本日の朝日新聞に、「最低賃金は「賃金の中央値の6割」 政治介入抑制へ、高知で指標導入」という記事が載っています。
https://www.asahi.com/articles/ASTBH41V9TBHULFA006M.html
今年度の最低賃金改定で、高知の地方審議会が新たに「一般労働者の賃金における中央値の6割」という目標を導入したことがわかった。相対的貧困ラインを念頭に、欧州連合(EU)が最低賃金の設定に用いる水準で、厚生労働省によると国内で導入は初とみられる。引き上げを求める政治介入が常態化する中、客観的なデータで公労使の合意を得る狙いだ。
高知の審議会は8月末、県内で12月から適用される最低賃金を現在の952円から71円引き上げて1023円とすることを答申した。改定後の高知の最低賃金は、沖縄、宮崎と並び全国最低額だが、審議会がまとめた見解に「セーフティーネット水準として、賃金の中央値の6割を注視することを公労使で共有した」と初めて盛り込んだ。
県内の一般労働者の賃金の中央値は、厚労省の2024年の統計から残業代や賞与を含めて1822円で、その6割である1093円を目標額として設定。審議会は来年度までの2年間で実現する方針だ。・・・
半世紀にわたり中央最賃審でランク別の「目安」を示し、それに基づいて各地方最賃審で地賃額を決めるというやり方が、昨今の政治介入で混迷化しつつある中で、新たな試みとして注目に値します。
ここでは、このEU最低賃金指令の関係条文を紹介しておきましょう。
欧州連合における十分な最低賃金に関する欧州議会と理事会の指令(最低賃金指令)Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union第2章 法定最低賃金第5条 十分な法定最低賃金の決定手続き1 法定最低賃金を有する加盟国は、法定最低賃金の決定及び改定の必要な手続きを設けるものとする。かかる決定及び改定は、まっとうな生活条件を達成し、在職貧困を縮減するとともに、社会的結束と上方への収斂を促進し、男女賃金格差を縮小する目的で、その十分性に貢献するような基準に導かれるものとする。加盟国はこれらの基準を国内法、権限ある機関の決定又は政労使三者合意における国内慣行に従って定めるものとする。この基準は明確なやり方で定められるものとする。加盟国は、各国の社会経済状況を考慮して、第2項にいう要素も含め、これら基準の相対的な重要度について決定することができる。2 第1項にいう国内基準は、少なくとも以下の要素を含むものとする。(a) 生計費を考慮に入れて、法定最低賃金の購買力、(b) 賃金の一般水準及びその分布、(c) 賃金の上昇率、(d) 長期的な国内生産性水準及びその進展。3 本条に規定する義務に抵触しない限り、加盟国は追加的に、適当な基準に基づきかつ国内法と慣行に従って、その適用が法定最低賃金の減額につながらない限り、法定最低賃金の自動的な物価スライド制を用いることができる。4 加盟国は法定最低賃金の十分性の評価を導く指標となる基準値を用いるものとする。このため加盟国は、賃金の総中央値の60%、賃金の総平均値の50%のような国際的に共通して用いられる指標となる基準値や、国内レベルで用いられる指標となる基準値を用いることができる。5 加盟国は、法定最低賃金の定期的かつ時宜に適した改定を少なくとも2年に1回は実施するものとする。第3項にいう自動的な物価スライド制を用いる加盟国は少なくとも4年に1回とする。6 各加盟国は法定最低賃金に関する問題について権限ある機関に助言する一またはそれ以上の諮問機関を指名又は設置し、その機能的な運営を確保するものとする。
『労基旬報』2025年9月25日号に「テレワークとつながらない権利に関する第2次協議」を寄稿しました。
去る7月25日、欧州委員会はテレワークとつながらない権利に関する労使団体への第2次協議を開始しました。この問題に関しては、本紙でも2020年10月25日号で「欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案」を、2024年6月25日号で「テレワークとつながらない権利に関する第1次協議」を紹介していますが、今回の第2次協議は「検討中の提案の内容」(EU運営条約第154条第3項)を示すものなので、注意深く見ていく必要があります。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、2024年7月の政治指針において、労働の世界におけるデジタル化の影響に関し、AI管理からテレワーク、「いつでもオン」の文化が人びとのメンタルヘルスに与える影響に言及するとともに、つながらない権利を導入する意欲を示しました。その少し前に行われたこの問題に関する第1次協議に対して、労働組合側は概ねEUレベルでの対処の必要性に同意したのに対し、使用者側は疑念を呈しています。ただし、国境を超えるテレワークに関しては、国ごとに異なる労働時間規制が導入の障壁になっているという指摘もあり、そういう観点からの介入には反対ではなさそうです。