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DAHONなの!

2024年12月08日20:32
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東葛地区や千葉ニュータウンにも掩体壕跡があったけど、多摩地区にも基地跡を再開発しているのであります。住宅街にありそうなのでポタリングしてきました。
かなりディープな道だったので迷いまくってたどり着いたのは本当に住宅街の端っこでした。見つけた掩体壕はめっちゃでかいです。それも掩体壕跡ではなくて掩体壕そのものですね。

空襲で「飛燕」を失わないように隠していたようですが、掩体壕が残っているという事は効果があったんでしょうね。下に飛行機の枠を書いてくれているのですが、こんなに小さい飛行機だったんですね。

目的は達成したのですが、気持ちがいい天気なので大回りして帰ります。府中飛行場の横を走っていると「掩体壕」を見つけました(笑)なんかこの画像ネットで見たことある!
住宅街にあった掩体壕よりでかい気がするのは気のせいかな?同じ「飛燕」を収納していたと説明されているので同じはずですね。もしかしたら住宅街のものは少し埋まってしまっているのかもしれません。

この公園には2つ「掩体壕」がありましたが、この看板を見るといっぱいあったんですね。燃料庫もあったみたいなのでヒューム管残ってたりするのかな?


凧揚げ禁止!!ってそりゃそうだ(笑)

コメント一覧 (2)

    • 1. kincyan
    • 2024年12月09日 10:02
    • なんだかすごいものが残っているのですね。平面図などを見ていると、一種の古墳ですよ。飛燕は陸軍の飛行機ですから、首都防衛の基地に置いてあったのでしょう。これぐらいの厚さなら、少々の機銃掃射ではやられなかったのでしょうね。爆弾直撃だと厳しいかな。コンクリート製なので150年くらい残るのでしょうか。
    • 2. ワンチャン
    • 2024年12月09日 21:16
    • kincyanさん、こんばんは!

      府中のあたりは特攻隊の訓練場だったと説明がありました。
      首都防衛というよりは、、、最前線へのベースだったのかも
      しれませんね。

      いろんな意味で遺跡として残しておくことが望まれます。
      こういう構造物で隠したり、草や木で隠したりするので
      いろんな掩体壕があるんだと思います。

      東葛地区のものは後者なのでしょうね

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