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...というわけで、これまでこのブログでは
シリア派遣に向けて訓練中みたいなことを何度も書いてきましたが、肝心の訓練については一切触れてきませんでした。
もちろん訓練が楽しくなかったというわけでもないし、取り立ててここに書くようなエピソードがなかったというわけでもなく、
いい意味でも悪い意味でもネタの宝庫ではあったんですが、まぁ考えてみたらこれまでも仕事の話などはほとんど触れず、わりとどうでもいい話を書き続けていたのでこんなもんだと思ってください。
で、今回はその
訓練についてちょこっとだけ記録しておこうと思います。
二本松での訓練、基本的な一日のスケジュールは...
06:45 起床
07:00 朝の集い(朝礼)
07:20 朝食
08:45-11:40 語学クラス
11:40-13:00 昼食・昼休み
13:00-14:50 語学クラス
15:10-17:00 講座
18:00 夕食
22:30 帰室
23:00 消灯
...こんな感じでした。
朝から夕方までひたすらアラビア語の授業が続き、その後の
講座というのは
"国際協力とは"とか
"危機管理"とか、その手の退屈な講義ばかり。
で、夕食後は基本的に自由時間で外出も可能ではあったんですが、なにぶん語学の宿題であったり講座のレポートであったり各種報告書なんかがわりとふんだんに出されるので、なんとなくみんな各語学クラスの教室に集まって自習、みたいな感じになっていました。
そのおかげで、アラビア語もまあそれなりに読んだり書いたり話したりできるようにはなったようなならなかったような感じです。
...とはいえ、胸張って
「アラビア語できます」といえるようなレベルにはまだまだ達してはおらず、日本語でいうと
4級にもまだ満たないくらい、て感じなんですが...。
と、まぁこのようなシステマチックな65日間を終え、寝食をともにした仲間とのしばしの別れもあり、実家に帰ってきました。
すると...
モンゴルの教え子たちから手紙が届いていました。去年の今ごろはモンゴルの出国ビザがなかなか取れず、ホントに帰国できるかどうかでやきもきしてたんですよねー。
で、帰りたい帰りたいと叫び続けながらも、いざモンゴルを離れるときは涙を抑えることができなかったんですよねー。
しかし、こうして世界各地で様々な人と出会う機会が得られることを改めて嬉しく思っております。そして、また
しばしの間、日本を離れます。
...というわけで、次回更新は新天地の
シリアからとなります。
テーマ:青年海外協力隊(JOCV) - ジャンル:福祉・ボランティア
二本松での訓練が終了して1週間が過ぎましたが、もう少し二本松でのお話が続きます。
ずいぶん前ですが、二本松で高村智恵子の生まれた家を観に行った、という話を書きました。
たしかに二本松といえば
安達太良山に阿武隈川を有する智恵子のふるさと、というイメージもありますが、実はもう一人、
二本松にゆかりのある文豪がいることをみなさんご存知でしょうか。
それがこの人
幸田露伴五重塔をはじめとする数多くの小説、随筆を世に出し、森鴎外や樋口一葉、尾崎紅葉などと並ぶ明治後期を代表する作家にして第一回文化勲章受章者です。
北海道小樽市に生を受けた露伴(本名・成行)青年は20歳のとき、文壇にその名を刻むという大志を抱き東京への旅を決意します。しかし、当時の列車は北海道東北地方までは伸びておらず、徒歩で東京を目指していた青年にその旅は過酷なものでした。
福島に入り、
上野行き列車の始発駅である郡山が目前に迫っていることを知った露伴。しかし、そのとき露伴の所持金は郡山から上野までの汽車賃ギリギリの額であったため宿を取ることはできず、疲れた体に鞭打って歩き続け、二本松に到着したのは真夜中。露伴は仕方なく
二本松で野宿することに。
随筆
「露伴日記(蝸牛庵日記)」の中にはこんな一節が...
