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外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2014年11月

ひっそりとしたブームなのがシンプルライフ。家のリビングやキッチンにはごちゃごちゃとした生活感があるモノはほとんど何もなく、洗練された清潔感すら漂います。商売柄、北米などのインテリアデザインや住宅の販売センター、モックアップルーム(ショールーム)をよく見るのですが、すっきり感を強調しているものが目立ちます。

先日、日本のテレビである高校生の部屋が紹介されていましたがベッドと勉強机、本棚という標準的なモノは変わらないのですが、机の上にはほとんど何もなく、本棚はスカスカです。部屋の主曰く、「本は図書館で借りる」「机の上のものは全部引き出しに効率的に入れる」「ノートは使い終わったら全部捨てる」そうです。素晴らしい!

私は冷蔵庫の中がぐちゃぐちゃなのが大嫌いであります。半年以上も前にふたを開けた瓶製品が偉そうに鎮座しているのを見るとゴミ箱にポイ、です。多くの家庭の冷蔵庫はそういうわけにはいきません。手前からどんどん押し込むので「あれ、これ封開いている」という発見は必ずあるはずです。

私がシェアハウスの事業を日本で始めた一つの理由はシンプルライフがこれからの大きなトレンドになるとみているからです。それは所有しないスタイルです。

実は私は5年とか10年といったうちにある大きな変化があると思っています。それは衣料やファッションです。

今はファストファッションで流行の最新のものを安くゲットする、というスタイルが主流であります。これは特に女性の流行にあやかりたい、ほかの人と同じ流れに乗っていたいという安心感があるのだろうと思います。ところが日本人も少しずつ変わってきて「個」の時代から「自己追求」の世界に入ってきていると考えています。

マーケティングの神様、フィリップ・コトラー氏が心理学者のアブラハムマズローの5段階要求の中で消費者はその最終ステージである「自己実現欲求」に入りつつあり、企業はそれに備えなくてはいけないと指摘していることにも十分耳を傾ける価値があるでしょう。

これはファストファッションでワンシーズン着たら壊れるような縫製は悪く、見るからに安物だけど流行に左右される時代の終焉を指摘しているとも言えます。事実、一部若者は古着をネットなどで売買するし、鞄などのアクセサリーもごく普通に中古市場で流通しています。これはCDや本で中古のイメージを取り払ったブックオフの貢献も大きいと思いますが、今後、持たない、欲しい時だけ使う、中古OKが主流になると思っています。

それでも新品でないといや、という人もいます。そういう人のシンプルライフとはモノの所有を極端に絞り込むということが考えられます。下着や靴下は週7日分のみ、ワイシャツは5枚にTシャツ2枚、トレーナー1枚にパーカー1着というギリギリの数しか持たないライフです。これは80年代の大量消費をした世代にはなかなか理解できない発想かと思います。そういう私はこれに近いギリギリしか所有していません。新しく買うのは前のがダメになって捨てた時のみです。だから新しく買ったときは嬉しくてそればっかり着ることになります。(笑)

テレビのビフォーアフターで家の改修する際の古家にはびっくりするほどのお宝が潜んでいます。中には空箱を大事に仕舞っていることもあるでしょう。私は最小限のものしか持たず、すっきりさせています。キッチンの上には調味料もコップも皿もありません。全部収納です。料理なんでしないのだろう、と思われるかと思いますが、私は会社と家が近いのでお昼はお客さんと食事がなければ家で食べます。夜もしかり。

すっきりすると部屋が広く見えます。家具の一つ、二つ無くしてみたらその実感はよくわかるはずです。

こんなこと書くとアパレル業界からお叱りを受けると思いますが、毎年流行にとらわれて安物の洋服ばかり買い続けることが不思議な消費活動であると思っている人にはある程度は納得いただけると思います。世の中、シェア、レンタルの時代になりつつあるのは中古でも十分な価値があるから、ともいえるのでしょう。この認識の変化は将来、重要なポイントになると思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
ミズーリ州のファーガソンで今年8月に起きた白人警察官による18歳の無防備の黒人少年が射殺された事件で白人警官が大陪審で不起訴処分とされたことに伴い、同地を中心にアメリカ各地で黒人の暴動が起きています。また、今月22日にはオハイオ州でソフトエアガンを持っていた12歳の黒人少年が駆けつけた白人警察官に射殺されています。その際、このエアガンをもった黒人を警察に通報した人に警察が「犯人は黒人か白人か?」と二度にわたり確認している録音も公開されています。

