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【コラム】戸塚啓

中村俊輔 指導者としても、日本サッカーを牽引していく

[ 2022年10月19日 20:00 ]

横浜FC・中村
Photo By スポニチ

いつかはその時が来ると思っていても、実際にその日を迎えると気持ちが揺さぶられるものだ。

中村俊輔が今シーズン限りでの引退を発表した。

過日行なわれた横浜FC対ツエーゲン金沢戦で、中村は後半途中から出場した。退場者を出した金沢はFWを下げてCBを入れ、5バック+4人のMFでゴール前を固めてきた。

横浜FCは中村がピッチに立った直後から、CBのガブリエウがゴール前へポジションを上げた。小川航基とクレーベに加えた長身3人が金沢のゴール前で待ち構え、それ以外の選手は出入りをしながらスペースを作ったり、こぼれ球を狙ったりする。0対3から2対3まで迫り、追い上げムードが高まっていた。

ピッチの3分の1にほとんどフィールドプレーヤーが集結するような展開で、中村は敵陣の中央あたりにポジションを取っていた。金沢はゴール前で跳ね返すことに集中している。

J2リーグのピッチに立つのは、5月21日以来およそ5か月ぶりだった。オンザボールの局面でもほぼプレッシャーを受けないだけに、試合に入りやすかったところはあっただろう。それにしても、ぎこちなさを感じさせるところはない。ときおり襲ってくる相手のプレッシャーにも、落ち着いて対応している。

85分過ぎには見せ場が訪れる。自らへのファウルで直接FKを得た。FKのポイントには長谷川と小川も集まるが、誰が蹴るのかは横浜FCの選手も、金沢の選手も、観衆も、キッカーが誰なのかは確信していただろう。

ここからは特別な時間だった。

29メートルの距離を隔てて、相手GKと駆け引きをする。これまで何度も見てきた場面だ。そうやってゴールネットを揺らしてきたシーンを何度も見てきたからこそ、この瞬間は特別なのだ。

3枚の壁を越えた一撃は、相手GKに弾き出された。それでも、しっかりと枠を捕らえるのが中村らしい。

崩しのパスも通した。ペナルティエリア正面外から、エリア内の小川の足元で縦パスを通した。ワンタッチでさばかれたボールを亀川諒史が引き取り、相手の守備ブロックが崩れた。桐光学園高校の後輩にあたる小川は、「人とは違ったタイミングで縦パスが入ってくるんです」と明かした。

この試合をスタジアムで観た誰もが、中村の健在ぶりを実感したに違いない。先発フル出場を続けていくことは難しくても、プレータイムや起用法を考えながらの出場なら、まだまだ十分にできるだろう。何よりも、左足から繰り出されるFKとCKは、それを観るためだけにスタジアムへ行きたい、と思わせるものだ。

引退後は指導者を目ざすという。

中村は海外の複数クラブでプレーした。チャンピオンズリーグのようなトップ・オブ・トップの舞台も経験した。チームの中心選手としてプレーしたことがあり、思うようにプレータイムを得られないこともあった。

W杯には2度出場した。2002年は直前まで競争を繰り広げながら落選し、捲土重来を期した06年は思うような活躍ができなかった。再び中心選手として臨むはずだった10年は、直前にスタメン落ちした。

近年は出場試合数が減っていた。ケガと格闘していた。

26年にも及ぶプロキャリアで、あらゆる種類の経験している。試合に出ている選手にも、出ていない選手にも、ケガで離脱中の選手にも、選手本人の気持ちを察して接することができるだろう。指導者の立場で生きる経験を、幅広く積んでいる。

サッカーをしっかりと語れるタイプでもある。戦術や技術を感覚的にとらえるのではなく、論理的に理解して言葉で説明することができる。言語化に長けているのだ。自ら手本を示すことも、言葉で説明することもできる。これもまた、指導者を志すにあたっては頼もしいスキルだ。

選手としての中村は、日本サッカーにたくさんのものをもたらした。同じように指導者としても、彼は日本サッカーを牽引していく、と期待している。(戸塚啓=スポーツライター)

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