福島にて問いただすに、郡山より東京までは鉄路すでに通じて汽車の往来ある由なり。その乗車の価を問うにほとんど懐中有るところと相同じければ、今宵この地に宿りて汽車賃を食い込み、明日また歩み明後日また歩み、いつまでも順送りに汽車へ乗れぬ身とならんよりは、苦しくとも夜をこめて郡山まで歩み、明日の朝一番にて東京に到らん方極めて妙なり......(中略)......二本松に至れば、はや夜半近くして、市は祭礼のよしにて賑やかなれど、わが心の淋しさ云うばかりなし。......(中略)......ついには大の字をなして天を仰ぎつつ地上に身を横たえ、額を照らす月光に浴して、他年のたれ死をするときあらば大抵かかる光景ならんと、悲しき想像なんどを起こすようになりぬ。というわけで、そんな露伴が
野宿を決め込んだ場所、というのがコチラ、
二本松駅から東に徒歩20分程度のところにある
「亀合坂」と言われております。
そしてこの亀合坂のてっぺんにある神社で夜を明かそうとする露伴、ここで詠んだ一句。
里遠し いざ露と寝ん 草まくらこの句の
「露と寝ん」の部分をもとに、その後は自身を
露伴と名乗り、
文学を志した当時の熱い思い、そしてこの旅を忘れないようにとこの露伴という名前でその後大活躍を見せたのだそうな。
...なので、この坂を一番上まで上ったところには
こんな詩碑もあります。
さらに坂の中腹には
「露伴亭」という茶屋もあって、ここでは露伴も食べたと記されている
阿部川餅も
当時の味を再現したものを食べることができます。
この日、私は訓練所から二本松駅、さらにこの亀合坂までの
約12キロ程をひとりトボトボ露伴のように歩き、すっかり疲れ果ててしまっていたので、ここで休息をとり腹を満たすことに。
...が、
この日は阿部川餅ではなく、露伴亭
もうひとつの看板メニューである
スリランカカレーをいただきました。
このボリュームで500円。
そんな
文学の町、二本松。
みなさんもぜひ行ってみて下さい。
テーマ:福島県 - ジャンル:地域情報
おひさしぶりです。
福島県二本松市での65日間に及ぶ訓練生活も修了し、シリア派遣までの短い時間を地元で過ごしております。
...が、二本松ではアラビア語やら何やらと忙しく書ききれなかったことがたくさんあるので、この10日ほどの間にできるかぎりあれこれ書きまくっていこうと思います。
というわけで、5月末ごろのお話。
訓練所の同じフロアで寝食を共にしている
生活班のみんなでお出かけ。その行き先は......
杜の都、仙台です。
とりあえず街をブラブラしつつ、
牛タンとか
ずんだとか
笹かまとか、
仙台グルメに舌鼓をうち、
夜の
青葉城、政宗公の足下で夜景を眺め、
夜は宿でダラダラ過ごし、あとは時間もなかったので自由行動〜というわけで、各自行きたいところへ。
......で、
ここは花京院。花京院がいっぱい。
上の写真右側、
ニューライフマンション花京院のエントランスには...
立派な立ち姿の
花京院像も。
さらに、仙台の街を歩いていると......
むかでやここは......
十数年ほど前、仙台市が
とある有名少年漫画の舞台のモデルになっていました。
漫画とかって実在する人名や店名なんかは使えない、みたいなお決まりごとがあるんですが、どういうわけか実名で登場していた
むかでや。
その中でもこの
むかでやは、
物語のキーポイントとなる壮絶なバトルが繰り広げた場所。
仙台に来た暁にはぜひ立ち寄りたい場所のひとつであります。
というわけで中へ...
ゴゴ...ゴゴゴゴ......ゴゴゴゴゴゴ.........中は
いたってフツーのおしゃれな和雑貨屋さんでした。
......と、
そんなこんなの一泊二日、仙台での滞在時間約20時間という強行スケジュールではありましたが、この日ばかりはアラビア語の勉強もすっかり忘れ、日ごろの訓練疲れを癒したのであります。
みなさんも機会があったら是非。テーマ:仙台 - ジャンル:地域情報