協議文書が課題として挙げている事項を見ると、まず労働者にとっては、デジタル化のメンタルヘルスと身体の健康に与える影響があります。「いつでもオン」の文化の結果、労働負荷、非社会的時間、情報過剰、孤独感等々の問題が生じています。また自宅での休息時間中にもいつでも対応する必要があるため、労働条件やワークライフバランスの悪化をもたらしています。テレワークが個別に導入されてきたため、企業により、また企業内でも労働者により異なる取扱いが見られ、透明性に欠けています。さらにデジタルモニタリングが労働者のプライバシーや個人情報を侵害するリスクもあります。使用者にとっては、国境を超えたテレワークにおいて労働時間や安全衛生規則が異なるため、テレワークの活用が過小となり、オフィス費用の節約や競争力が減少する可能性があり、また企業によって異なるテレワークやつながらない権利の仕組みのため、企業間競争に歪みを与える可能性があります。さらに、生産性や労働者のウェルビーイング、組織パフォーマンスに悪影響を与えます。そこで、EUレベルの行動が、労働者のメンタルヘルスと身体の健康、ワークライフバランスを改善し、アブセンティーイズムや燃え尽き症候群を減らし、労働市場参加を増やして格差を是正するとともに、競争力や生産性を高めるというわけです。そのために、1「いつでもオン」の労働文化の否定的な影響を縮小し、2透明性と労働条件の向上が求められます。まず、「いつでもオン」の労働文化のリスクに対処するため、立法によるつながらない権利の導入が考えられます。併せて、この権利を行使した労働者への不利益取扱いからの保護も必要です。EU立法は各加盟国や労使団体によって実施されるべき広範な原則を規定するか、あるいは使用者がつながらない権利を実施する上で充たすべき最低要件や特定の職種・業種に係る適用除外のリストを規定することも考えられます。例えば、エッセンシャルサービスや柔軟で予測不可能な作業のように、使用者が休息時間中に労働者にコンタクトすることが不可欠であるような活動はこれに当たるでしょう。これに加えて非立法的措置として、拘束力のない勧告やガイダンスにより、つながらない権利の定義やEU法や判例法の解釈を明らかにすることも考えられます。ガイダンスには、労働時間と休息時間の区別を明確にするための労働時間の記録等も含まれます。テレワークの労働条件向上のためには、拘束力のない理事会勧告かコミュニケーションやガイダンスにより、公正で質の高いテレワークを促進することが考えられます。具体的には、1テレワークへのアクセスと編成の透明性の改善、2テレワークにおける均等待遇と非差別の原則、3テレワークにおける労働安全衛生、4テレワーカーが必要な器材にアクセスできること、5テレワーカーのデータ保護とモニタリングといった事柄です。さらに安全衛生分野では、職場とディスプレイスクリーン装置指令の改正など、立法措置も考えられます。また心理社会的又は人間工学的リスクに対する最低要件の設定も含まれ得ます。この他、この分野における団体交渉の促進、好事例の交換、情報キャンペーン、使用者や労働者への助成にも言及しています。このように、今回の第2次協議は明確な「つながらない権利」の立法化とそれに付随する非立法的措置の導入を中心とし、併せてテレワークの労働条件に関する立法的ないし非立法的措置の導入を提示しています。これに対して労使団体がどのような反応を見せるか、そして欧州委員会がいつ具体的な指令案等の提案に踏み切ることになるか、今後の展開が大変興味深いところですし、その展開は日本におけるこの分野における議論にも何らかのインパクトを与えていくことになる可能性があります。なお、この第2次協議には、附属の職員作業文書として、EU各国におけるテレワークの進展とつながらない権利に関する動向等について100ページ近い分量の分析報告が添付されています。これは、テレワークについて論じる上で、極めて有用な資料であろうと思われます。そのうちつながらない権利についての各国の状況の部分を紹介しておきましょう。それによると、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、キプロス、ギリシャ、フランス、アイルランド、イタリア、ルクセンブルク、ポルトガル、スロバキア、スロベニア及びスペインの13か国でつながらない権利が存在していますが、その適用範囲や内容は国によって実に様々です。8か国ではつながらない権利が全労働者に適用されていますが、ICT関連労働者やテレワーカーにのみ適用される国もあります。内容面では、大部分の国ではつながらない権利が労働者の権利として規定されていますが、フランスなど5か国では法律で明確につながらない権利を定義していません。さらに3か国では、つながらない権利は職業的コミュニケーションに対して労働者が反応する義務の不存在(ブルガリアとクロアチア)として、あるいは休息期間中に労働者に接触することを控える使用者の義務(ポルトガル)として規定されています。さらにギリシャとアイルランドでは、つながらない権利は労働から切り離すことと労働に関連する電子コミュニケーションに関与しないことの両方の権利として規定されています。