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右の写真、私の部屋です。
6月末にシリアに来て、7月末にアレッポに引越し、この部屋で生活を始めてあれこれ必要なものを買い揃えて徐々に
現代人としての生活レベルを上げながら1ヶ月が過ぎました。
...が、この1ヶ月、大型ショッピングモールにも、スーパーにも、市場にも、どこへ行ってもどうしても
部屋履き用のスリッパが見つかりません。
なんかそれっぽいサンダル的なものは比較的簡単に見つかるんですが、いかにも
"部屋で履くスリッパ"というヤツが見つからず、部屋の中ではペタペタと
裸足で過ごし続け、
いつまでたっても生活レベルが上がらずにいます。
一体どこへ行ったらスリッパが買えるんでしょうか...。
...といったところで、トートツに話を変えてしまいますが、
←ご覧の通りの
ジーパンです。
たしか4年ぐらい前、ベトナムに住んでるときに買ったジーパンで、今回シリアに持ってきたモノです。
...が、気づけば生地もすっかり磨耗してしまい、お尻のあたりが擦り切れてしまいました。
ただでさえ
生活レベルの低い裸足生活をしている状況だというのに、こんな
ケツんところがひっちゃぶけたジーパンなどいつまでも穿いてるわけにはいきません。
というわけで、残念ですがこのジーパンには現役を退いていただくことに。
...で、
こんな風に糸をほどいて切り刻んでしまい、
さらにこんな感じで細く切ってしまいました。
ほんでもって、
荷造りロープといっしょにこんなふうに絡めて、
どんどん絡めていったら、やがて......
わらじが完成しました!!
「
ジーンズの
パンツ」が
ジーパンで、「
ジーンズの
ジャンパー」が
ジージャンなので、これは「
ジーンズの
わらじ」で
ジーわら、もしくは「
ジーンズの
サンダル」で
ジーサン、といったところでしょうか。
上の写真を見て、その仕上がり具合の違いでだいたいわかると思いますが、まず左のを作って、そのあと右を作りました。
初めて作った左足のあと、二回目に作った右足のとんでもないレベルアップぶり。履いてみるとその完成度の違いは歴然で、
右と左で履き心地が全然違います。我ながらものすごい技術習得レベルです。
とりあえず、これでしみったれた破れたジーパンもその姿を変え、その上裸足生活ともおさらば。生活レベルがひとつ上がり、
また一歩、文明的な生活に近づきました。
男のおしゃれは足下から。...んで、ジーサンを作ったらちょっとだけ生地が余ったので、
わらじと同じ要領で「ジーンズの
コースター(ジーコー)」と「ジーンズの
鍋敷き(ジーなべ)」も作りました。丸くて平べったいモノなら何でも作れそうです。
わたくし、これまでの海外経験で得たことはいくつもありますが、その中でもやはり
「あるモノでないモノをこしらえる」というのが、
モノのない状況での生活を楽しく快適なものにする手段である、と痛感しているわけです。
で、今回のジーサン作りを通して「シリアでもそれが実践できる」と改めて思った次第であります。
テーマ:ハンドメイド - ジャンル:趣味・実用
今回、我々が訪れたのは...