アメリカにおける黒人と白人のトラブルは根本解決にはまだ距離が残っていると言わざるを得ないのですが、この問題を考えていると果たして「色」の違いがことの本質なのだろうか、と疑問に思うことがあります。

人は必ず防衛本能を持っています。もしも危険にされされるような事態、予想がつかない状況に陥ると冷静な時には考えられないような行動に出たり、大きなリアクションをしたりするものです。例えば森の中でクマに出会ったら誰でも冷静さは失うでしょうし、逃げると同時に自己防衛として何か武器になるものを手に取るでしょう。

私にはファーガソンの事件はこれと同じことのように思えるのです。一昨日、この白人警官がテレビ番組のインタビューに出ていたのを見たのですが、司会者が「撃つ以外に手段はなかったのか」との質問に「絶対にない」と言い切っているのが実に印象的でありました。白人警官にしてみれば黒人が武器を持っていて自分に向かってくるかもしれないという先入観と恐怖が自己防衛本能を出したのであろうと思えます。

アメリカの銃社会が再三再四、問題になりますが、行動予見できない相手が来たら即座の対応をする為に必要である、という一部の政治家の強い押しもあり、どれだけ悲惨な事件が何度起きようともこのルールを変えることはないのであります。

この防衛本能は白人とアジア人の間にも当然存在します。これも「色」の違いの為、と言われますが、そうではないような気がします。カナダで白人とアジア人のやり取りを第三者的に見ていると途中でまどろっこしさを感じる時があります。それは英語という言葉の問題ではなく、言葉そのものに含まれる定義と常識観がかなり違うことによる認識の不一致であります。

アメリカのWASP(ホワイトアングロサクソンプロテスタント)はなぜあるのか、といえばWASPにとって楽だからであります。私もWASPと言われるエリアで数年仕事をしたことがありますが、都市部に比べて大きな違和感を感じました。同質化しにくい理由の一つに相互理解が欠如しているからでしょう。よそ者が来た、という噂は瞬く間に広がる点においては日本の農村部でも同じはずです。都会に出ている子女がたまに実家に帰ると数日後には集落のひと皆が知っているのと同じです。

では、このよそ者感覚はコミュニケーションをすることで解決するのでしょうか?する場合もあるし、ない場合もあると思います。例えば私が20年来仕事で付き合ってきたあるカナダ人は大のアジア人嫌い。同僚でも顧客でもアジア人だけは避けるぐらいの人ですが、なぜか私とは仕事をし続けました。理由は相互理解ができているので私はアジア人でもOKにしてもらっているのです。つまり、例外的扱いであります。

この問題の根本原因の一つは宗教による本質の相違が大きいと思います。歴史をさかのぼれば宗教の相違を理由にした戦争は何度起きているでしょうか?最近ではアメリカとイスラム過激派の相違が目につきますが、これはコミュニケーションだけでは乗り越えにくい問題である気がしています。

黒人についても同じで「行動が読めない、だから射殺する」という非常に簡単な図式が何度でも起きてしまいます。これを解決するには二つしか方法がありません。一つは日本の様に民族をほぼ単一にし、心地よい社会を維持する方法、もう一つはカナダの様にモザイクの移民国家を作り上げ、相互理解を深め、個の尊厳をより高めるとともに「マジョリティ」の支配がない世界を作ることでしょうか?