また5か国では、つながらない権利の例外として、不可抗力の場合(クロアチアとポルトガル)、合意された待機時間や時間外労働があるとき使用者によるコミュニケーションに反応する義務が生じた場合(スロベニア)、通常の労働時間以外に労働者に接触することが必要となる合法的な理由がある場合(アイルランド)が挙げられています。加えて、ブルガリア、キプロス、ギリシャ、ポルトガルでは、つながらない権利を行使した労働者に対する差別待遇から保護する規定もあります。さらに5か国では、労働者のつながらない権利を尊重しない使用者(キプロス、ポルトガル、スロベニア)や、かかる権利を設定するプロセスを行わない使用者(フランス、ルクセンブルク)に対する制裁規定も設けられています。なおつながらない権利に関する実定法規定を持たない国も含めて、産業別ないし企業別の労働協約の中に同様の規定を設けている例が見られます。ベルギー、フランス、ルクセンブルクでは、つながらない権利の内容は労働協約に委ねられています.例えば、フランスでは、労働法典は職場の男女平等と生活の質に関する年次交渉は被用者がつながらない権利を十全に行使しデジタルツールを規制する企業の機構の条件を含めなければならないと規定しています。かかる協定がない場合には、使用者は社会経済委員会に協議してつながらない権利を導入する憲章を策定しなければなりません。フランス政府によれば、2022年につながらない権利は産業別協約の15%で言及され、2021年に1550件の企業別協定でつながらない権利とデジタルツールを取り扱っていました。加えて、テレワークに関しては、2020年11月26日の全国職際協定が、使用者はテレワーカーとの協定において、被用者に対して接触可能な時間帯を明示するよう求められる旨規定しています。さらに、クロアチア、キプロス、ギリシャ、スロバキア、スロベニアにおいては、労働協約でより詳細な、あるいはより高い保護を規定することができます。スペインでは、使用者はつながらない権利について企業方針を定めなければなりませんが、それらは産業別ないし企業別の労働協約を遵守しなければなりません。アイルランドでは2021年に、つながらない権利に関する行為規範が、使用者はつながらない権利政策を展開するべく被用者又は労働組合と協議するよう勧告しています。今回の第2次協議に対し、欧州労連のシュタール副事務局長は、次のようにコメントしています。「新たな労働慣行は人びとに柔軟性と自律性を与えるとともに、障害者や介護責任のある人、農村地域の人びとの雇用機会を開くものだ。しかしながら、多くの労働者はテレワークが「いつでもオン」の文化を創り出し、ジョージ・オーウェルの小説の如き監視ソフトウェアを用いる上司によって、あらゆるクリックが追跡されている状態となっている。これは欧州委員会が、労働者が労働の世界で起っている変化に歩調を合わせて保護を確保する唯一の権利である。労働者は常につながらない権利を有し、我々は早急にそれが実施されるよう確保する指令を必要としている。」
コロナ禍でのテレワークの流行から持ち上がったつながらない権利の話ですが、EUでは2020年に欧州議会が勧告を行い、昨年4月に労使団体への第1次協議が行われていて、それらについてはそのときに『労基旬報』に簡単な紹介をしてありました。
欧州議会の『つながらない権利指令案』勧告案@『労基旬報』2020年10月25日号
テレワークとつながらない権利に関する第1次協議@『労基旬報』
しばらく音沙汰がなかったのですが、先週7月25日(金)に、ようやく第2次協議が行われたようです。
Commission starts second-stage talks with social partners on right to disconnect and fair telework
The European Commission is taking the next steps towards introducingworkers' right to disconnect and fair teleworkand launched todaysecond-stage talkswith social partners. These talks will gather EU social partner's views on a potential EU-level initiative to reduce the risks of the ‘always-on' work culture and to ensure fair and quality telework for workers. Concretely, social partners are invited to share their views on:
Workers' right to disconnect;
Fair and quality telework, including non-discrimination, access to equipment, data protection and monitoring;
Occupational safety and health.
