築地散策2/5
築地本願寺内見学、続きます。
本堂の入り口では、牛・馬・獅子・象・孔雀が、ぽってりとした姿で迎えます。
他にも各所に、猿や鳳凰、グロテスクと呼ばれる珍獣、
青龍・朱雀・白虎・玄武がいます。
これは牛でしょうね。
孔雀。
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虎。
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馬
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一階に降りる階段、大理石です(だと思います)
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階段の壁の石、材料は分りませんが素人目にも高級なものに見えます。
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一階です、像でしょうね。
青龍・朱雀・白虎・玄武については探しきれませんでした。
ただ、これらの動物がこの浄土真宗の教えの中でどのように扱われて
いるのか調べきれませんでした。
本堂入口の黒い扉の上部には、美しいステンドグラスが配されています。
これは表から撮ったものです。
境内にある国指定重要文化財の票です。
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もう一回眺めましょう。
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鉢が置いてあります。
蓮の花が植えた在りますが今は枯れています。
右側の棕櫚の木は子だくさんを表わしているとか。
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こういう物がありました。
2025年に開けるのだそうです。
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此の大谷石の塀も重要文化財です。
これを欄楯(らんじゅん)というそうです。
仏説阿弥陀経の極楽世界の七重にかこむ玉垣だそうです。
本願寺を後にして進みます。
「くどき上手」こういう名前のお酒がありました。
口説くには、たくさんの考え方があるとは思うが、此の酒の絵柄から、
自分の愛情や恋心を受け入れるよう説得する。言い寄る。
「言葉巧みに―・く」と思っていますがどうでしょうか。
此処からは発祥の地巡りをします。
工学院大学学園発祥の地。
工学院大学は 1887年(明治20年)に
この地築地に創設された「工手学校」に始まる。
1928年(昭和3年)に
新宿区に移転, 戦後 1949年(昭和24年)に 工学院大学となった。
現在は 新宿副都心の 28階建ての超高層ビルと 八王子市に校舎がある。
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江戸東京博物館にあったような家ですね。
大正年間にこういう壁に堂版を張る作りが流行したと記憶しています。
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花の都中央区宣言の碑
中央区平和都市・花の都中央区・太陽のまち中央区の三宣言を表示した記念碑を、
区内三か所( 築地7-19-1あかつき公園内、日本橋浜町2-59-1日本橋浜町公園内
佃1-11-4佃公園内)に設置しました。
アメリカ公使館跡。聖路加ガーデン前にあります。
説明版
アメリカ公使館跡
所在地 中央区明石町八
開港によって日本に駐在した初代アメリカ公使ハリスは、安政六年(1859)
現在の港区元麻布1-6の善福寺に公使館を開設しました。
ついで、明治8年(1875)12月、築地居留地内のこの地に公館を新築し、
はじめて形容を整えました。
後にこれが手狭となり、同23年3月、赤坂の現在地(アメリカ大使館)に
移転しました。
この公使館跡には、五個の小松石の記念碑が残っています。
大きさは、縦86〜101Cm、横84〜118Cm、
厚さ18〜34Cm、うち、二個には当時のアメリカの国章である盾、
1個には星と鷲と盾、2個には5陵の星が刻まれています。
この記念碑は、築地の居留地時代を伝える貴重な遺品として、
中央区民有形文化財に登録されています。
平成8年3月
中央区教育委員会
立教大学発祥の地の碑
聖路加看護大学の構内に ドーナツを半分に割った ユニークな形の 黒色の石碑が
建っている。
この碑は 立教の創立125周年を記念して 2000年に建立された。
立教学院は 1874(明治7)年
築地の外国人居留地に開かれた 「立教学校」という
名の私塾がルーツ。
その後 「立教大学校」「立教専修学校」「立教中学校」などの名称を経る。
1907年(明治40年)には「立教大学」を開設し, 1918年(大正7年)に
現在地(豊島区池袋)に移転した。
慶応義塾発祥の地記念の碑。
慶應義塾の起源は、安政5年(1858年)に、福澤諭吉が中津藩中屋敷内の蘭学塾の
教師に就任したことに始まる。
中屋敷は江戸の築地鉄砲洲にあった。現在の東京都中央区明石町の一部で、
聖路加国際病院のあるあたりといわれている。
「慶應義塾発祥の地記念碑」は、昭和33年(1958年)に、慶應義塾創立百年を
記念して、聖路加国際病院敷地内に建立された。
台座は黒御影石で、正面および側面に建碑の由来が記され、スウェーデン産花崗岩で
できた書籍のかたちをしたオブジェの表面には、『学問のすゝめ』初編初版本の
活字と同じ字型で「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」の文字が
刻まれています。
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右にあるのが「蘭学は此処に」の碑です。
中津藩中屋敷は、藩医であった前野良沢が『解体新書』を翻訳した地でもあり、そ
の記念碑「蘭学の泉はここに」も隣接している。この二基は、合わせて
日本近代文化事始の地記念碑と称されている。
築地散策2/5回め終ります。