私は両方の国を行き来している中でカナダのシステムは非常によくできていると思っています。日本がこのような国になることは何百年かけても難しいだろう、と感じます。それは覇権という発想もあるのかもしれません。カナダでも東部に行けばイギリス系フランス系の問題はかつて大きく盛り上がりました。ここ西部はカナダ政府がヒンターランド(後背地)としての扱いをしたため、歴史的に開発が非常に遅れたことやアジアからのゲートウェイとして急速な発展をしたことで独特の街づくりとなっています。

但し、一つのコンドミニアムにさまざまな国籍の人が住む中で管理組合の運営はどうなっているか、といえばなぜか、白人が主体性を持っているのはキリストの教えを通じて社会貢献するという発想なのかもしれません。

人種間の問題の根は深く、その解決は容易ではないのですが、少なくとも「色」の違いによる理由というのはあまりにも短絡的な発想である気がします。ファーガソンの事件を見て「ならばなぜ、警官は防弾チョッキをいつも身に着けないのか?」という反論も可能でしょう。日本人に作らせたら薄くて軽く、弾丸を通さないチョッキが開発できるかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
27日にウィーンで開催されたOPEC総会。サウジアラビアなどが減産に同意しないのではないかと事前から囁かれていましたが予想通りの展開となってしまいました。石油の先物価格は急落しており、明日のニューヨーク市場では70ドルを下回る気配もみえています。また、サウジアラビアのスタンスは短期的視野というより売れるだけ売るという姿勢に見え、市場では60ドルの声も聞こえてきました。

サウジの姿勢はアメリカのシェールとの戦いとも指摘されています。当初、アメリカはロシアとの不仲な関係から石油価格を引き下げることでロシア経済を窮地に追い込む作戦でありました。また、シェール革命によりアメリカは石油輸入に頼らない体制にすることができるため、政治的には中東との同調が必ずしも必要なくなる政治的戦略も見て取れました。

ところが、今の状況はサウジがそのプライスリーダーシップを譲らず、アメリカのシェールすら脅かそうとしているのであります。理由はシェールの算出コストが一般的には80ドルを超えるとされるため、今の価格ではシェールは赤字となるからです。しかも初期に開発されたオイル分が多く良質なシェールならともかく、雨後のタケノコのように参入した開発業者、投資会社、あるいは日本の商社の中にはシェールガスと比べ販売価格が高いオイルが少なく、産出コストも高い案件を抱えているなどの問題が多いとされています。つまり、サウジがこのまま減産をしなければ新規参入したシェールの開発会社は立ち行かなくなる可能性もあり、それを狙って横綱相撲をしようとしているのではないか、とされるのです。

さらにシェールは油田と違い、同じところから出るガス、オイルには限界があり、すぐに枯れてしまうという弱点があります。つまり、その度に開発しなくてはならず、長期安定性に欠けている点でサウジが力任せの勝負に出ているとも言えそうです。

もう一つは石油に対する世界需要の低迷があるのでしょう。急速なグローバル化の反動も含め、アメリカを除き、世界経済は厳しさを増しています。中国は来年以降の成長率を7.0%に引き下げ、背伸びしない成長を遂げようとしています。その上、自動車などの燃費効率向上も含め、石油に対する需要に陰りが見えていることも大いなる影響となります。

この石油価格に対して日本ではどういう影響があるのでしょうか?

笑うのが電力各社を含む石油製品販売会社、苦り切っているのが黒田日銀総裁であります。

石油の輸入価格は為替の円安が響き、相当の痛手となっていたのですが、石油価格が3割以上下がってきていることで為替分をある程度相殺できることになり、このトレンドが続けば輸入価格は一息つけることになります。これは一部製品の価格転嫁に歯止めをかけることができて消費者や需要者にはうれしい話となるはずです。

一方、2%のインフレをどうしても達成したい黒田日銀総裁としては異論の多かったバズーカ第二弾を放ってでもインフレ率という数字の目標に達成するつもりでした。その最大の敵の一つとされたのが石油価格の下落であります。今回のOPECの減産に至らず、という結果は日銀の目標へのハードルが何枚か上がってしまったことになります。

もっとも石油価格が下がったからすぐに石油製品の価格が下がるわけではなく、各社の契約や為替予約によりその影響が出るのは来春以降ではないかと思います。それは黒田総裁の2年のお約束の時期と重なることになり、安倍首相の戦略も矢面に立たされる可能性はあります。

