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感じたまま

日々感じたこと。 外歩きや、見学をしたことを記録しています。

2023年01月

若者に聞いてみると、昔話、自慢話、説教をされるのがいやだという。

もっともな話です。
若者はなぜ飲み会を嫌がるかで検索すると、
しかしこれらの話は極端な話も多いな。
確かに若者でなくてもいやですよね、そんなところにはいきたくありませんよね。

私たちの時代1960年だいはどうだったか思い出してみた。

我々の若い時にもよく飲み会があったな、熱いにつけ寒いにつけ、何かの節目に飲み会があったな。

しかし周りの仲間を見ても飲み会が嫌だという話を聞いたことがない。

(言わないだけだったのかもしれない)

もちろん、誰それの云うことはくどいから嫌だとか、誰それは自慢話ばかりだから嫌だ

そういうことは時々ありましたね。

だからと言って飲み会に行きたくないと、あからさまに言うものはいなかった。

なぜだろうと考えてみた。

時代が違うんだよ、と言ってしまえば身もふたもない。

だからその時代がどういう風に違ったのかを考えてみた。

まず、会社というものに対する考え方が現代とは全く違っていたような気がする。
会社に対する帰属意識がなくなった、終身雇用制が崩れて一生面倒を見るという前提が
崩れたということかな。
また会社も社員との向き合い方をよそよそしくして居るのでは無いかな。

私たちに時代、大げさに言えば会社というものは「一生面倒を見てくれる組織」という感覚でした。
もちろん、辞職したものも多かったが

会社が面倒を見るとは
どんなふうにと具体的に書くと長くなるので今回は飛ばしますが、

また上司の方々も、我々を「間違いのないように指導する」と言う雰囲気があった。

今でも覚えていることがある。

社員旅行にいき、宴会が終わって中の良いもの同士で街に繰り出したとき。

私の上司が

「おい、Aちゃん、Bちゃん(若い女性)未だ帰ってないが、お前知っているか」

と聞かれ、私は「さ〜途中で別れたので、どこにいるかわかりません」と答えると、

その上司が「なに、会社は親御さんから大切なお嬢さんをお預かりしているんだ、

万一のことがあったらどうするんだ、探してこい」と豪く怒られた記憶があります。

今思い出してもいろいろな意味で、すごい時代だったな。

末期高齢者の思いで話でした。


写真は万華鏡の映像です、WEBの拾いものです。
スクリーンショット 2023年01月22日 215648




鶴見七福神5/5回目最後の回です。


旧東海道を通ります。
道念稲荷です。

道念稲荷神社は、横浜市鶴見区生麦にある稲荷神社です。
道念稲荷神社の創建年代は不詳ですが、新編武蔵風土記稿に記載のあることから
江戸時代末期には創建されていたことがわかります。
道念稲荷神社の「蛇も蚊も」行事は横浜市指定民俗文化財となっています。

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しばらく進むとこんな説明版が出てきます。
生麦事件ここ見てね。
[画像:P1110283]

旧街道沿いに進みます。
道路表示板にもありますが
この道路を右に進むと京浜第一国道に出ます、右側が東京方向左側が横浜方向です。
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キリンビールの横浜工場の前を通り神明社の前を通ります。
神明社の境内が公園になっていてこんな砂場がありました。
蛇も蚊も祭りを意識してますね。
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さらにまた京浜第一国道を横断し京急の生麦駅前を通り、JRの踏切を渡り
安養寺に着きました。
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左側のお堂に弁天様がおられます。
右手が本堂です。
スクリーンショット 2023年01月18日 172612

昔は別のところに祭られていました。
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よく見ないとわかり難いですが、琵琶ではなく「剣」を持っています。
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立派な本堂ですね。
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境内です。
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安養寺を出まして、安養寺前からバスに乗りここ「白幡」に着きました。
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急な坂を上ります。
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こんな看板が立っていました。
赤ん坊を背負って歩いたとか赤土だとか様々な説がありました。
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最後の七福神「松陰寺」に着きました。
臨済宗のお寺です。

松蔭寺は、鎌倉建長寺第30世勅諡佛壽樞翁妙環禪師が、隠居寺として正統庵と
号して建武元年(1334)に創建したといいます。
鶴見七福神の布袋尊、旧小机領三十三所子歳観音霊場11番です。

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本堂です。
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ピンボケですいません。
布袋さんです。
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境内にあった立派な木です。
タラヨウの木といった方がいましたが、タラヨウにしては
葉が小さい気がします。
P1110310タラヨウの木

