(IASR Vol. 36 p. 90-91: 2015年5月号)
Corynebacterium 属菌は主に皮膚や上気道の常在菌として知られており、血液培養から検出された場合でも、検体採取時のコンタミネーションと解釈されることもある。Corynebacterium 属菌による院内アウトブレイク事例について報告する。
アウトブレイクの経緯
A病院において、2014年9月中旬に、同一病棟入院の4患者の血液、術中に採取した検体、創部浸出液、医療デバイス先端等から、続けてCorynebacterium 属菌が検出された。分離菌株の薬剤感受性パターン(antibiogram)が酷似していたため(表)、医療関連感染が疑われた。4患者全例とも8月中旬〜9月初めに同病院で外科手術を受け、ICU内で内頸静脈カテーテル留置による血液透析を受けていた。そのうち1患者は、敗血症で死亡したが、死亡2日前に採取した血液からはCandida tropicalis が分離され、Corynebacterium 属菌は分離されなかった。3患者はその後バンコマイシン等による治療により回復した。
アウトブレイクへの対応
本A病院は、診療報酬における感染防止対策加算1の届出医療機関であるが、同じく加算1である連携先のB病院と一連の経過について、9月下旬に臨時の合同院内感染対策会議を開いた。会議翌日に、B病院の院内感染制御チーム(ICT)と合同でICUの巡視を行い、さらに、管轄の保健所に連絡した。当該患者においては隔離および接触感染予防策を開始しながら、外科手術をいったん中止、ICUを閉鎖して、清掃業者による清掃・消毒を行った。同様の外科手術を行った患者、内頸静脈カテーテル留置による血液透析を行っている患者、中心静脈カテーテル挿入の患者等の管理について検討し、ガウン、手袋の装着、手指衛生の強化徹底、点滴作成台の清潔管理の見直しを行った。外科手術、ICUの再開については、B病院と合同で各検討項目の改善状況の検証を行い、同属菌による新規感染例発生の有無を確認し、院内感染対策についてB病院から一定の評価を得たうえで再開を決定した。現在までに血液から同様の細菌が検出されることはなく感染の拡大はきたしていない。
細菌学的検査
本病院は、細菌学的検査はすべて外部の検査センターに委託している。検査センターで保存されていた8菌株について、国立感染症研究所で行政検査が行われた。16S rRNA遺伝子およびrpoB 遺伝子の遺伝子配列を検討したところ、解析した両遺伝子配列は8菌株において同一で、どちらの結果からもCorynebacterium striatum と同定された。また、質量分析による解析においても、すべてC. striatum と同定され、さらに、本8株は使用した質量分析装置メーカーのデータベースと比較して同じグループのbiotypeに属すと考えられた。また、APIコリネを使用した生化学的性状においても一致した所見が得られ、質量分析の結果が裏付けられた。また、パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)によるタイピング解析(Sfi I使用)において、本8株はほぼ同一パターンを示し、同一の遺伝子背景を持つと考えられた(図)。Antibiogram、biotype、および、PFGEタイプが8株で一致し、 本病院における多剤耐性C. striatum によるアウトブレイクが示唆された。
本4患者の細菌学的検査記録を調べたところ、敗血症に先行して、吸引喀痰からCorynebacterium spp.が分離されている場合が多いことがわかり、上気道がリザーバーになっていることが推定された。しかし、検査を行っている検査センターにおいて、無菌的材料以外から分離されたCorynebacterium spp.については薬剤感受性試験を行わないため、血液や創部感染由来の菌株とantibiogram等による比較検討はできなかった。そこで、検査センターに協力を依頼し、本アウトブレイクの原因となったC. striatum 菌株と類似したコロニーが認められた場合は、喀痰由来であっても薬剤感受性試験と菌株保存を行うこととし、本菌株の上気道キャリアのモニタリングを開始した。
Corynebacterium 属菌は、主に皮膚や上気道の常在菌として知られており、臨床現場では一般細菌培養検査結果で、喀痰や鼻腔からの検体においてはCorynebacterium sp.と報告され、薬剤感受性検査も行われることが少ないのが現状である。また、血液培養から検出された場合でも、患者の臨床症状が乏しければ、検体採取時のコンタミネーションと解釈されることもある。しかしC. striatum は、近年日和見感染を起こすことでも認識され、薬剤耐性株による院内アウトブレイク事例の報告が散見され、院内感染対策において、注意すべき重要な菌種であると考えられた。