第2次協議文書自体も30ページある上に、附属の事務局作業文書が94ページもあり、これからじっくり読まなければならないのですが、この問題に関心のある方々は是非目を通しておいた方がよいと思います。
昨日、EUの立法機関である閣僚理事会と欧州議会が、昨年1月に欧州委員会が提案していた欧州労使協議会指令の改正案に合意したということです。
閣僚理事会の発表では、
The Council and the European Parliament have reached a provisional agreement on a new revising directive that seeks to make the representation of workers in large multinational companies more effective. This revision will amend the existing directive on European works councils (EWCs), making them easier to set up, better funded and better protected.
欧州議会の発表では、
Parliament and Council negotiators have reached a provisional agreement to improve the functioning of European Works Councils and strengthen their role.
『労基旬報』2025年2月25日号に「EU最低賃金指令は条約違反で無効!?」を寄稿しました。
本紙では、2020年3月25日号で「EU最低賃金がやってくる?」を、同年11月25日で「EU最低賃金指令案」を寄稿しましたが、その後の展開については紹介しそびれていました。同指令案は2022年10月19日に正式に採択され、その国内法転換期日は2024年11月15日でした。つまり、既に加盟国内で動き始めているはずです。ところが、去る2025年1月14日、EU司法裁判所のエミリオウ法務官は、同指令は条約違反であるから全面的に無効とすべきであるという意見を公表し、大きな騒ぎになっているのです。今回は、なぜそんな事態になったのかを見ていきたいと思います。そもそも、EUは加盟国が批准した国際条約によって設立された国際機関であり、その権限はEU条約とEU運営条約によって限定されています。そして、EU運営条約第153条第5項には、「本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しない」と、明示的にこれら分野の適用除外が規定されています。これは、マーストリヒト条約の社会政策協定以来35年間維持されている規定であり、賃金や組合型集団的労使関係は加盟国の専権事項であることを謳った規定です。ところが2020年1月14日、就任したばかりのフォン・デア・ライエン委員長率いる欧州委員会は、彼女の「私の欧州アジェンダ」に沿って、最低賃金に関する労使への第1次協議を行い、6月3日の第2次協議を経て、10月28日には最低賃金指令案を提案しました。旧稿はこの頃の状況を解説したものです。フォン・デア・ライエンは、賃金決定や労使関係の適用除外なんぞは保守的な経営側の要求で入ったものに違いないと考え、労働側は諸手を挙げて賛成すると思い込んでいたようですが、あにはからんや、同指令案に対する最も強く激しい批判は、スウェーデンやデンマークといった北欧諸国の労働組合から投げかけられたのです。旧稿では協議前日の1月13日付のEUObserverに、スウェーデン専門職連合のテレーゼ・スヴァンストローム会長が寄稿した「なぜEU最低賃金は労働者にとって悪いアイディアなのか?」を紹介しましたが、指令案提案直前の2020年9月16日付のSvenskt Naringlivに、スウェーデン企業総連合のマチアス・ダール副事務局長、スウェーデン労働組合総連合のスザンナ・ギデオンソン会長、交渉協力協会のマルチン・リンダー会長の3者連名で寄稿した「EUの最低賃金指令は受け入れ難い」は、こう明確に論じています。・・・我々の労働市場モデルは、労使団体が賃金、労働時間その他の労働条件のような問題について労働協約を結ぶことに立脚している。スウェーデンでは、このモデルは数十年にわたって経済の成功と福祉の強化に貢献してきた。これは、国家は賃金決定に関与しないということを意味する。国家の関与は柔軟性に欠け分野ごとに調整されない賃金決定、使用者にとってのコストの増大をもたらし、労働者の交渉力を掘り崩す。我々の労働市場モデルは社会の他の部分と深く結びついている。社会保障制度や我々の福祉モデルはスウェーデンの労働協約モデルと絡み合っている。それゆえに、法定最低賃金の問題は一見したところよりも広範で重要なのだ。それは本質的に我々のナショナル・アイデンティティと主権に関わる。社会福祉モデルは労使システムの不可欠の一部なのだ。・・・・・・指令案は、労使団体が労働協約を通じて賃金を規制する責任を持つという我々の賃金決定モデルの心臓を打ち抜く。欧州委員会が予告する内容でこの問題を規制しつつ、同時に労使団体が賃金決定責任を分け合う我々の自己規制モデルを守ることは不可能だ。加えて、フォン・デア・ライエンの提案は自己規制モデルを掘り崩す危険のある並行する労働市場規制を作り出す。いかに設計しようと、最低賃金指令は我々の自己規制的労働協約システムを深刻に混乱させるだろう。そして、EU運営条約の上記規定を持ち出して、指令案は条約違反であると主張します。このように、EU最低賃金指令に対する反発は、北欧諸国の労使が共有するまさにナショナル・アイデンティティに関わるものであったのです。指令案提案後の2021年7月13日にSocialEuropeに、スウェーデンの労使関係研究者二人(ゲルマン・ベンダー&アンデルス・キェルベリ)が寄稿した「最低賃金指令は北欧モデルを掘り崩す」は、もう少し詳しくこの懸念を論じています。スウェーデンといえども組織率は100%ではなく、未組織労働者も1割程度います。フォン・デア・ライエンのいうように「すべての者が労働協約か法定最低賃金を通じて最低賃金にアクセスできるべき」となると、そこからこぼれた者をどう扱うべきか、EU司法裁判所の判断に委ねられてしまいます。その結果、法定最低賃金を設定せざるを得なくなると、指令に従って協約賃金より遥かに低い中央値の60%に設定されてしまいます。スウェーデンでは現在、協約賃金が未組織労働者のベンチマークとして使われていますが、それが遥かに低い法定最低賃金に落ちてしまうというのです。その結果、最低賃金が二重化し、協約賃金に基づく企業と法定最低賃金に基づく企業との間に競争の歪みが発生するとともに、スウェーデン企業が協約から逃げ出す可能性もあります。これを避けるためには協約の国家による一般的拘束力制度を導入せざるを得ませんが、それ自体がスウェーデンモデルにとっては呪いの代物で、組織化を妨げ、高い組織率を引き下げる危険性があるというわけです。こうした懸念の背景にあるのは、いうまでもなくラヴァル事件を初めとするEU司法裁判所の一連の判決があります。北欧諸国は、EUが自国の労使関係システムを尊重してくれるとは信じてはいないのです。