まずはアレッポから南に向かい、水車で有名な
ハマ。
...を素通りしてさらに南下。
辿り着いたのはこんな感じの何やら眺めのいい場所。
ここは、シリア中部の
ホムスという街の郊外にある小高い山の上です。
で、この山にあるのがコチラ。
世界遺産
「クラック・デ・シュヴァリエ」11世紀ごろ、十字軍時代に建築された城で、かの
アラビアのロレンスさんも
「世界で最も素晴らしい城」と絶賛した、と言われる十字軍の城砦です。
さらにこの城、映画
「天空の城ラピュタ」のモデルとなった場所としても有名で、とにかくこの城についてここから先は
下手な説明などしても意味はないし、ボキャブラリーに乏しい私には説明することなど不可能なので、とにかく数枚だけですが写真をご覧ください。
入り口からしばらくこんな感じのアーチをくぐっていきます。
地面が見えてきましたが、地下にも何やらあった形跡が。
お堀にはわずかばかりの水もあります。
徐々に上へ上へと上って行き...。
こんな眺めとか、ちょっと
ヤバいです。
こことかも、
肩に小鳥を乗せた巨神兵がズシンズシンと歩いててもまったく違和感ありません。
...と、ほんの一部ですがこんな感じです。
たった数枚の写真だけでもこんななのに、実際ここに足を運んでごらんなさいな。もう、
「うわぁー」とか
「ほぇー」みたいな言葉しか出てきませんよ。
この城については、
私のつたない文章で説明することなどまったくもって無意味、だということもこの写真だけで十分お分かりいただけたかと思います。
なのでみなさん、ぜひ
実際に足を運んで見に来てください。
テーマ:シリア - ジャンル:海外情報
突然ですが、
遠足に行ってきました。
行き先は
アレッポの街から車で2時間ほどの、同じアレッポ県内でも
トルコ国境にほど近い場所で、
2世紀ごろのローマ遺跡が残された一帯。
まずはローマ時代から今に至るまで何度も修復を重ね、周辺住民の大動脈として利用され続けている
ローマンブリッジ。
その後は何やら
偉い人のお墓。
んで、ローマ遺跡群の中でも2番目の大きさを誇るといわれている
劇場跡。
ほんでもって、昼メシ休憩をはさんだあとはさらに足を伸ばし、現在シリアが世界遺産への登録を目論んでいるという
ブラッド村。
この村にもやはり古代ローマ時代の遺跡が残されており、村の人々も遺跡と共存している様子が伺えるのんびりした村でした。
...と、こんな感じで朝から夜までどっぷり遺跡めぐりの一日でありました。
ちなみに、シリア北部のアレッポ県およびその周辺というのはユーフラテス川流域にあり、古代文明が栄えた場所であるということからもわかるように、遺跡がいくつも残されているところです。
で、それだけに遺跡調査や修復などといった職種のボランティアの方が何人か派遣されており、今回もやはり遺跡についての知識豊富な方の主催による遺跡めぐりだったんですが、やはり
遺跡を見るにはそれなりの知識と経験がある人と行った方が100万倍たのしくなる、ということに気づきました。
...例えば、この日2つめに見学したこのお墓。
このお墓の出入り口は右の写真のようになっていて、まあ、一見何の変哲もない、四角く切り取られたフツーの出入り口なんですが、例えばこのお墓が作られた時代における、こういう出入り口の一般的な構造というのは...、
まず、こんな感じで石を組み上げて
門柱と
へりを造ります。
んで、その
門柱と
へりのまわりに
壁となる石を組み上げる、
...というのが
最も簡単であり一般的な構造らしいのですが、今回見に行ったこのお墓の場合、
まず、こんな感じの石の組み方をし、
そのあと、この石を
出入り口としてちょうどいい感じに切りぬいたあと、周りにレリーフとか彫刻を施していく、という造り方をしています。
これは、最初に紹介した一般的な出入り口の組み方と比べると
はるかに手間も時間もかかるやり方だということなんですが...、
さらにここで右の写真をご覧ください。
同じお墓の
屋根の部分。
ちょっとこの写真ではわかり辛いかもしれませんが、ドーム型の屋根が
六角形(六角錐?)になっていて、この屋根の「六角形の
カドっこの部分」をみてみると...、
こうやって二つの石を組んで角を作ったのではなく、
こんな感じで
一つの石をわざわざこんな形に切って組み上げているのがわかります。
これもまた手間隙をかけた造り方であり、たとえ文献などが残されていなかったとしても、この
墓の大きさに加え、先に説明した
出入り口であったり
この屋根の構造を見ただけで、この墓は
それなりの実力者、権力者が納められたものだった、ということぐらいは一目瞭然である、というお話。