世の中の動きはかつて以上に複雑でエレメントが多く、政策や経営戦略の難しさを改めて教えてくれた気がします。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
スイスで11月30日にちょっと変わった住民投票が行われます。

スイス中央銀行の資産の20%を金で所有し、その売却を禁止し、その保有をスイス国内のみとすること。

この決定をするのが国民投票だというのもユニークだと思いますが、金の所有意識そのものが我々の発想からはかなり違うものであることがうかがえます。

ではこの右派から出された投票の行方でありますが、今のところ可決はしないだろうと思われています。世論調査では賛成派が10月には44%でしたが、11月には38%と下落しているのに対して反対派は47%とのことですのでスコットランド独立の住民投票ほどの盛り上がりとはなっていません。スイスでは今年5月に最低時給を22フラン(約2500円)とすることへの国民投票が否決されたことが記憶に新しいかと思います。この国は10万人以上の署名で国民投票にかけることができ、年間10回程度の投票を行い、国民の国政などへの参加意識を高めているようです。日本でも消費税を国民投票で決めるとどうなるでしょうか?もっと決められない国になるのかもしれませんが。

それにしても金に対する価値観の相違は何でしょうか?日本人は金の価値に対して極めて低い評価しかありません。事実、日本の外貨準備に占める金の所有量は先進国でも最低レベルの2%。欧米の6-7割とは格段の差があります。金の価格が上がった数年前はたんすの中の金製品を買い取る業者が暗躍し、大量の金流出すら起きた国であります。

もともと日本は金がたくさん取れたジパングであります。古代日本に於いては金という発想そのものがなく、金属という一括りでありました。ところが、仏教伝来とともに仏像に金が施してあることから金の存在が意識され始めます。しかもその金が宮城県で砂金として産出されたこと、更には岩手や栃木などで次々と金が採れたことで金が一気に注目されます。これが日本と大陸との交流に大いに役立ち、貢物の価値は大きく変化、日本の奈良時代の繁栄をもたらしたともされています。その後も鎌倉時代初期の平泉の中尊寺の金色堂は陸前高田の竹駒村玉山あたりで産出された金が使われたともされています。

しかし、その金も枯渇したことで日本の金文化は正に一時期の繁栄で終わっているのですが、西欧における価値観は全く違うわけでそれが今でも脈々と続いているという事です。日本で金のことを語っても「金利がつかない」「金本位は終わった」と片づけられてしまうのですが、意外や意外、金の所有を通じて為替のコントロールをしようというのがスイスの国民投票の目的でありました。

スイスはユーロの中にポツリとある自国通貨フランを堅持している国であります。また、同国は時計など精密機器の輸出や観光業などが国内産業の大きな部分を占めています。そのスイスは一方で物価高な国としても有名で大卒の初任給が40万円以上なのであります。ただでさえ物価高の同国に於いてユーロ圏の経済不振からスイスフランを買う動きとなり、スイスにとっては面白くない状況が続き、速やかなる新たな通貨価値安定化策が必要とされていたわけです。

ユーロに替わり金を購入するというのはそのあたりの背景から出てきたもののようですが、万が一この国民投票が通ることになればスイスの購入すべき金は1500トンと世界の年間生産量の三分の一というとてつもないものになります。金は通貨ではない、と断じてしまえばそれまでですが、換金手段としての市場は安定していること、世の中、金融緩和で金利はもともと少ない上にドイツなどでは逆ザヤも発生していることを考えれば「金利が付かない」という理由に対する正当性はやや弱いと言えそうです。

また、金の生産コストが1250ドルぐらいですからこれを長期的に下回れば産金会社が生産調整を行うだけの話です。つまり、石油と違い国策や政治が絡みにくくあくまでも市場の需給関係で決まるのが金相場でありますので金の価値観は一筋縄ではないとも言えそうです。

