2025年09月03日
フランス破毀院のAI利活用
第一回は2025年5月26日に行われた。
1. 書面利用の効率化
破毀申立てに対する破毀院担当部への振分け支援(Orientation des pourvois)
破毀院に提出される破毀申立て(pourvois)を、適切な部(chambres)へ振分ける作業をAIが支援する。フランスでは民事部が3、商事部と刑事部と社会部が一つづつ、6つの部が事件の関係分野ごとに担当することになっており、これを担当職員が振り分けるのは大変な作業である。
現在、このアルゴリズムは90%の精度で上訴を分類し、その後に人間が微細な誤りを修正する。上訴の分類にはNAO(Nomenclature des Affaires Orientées)コードを付与する。これは、15年分の人間が注釈を付けたデータと機械学習(TF-IDF)を利用して内部で開発されたツールだという。このツールにより、約200種類の民事、商事、社会訴訟分野のコードを網羅し、分配の作業が大幅に簡素化・軽減されている。
・破毀申立ての自動事前通知(Pré-signalement automatique des pourvois)
振分け段階で行われる作業で、各部からの指示に基づいてSDER(Service de documentation des études et du rapport)が実施する。ただし、技術的な実現可能性は低いと評価されている。
・関連性検出
資料的関連性(Connexité matérielle)
当事者の同一性や争われている決定の同一性を判断する。これは高品質なメタデータがAIによって付与され、かつ明確なルールに基づいているため、比較的単純なユースケースであり、短期的なプロジェクトとして実現可能とされている。 知的な関連性(Connexité intellectuelle)
提起されている法的問題の同一性を指す。これは破毀院にとって非常に重要だが、開発は複雑で高コストである反面、高い潜在力を持つと考えられている。
・部による事件の初期分析(Première analyse du dossier par les chambres)
裁判官が、例えば破毀申立ての論点や主要な争点を特定するために行う初期分析をいう。
複雑性基準の検出(Détection des critères de complexité)
新しい法的問題、多様な法源(EU法、国際法)の適用、基本権の複雑な衡量、異なる判例の存在など、7つの複雑性基準を初期分析段階で検出できる。
・処理時間の見積もり(Estimation du temps de traitement)
裁判官に割り当てられた事件の処理にかかる時間を予測する。しかし、破毀申立て事件の処理時間を自動で推定することによる付加価値は低いと評価される。
・破毀院の決定における判例の検出と類似判例の特定(Détection des précédents et rapprochements de jurisprudence)
法的な問題に関して破毀院が確立した立場があるかどうかを確認するための判例調査を行う。
・訴訟の全体像把握(Cartographie du litige)
下級審から破毀院への上訴に至る手続の時系列を確立し、訴訟の当事者を特定・分類して、それらの関係(被保険者、保険会社、下請け業者、受託者など)を視覚的に表現する。また、関連する事件を結びつけることも目指している。この分析と要約作業は、現在、当事者の提出書類に基づいて行われている。
2. 文書データベースの検索および活用支援
・内部利用のためのデータベース活用(Exploitation de bases de données pour un usage interne)
既存の検索エンジン(Jurica、Jurinet、Judilibre)を改善し、キーワードの文脈や語彙の近接性をより良く理解する言語モデルを組み込む。内部の3つのデータベースと公開データベースを横断した単一検索を目指す。
・RAG(Retrieval Augmented Generation)
データベースからの情報検索と、その情報に基づいたテキスト生成を組み合わせたシステムで、生成された引用元を正確に特定し、回答のばらつきを減らす必要がある。
・対話型ツール(Outil conversationnel)
ChatGPTのような大規模言語モデル(LLM)に近い自然言語での問い合わせを可能にし、柔軟性と使いやすさを提供する。
・公共利用のためのデータベース活用(Exploitation des bases de données pour un usage public)
上記と同様のツール(セマンティック検索エンジン、RAG、対話型ツール)を一般公開する。ただし、公共利用の場合、運用コストは内部利用よりも大幅に高くなる。
・議会資料の活用(Exploitation des travaux parlementaires)
現在非常に時間がかかっている議会資料への効率的なアクセスを、裁判官や法律家に提供する。これは無料の高品質データを活用できる。
・自動調査(Veilles automatiques)
自動欧州調査(Veille automatique européenne)は欧州人権裁判所(ECtHR)および欧州司法裁判所(CJEU)の判例に対するものであるが、データベースへの自動アクセス許可を得る課題がある。
・判例要約と連鎖による判例調査(Veille doctrinale avec synthèses et chaînage de la jurisprudence de la Cour)
学術文献と破毀院の判例から情報を自動的に抽出し、構造化し、リンクさせる。
・メディア調査(Veille médiatique)
破毀院の広報部が日常的に行っているメディア調査を自動化するものだが、既存の汎用的な商用ソリューションがあるため、特定の内部モデルを開発するメリットは低いとされる。
・類似性または相違点の特定(Identification des rapprochements ou divergences)
破毀院の決定における判例の類似性または相違点の特定(Identification de rapprochements ou divergences de jurisprudence au sein des décisions de la Cour de cassation)。判例や類似判例の検索は、SDERが研究や判例の概要、メモを作成するために多大な労力を費やしている作業である。破毀院は「Divergences」プロジェクトを通じて、自らの決定の自動マッチングに関する専門知識を既に有している。
・下級審裁判所間の判例の類似性または相違点の特定(Identification de rapprochements ou divergences de jurisprudence entre les juridictions du fond)
下級審の決定は形式が不均一であるため、複雑なプロジェクトである。
・下級審の決定と破毀院の判例の類似性または相違点の特定(Identification de rapprochements ou de divergences entre les décisions des juridictions du fond et la jurisprudence de la Cour de cassation)