こうした北欧諸国の猛烈な反発にもかかわらず、EU最低賃金指令は2022年10月19日に正式に採択されました。これに対し、翌2023年1月18日、デンマーク政府が欧州議会と閣僚理事会を相手取って同指令の無効をEU司法裁判所に訴えました(C-19/23)。同年4月27日にはスウェーデン政府も原告に加わりました。同指令は上記EU運営条約第153条第5項に反しているから無効であるという訴えです。この訴訟はまだ判決が出ていませんが、EU司法裁判所では判決の前段階に法務官による意見が出されることになっており、多くの場合その線に沿った判決が出されます。それゆえに、今回のエミリオウ法務官の意見は注目されたのです。同意見は136パラグラフからなる膨大なものですが、その結論は極めてシンプルです。VII. 結論136.以上に照らして、私は次のように司法裁判所に提案する。- EUにおける十分な最低賃金に関する2022年10月19日の欧州議会及び閣僚理事会の指令2022/2041を、EU運営条約第153条第5項に反しており、それゆえEU条約第5条第2項に規定する授与原則に反していることを根拠として、全面的に無効とし(annul in full)、- 欧州議会と閣僚理事会にその費用を払わせる。法務官意見の詳細は省略しますが、重要な論点について述べておくと、EU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外は、男女同一賃金のような他の項目の一部として賃金も含まれるような場合は対象とならず、その限りで賃金に関するEU立法は認められますが、逆に欧州議会や閣僚理事会、他の加盟国が言うように、EUレベルで最低賃金を設定するようなケースにのみ限定されるべきではなく、賃金決定自体を規制するような場合も含まれ、同指令はまさにこれに該当すると言います。従って、同指令はEU運営条約第153条第5項の「賃金」の適用除外に反するものであり、全面的に無効とされるべきだというわけです。この意見に対して、北欧労組も加盟している欧州労連(ETUC)は猛反発していますが、いつもの議論と違って、これは労使間で対立している問題ではなく、異なる労使関係システムの間での対立であるだけに、その扱いはなかなか難しいように思われます。まずは今年中にも予想される判決がどうなるか、注目して見ていきたいと思います。
去る1月15日、欧州司法裁判所のエミリオウ法務官は、2022年10月に成立し、2024年11月に国内法転換期日が到来していたEU最低賃金指令について、デンマーク及びスウェーデンの訴えを認め、同指令を全面的に無効とすべきという意見を公表していました。
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:62023CC0019
VII. Conclusion
136. In the light of the foregoing, I propose that the Court of Justice:
– annul in full Directive (EU) 2022/2041 of the European Parliament and of the Council of 19 October 2022 on adequate minimum wages in the European Union, on the ground that it is incompatible with Article 153(5) TFEU and, thus, with the principle of conferral laid down in Article 5(2) TEU;
これについては、今までも何回か論じてきましたが、やっぱりEU運営条約のこの明文の規定にあまりにもあからさまに反しているのは確かでしょう。
第153条
5 本条の規定は、賃金、団結権、ストライキ権及びロックアウト権には適用しないものとする。
C1wp13 欧州労研(ETUI)が「The sex worker rights movement and trade unionism in Europe(欧州におけるセックス労働者の権利運動と労働組合)」という報告書を公表しています。
The sex worker rights movement and trade unionism in Europe
In this paper, we review the European sex worker rights movement and instances of trade unionism that have grown out of it before focussing on three case studies of contemporary sex worker organising: Red Umbrella in Sweden (RUS), the sex worker section (SW-S) of the Freie Arbeiter*innen Union (Free Workers’ Union) in Germany, and the Sex Workers’ Union (SWU) branch of the Bakers, Food and Allied Workers Union (BFAWU) in the United Kingdom. All three organisations demand decriminalisation, destigmatisation and decommodification and engage in social and political strategies to achieve these goals. In addition, SWU and SW-S are engaged in trade unionism in pursuit of decommodification. Read together, these case studies demonstrate that criminalisation, repressive regulation and stigma adversely affect sex workers’ strategies, including the trade unionism that is supposed to decommodify their labour via access to individual and collective labour rights and broader social welfare rights. At the same time, these groups report several successes, from effective peer to peer support networks to growing acceptance within trade unions and legal victories concerning employment status and other workplace issues. European and international labour institutions and national trade unions are uniquely placed to play a key role in supporting the decommodification strategies of the sex worker rights movement. This support must, however, extend to decriminalisation and destigmatisation.
