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佐伯有清『最後の遣唐使』(講談社学術文庫)を読んだ。
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日本で教育を受けた人なら遣唐使を知らない人はいないだろう。遣唐使が唐から輸入した文化の数々や、最澄、空海がもたらした仏教、そういうのはよく知られているが、どういうコースで、どんな船で、どんな人たちが渡ったかということはあまり知られていない。

知らないから、勝手なイメージを作る。僕の遣唐使に対するイメージは4船ほどで行って、行きに1隻が沈んで、帰りに1隻が沈む。ちゃんと行って帰ってくるのは強運の人だけ。空海も最澄もたまたま帰ってこられた。そんなものだった。

それは円仁の『入唐求法巡礼行記』読んだときにさらに強くなった。そこに描かれていた唐への旅は、それまでの想像をはるかに上回るすさまじい冒険だったのである。

この円仁の乗った遣唐使船こそが、本書のいう「最後の遣唐使(第17次遣唐使)」である。したがって、主な史料も『入唐求法巡礼行記』と『続日本後記』ということになる。本書では、これらの史料をもとに最後の遣唐使にまつわる数々の謎を解明している。

第17次遣唐使は二度の渡航失敗、遣唐副使小野篁の乗船拒否、そして相次ぐ遭難により遣唐使六百数十人のうち40%が海の藻屑となるというすさまじい航海だった。

技術は進歩するものだから、最初の遣隋使から200年以上もたってこの有様では、もっと昔はさらにひどかったんだろうと思い込んでいたのである。たぶん、司馬遼太郎の『空海の風景』に、航海技術の遅れを書いている場面があったので、その影響もあったんだろう。

ところがそうではないらしい。つい当時の日本の技術は、大陸や朝鮮半島に比べて劣っているという前提で、それを理由にしてしまったが、それ以上に国際情勢や、国内の政治問題などが複雑に絡み合っていたようだ。

本書は、そういう歴史上の「謎」だけでなく、遣唐使の人生を多く描いている。特に、篁や円仁のような有名人だけでなく、あまり知られていない、無名の遣唐使たちや新羅人の人生にも光をあてていて、それらは小説の書き方ではないが、下手な歴史小説よりもずっと面白い。

というわけで、すごく面白かったのでストロングバイ。
(追記) (追記ここまで)
タグ :
#遣唐使
#最後の遣唐使
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