もちろんこれだけにとどまらず、石畳にできた
わだちを見ただけで、当時すでにそれなりの交通秩序があったことがわかるとか、石の側面につけられた穴の形状によって
当時の運搬技術がわかったりとか、トイレの形状などから
当時の下水、排水技術がわかったりとか、
何気なく転がっているような石でも、そこから導き出せることがいくつもあるという、そんな目からウロコの話が次から次に出るわ出るわ...。
やっぱりそれなりの知識がある人がいなかったら、結局
「あぁ、遺跡だなぁ...」ぐらいで終わってしまうところでした。
そんなわけで...、
誰か知り合いとかがもしアレッポに来ても、
私は満足に観光案内できないと思い知らされた一日でした。
テーマ:シリア - ジャンル:海外情報
任地、アレッポでの生活が始まって2週間にもなろうかという感じです。
とりあえず平日はなんとなく職場へ行ってはいるものの、いかんせん大学自体が夏休みなのでもちろん授業はなく、歴代の先生方が残していった資料なんかをボサーッと眺めつつ、それでもこの夏休みの終わりごろに
わりと大きめのイベントなんかもあるので、それに関する準備やらあれこれを学生たちとやったりと、そんな感じの日々を送っています。
私の住む家は、通勤の利便性を考えて
大学に近い場所を選んだんですが、そもそも
大学自体が街の中心からかなり離れた場所にあるため、家からアレッポ中心地までは公共交通機関を利用しなければいけません。
しかし、アレッポに来た最初の週末、引越しの後片付けやら買い物なんかをしていると、家の周りでもそこそこいい雰囲気の庶民的な市場もあるし、大きめのスーパーなんかもあるし、
わざわざ人の多い市街地まで足を運んで不快指数を上昇させることもあるめぇ、なんてことを思ってはみたものの、やはりそこは一応、シリアの観光スポットのひとつでもある古都、
世界遺産アレッポに住んでいるんだから、それなりに街の様子なんかも知っておくべし!
...なんてことも当然思ったりするわけです。
というわけでこの週末、
40度を超えるカンカン照りの中、バスに揺られてアレッポの街へ繰り出してあれこれ散策してみました。
さすがに第2の都市ともなると人も車も多く、かなりゴミゴミした感じではありますが、首都のダマスカスに比べて漂う雰囲気にもどこか
穏やかさと落ち着きを感じてしまうのは、ここが
我が街だからでしょうか。
市街地はやはり細い道が入り組んでいて、初めて訪れる人にとってはちょっとわかりにくいところではありますが、そこはそれ、
"道"というのは迷いながら覚えていくものなので、なるべく地図は見ず、感覚的に動いて
さまよい歩いてみました。
これが街のランドマークである
時計塔です。
んで、その近くに
石鹸屋さんがたくさん並ぶ通りを発見。積み上げられた四角くて茶色い物体が石鹸です。
(「石鹸通り」については、そのうち改めて詳しくご紹介します)
食料品の
スーク(市場)もかなりの
キタナさと乱雑さがあり、肉や魚などの生鮮食品も直射日光の真下でガンガン売られていたりしていい感じです。(さすがに直射日光を浴びまくったナマ肉を買おうとは思わないけど)
そして、なんとなくさ迷い歩いていると...
アレッポ城にたどり着きました。
十字軍やモンゴル軍、ティムール軍からの侵略を守り抜いたとされる、
シリアが誇る巨大城砦にして
アレッポのシンボルともいえるお城。その圧倒的な迫力に、ここまで炎天下を歩き回ってきた疲れも吹き飛んでしまいます。
(中の様子は日を改めてご紹介いたします)
それにしても、
モンゴル軍(モンゴル)やティムール軍(ウズベク)がここまで侵攻していたとは、これまた私の
今までの海外生活の奇跡を振り返るようでなんとも不思議な縁を感じずにはいられません。
さらに、アレッポ城のすぐ近くには
巨大スークもあります。
石造りの低い屋根に石畳が古代都市の趣を醸し出しており、狭い薄明かりの中、トンネルを散策してるみたいで楽しいです。
また、日用品から衣料、お土産などありとあらゆるモノが売られており、一日歩き回っても、また何回来ても
そのたびに新しい発見があって飽きないかもしれません。
...と、トートツではありますが、ここら辺でカメラのバッテリーがなくなってしまったので、ここまでが今回のぶらりアレッポの旅(第1回)の様子でした。
また何か楽しげなものを見つけ次第ご紹介していきます。
そんなわけで...、
「Melon...」この毒々しい色にこのネーミング...。
お前は絶対
「メロン」じゃねーだろ!
テーマ:シリア - ジャンル:海外情報