本報告書において我々は欧州のセックス労働者の権利運動とそこから生み出されてきた労働組合運動の事例を概観したうえで、今日セックス労働者を組織している3つのケーススタディに焦点を当てる。すなわち、スウェーデンのレッド・アンブレラ(RUS)、ドイツの自由労働組合のセックス労働者支部(SW-S)、イギリスのパン・食品労組(BFAWU)のセックスる労働者組合(SWU)である。これら3組織は全て脱犯罪化、脱スティグマ化、脱商品化を求め、これら目標を達成する社会的政治的戦略に関与している。さらに、SWUとSW-Sは脱商品化を追求する労働組合運動にも関与している。併せて読めば、これらケーススタディは犯罪化、抑圧的規制およびスティグマが、個別的及び集団的労働権へのアクセスと広範な社会福祉権を通じてその労働を脱商品化しようという労働組合運動を含め、セックス労働者の戦略に悪影響を与えることを示している。同時に、これら集団は、効果的な仲間同士の支援ネットワークから労働運動内部での受容の拡大、雇用上の地位や他の職場の問題に関する法的な勝利に至るいくつもの成功を報告している。欧州オヨに国際的な労働組織と各国労働組合はセックス労働者の権利運動の脱商品化戦略を支持する上で重要な地位にいる。しかしながら、この支援は脱犯罪化と脱スティグマ化に拡大しなければならない。
なかなか興味深い報告書です。
昨日の雇用社会相理事会の結果が理事会サイトに載っていますが、
Combatting unfair traineeships
The Hungarian presidency sought agreement on the Council’s negotiating position (‘general approach’) for the ‘traineeships directive’, which aims toimprove working conditionsfor trainees and prevent employers fromdisguising employment relationshipsas traineeships.
Although a number of member states were ready to support the text as it currently stood, others felt that more time was needed to discuss outstanding issues. As a result, the Council will continue to work on the proposal under the Polish presidency.
The presidency also presented a progress report on the Council recommendation on areinforced quality framework for traineeships, which calls for all trainees to be paid fairly, have access to adequate social protection and be given a mentor.
多くの加盟国が提示されたテキストに同意したが、他の諸国は、全研修生に公正な賃金支払や十分な社会保護とメンターへのアクセスといった問題解決にはなお時間が必要と感じた。
というわけで、昨日の段階で一般的アプローチには達せず、継続審議となったようです。
今年3月に、欧州委員会が「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案したことは、本ブログでご紹介したところですが、明日(12月2日)に予定されている雇用社会相理事会でこの指令案についての一般的アプローチ(昔の「共通の立場」で、ほぼこういうことで合意したというもの)に合意される予定の案文というのが、理事会のサイトにアップされています。
https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-16136-2024-INIT/en/pdf
このテキストをざっと見たところ、第5条の研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストが丸ごと削除されていることが分かりました。
第4条の偽装研修を是正させろという規定は残っていますが、どういうのが偽装研修なのかというリストが消えてしまっているんですね。
Chapter III Employment relationships disguised as traineeships
Article 4
Measures to combat employment relationships disguised as traineeships
Member States shall provide for effective measures in accordance with national law or practice,
including where appropriate controls and inspections conducted by the competent authorities, to
combat practices where an employment relationship is disguised as a traineeship whereby trainees
are not considered as employees by the traineeship provider but should be, in accordance with the
law, collective agreements or practice in force in the Member State, with consideration to the case
law of the Court of Justice.Article 5
Assessment of employment relationships disguised as traineeships
1.For the purposes of Article 4, Member States shall ensure that an overall assessment of all
relevant factual elements of the traineeship is performed in accordance with national law or
practice.