鶴見七福神巡りを終わります。
今回はあるガイド協会さんのご案内で回りました。
悦明も丁寧でとても分かりやすかったです。
私が説明を聞きながら見とれていまして、うっかり写真を取り損なったり
またピンボケがあったりしたものが何か所かあり残念でした。

ここまで見ていただきまして有難うございました。

鶴見七福神4/5

鶴見神社をお参りして先に進みます。
旧東海道を歩きます。
マンション、右下の右下のラーメン屋にご注意。
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江戸時代から続く店だそうです。
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総持寺に入ります。
金剛門。
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大横綱北の湖関をモデルとして元型を製作した
昭和を代表する巨大木彫仏。

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香積台。
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おられました、大黒様。
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玄関から境内を観ました。
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総持寺から元の花月園方向に向かう坂です。
オハライザカと聞きましたが、間違えているかもしれません。
P1110251コハライザカ

旧花月園のそばを通って東福寺に着きました。
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本堂。
お堂と毘沙門天の写真は失敗しました。
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元の花月園の跡地の整備状況。
綺麗な公園になるそうです。
そもそも花月園ってな〜に、ここ見てね。
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京急の駅の中を通っていきます。
以前は「花月園駅」でした。

2020年(令和2年)314 - 駅名を花月総持寺駅に改称し、
副駅名に旧駅名 花月園前が追加されました。

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京浜第一国道を横切ります。
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旧東海道沿いに進みます。
正泉寺です。

真言宗智山派寺院の正泉寺は、南海山瑠璃光院と号します。
僧全浄が寛永元年(1624)に創建したといいます。
玉川八十八ヶ所霊場8番、武相不動尊霊場19番、鶴見七福神の恵比須です。

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正面におられました。
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鯛を釣り上げた恵比須様。
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鶴見七福神4/5回目終わります。



鶴見七福神3/5回目です


鶴見神社に着きました。
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心を洗う・・か。
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狛犬が溶岩の上にいます。
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二社相殿(神様が二柱おられます)

杉山大明神

御祭神
五十猛命(イタケルノミコト)
日本書紀の神話の神。
素戔嗚尊すさのおのみことの子。
新羅しらぎから樹種を持ち帰り,大八洲おおやしま国全土に植えたといわれている。

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おられました。
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本殿の脇に富士山の溶岩が置いて在るというか、飾ってありました。
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三島由紀夫事件。
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[画像:清宮社]

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前に見た道標の本物です。
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富士塚。
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このご夫婦がどの様なお方で、なぜここにこのようなものが
るのか解りません
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社によると、1962年(昭和37年)に境内から、弥生土器や土師器など、
弥生時代から鎌倉時代にかけての祭祀系遺物が多数出土したという。

横浜市教育委員会により2007年(平成19年)に踏査、2008年(平成20年)2月に
発掘調査が行われ、神社本殿前の東西5-8メートル×ばつ南北10メートルの範囲で
厚さ70〜80センチメートルの貝層が発見された。
主要構成貝類は、二枚貝ではハマグリ・サルボウ・カガミガイ、
巻貝ではイボキサゴなどおよそ8種類で、この貝塚と関連性のある
古墳時代前期の竪穴住居跡も検出された。

このような弥生時代以降の低地貝塚は、当貝塚のほか、鶴見川流域には
川崎市の「市場AB貝塚」「浅野造船所水道水源地貝塚」「八丁畷貝塚」など
いくつか見られるといわれています。

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この神社に限りませんがゆっくりとみるといろいろ面白いものが
発見できるかもしれませんね。
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鶴見七福神3/5回目終わります。

鶴見七福神2/5回目になります。


つるみがわばし、に着きました。
鶴見橋ではありません。
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昔の錦絵の写し。
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橋のほとりに表示板がありました。
のどかないいところだったんですね。
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平成8年にこの橋が出来ました。
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東海道線からよく見えます。
この橋が見えると「川崎が近いな」と思います。
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振り返ります。
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橋を渡るとこんな碑が出てきました。
この読み方は「キツキグン」ではなく「タチバナグン」と
読む、という方がいましたが本当はどちらでしょうか。
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幕末の激動の時代がしのばれますね。
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鶴見橋関門跡の説明版。
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先に進むとこんな碑がありました。