ちなみに欧州中央銀行も金の購入を量的緩和の対策の一つとして検討しているという噂もあり、仮にごく少量でもそれが組み込まれれば金の輝きは一気に増すこともありえるストーリーになります。勿論、これが低迷する金価格に対するポジショントークと捉えられやすいのですが、金がインドや中国からの需要が下支えしていること、産業用としての需要もあることを考えれば産出価格を下回る状態が何時までも続くと考えるのはあまり論理的ではないのでしょう。

日本ではなかなか理解しにくい価値観の一つとも言えそうです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
2014年11月26日10:00
カテゴリ
経営
日本経済
先日ある会社にインターネットを通じて問い合わせをしたところ、一週間たっても何も返信がありません。おかしいと思い、「先日メールを送っているのだが返事を頂けないのか?」と催促メールを送ったところ半日たってようやく電話がかかってきました。担当者は悪びれる様子もなく、先方の説明を一方的に押し付けてきました。「いや、その点については考慮の余地はないのですか?」と聞いたところ、できないの一言。結局、「ご縁がなかったことで」と電話を切ったのですが、実に後味の悪い体験でした。

その数日後、その会社の同業者と話をしていたところ、「あぁ、あそこは経営が苦しくて人も足りなくて同様の苦情があちらこちらで出ていますよ」と。「あれ?業界最大手じゃなかったのですか?」「創業者が辞めてがたがたになっています」と。

この会社は確かに業界のパイオニアとして破竹の勢いで伸びたのですが、伸びに対してサービスがついて行っていないことから顧客満足度が下がり、逆に広げた風呂敷をうまく畳まないと会社の存続すら危ないという事のようです。

電話で話しながら印象的だったのは若い担当者が会社のルールを杓子定規で振り回し、「それは決まりですので」で押し切ってしまったことでしょうか?世の中、様々なケースが存在します。その事情に勘案した対応が一切できないのはマニュアル文化の大きな弱点であります。

同じマニュアル文化の発祥地、北米においてはマニュアルに対して一定のフレキシビリティを持たせる「進化」を遂げています。また、担当者の権限のフレキシビリティを超える要求の場合にはマネージャーが対応することが多く、私の経験ではこの数年、ほとんど大きなトラブルは発生していません。つまり、クレーム処理がきちんとなされているという事です。

例えばクレジットカードの支払(こちらは原則自動引き落としではなく、自分で支払いを起こさなくてはいけません。)が期限を超えた場合、翌月には必ず「遅延利息」が加算されています。利息も2割を超えますから結構な額です。が、この遅延利息、クレーム(というより懇願)をすると案外消してもらえます。

あるいは携帯電話の通信費。携帯本体の償却前でも未償却分をおまけしてもらえる可能性はあります。その決め手は「私はオタクの通信会社と20年以上のおつきあいです」の一言。先方も私の個人データをパソコン画面で見ながらの対応ですので「お客様は当社にとり、とても重要ですのでそのようにお取り計らいさせていただきます」と返ってくるのです。先述のクレジットカード会社へのお願いも同様です。つまり、顧客情報をみてフレキシビリティも持ち合わせた進化を遂げているのです。

北米の場合、マニュアルに書いていない場合の対応はスタッフに委ねられているのですが、皆さん、よく勉強していて「プロフェッショナルリズム」を感じることが多いものです。一方、日本の場合には「少々お待ちください」ばかりでスタッフの判断による対応があまりにも少ないことに時として腹立たしさを感じることすらあるのです。

私は自分のビジネスにおいて「目が届くこと」を主眼としています。さもなければスタッフによる対応はケースABCをなるべくアップデートしているつもりです。それはビジネス環境の変化が早い中で顧客の要求も時と共に大きく変わっているからです。それなのに「作ったマニュアルがある」とそれを見直しもせず放置していると顧客満足度は確実に落ちます。また、会社の成長が早い場合、冒頭のような行き届かないケースがまま生じてしまうのであります。

これはせっかくの潜在能力ある会社を十分に生かし切っていないことになり、むしろ会社への損失とすらなってしまうのではないでしょうか?