(a)[deleted]
(b)[deleted]
(c)[deleted]
(d)[deleted]
(e)[deleted]
(f)[deleted]
2.For the purpose of the assessment referred to in paragraph 1, Member States shall ensure
that traineeship providers provide, upon request, the competent authorities with the
necessary information, which may include the following:
(a)the number and employment status of trainees and the number of persons in an
employment relationship hosted by that traineeship provider;
(b)the duration of traineeships;
(c)the tasks and responsibilities of trainees and of comparable employees.
(d)[deleted]
(e)[deleted]
3.[deleted]
第5条第1項の全面削除されてしまった各号列記は、欧州委員会の原案ではこうなっていました。
(a) the absence of a significant learning or training component in the purported traineeship;
(b) the excessive duration of the purported traineeship or multiple and/or consecutive purported traineeships with the same employer by the same person;
(c) equivalent levels of tasks, responsibilities and intensity of work for purported trainees and regular employees at comparable positions with the same employer;
(d) the requirement for previous work experience for candidates for traineeships in the same or a similar field of activity without appropriate justification;
(e) a high ratio of purported traineeships compared with regular employment relationships with the same employer;
(f) a significant number of purported trainees with the same employer who had completed two or more traineeships or held regular employment relationships in the same(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること
もちろん、偽装研修を正そうという指令の目的自体は変わっていないのですが、そのための判断基準が削除されてしまったということのようです。
まあ、明日の雇用社会相理事会でどういう議論になるのかもわかりませんが、とりあえず現時点の状況はこういうことのようです。
来る12月2日に予定されている雇用社会相理事会において、今年3月に欧州委員会が提案した研修生(偽装研修対策)指令案について共通の立場を採択する予定であると、理事会のHPに載っています。
Traineeships directive
The Council will seek to agree its position on the traineeships directive, which aims to improve working conditions for trainees and address employment relationships disguised as traineeships.
この指令案については、今年の4月に『労基旬報』にやや詳しい解説を寄せたので、まずはこれを読んでください。
本紙の昨年8月25日号で、「EUトレーニーシップに関する労使への第1次協議」について書きましたが、その後第2次協議を経て、去る3月20日に、欧州委員会は「研修生の労働条件の改善強化及び研修を偽装した正規雇用関係と戦う指令案」(「研修生(偽装研修対策)指令案」)を提案しました。今回はこの指令案の内容を紹介したいと思います。なお、今回からトレーニーを研修生、トレーニーシップを研修と呼ぶことにします。日本でも研修生だから雇用に非ずという偽装問題が存在するので、問題の共通性を明確にするためにも、その方がわかりやすいと思うからです。
