日本地質学会会長 石渡 明
福井県大飯郡おおい町の大島半島には夜久野(やくの)オフィオライトが分布しており,県道241号線(赤礁(あかぐり)崎公園線)の大島トンネル北口から約200m北西の浦底(うらぞこ)地内の露頭(図1)には,そのモホ面(モホロビチッチ不連続面,地殻とマントルの境界)が露出しています.これは,道路沿いで容易に観察できるモホ面の露頭としては日本国内で唯一のものであり,かんらん岩・輝石岩・斑れい岩からなる層状構造が露出しています(図2).ここではモホ面の岩石や構造をよく観察することができます. この露頭は,大飯原子力発電所の建設工事に伴う県道設置により1973年に開削され,それ以後約40年間,ほぼそのままの状態を保っていて,その間に多くの地質研究者や学生の研究・教育に利用されてきました.しかし,2012年11月に落石防止用の擁壁設置工事が行われ,当初の計画では吹き付け工法で露頭を覆ってしまうことになっていました.日本地質学会は,この露頭が地質学の研究・教育上重要であると判断し,施工者の福井県小浜土木事務所に対して別紙のような露頭保全に関する要望書を送り,露頭の保全を働きかけました.その結果,この露頭の学術的・教育的重要性を理解していただき,擁壁は設置するものの,露頭は被覆せずに露岩のままとするよう,計画を変更していただくことになりました.既に工事が進行中であったにもかかわらず,迅速に計画の変更をご決定いただき,今後の研究・教育に利用できるよう露頭を保全していただいた福井県小浜土木事務所の皆様に,日本地質学会として心から感謝申し上げます.
現場の露頭は県道の急カーブの外側に当たり(図3),従来は露頭の観察に交通事故の危険がありましたが,このたびのコンクリート擁壁の設置により,高速で通行する車両から観察者が守られることになり,観察者が交通の邪魔になることもなくなりました.擁壁設置により露頭の下部2mほどが隠れてしまいましたが,一方で露頭の上部を安全に観察できるようになり,工事中に露頭を1 m程度削ったことにより新鮮な岩石が露出するようになりました(図2).露頭には擁壁北西端(向かって右側)の土盛りから登ることができます.ただし,この露頭は大島半島中央部を東西に横切る断層に近く,破砕帯が発達していて岩石が崩れやすいため,観察に当たってはヘルメットの着用と落石への注意が必要です.
なお,このオフィオライトのモホ面は,ハッキリした1つの面ではなく,かんらん岩,輝石岩,斑れい岩の層が繰り返しながら,次第にかんらん岩を主体とするマントルから斑れい岩を主体とする地殻下部へ100 m程度の範囲で移り変わるもので(図3),浦底のモホ面露頭はその「モホ漸移(ぜんい)帯」の中で特に黒っぽいかんらん岩と白っぽい斑れい岩の互層がよく発達する部分です(図2).今から約2億8千万年前の古生代の厚い海洋地殻の下の,海底から約20 kmの深さにあったモホ面が,その後の造山運動による隆起と侵食により現在の地表に露出していると考えられており,この露頭ではその証拠となるスピネル・斜長石レールゾライト(かんらん岩)やスピネル変斑れい岩などを観察することができます.詳しくは次の論文をご参照下さい:Ishiwatari, A. (1985) Granulite-facies metacumulates of the Yakuno ophiolite, Japan: evidence for unusually thick oceanic crust. Journal of Petrology, 26, 1-30.
(2012年12月17日)