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2004年12月01日

下北沢X物語(81)〜北沢から代沢へ小さな旅(1)〜

fcc28cb0.JPG 思いがけず芋に出会って芋で終わった。北沢から代田への小さな旅である。
のんびりとした時があってもいい。道をゆっくりたどって帰ることにした。まずは笹塚の観音通りから北沢五丁目、「北五商店街」へと入った。すぐ右のところに和菓子屋さんがある。「芋羊羹」という看板があった。前々から気にはなっていたところだ。自転車を止めて店に入る。「うん、おいしそうだ」、いつもの勘が働く。
自転車乗りもダテではない。かなりの経験が知らない間に積まれた。ぶつかりそうな四つ角、通れそうな抜け道、それはもう勘でわかる。危ないところでは自然に手がブレーキに行く。自慢はこれだけ乗っていて対人事故がないことだ。
一番の楽しみは味道楽である。巻きずし、蕎麦、麺屋、豆腐屋、パン屋、菓子屋、魚屋などジャンルはあらゆるところに及ぶ。どこのスーパーで安くて美味しいワインが手に入るかもわかる。
経験的に言うとこうだ。街の中心地には旨いものは少ない。むしろ、中心街の外れか、外れかかったところにおいしいものはある。店構えも小ぎれいでない方がいい。通りかかって、「うん、ここは」と思うところは大概が当たっている。自転車だとその店を一瞬にして通り抜ける。目の隅に映ったマグロのてかり具合、麩菓子の笹の濡れ具合、アップルパイの表面の微妙な焼け具合、そんなものを一瞬に判定する。ブレーキに手がかかったら当たりだ。おいしいものにぶち当たる。
町はずれにある場合、存在感がないと商売は立ち行かなくなる。よそよりも旨くないとだめだ。そういうことできっと腕が磨かれていくのだと思う。「亀泉堂」は、そんなお店である。栗饅頭のてかり、最中の皮のうねり、そんなものにうま味の陰影がある。
「このお店は古いんですか?」
「ええ、古いですよ、もう三十四、五年になりますね」と菓子屋の奥さんが言う。
「このあいだもね、近所の人がお宅のカステラはインターネットに載ってますよっておっしゃるのですよ。お客さんが掲示板に書いたのでしょうね」
「こういう商売もね、厳しいですよ。この頃は季節感がすっかりなくなったでしょう」
確かに言われればそうだ。春夏秋冬の季節感があって和菓子は売れる。工夫がないと売れないのだろう。店の大きさの割には品揃えが豊かだ。奥さんが差し出した包みに毛糸で作った小さな花が添えてあった。「此の街いいね」が北五のキャッチコピーだ。ちょっと寂れているが味わいがある。


北五商店街を抜けて、井の頭通りを渡る。するとそこは北沢4丁目だ。坂を下る左手の家、板塗りの黒塀から立派な赤松が伸びている。粋な黒塀に見越しの松、典型的な家屋敷である。
露地を抜けて延命地蔵が角にある茶沢通りに出る。いつもは右折して下北沢へ向かう。だが、直進する。いくつかの目当てがあったからだ。道はしばらくすると左に曲がって急坂となる。上りきって数十メートル行くと踏切だ。小田急線東北沢2号である。ここから見る下北沢駅というのも趣がある。上りと下りの線路が夕の日を受けて黄金色に輝いている。四本の金の延べ棒が手前の坂から下へ流れて、そして下北沢駅金精錬工場へとつながっている。夕刻一時値千金、豪華な駅だ。
踏切を渡って直進だ。池の上駅の手前で右手に折れる。すると池の上2号踏切である。右手奥に下北沢駅がまた見える。Xの右片袖を北から南に下りてきたことになる。自分の頭の中に下北沢のXの交点がイメージされているから奥に見える駅が、それと知れる。が、初めてだったら別の駅だと思うに違いない。
森厳寺の裏手に来た。お目当てはここの大銀杏の紅葉だ。墓地の塀に沿った坂を自転車は高速で下る。メーターに30の数字が出る。坂下の欅の大木がぐんぐん近づいてくる。と、赤い乗用車はそれよりも速い。慌ててブレーキをかける。ちょっと冷や汗をかいたが、森厳寺境内はひっそりとしていた。歩を進めて、そして上を見る、するとここにも金精錬工場があった。まん中の太い幹が工場のようだ。
何億枚もの金の木の葉が大樹を覆い尽くしている。その葉が青空に映えてきりきりときらめいている。深閑とした樹下を独りの女が歩いていく。隣にある幼稚園の先生がピンクの上っ張りを着てゆっくりと通っていった。

rail777 at 20:23│Comments(0)TrackBack(0)││学術&芸術 | 都市文化

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