研修生をめぐる問題状況については、上記昨年8月の記事でも解説しましたが、スキルがないゆえに就職できない若者を、労働者としてではなく研修生として採用し、実際に企業の中の仕事を経験させて、その仕事の実際上のスキルを身につけさせることによって、卒業証書という社会的通用力ある職業資格はなくても企業に労働者として採用してもらえるようにしていく、という面では、雇用政策の重要な役割を担っていることも確かなのですが、一方で、研修生という名目で仕事をさせながら、労働者ではないからといってまともな賃金を払わずに済ませるための抜け道として使われているのではないかという批判が、繰り返しされてきています。
そこで、EUでは2014年に「研修の上質枠組みに関する理事会勧告」という法的拘束力のない規範が制定され、研修の始期に研修生と研修提供者との間で締結された書面による研修協定が締結されること、同協定には、教育目的、労働条件、研修生に手当ないし報酬が支払われるか否か、両当事者の権利義務、研修期間が明示されること、そして命じられた作業を通じて研修生を指導し、その進捗を監視評価する監督者を研修提供者が指名すること、が求められています。
また労働条件についても、週労働時間の上限、1日及び1週の休息期間の下限、最低休日など研修生の権利と労働条件の確保。安全衛生や病気休暇の確保。そして、研修協定に手当や報酬が支払われるか否か、支払われるとしたらその金額を明示することが求められ、また研修期間が原則として6カ月を超えないこと。さらに研修期間中に獲得した知識、技能、能力の承認と確認を促進し、研修提供者がその評価を基礎に、資格証明書によりそれを証明することを奨励することが規定されています。とはいえこれは法的拘束力のない勧告なので、実際には数年間にわたり研修生だといってごくわずかな手当を払うだけで便利に使い続ける企業が跡を絶ちません。
これに対し、2023年6月14日に欧州議会がEUにおける研修に関する決議を採択し、その中で欧州委員会に対して、研修生に対して十分な報酬を支払うこと、労働者性の判断基準に該当する限り労働者として扱うべきことを定める指令案を提出するように求めました。これを受ける形で、同年7月11日に、欧州委員会は「研修の更なる質向上」に関する労使団体への第1次協議を開始しました。その内容は昨年8月の本連載記事で紹介した通りですが、その後同年9月28日には第2次協議に進み、法的拘束力ある指令という手段を用いるべきではないかと提起しました。そして今回、指令案の提案に至ったわけです。
第2条の定義規定で、「研修」とは「雇用可能性を改善し正規雇用関係への移行又は職業へのアクセスを容易にする観点で実際の職業経験を得るために行われる顕著な学習及び訓練の要素を含む一定期間の就労活動」をいい、「研修生」とは「欧州司法裁判所の判例法を考慮して全加盟国で効力を有する法、労働協約又は慣行で定義される雇用契約又は雇用関係を有する研修を行ういかなる者」をいいます。ここで注意すべきは「正規雇用関係」と訳した「regular employment relationship」です。この訳語は日本の「正社員」を想起させるのでまことにミスリーディングなのですが(なので、今後より良い訳語を見つけたら変更したいと思っていますが)、同条では「研修ではないいかなる雇用関係」と定義されており、パートタイム、有期、派遣等の非典型雇用関係その他もろもろの、研修でないあらゆる雇用関係がこれに該当します。ここは是非ともきちんと頭に入れておいて下さい。
第3条は研修生の均等待遇、非差別原則を規定しています。すなわち、賃金を含む労働条件に関し、課業の違い、責任の軽さ、労働負荷、学習訓練要素の重み等の正当で客観的な理由がない限り、同じ事業所で比較可能な正規雇用の被用者よりも不利益な取扱いを受けないことを求めています。
第4条は研修を偽装した正規雇用関係と戦う措置と題し、正規雇用関係が研修であると偽装されることによって、労働条件と賃金を含む保護の水準がEU法、国内法、労働協約又は慣行により付与されるよりもより低いものとなる効果をもたらすような慣行を探知し、これと戦う措置を権限ある機関が採るよう有効な監督を行うことを求めています。これが本指令の最重要規定です。
続く第5条は、研修を偽装する正規雇用関係であるかどうかを判断する詳細なチェックリストです。これは、研修をめぐる労働者性の判断基準という意味で、大変興味深いものです。
(a) 研修と称するものにおける顕著な学習又は訓練の要素の欠如
(b) 研修と称するもの又は同一使用者との複数若しくは連続的な研修と称するものの長すぎる期間
(c) 研修と称するものと同一使用者と比較可能な地位にある正規雇用被用者の間で課業、責任、労働負荷の水準の同等性
(d) 研修応募者に対し、正当な理由なく同一ないし類似の分野での就労経験を要求すること
(e) 同一使用者の下で正規雇用関係に比して研修と称するものの比率が高すぎること
(f) 同一使用者の下での研修生と称するものの相当数が2以上の研修を修了しているか又は研修と称するものに就く前に同一又は類似の分野での正規雇用関係を有していること
これらの判断のために、使用者は必要な情報を権限ある機関に提供しなければなりません。また加盟国が、研修の長すぎる期間の上限ないし反復更新の上限を定めることや、研修生の募集広告に課業、賃金を含む労働条件、社会保護、学習訓練要素を明示するよう求めることも規定されています。
以下、本指令案には施行や救済、支援の措置等の規定が並んでいますが、枢要な部分は以上の通りです。3月11日に合意されたプラットフォーム労働指令が、元の指令案にあった5要件のうち二つを満たせば労働者性ありと推定するという規定が削除され、国内法、労働協約、慣行で判断するという風になったことを考えると、この指令案がどうなるか予断を許しませんが、研修という特定分野における労働者性の判断基準を立法化しようという試みとして、日本にとっても大変興味深いものであることは間違いありません。