旧東海道を鶴見駅へ向かう図書館の前に、寺尾稲荷道道標があります。
東海道から寺尾稲荷へ向かう分岐点に建てられた石碑です。
これはレプリカで本物は鶴見神社境内にあります。

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寺尾稲荷道
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寺尾城址の西山麓に寺尾稲荷が祀られている。
現在は地名が馬場になったことから馬場稲荷と呼ばれている。
5代目寺尾城主諏訪馬之助は馬術が不得意でしたが、この稲荷に馬術上達を日夜祈願し、
大願を成就。これが評判にり、江戸時代には馬術上達がかなえられる稲荷として、
江戸からの参詣者も多かったという。

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鶴見七福神2/5回目終わります。


鶴見七福神1/5回目

七福神巡りを今年は二回も行ってしまった。
昨年は散々だったから今年はいい年になってほしいな。

此処から出発です。
京浜急行の「鶴見市場」駅。
何年ぶりに降りたろう。

周辺は住宅地である。駅前から旧東海道沿いの熊野神社までを「市場銀座」と
呼ぶが、かつてのような賑わいは見られない。
近年では、新しい店舗などもでき復活の兆しがある。また、
旧東海道には
一里塚 が残る。

箱根駅伝 の鶴見中継所の最寄り駅(駅から徒歩2分)であり、
中継所が設置される地点には
記念碑 が建てられている。駅伝開催日には
大勢の観客で混雑する。
此処が鶴見銀座です。

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初めに熊野神社です。
熊野神社は、紀州熊野別当尊慶が弘仁年間(810-824)「権現社地」に勧請、
天保年間(1830-1844)に道上耕地へ遷座、
明治5年JR東海道線の敷設により、八幡社のあった当地へ遷座したといいます。
明治6年村社に列格しました。

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なんて書いてあるのでしょうか。
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福禄寿様。
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祭神国常立尊、伊邪奈岐命、伊邪奈美命

相殿 -

境内社八幡神社、稲荷神社、神明社、五社大神、大鳥神社

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福禄寿様をお参りして、旧東海道に出ます。
何処の商店街もさみしいね。
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一里塚の跡。
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一里塚(いちりづか)は、江戸の日本橋を目印として大きな道路(街道)の側に
1里(約3.927キロメートル)毎に設置した塚(土盛り)。
多くは塚の上に榎や松を植えて、旅人の目印にした。

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こんな橋があったんですね。
私の想像ですが
二ケ領用水がこの辺りを通っていてその橋の跡ではないかな。
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一里塚は何回か見たがこれほど立派に保存沿てあるのをはじめてみました。
横浜市の教育委員会に感謝ですね。
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ミツマタの花の跡。
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公園になっていたんですね。
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銭湯がありました。
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同行者に知識のあり方がいて、今の銭湯は煙突がないものが多いと言ってました。
燃料にガスを使うからだと説明してくれました。
最近の銭湯事情。
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街道にあった道祖神でしょうか。
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大切なこと
様々な考え方があるとは思いますが、
末期高齢者の私が、今まで生きてきて感じたことを
書いてみました。

1挨拶を忘れない

サラリーマン時代これができない人がたくさんいました。
なぜ挨拶をしないのか不思議でした。
「俺は歯を磨かないと口をきく気がしね〜んだ」と言った人がいました。


2『ありがとう』『ごめんなさい』がすぐに言える
特ごめんなさいの言葉が出にくいですね。
私は毎日この言葉を心がけて使っています。


3何かをしていただいたら自分が何をしてあげられるをか考える。
私は何かをしていただいてもなかなか、何かしてあげられません。
とてもい心苦しいことが多いです。


4普通(当たり前)ということが、いかにありがたいかを良く知る。
これはわからない方が意外と多いですよ。
電気が来て灯り灯る、冷暖房が使える、蛇口から飲める水が出てくる
電車バスが時間通り動いている、
人の世話にならずに普通に歩いて散歩に行かれる
(足腰が不自由でない)、まだまだ意識していないが沢山さん在ります。
普通ほど大切なものはありません。


写真は横須賀花の園で去年撮ったものです。
我が家も「フクジュソウ」植えてみました早く咲かないかな。

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瀬谷・八福神巡り5/5回目最後の会です。


続いて宗川寺に着きました。
左に日蓮上人の像があります。

日蓮宗寺院の宗川寺は、白東山と号します。
宗川寺は、石川宗川が開基、富士重須本門寺第十二世日賢上人が
寛永2年(1625)開山したといいます。
江戸時代には、宗川寺の東方80メートルほどの所に問屋場
(中原街道の中継所)が置かれていたといいます。
横浜瀬谷八福神の福禄寿です。