これを防ぐにはどうしたらよいか、私は原点に立ち返るべきだと思います。経営陣がもう一度現場で何がおきているかチェックし、無理が生じている場合には一時的な規模縮小も必要だと思います。顧客満足度は今後、最も重要な経営指標の一つとなるはずです。ありきたりの言葉が並ぶメールを貰うより自分だけにあててくれたメールを貰うと「あぁ、自分のことを気にしてくれているのだな」と思わず一生懸命読んでしまうものです。

規模の追求がビジネスの基本路線ではありますが、時としてカスタマーを置き去りにしていないか、振り向いてみることも必要ではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
アメリカの景気回復は順調な足取りに見えます。細かい数字を見ていくとまばらさはありますが、日欧中が今一つな中では非常に上手な経済運営をしているかと思います。私が唯一気になるのはインフレ率がなかなか上がらないことと住宅市場において数字に見えない異変が起きているという事でしょうか?

10月のアメリカCPIはプラスの0.2%で年当初からは1.7%(コアは1.8%)であります。予想よりやや強含んでいますが、エネルギー価格の下落でもう少し下押しする懸念はまだ残っています。上昇をリードしているのがサービスセクターですから確かに富裕層から中流層に景気回復の実感が浸透しつつあるという見方もできるのでしょう。ただ、強いドルのアメリカだけにインフレが促進されやすいとも思いにくく、このままとんとん拍子に目標の2%にリーチするかどうかはまだ予断を許さないのではないでしょうか?

一方、住宅については高額物件の足は比較的順調に推移しているもののエントリーレベルの物件に伸びがないことが指摘されています。これは以前、読売新聞でも配信があったのですが、若年層において学生ローンの負担が大きく、住宅を買うような状況になっていないという事が主因として掲げられています。典型的な1%と99%のアメリカでありますが、富を持つ個人ないし会社がより強大になり、若者の成長の芽を引き出せなくなっている可能性がないとは言い切れません。もちろん、学費が高くなっていることもあるのでしょうが、経済が世代を超えて廻るという発想がここで繋がらなくなると頭が痛いことになりそうです。

さて、先日の中間選挙の結果が世論をどれ位揺るがせたか、といえば予想された事態だったこともあり、慌てふためいた感じは見受けられず、むしろ、今週木曜日からのサンクスギビング、ブラックフライディーからクリスマスへと盛り上がっていくのでしょう。ただ、オバマ大統領の精彩はいよいよ冴えないものとなり、今後の展開に黄色信号が灯っています。

まず、移民制度改革の問題。これはオバマ大統領が当初から目指していた氏の公約をこの時期に及んで強行突破しようとしています。アメリカでは人口の3.5%が不法移民とされています。ところが出生主義をとるアメリカではアメリカに生まれた子供はアメリカ人になるため、その親が不法に滞在する状態が生じています。そのためにオバマ大統領は不法移民の約半分とされる500万人に対して3年間、滞在許可を出したい、というものであります。

本件は民主が過半だった上院を2013年6月に通過させていますが、下院は共和が猛反対しており、全く可決の見込みがないため、大統領権限で強行突破しようとしています。これに対して共和党は年明けからこれを阻止するためにあらゆることをするという姿勢を見せており、大きく揺れているのです。

この問題はアメリカにとって深い悩みであります。移民国家のアメリカは人口増は経済効果もあり、基本的にプラスでありますが、誰でもよいわけではありません。出生主義も民族主義を薄め、人口増を促進するには整合性はあるのですが、経済が不振になり、雇用が十分に創設されないとドアを閉めるべきだという意見は当然強くなります。また、保守からすれば「不法」という根本思想の相違が出てしまいます。

血統主義の日本人がこの問題をどうこう論評するのは難しく、私も突っ込んだ意見をしにくいのですが、敢えて言うなら問題の本質の前に法治国家のアメリカにおいて不法滞在者のうち理由が伴う半分の人だけに3年間だけ認めるという案そのものが不安定要素である気がします。つまり何も根本から解決しておらず最終的に何を求めているのか分からないのであります。仮に大統領令で強硬しても継続性にも疑問符がついてしまいます。

浮浪者にパンを与えるのも重要ですが、浮浪者を独り立ちさせ社会復帰させるプログラムの方が重要なのと同じで3年間延長することで何が変わるのか、といえば問題の先送りともいえるのかもしれません。

