日本橋から人形町文学散歩 2/3
文学散歩、この様なテーマでは、ほとんどの場所が
「かって此処に在りました」と言うところを見て歩くために
おいおい、それって本当ですか、等と言う話もあるが
それはそれで良しとする、感覚で歩いてきました。
写真は三回に分けて張ります。
これで二回目になります。
[画像:RP6219448]
日本橋を三越側にわたると「魚河岸跡」があります。
日本橋川沿いの魚河岸は、近海諸地方から鮮魚を
満載した船が数多く集まり、江戸っ子たちの威勢の
良い取引が飛び交う魚市が建ち並んだ中心的な場所で、
一日に千両の取引があるともいわれ、
江戸で最も活気のある場所のひとつでした。
この魚河岸は、大正12年(1923年)の関東大震災後に現在の築地に移り、
東京都中央卸売市場へと発展しましたRP6219301魚河岸跡地
江
み
三浦按針屋敷跡。
オランダ東印度会社東洋派遣隊の航海士であった
英人ウイリアム・アダムスは、慶長5年(1600年)
暴風のため大分県の佐志生に漂着しました。
のち、家康の通商顧問になり、日英貿易の発展に貢献しました。
現在、室町1丁目地内にある按針居住の地は、
昭和5年6月、東京府史跡の指定を受け、
同7月、地元有志の手で記念碑が建てられましたが、
戦災で破壊され、昭和26年5月に現在の記念碑が建てられました。
なお、横須賀に「按針塚」というところがあります。
RP6219302三浦按針屋敷跡
戸時代にはここに魚河岸があり、大変なにぎわいを見せていたそうです。大正12年(1923年)関東大震災をきっかけに築地に江戸時代に
弁松総本店松
文化7年(1810年)、越後生まれの樋口与一と
いう男が日本橋の魚河岸に「樋口屋」という食事処を開きました。
盛りのよさが評判で繁盛していましたが、
時間のない魚河岸の人たちは、せっかく
食事が出てきても全部食べ切る前に席を立たねばなりませんでした。
そこで、残った料理を経木(きょうぎ)や竹の皮に
包んでお持ち帰りいただいたところ大好評で、
持ち帰り用を所望するお客様が増えていきました。
これが、弁松の折詰弁当の始まりなのです。
二代目竹次郎の時代には、最初から竹皮で包んだ
弁当を販売するようになり、三代目松次郎のとき、
食事処から日本で最初の折詰料理専門店に変わりました。魚
歌舞伎座前の高級弁当屋は「木挽町辨松」はこの店舗とは違います。舞伎座の河岸があり、大変なにぎわいを見せてうです。大正12年(1923年)関東大震災をきっかけに築地に移り、現卸売市場へRP6219303弁松弁当や
と発展しました。
芭蕉句碑。
老舗の佃煮屋「日本橋 鮒佐」の店先に松尾芭蕉の句碑が建てられています。
ここは江戸時代小田原町と呼ばれていて、1672年(寛文12年)29歳の松尾芭蕉が、故郷である伊賀上野から江戸へとやってきて8年間住んだ場所です。
松尾芭蕉は当時「桃青」と称していて、日本橋魚市場に近い繁華街小田原町に住み俳壇での地位を固め、1678年(延宝6年)に俳諧宗匠として独立しました。句碑にある「発句也松尾桃青宿の春」とは、その翌年の正月に宗匠としての迎春の心意気を詠み上げたものです
RP6219311鮒佐
RP6219308芭蕉の句碑
RP6219309
日本橋三越。
RP6219314三越
三井本館。
東京都 中央区日本橋室町にある、三井不動産保有のオフィスビルである。
越後屋の跡地にある。
現在の建物は1902年(明治35年)に竣工した旧三井本館が
関東大震災で被災したために建替えられたもの
1929年(昭和4年)3月23日に竣工。
RP6219313三井ビル
確かに昔の錦絵を見ると越後屋は真ん中の駿河通りを挟んで
道の両脇に店舗を構えていことがわかる。
当時、方向を決める基準は江戸城の天守閣と富士山を目印にしたといいます。
RP6219315真ん中は駿河通り
三井本館のほぼ向かい側に「木屋」があります。
東京都中央区日本橋室町にある刃物など金物を製造販売する企業。
江戸時代中期創業の老舗で、「刃物の木屋」として知られる。
主力商品は包丁だが、各種鋏・爪切りなど刃物や鍋など金物全般も扱う。
現社長加藤欣也は創業者初代加藤伊助より数えて9代目。
本家木屋の創業者は初代林九兵衛である。
天正元年(1573年)大坂に薬種商を開き、
豊臣秀吉の御用を務めたが、大阪夏の陣後
弟九兵衛が徳川家康の招聘により江戸に下り、
林家が二都に分かれたため、「林」の字を分解して「木屋」と号した。
RP6219316木屋
木屋の店頭。
RP6219318金物
木屋から「浮世小路」へ進みます。
この場合は「ウキヨショウジ」と読みます。
日本橋大通りの室町三丁目から東に入る奥行二〇間ほどの
小路であり、突き当たりは伊勢町堀からの堀留で、
江戸中期以降には塩河岸(北側)に有名な料理屋
「百川楼」がありました。
浮世小路を加賀言葉で「うきよしょうじ」とも読むのは、
古くは加賀出身者が住んでいたことに由来します。
左に見える鳥居は「福徳稲荷の鳥居です。
RP6219321浮世小路
RP6219322福徳神社
福徳稲荷。
福徳神社の創建年代は不詳ながら、貞観年間(清和夫皇・八五九年〜八七六年)
には鎮座していたといい、福徳村と称されていた村の村名から
社名を福徳神社と称したといい、源義家・太田道灌など武将
からの尊崇も篤く、徳川家康・秀忠も参詣に訪れたとい
RP6219327
小津和紙店
伊勢出身の小津清左衛門長弘による1653年創業。
この創業地(当時の江戸の大伝馬町)が2013年現在の本社所在地である。
和紙店舗、小津史料館、小津ギャラリー、小津文化教室の4部門で構成。
和紙店舗は版画・日本画・油絵・書道・押花・インクジェット・
インテリア・その他工芸向けの和紙類から和小物類まで取り揃えている。
RP6219338小津和紙店