[フレーム]

かつて『冒険手帳』(谷口尚規著、石川球太画・主婦と生活社・昭和47年)という本があった。僕はこの本をぼろぼろになるまで繰り返し読んだ。

『冒険手帳』はその名のとおり、衣食住にわたるサバイバル生活のハウツー本なのだが、ハウツー本のくせに実はそれほど役に立たない。

それもそのはず、この本が役に立つようなサバイバル生活(マッチを使わずに火を起こすとか、野うさぎを捕って食べるとか、砂漠で水を手に入れるとか)はよほどのことがおきなきゃありえないからである。しかし、それでいいのだ。この本のテーマは、実際にやってみることではなく、何が起こっても生きのびようとするという心がまえを持つことだからだ。

でも、僕が突然自転車で旅行するようになったのも、キャンプ道具一式かついで熊野古道を歩いたのも、ガキのころに読んだこの本の影響だと思っている。もし、キャンプ場なんかで「バーベキューなんてぬるいことしてんじゃないよ」なんていっているオッサンがいたら、99%この本の読者だと思う。

さて、『冒険手帳』は絶版だが、『新 冒険手帳―災害時にも役立つ!生き残り、生きのびるための知識と技術』(かざまりんぺい著、佐原輝夫画・主婦と生活社)という本がでた。版元も同じ旧『冒険手帳』と同じである。

旧『冒険手帳』が手元にないので、記憶によって比較するしかないが、旧にあった内容はほとんど含まれていて、さらに旧よりは実用的である。佐原輝夫氏の絵も石川球太氏よりははるかにスマートで(でも、意識はしていると思う)見やすい。

面白いなと思ったのは、第一章がマッチで火をつけることから始まっていることである。たしかに今の子どもたちを対象にするなら、そこから始めなきゃいけないだろうな。路上生活者の智恵を紹介してあるのも面白い。

ただし、旧が名著になりえたのは、そのテーマが時代にあっていたことと(冷戦・小野田さん、横井さんの帰国・浅間山荘事件など)、谷口尚規氏のユーモアあふれる文章と、石川球太氏のドロ臭い絵にあったので、ハウツー度を増してスマートになった新はちょっと物足りなく感じた。

なお、石川球太氏の漫画は『巨人獣(ザ・パラノイド)』で読める。こちらはストロングバイ。あまり知られていないが、日本の漫画史に残る傑作である。漫画好きなら買って損はない。
(追記) (追記ここまで)

コメント

コメント一覧 (9)

    • 1. 二可
    • 2006年05月21日 23:32
    • その冒険手帳、読んだことないのですが、小学何年生だか、科学と学習だか、
      似たような付録がついてきたことがあり、水を濾して飲む方法をとてもやって
      みたかったことです。樽に消し炭とか毛糸とか入れるやつね。おしっこも飲
      めるなんて書いてあったかしらん??
      ほかに、金と黄銅鉱の違いの見分け方とか、北の知り方とか、蜂に刺された時
      の対処とか、火を起こす方法とか・・・・

      忍者の走り方とか呼吸法とかも!!!
    • 2. 二可
    • 2006年05月21日 23:44
    • 忍者は高いところから飛び降りることができる。

      そういう記事があったがために、小学校の遠足か社会見学
      の際、砂防ダムの上から飛び降りたことがありました。
      まあ3メーターくらいだと思うのですが、二階くらいの
      高さ・・・

      帰校後、「日の丸飛行隊がおったそうじゃの」
      「・・・あがいなとこで調子に乗ったらいけん」
      とかなり厳しい調子で先生から戒められました。

      清滝山から流れる清滝川の上流、清滝のすぐ上。
      深堂山(ふかどう)は稜線続きです。

      ちなみに、翌日からしばらくの間、首に痛みがありました。
      高いところから飛び降りると必ず首が痛いんですよね。
      小学生時、何度も経験しましたがまったく懲りませんでしたとさ。
    • 3. 二可
    • 2006年05月21日 23:52
    • 書いてるうちに、前、この話題をしたことがあることを
      思い出しましたが、ま、続けちゃおう。

