アーティストの社会学

2025年3月28日 (金) 投稿者: メディア社会コース

昨年11月9日・10日、京都産業大学にて第97回日本社会学会全国大会が開催されました。

今年は新たなテーマセッションとして「アーティストの社会学」が設けられ、ボディビルダー、バーテンダー、ロックバンド、演劇、アートセラピー、女性や移民としてのアーティスト...などなど、「美意識」に関係する幅広い人間の活動を分析した研究報告がおこなわれました。

「アーティストの社会学」ってなに?という疑問を抱く多くの方に向けて、簡単に説明してみたいと思います。

「好きなことで生きていく」って本当にできるの?

「好きなことを仕事にしよう」「クリエイティブな仕事で生きていく」——こうした言葉を一度は耳にしたことがあるかもしれません。YouTuberやデザイナー、ゲームクリエイターなど、自分の創造力を活かして働くことに憧れる人は多いでしょう。

しかし、本当に「好きなこと」で生きていくことは可能なのでしょうか? そして、その働き方はどんな未来をもたらすのでしょうか?

イギリス・ロンドン大学ゴールドスミス校の名誉教授で、文化研究者のアンジェラ・マクロビー(Angela McRobbie)は、著書『クリエイティブであれーー新しい文化産業とジェンダー』(花伝社、2023)のなかで、クリエイティブ産業における労働の現実について考察しています。

もともと、アートやデザイン、音楽などの仕事は、資本主義的な労働のルールに縛られず、自由な自己表現を追求する場とされてきました。ところが、現在のクリエイティブ産業では、むしろ「好きなことを仕事にする」ことが、労働の無限搾取につながってしまっているのです。

クリエイティブな仕事には、明確な労働時間の境界がありません。たとえば、デザイナーや映像クリエイター、ライターなどの仕事では、「もっと良いものを作りたい」という情熱があるがゆえに、仕事とプライベートの境界が曖昧になり、際限なく働いてしまうことがよくあります。また、「好きなことをやらせてもらっているのだから」という空気感が、正当な報酬を支払ってもらえない一因になってもいます。

マクロビーはさらに、フリーランスの世界のジェンダー問題にも警鐘を鳴らします。プロフェッショナルな訓練を長く受けてきた女性であっても、育児や家庭生活とを両立する制度が整っていないことが原因で、安定的にキャリアを築けないことを指摘しています。実際、多くの会社員の女性が受け取れる産休育休手当がありますが、フリーのカメラマンやデザイナー、アーティスト、ダンサーの女性たちはこれを受け取ることがでません。

社会学的視点を持つことの大切さ

「好きなことで生きていく」ことは可能ですが、持続的なキャリアを築いていくためには、労働の仕組みや社会的な課題について理解することが必要です。日本社会学会のテーマセッション「アーティストの社会学」は、マクロビー氏の問題提起を手がかりに、それを日本の文脈や状況と接続させながら、アーティストの生き方を支えるための社会制度や方法論を考える場となりました。

本学でメディア学を学ぶ皆さんも、映像、ゲーム、広告といった分野で活躍する際に、クリエイティブなスキルだけでなく、労働の仕組みや社会構造について考え、これらを改善しようとする視点を持ってみませんか?

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