オバマ大統領にとってもう一つの頭痛の種はヘーゲル国防長官が辞任したということでしょう。これは月曜日の朝のトップニュースであります。ヘーゲル氏は共和党出身で民主党出身のオバマ大統領と党の枠を超えて協力するというのが発想の根源でありました。しかし、ヘーゲル氏がシリア攻撃を提案したのに対して大統領はNOといい、民主党のライス氏が大統領にイスラム国への空爆を提案し、YESとしたことは矛盾であるとし、ヘーゲル、ライスのどちらかが辞めるべきだという争いになっていたものです。

議会の主力が共和になったこともあり、ヘーゲル氏はこれ以上、政権にいても自分の損失であると考えた節はあります。国防長官がこれで空席になるという事は今後、世界和平というレベルでも不安を残すことになります。

オバマ大統領は正に「死に体」でありますが、次期大統領選を考え、その職を放棄するわけにもいかず、どうやってクリントンにつなげるか、模索しているように見えます。ただ、大統領があまりにも議会との混乱を作り続ければ国民がそっぽを向くだけでなく、せっかくの順調な経済運営に影を落とすことにもなりかねません。

大統領には威厳が必要なのは分かりますが、日本の様にすぐに解散総選挙ができない体質であるがゆえに大統領がやらなくてはいけないことは何なのか、慎重にならざるを得ないのではないでしょうか?極論すればドイツの大統領の様に実質は何もないというほうがアメリカの為になるとも言えなくはない気がします。勿論、大統領を辞任という選択肢もありますが、かつてそれをしたのはニクソンだけ。クリントン(夫)のような醜聞でも辞めないのが大統領のポジションでありますからオバマ大統領はこれ以上、無理をしない方がよい、というのが私の個人的な感想であります。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
2014年11月24日10:00
いよいよ選挙となります。今回の選挙の最大の特徴は争点が何か、ということであります。以前、私はこの選挙の投票には行かない、と書きました。なぜかもう一度説明します。

この選挙はアベノミクスを問うというお題目になっています。多分、それは大筋、間違いないでしょう。ところが選挙によって
1アベノミクスを肯定するなら自民党
2アベノミクスを否定するなら野党

とはならないところに投票しにくい理由があります。なぜならアベノミクスはまだ肯定も否定もできる状態にないからであります。それとアベノミクスを否定といっても消費税は1年半延期をお題目に掲げてしまっている以上、それに反対するということは消費税の引き上げそのものが反対ということも言えなくないので自公民が与党という考え方もできます。

投票しないのは大人ではない、と指摘されると思いますが、AかBかという選択肢の争点ではないし、今、それを問い直す意味もないというのが私のもともとの考えです。

ではお前はアベノミクスをどう捉えているのか、と聞かれそうですので素直に意見を述べます。

安倍首相の姿勢は正しいと思います。変革を通じて新たなる切り口を作り出す発想は賛成です。
アベノミクスの矢についてもベクトルは賛成ですが、為替の安定化ならともかく、こんな円安にする意味はないし株式は誰が儲けたのか、考えるとなにか違う気がします。

まず、日銀との連携はよくわかりません。デフレ脱却を金融面から押し出すため、日銀に汗をかいてもらったことは事実で日銀の独立性云々はあえてここでは議論しないこととします。だだ、量的緩和により国債市場を実質日銀の支配下に置き、国債価格を高め(金利は低め)とし、アメリカとの政策の差をレバレッジとして一気に円安にもっていく為替の操作としては黒田日銀総裁の思惑通りでありました。が、現状の輸出が伸びず、燃料を中心とした輸入が増え、国内物価がコストプッシュ型のインフレを招きつつあることはやや想定外だったのではないでしょうか?

