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【コラム】金子達仁

三笘&伊東「+敬斗」 2枚半の頼もしき翼

[ 2024年10月18日 11:00 ]

<日本・オーストラリア>試合後、ポポビッチ監督(左)と健闘を称え合う森保監督(撮影・小海途 良幹)
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日本人の一人として、オーストラリアに謝罪したい。

15日、彼らが会場に到着した時点で、試合開始まで1時間を切っていたという。どんな事情があったにせよ、これは完全に日本側の責任である。もし同じことが敵地での日本に起きていたら、わたしは猛烈に憤慨していただろうし、対戦相手次第では、事が荒立てられていた可能性もあった。万全の準備をすることができず、願い出た試合開始時間の変更も却下されながら、問題化しなかったオーストラリアに謝罪し、感謝したい。これは、二度とあってはならないアクシデントだった。

さて、10月シリーズも終わり、日本は最初の4戦を3勝1分けで乗り切った。得点15の失点1。1月のアジア杯で5試合8失点を食らったチームとは思えない成績である。

なぜこんなにも日本は変わったのか。中国対インドネシアの試合を見ていて、理由がわかった気がした。

結果的に2―1で中国の勝利に終わったこの試合、ボール保持率で圧倒していたのはインドネシアだった。相手のミスと、縦1発で2点を奪った中国は、ひたすらに耐えるのみ。ここまでは、日本に7発食らった中国とあまり変わらなかった。

だが、一方的にボールを保持しながら、インドネシアの決定機は少なかった。なぜか。サイドまでボールを運んでも、そこで行き詰まってしまうからである。

日本には三笘がいた。伊東がいた。1対1では止められない相手がサイドにいたことで、中国のDFは横に引き延ばされた。しかし、インドネシアと戦う彼らは、基本的にサイドの攻撃には1対1で対応し、中央部は余裕をもって対処することができていた。唯一の失点は、ロングスローから許したものだった。

アジア杯での日本に、伊東はいなかった。三笘は、フル出場が難しい状況だった。高い確率でサイドを打開することができる両選手がいなかったことで、対戦相手はさほどサイドの守りに気を使わなくてもよかった。自らが攻撃に転じた際は、前線に加わることのできる人数も確保できていた。

それが、5試合で8失点、相手にもかなりの決定機を許したアジア杯と、サウジアラビア、オーストラリア相手にほとんど好機をつくらせなかった最終予選の違いではないかと思う。

振り返ってみれば、10日のサウジアラビア戦、日本に最大の脅威を与えていたのは、S・ドサリの突破だった。そして、伊東が投入され、スピードという威力をチラつかせたことで、サウジ最大にして唯一の武器は輝きを失った。

誰が出ても同じようにやれるチームを、森保監督は目指してきた。だが、そうはいっても代えの利かないパーツはあって、それが両サイドで優位をつくれる選手の存在だということが、改めて明らかになってきた。

もちろん、そのあたりは対戦相手もわかっている。オーストラリアなどは、極力サイドに人を引っ張られすぎないことを強く意識しているようだった。

だが、森保監督が中村というカードを投入したことで、彼らのプランは大いに揺れた。2枚半になった日本の翼を止めるのは、どんなチームにとっても簡単なことではない。

すでに十分な威力を見せつけていた両翼に中村が参戦したことで、相手からすると日本はより対処の難しいチームとなった。サッカーは、1対1で勝てる選手の多いチームが強いという当たり前の定義を、改めて実感させられている。(金子達仁=スポーツライター)

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