったタイトルは先方の編集部で10中8,9変更されていました。理由は読み手はタイトルから入るからです。ところが修正されたタイトルを見るとこちらが赤面するような誇大な題名に変わっており、私自身、「大丈夫かなぁ?」と心配したこともしばしばであります。

何年か前にこのブログで「タイトルに振り回されるな」という趣旨のことを書いたのですが、正にタイトルと中身の連動性が薄れていると実感し、読み手を釣り上げていることに大いなる抵抗があったことが背景だったのです。その意味では書き手もそうですが、編集部も加担していると言えなくもないのです。

ところでフェイクニュースという言葉をそのままとれば「嘘のニュース」ですが、ウソには二通りあって意図的なウソと単なる間違いがあります。両方とも読み手からすれば迷惑な話ですが善意か悪意かという大きな違いはあります。また、ウソではなくても「大げさ」「言い過ぎ」「誇大」「持ち上げすぎ」といった表現力の問題は出てきます。

どこまでを管理するのか、ですが、完全に事実だけ述べるとなればこれほど無味乾燥なものはなく、世の中、ニュースソースは一つでよいことになります。ところがこれだけメディアが跋扈しているのは読み手のお気に入りがあるからです。例えばスポーツ新聞における野球チーム報道の偏重ぶりは良い例でしょう。ひいきの新聞がひいきのチームの勝利のことをここまで持ち上げるかというほど書けばファンは嬉しそうに3回ぐらい読んだりするものなのです。

事実をベースに「盛る」のはある意味読み手も期待しているし、書き手はそこに力点を置くものなのではないでしょうか?フェイクニュースを一掃する、などとなれば私のこのブログもいつ、世の中から消されるか分かりませんが、なるべくならば質の良いものを提供できたらと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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先日、朝日新聞の都民世論調査で小池百合子氏支持率が74%と発表され、本人もびっくりしていたようです。但し、報道見出しでは抜けていますが、同じ調査項目の中で投票すればだれにするか、という質問には自民が31%、都民ファーストが20%となっており、引き続き、自民有利のように見えます。

この世論調査ですが、まず、朝日新聞の調査である点において、他社の調査も合わせて総合的に考えないとバランスの問題はあろうかと思います。もう一つは小池百合子氏と都民ファーストの会は必ずしも連動しないかもしれないということを挙げておきます。

そもそもの疑問は小池百合子氏の人気については理解したとしても本人がまだ何の役職にもついていない都民ファーストの会です。それに対して小池氏の息のかかる政党だから応援するという発想そのものがよく理解できません。(これは自民党の戦略で小池氏が自民党を抜けていないからでしょう。最終的には本人が踏み絵を踏むことになります。)この点は先日、自民党都連の決起集会に顔を出した安倍首相も指摘していた通りで、新しい経験がない人々がどうやって巨大都市、東京を運営していくのかという疑問は残ります。

多くの方に記憶がある通り、民主党が政権を取った後、国政は頓珍漢になってしまいました。言い方は悪いのですが、血気盛んな新参者が肩で風を切って来たものの、世の中、そんなに甘くなかったと認識したあの時をもう忘れてしまったとは言わないでしょう。

都民ファーストの会の代表は野田数氏、43歳です。落ち着きのない彼は日本国憲法無効論を主張し、2012年に大日本帝国憲法復活請願を東京都議会に提出した男です。当時、橋下徹氏から猛烈な批判を受けたようです。(ウィキより)往々にして若手主体の新党は新しいアイディア、発想をぶつけてくるものです。それ自体は評価すべき点でありますが、東京都という巨大、かつ影響力が高い国際都市の運営に求められているのは圧倒的な安定感と着実な成長が必要であり、政策的ギャンブルをやる意味はないはずです。

都民ファーストの会が都議選を有利に進めるには小池百合子氏の人気が昨年夏の選挙時と同様、熱狂的な高い支持率を維持することが不可欠であります。では今、小池氏の人気は熱狂的かといえば朝日の世論調査の74%の支持率の意味合いをどう捉えるか、であります。

個人的にはメディアを通じた高いアピアランスと発信力が支持率の根源だと思うのですが、最近、豊洲問題以外に主要テーマを振っていないように見えます。言い換えれば最近の選挙のはやりであるテーマの絞り込みによる投票者への働きかけ戦法に出ているように見えます。その趣旨は安全と安心であります。これは投票率が高い東京都の高齢者には実に心地よい言葉であります。

つまり、都連自民党が小池氏を切り崩すなら1点絞りの政策ではなく、小池氏が本来対応しなくてはいけない政策の不備を突くという戦略は取れるのでしょう。一方、豊洲問題に関しては小島敏郎座長の築地改修案、そしてそれに同調姿勢を見せる小池氏は一部の層を相当幻滅させ、計り知れない悪影響を与えることでしょう。小島座長の示した数字をそうなんだ、と真に受けたとしたらそれはよほど育ちが良いか、無知かのどちらかであります。

もう一点、小池氏がやっぱり、築地がいい、と言っても覆せないはずです。これは卸売市場法のもと、築地にしろ、豊洲にしろ中央卸売市場の主管は農水省であり、農水省は自民党が抑えているからであります。よって、豊洲問題はもっと現実的に考えるべきであり、出来ない理由を探すのではなく、移転出来る理由を探す発想の切り替えが必要です。個人的には小池知事も豊洲移転を承認せざるを得なくなるとみています。

小池氏には若手の優秀な方々が支持を示していますが、強力なブレーンが足りないと思います。それは経験者からすればあの強烈なキャラに対して埋没し一緒に心中するリスクがとれないのだろうと考えています。橋下氏が維新の会を作った時のような流れとは違う気がしますし、大阪の熱さと違い、東京はもっと現実的な点もあります。

私は小池氏は頑張っていると思います。あの個性とあのスタイルで構わないのですが、思った以上に逆風が吹いているのではないでしょうか?ここから夏の選挙に向けて自民の巻き返しのみならず、安倍首相も暗躍する総力戦になるとみています。

都民ファーストの会が本気で攻めるならまず、信頼感を作り出すことからスタートでしょう。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。
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