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【コラム】金子達仁

アジアンマネーがACLに向かえば地図が変わる

[ 2024年6月1日 10:00 ]

<ACL決勝第2戦 アルアイン・横浜>先発出場した横浜イレブン(ロイター)

クラブ史上初のACL制覇を目指した横浜F・マリノスの夢が散った。刀折れ矢尽き、としか表現のしようがない、壮絶な轟沈(ごうちん)だった。

ただ、試合内容、結果以上に衝撃的だったのは、ハッザ・ビン・ザイード・スタジアムの雰囲気だった。

イラン人の声援がド迫力なのは知っていた。もう30年以上前になるが、マリノスがアジアカップウィナーズカップという大会の決勝に進出した際、相手になったのがイランのピルズィというチームだった。

当時の日本には、多くのイラン人が出稼ぎのために訪れていたが、マリノスのホームだった三ツ沢には、「上野公園中のイラン人がすべてかけつけたのではないか」と言いたくなるほど多くのイラン人が集まった。後に日本代表を大いに苦しめることになるアリ・ダエイをはじめ、イラン代表をズラリと揃(そろ)えたピルズィは非常に強いチームだったが、それ以上に印象に残ったのはピルズィサポの野太い声援だった。

中国語では、イランのことを伊朗と書く。朗らかなイタリア。ちょうど、ローマでイタリア人を名乗るイラン人に6人の日本人女子大生が乱暴されるという事件があったころだったが、確かに、ピルズィに送られる声援は、セリエAで聞かれるそれに極めて似通っていた。敵地での第2戦に同行したマリノス広報の方が「とてつもないアウェーだった」と興奮していたことも忘れられない。

ただ、アラブ圏の声援に迫力や圧力を感じたことはなかった。あくまで個人的な印象でいうと、イランは獰猛(どうもう)な肉食獣で、アラブはしなやかな草食獣。咆哮(ほうこう)の質がまるで違っていた。

ところが、マリノスを迎え撃ったアルアインのファンは、テヘランのアザディ・スタジアムとはまた違った、しかし強烈なホーム感をつくり出していた。ひょっとしたら、W杯やアジア杯を開催した際のカタールより、地元を後押ししようとする力は強かったかもしれない。アルアインが実力伯仲の相手から5点を奪って圧勝できたのは、スタジアムの力によるところが大きかった。

UAEだけでなく、近年のアラブ圏は潤沢な資金力を武器に、世界から名の通った選手や指導者を集めている。ただ、カタールにしろサウジにしろ、日本では選手の顔ぶれにはそぐわない、閑散としたスタジアムばかりが紹介されてきた。これでは、文字通り砂漠に水をまくようなものではないか、と個人的には思っていた。

だが、少なくともACLの決勝という舞台であれば、W杯や欧州CLに負けないほどの雰囲気になることを、今回のACLは教えてくれた。はるばるUAEまで遠征したサポーターは、いよいよこの大会にかける思いを強くしただろうし、その熱は、いずれ他のJクラブにも伝わっていく。

ちなみに、昨年まで400万ドル(約6億2800万円)だったACLの優勝賞金は、今年から1200万ドル(約18億8300万円)と一気に3倍に引き上げられた。賞金総額20億3000万ユーロ(約3465億2000万円)の欧州CLにはまだはるかに及ばないものの、優勝賞金だけを見れば2000万ユーロ(約34億1400万円)のCLと比較できるところまでは来た。

そもそも、欧州のサッカーを支えているのは、欧州のカネ、だけではない。そして、大きな役割を果たしているアジアンマネーがACLに向かえば、世界のサッカー地図は大きく変わる。
必ず、変わる。(金子達仁=スポーツライター)

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