次に株価が安倍政権になって倍以上になりました。企業の決算もおおむね好調で株が買われる素地もあったと思います。首相としては一番胸を張れるところでしょう。しかし、この株高、誰が儲けたのか、という議論をすれば別の着地点もありそうです。アベノミクスで買いに入ったのは外国の機関投資家であります。個人は基本的に売っています。とすれば株高の恩恵はいうほど受けていないとも言えそうです。

個人投資家動向は2013年に8.7兆円売り越しています。14年は10月までで1.4兆円売り越しです。しかも株価が新値をつけている11月前半(14日まで)だけで実に1.6兆円売り越し、投信に至っては1991年3月を既に抜き、史上最大の「流出」になっています。個人が投資から逃げ、外国人投資家が美味しいところを持っている構図は否定しようがありません。NISAの盛り上がりはどうなったのでしょう?

では企業。新たなる投資計画を保留、ないし中止とせざるを得ない会社が続出しました。アベノミクス第二の矢の公共投資で資金が回るという発想をサポートするためには土地や建築費が高くなっても企業は設備投資などを断行し、それを販売価格に転嫁する必要がありますが、そこのラインが切れているのです。多くの内需系企業が値上げできないサイクルから全く抜け出せないのはそこに踏み込むだけのマインドの変化が国民の間に浸透していないということでしょう。むしろせっかく賃金は2%上がっても円安でグローサリーは大幅値上げとなって効果を相殺しているとも言えます。

更に言わせてもらうと建設会社の一部(準大手以下グループ)は受注が下がっています。来期以降の見通しが立たないと嘆く会社もあります。つまり建設業界の中でも「波及効果」が出ていないのです。

日本のような成熟経済は、言い換えればコンサバティブになっているという事です。無理して新しいものを求めず、本当に欲しいものだけを求めるスタイルです。例えば4Kテレビ。私も買おうか悩み続けて今でも判断できません。先日、別件でT社のテレビの修理の人が来た際に「4Kテレビって実際、どうなんです?」と聞いたところ、「画質が4Kでなくてはいけないことはないでしょう。放送もいつ始まるか分からない。」「8Kも技術的には完成していると聞いていますが?」「コストがかかりますしねぇ。それに女優は嫌がるんですよ、、見えすぎちゃって」。コモディティ化した商品には飛びつかないという話ですが、多分、このストーリーラインはある程度ご賛同いただけるのではないかと思います。

アベノミクスの「改革する精神」を貫くなら、経済の断面について時代の変化を見据えるべきではないでしょうか?つまり、昔の論理は必ずしも通用しないという事です。アベノミクスの一つの目的が財政再建であれば、最大の切り口は増大する社会保障費の対策のほうが効果は高いはずです。

健康な人の保険料は安くするというアイディアは素晴らしいと思います。日本人はこういうものには異様に反応しやすく、病院に行かないなら保険料が安いとなると本当に行かなくなります。これだけで数割の医療費削減効果が出て来てもおかしくないでしょう。医療費についてはウェブなどを通じてもっと目に「見える化」にして自動車保険と同じように無事故なら割引率を高くする(但し病気がちの人でもフルレート以上は取れません)のは当然で民間なら何十年も前から導入していたでしょう。

日本には役人の数は世界の水準からすると人口比ではかなり少ない方だとされていますが、いわゆる市町村の役所の作業の非効率さは大きな疑問符が3つぐらいつきます。窓口関係の業務はコンピューター化で相当人も減らせるし、待ち時間も減らせるのに今でも昭和30年代の人海戦術のような作業をしています。しかも市町村の各部署で情報が連動していません。つまり、部署Aで作業が終わると部署Bで全く同じ基本作業を行ったうえで部署Bのプロセスを行うという信じられないほどの非効率性が存在します。

アベノミクスを問うと言ってもこれでは試験勉強半ばで700億円かけて試験(=選挙)して合格すればもっと勉強するというようなものです。解散まで追い込まれる理由はないはずですが、安倍首相は「国民とのお約束(=消費税増税)のシナリオを変更するから解散するのは当然だ」としたあの会見は首相が弱気になってしまっている悪い安倍丸そのものです。

選挙後に期待してもう一度自信をつけてまい進していただくしかない、というのが私の考えであります。700億円の元気が出るドリンク、「リゲイン」ですね。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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