大阪市保健所
廣川秀徹 吉田英樹 中山浩二 澤田好伴 伯井紀隆 坂本徳裕 松生誠子
半羽宏之 松本健二 谷 和夫 吉村高尚
大阪市立環境科学研究所
中村寛海 西尾孝之
国立感染症研究所細菌第二部
加藤はる 鈴木里和 柴山恵吾
(IASR Vol. 35 p. 291- 293: 2014年12月号)
アシネトバクター属菌は、2000年頃から各国で急速に薬剤耐性化が進んでいる。アシネトバクター属には30以上の菌種があるが、感染症の原因菌としてはAcinetobacter baumannii が最も多い。A. baumannii には、特に多剤耐性のことが多く、また、院内感染を起こしやすい流行型International clone II(以下IC II)がある1)。我々は国内の医療機関からアシネトバクター属菌を収集し、IC IIの占める割合や薬剤耐性との関連を調べた。
国立病院機構86施設の協力を得て、平成23(2011)年10月〜平成24(2012)3月に臨床検体より分離されたすべてのアシネトバクター属菌を収集した。菌種の同定はrpoBシークエンス解析2)、IC IIの判定は、blaOXA-51-like遺伝子のSNP解析3)にて実施した。薬剤感受性は、微量液体希釈法で測定した。
対象菌株が分離された78施設より998株が送付され、当研究所で発育を認めた932株の菌種同定を行った結果、866株がアシネトバクター属菌と同定された。菌種内訳は、A. baumannii が645株(74.5%)と最も多く、次いでAcinetobacter nosocomialis 84株(9.7%)、Acinetobacter pittii 60株(6.9%)だった。A. baumannii のIC IIは245株で、アシネトバクター属菌全体の28%を占めた。IC IIが分離された医療機関は78施設のうち36施設(46%)だった。
IC II 245株とそれ以外の621株(IC II以外のA. baumannii とA. baumannii 以外のアシネトバクター属菌;以下non-IC II)、それぞれにおいて各抗菌薬に対する耐性株の割合を表に示す。特に問題とされるカルバペネム系薬剤に耐性を示す株の割合は、IC IIではイミペネム、メロペネムともに3.7%だったのに対して、non-IC IIではイミペネム0.6%、メロペネム0.8%だった。他の9薬剤においても、IC IIはnon-IC IIに比べて耐性株の割合が高く、特にシプロフロキサシンに対してはすべてのIC IIが耐性であり、IC IIの特徴のひとつと考えられた。わが国では、カルバペネム系、フルオロキノロン系、アミカシンの3系統の薬剤に耐性を示す株を多剤耐性株と定義することが多い。今回の解析では、多剤耐性株は2株(アシネトバクター属菌の0.2%)のみで、いずれもIC IIだった。2剤耐性株は70株(8.1%)だった。そのうち58株はカルバペネムには感性であるが、フルオロキノロン系とアミカシンに耐性を示す株であり、すべてIC IIだった。12株は、アミカシンに感性、フルオロキノロン系とカルバペネム系に耐性を示す株で、そのうち7株がIC IIだった。
これまで、アシネトバクター属の解析は多剤耐性株やカルバペネム耐性株を対象としたものが中心で、これらの耐性株の多くがIC IIだった4)。しかし、感性株の中にICIIがどの程度存在するかについての研究はほとんどなされていなかった。今回、感性株も含めた解析により、ほとんどのIC IIはカルバペネムに感性であり、耐性株の割合は3.7%のみであることが明らかになった。
わが国は海外に比べて多剤耐性アシネトバクターの分離率が極めて低いことから5)、我々はICIIの分離率も低いと推測していた。しかし、今回の解析ではIC IIはアシネトバクター属全体の28%を占め、研究協力医療機関の46%で分離されており、既に国内の医療機関にIC IIが広まっていることが懸念される。IC IIはカルバペネム系抗菌薬に感性であっても、non-IC IIに比べて多くの薬剤に対して耐性率が高く、多剤耐性株となるリスクは高いと考えられる。分離されたアシネトバクター属菌がIC IIか否かを調べるには遺伝子解析が必要となるが、シプロフロキサシン耐性のアシネトバクター属菌が分離された場合はIC IIの可能性を考慮し、多剤耐性株の出現により注意が必要と考えられる。なお、分離菌の遺伝子等の解析に関する相談は、国立感染症研究所細菌第二部(taiseikinアットマークnih.go.jp)で受け付けている。
謝辞:今回の研究には多くの国立病院機構の医療機関にご協力いただきました。深く感謝いたします。