上記と同様に、下級審の決定の多様な書式のために技術的に困難である。
・下級審の判例分析による特定の法的問題の傾向と優勢な立場の特定(Analyse de la jurisprudence du fond afin de déterminer des tendances et positions dominantes sur des questions précises)
定量化された訴訟における下級審の傾向と優勢な立場(Tendances et positions dominantes au sein des juridictions du fond dans les contentieux chiffrés)は、特定の定量化可能な訴訟について、統計的な平均値をだす。ただし、これらの平均値が裁判官の判断に影響を与える可能性について倫理的な懸念がある。
・新しい問題または連鎖訴訟の特定(Identification de questions nouvelles ou de litiges sériels)
破毀院の任務である、新たな法的問題や連鎖訴訟の検出に役立つ。このプロジェクトは重要であり、判例の相違を防ぐことで下級審に利益をもたらす。複雑な連鎖訴訟の場合、ドイツのディーゼルゲート事件でOLGAが使用されたような、特別なツールを開発する。
3. 文書作成支援AI
・連鎖訴訟における判決テンプレートの作成(Production de modèles de décision dans les contentieux sériels)
起案フォームとガイドの統合(Intégration des formulaires et guides de rédaction)は、破毀院の内部起草規則とガイドを統合し、連鎖訴訟における判決モデルの自動生成を可能にする可能性がある。ただし、これは意思決定プロセスに近いという問題がある。
・起案の標準化と検証(Uniformisation et vérification de la rédaction)
入力基準の自動検証(Vérification automatique des normes de saisie)は、破毀院の起案規則への準拠をチェックする。これは現在、裁判官と書記官にとってかなりの負担となっている一方、これには商用ソリューションが存在する。
・起案スタイルの統一(Harmonisation des styles rédactionnels)はAIのスタイル認識を利用して、統一をしようというものであるが、技術的な実現可能性は低いと評価されている。
・忘れられた主張、引用されたテキストと主張の一貫性の検証(Vérification des oublis de moyens, de la cohérence des textes visés et des moyens)
裁判官が作成する決定草案や準備作業において、主張の完全性や引用の一貫性を検証する作業を支援するもので、手間と時間のかかる作業であるが、技術的な実現可能性は低いと評価されている。
・要約の自動生成(Génération automatique de résumés)
準備作業の起草のための自動要約案の作成と事実、手続、主張、民事訴訟法第700条、意見の強調(Proposition de résumés automatiques pour la rédaction des travaux préparatoires et mise en valeur des faits, de la procédure, des moyens, de l’article 700 du code de procédure civile et des avis)は、技術的に複雑となる可能性がある。
・出版物(速報、部局報告書への要約または目次の提案、一般向けの平易な要約など)(Publication : proposition de résumé ou de sommaires pour publication au Bulletin ou à la Lettre de chambre, résumés de vulgarisation en vue d’une diffusion pour le grand public)一般向けの情報発信が目的である。
・表題付けの改善(Amélioration du titrage)
破毀院が発行する決定に表題を付与する作業を支援する。これはSDERの法律専門家が手作業で行っている作業だが、小規模でエネルギー効率の高い言語モデルと高品質な訓練データを利用して半自動化できる。既存の表題の再利用を最適化し、分類を改善することで、時間短縮と品質向上の可能性がある。品質を確認するため、二重盲検テストが推奨されている。
そのほか、横断的なユースケースと書記官のユースケースとして考えられているものが以下である。
・文書の構造化と充実化(Structuration et enrichissement des documents)
文書の各部分を特定し、法令、判例、学説への参照箇所を検出し、理想的にはそれらを情報源にハイパーリンクで結びつけたり、情報源のコンテンツを直接統合したりする。これにより、文書の利用が容易になり、品質が大幅に向上する。これは技術的に単純な問題であり、2人のデータサイエンティストによって中期(1年)で実装可能とされている。
・書記官のユースケース(Cas d’usage du greffe)
請求放棄命令の起案支援(Aide à la rédaction d’ordonnances de désistement)
書記官は年間約2,000件の請求放棄命令を準備している。単一の申請者によるものは単純だが、複数の申請者がいる場合はより複雑となる。これはエキスパートシステムを利用し、技術的に複雑でも費用がかかるものでもないが、法規をコード化するために専門家からの多大な助力が必要である。
非上訴証明書の発行支援(Aide à l’établissement par le greffe des certificats de non-pourvoi)
書記官は毎日20〜30件の非上訴証明書の発行依頼を受理する。起案はテンプレートに依存して行われるが、手続の状況を特定する必要がある。
報告書は、これらのAIツールの導入が、裁判官の職務の完全性を維持し、手続きのバランスを損なうことなく、司法的効率と品質を向上させる機会であると結論付けているが、他方で倫理的、法的、技術的、経済的な観点から慎重なアプローチが強調されている。
2025年09月03日 フランス法事情 | 固定リンク
Tweet
「フランス法事情」カテゴリの記事
- フランスの司法信頼度調査2024(2025年11月07日)
- フランス破毀院のAI利活用(2025年09月03日)
- フランス人も大学ランキングは気になる(2025年06月25日)
- 聖霊降臨祭の翌月曜日はお年寄りと障害者の連帯の日(2025年06月09日)
- Arret:欧州人権裁判所がフランスに対し、破毀院判事3名の利益相反で公正な裁判を受ける権利を侵害したと有責判決(2024年01月17日)