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本堂。
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立派な銀杏の木。
まだ葉が少し残っていました、綺麗ですね。
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銀杏の葉、裂けている葉が(左)オスの木の葉、裂けていない葉はメスの木の葉。
皆様、知っていましたか私は知りませんでした。
同行のお仲間に教わりました。
sP1050137銀杏切れ込みのある葉がオスの木

お堂。
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福禄寿尊。

道教で強く希求される3種の願い、
すなわち幸福(現代日本語でいう漠然とした幸福全般のことではなく
血のつながった実の子に恵まれること)、
封禄(財産のこと)、長寿(単なる長生きではなく健康を伴う長寿)の
三徳を具現化したものである。
宋の道士・天南星の化身や南極星の化身(南極老人)とされ、
七福神の寿老人と同体異名の神とされることもある。

容姿としては、背が低く長頭で長い髭をはやし、
杖に経巻を結び、鶴を伴っている姿とされる。

中国では、鶴・鹿・桃を伴うことによって、福・禄・寿を象徴する
三体一組の神像や、コウモリ・鶴・松によって福・禄・寿を具現化した
一幅の絵などが作られ広く用いられた。

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宋川寺を出て先に進みます。
相沢川を渡ります。

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疲れましたが頑張って歩道橋を渡ります。
右手に見える階段をまた昇ります。
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頑張ってこの階段を上りました。
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こんな亡霊のような碑が立っていました。
「祈願皇軍必勝・・・・・」
皇軍とは天皇が統率する軍隊、旧大日本帝国の陸海軍のこと。
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お堂が見えてきました。
境内がぬかるんで参拝者が困らないように通路にござが敷いてありました。
うれしい心使いですね。
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ここは寿老人尊。
お姿は見えませんでした。
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これが、各所のスタンプです。
此処の八福神は参拝、スタンプともにすべて無料です。
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またさっきの歩道橋を渡ってバス停まで進みます。
大山がまた見えました。
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ススキの穂が太陽の光に輝いていました。
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ここからバスで瀬谷駅に向かいました。
駅で解散となりました。
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これで瀬谷・八福神巡りを終わります。
ご案内していただいたリーダーとその協力者の皆様、
同行していただいたお仲間の皆様お世話に成りました、
楽しい一日をありがとうございました。

瀬谷・八福神巡り4/5回目です。

徳善寺続きます。
ここは八福神のうちの毘沙門天です。
写真は撮れませんでした。

毘沙門天(びしゃもんてんは仏教における天部の仏神で、持国天、増長天、広目天と
共に四天王の一尊に数えられる武神である。

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本堂。

曹洞宗寺院の徳善寺は、瀬谷山と号します。
徳善寺は、玄室泰存禅師が開山となり弘治元年(1555)創建したといいます。

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今まで気が付かなかったが鐘楼のあるお寺があったのかな。
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瀬谷観音です。
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何をこの日に建立したものかはっきりしません。
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この仏様のそばにありました。
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徳善寺を出まして先に進みます。
三叉路のど真ん中にあった庚申様。
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實藏寺につきました。
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治暦2年(1066年)、秀恵比丘尼が開基。
御本尊は不動明王。
徳川三代目将軍家光により御朱印賜る。
八福神唯一の女神で学問、弁舌、学芸を司り、さらに福徳や財宝も授けてくれる。
由来は、インドの川の女神とされている。

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お堂がうまく取れませんでした。
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弁財天。
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水子地蔵でしょうか。
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ご本尊と繋がれるのかな。
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続いて西福寺です。

真言宗豊山派寺院の西福寺は、猿王山と号します。西福寺は、
天文3年(1534年)の創建と伝えられ、圓中(天和元年1681年寂)が
法流開山したといいます。横浜瀬谷八福神の布袋尊です。

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六地蔵。
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布袋尊です。
八福神の中で唯一実在の人物です。

布袋(ほてい、生年不詳 - 917年?)は、唐代末から五代時代にかけて明州
(現在の中国浙江省寧波市)に実在したとされる伝説的な仏僧。
水墨画の好画題とされ、大きな袋を背負った太鼓腹の僧侶の姿で描かれる。
日本では七福神の一神として信仰されている。

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瀬谷・八福神巡り4/5回目終わります。

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