      下から見てた同級生によると、僕はクルクル腕をまわしながら
      (なわとびみたく)落ちてきたそうです。着地後、尻餅気味に
      後退しました。
      幼馴染のTクンは、三分の一くらいまですべるようにして途中
      から飛びました。(堰堤がすこし斜めになってる)
      Iクンは僕と同じようにモロ飛び降りちゃったのですが、着地
      の瞬間に鼻水が噴き出し、飛び散り、周りから悲鳴と笑いがどっ
      と起こりました。
    • 4. 二可
    • 2006年05月22日 00:00
    • だいたいですが、僕が飛び降りたきっかけは
      「誰それが飛んだ!」
      というデマを間に受け、それを聞いた瞬間
      「ほんまか?そんぐらいやあ、ワシもできるで。
      やってみちゃろうか?ほりゃ!!」

      悔しくてやっちまったのです。だからモロに飛んじゃった。
      考えれば、Tクンが一番頭脳的な降り方だった・・・・
      おそらく、僕→I→Tの順番で飛んだ気がします。

      中学生になった頃、そのダムを訪れて見上げたのですが、
      二度と飛ぶ気は起きなかったです。
      もしかしたら3メートルよりも高かったかもしれません。
    • 5. 二可
    • 2006年05月22日 00:13
    • いま考えれば、4年生のころで身長の三倍近くあったような気がします。
      実は後日(その晩かも)父親からは、
      「膝の骨がめりこむけえ、やっちゃあいけん」

      と、やはり戒められました。

      父は世界遺産前の「相生橋」というところから飛び込んだことがあるそうで、
      「あんときゃ下までが長かったで!」
      と聞かされたことがあり、僕も着地までがものすごく長く感じたため
      思わず夜に話しちゃったのでした。
    • 6. 二可
    • 2006年05月22日 00:27
    • 余談ながら、その先生は、
      ゲンバク、スイバク、という必殺武器を持っており、
      悪いことをすると
      「前へ出て来い!」

      直立不動のまま頭上に爆撃される・・・そういう時代でした。
      ただ、生徒は歩き方までワシに似てくる、と苦笑するような
      純朴世界ですわ。先生はヒバクシャでもあったのです。

      隣のクラスの先生が来られて訓戒をしている時に、
      隣の席のブード、というあだ名の同級生をたきつけて、
      「おい、"空襲警報発令!"言え!言え!」
      「空襲警報!」

      そのときは、うまくクラス中が爆笑してくれて、
      先生も笑ってしまい、事なきを得たのでありました。
    • 7. 二可
    • 2006年05月22日 00:33
    • 隣のクラスといっても、二組しかなかったのですが、
      同じ町内の別の二校は一クラスでしたし、一校は10人いなかったです。

      >たきつけて
      こうしてみると、むかしから自分はやな奴だったようです。
    • 8. 中川@やたナビ
    • 2006年05月23日 21:21
    • >樽に消し炭とか毛糸とか入れるやつね

      そういうのがいっぱい、より実践的に載っているのです。
      やったことないけど。
      しかし、上のレス、超大作ですね。
    • 9. 二可
    • 2006年05月25日 23:19
    • >しかし、上のレス、超大作ですね。

      くろまるの舞台から飛び降りる気持ちで書きました、ええ。
      ・・・この前悲惨な事件がありましたが、歴史上、何人が
      飛び降りたんっすかね?清くろまる。記録は残ってるのかな。
      あのフレーズが、先日のスーサイドを引き起こしたこと
      は間違えはないでしょうが・・・・
コメントフォーム
記事の評価
  • リセット
  • リセット

[フレーム]

トラックバック

↑このページのトップヘ

traq

AltStyle によって変換されたページ (->オリジナル) /