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2012年07月15日

片瀬京子・田島篤 著、野中郁次郎 解説「挑む力 世界一を獲った富士通の流儀」



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レビュープラスさんから献本いただきました。

正直、富士通っていうと、「パソコンの会社かな?」というイメージしかなかったのですが、こんなに手広くやられているなんて知らなかったです。いや、けして手広いわけではなくて、富士通の主幹業務はICT(情報通信技術)だそうです。

著者の言葉を引用すると「(富士通の)売上の中核を占めるのは、起業や官公庁にICT分野の各種サービスを提供するテクノロジーソリューション」「その分野では国内一位、世界三位となる『世界最大級の日本企業』」(p.3)なのだそうだ。知らなかった。個人向けのパソコン販売分野では、正直ぱっとしない印象があったのに、とても強くて大きな会社だったのです。

本書で紹介されている富士通が「ICTサービスを提供した事業」のいくつかを挙げると、スーパーコンピューター京、東証株式売買システム「アローヘッド」、すばる望遠鏡、アルマ望遠鏡、小惑星探査機はやぶさ、とまあ錚々たる、世界を代表するような仕事に携わってらっしゃるのです。

スーパーコンピューター京が世界一の処理速度を達成して報道されたことはいまだ記憶に新しいかと思いますが、そのタイムラインを聞いて改めて驚きました。スパコンの概念設計の議論をする場が設けられたのが2006年の中頃。その議論が10ヶ月にわたって続けられ、開発が進められていく。2009年5月にはCPUの動作実験が行われている。2009年の9月にはCPUの稼働試験に成功し、システム全体も立ち上がっていた。そしてその年の11月。あの言葉が大きく報道されたのです。

「2位じゃダメなんでしょうか」

この言葉は関係者に大きな衝撃を与えたそうです。もの造り、開発の現場において、1番を目指さずにやる意味がそもそもわからない。世界中が1番を目指しているから人類益にかなう物が作れるのではないか。現場の士気も下げかねない発言だったわけですが、そんな逆風に負けず、社長の支持と一般の人々からの応援を受けて世界一を目指す流れがいよいよ強まっていくわけです。

2010年末には当初6ペタフロップス(1ペタフロップスは1秒間に1000兆回の浮動小数点数演算を実行できるスピード)の処理速度を目指していたものの、中国の猛追をかわし切るために、8ペタを目指すことが発表される。もはや1位じゃなきゃダメなんだという空気が上層部だけでなく、現場にもしっかりと染み渡っていたのです。

副社長も「で、これで必ず一番は獲れるんだな!」という問いに、8ペタを目指すことを決めたプロジェクトのトップ、伊藤さんは「獲りますよ」(p.31)の一言。かっこいい。2011年の6月時点の評価で8ペタの処理速度を出して世界一を獲ることが決まったのです。

しかし、2011年の3月にあの東日本大震災が起こります。3.11の前にも大きな地震が起きていたらしく、スパコンに必要なケーブルを製造する宮城の工場へは「大変でしょうけれど、よろしくお願いします」と電話を入れていたそうです。そして3.11。当日は連絡が取れず、2日ほどして連絡が取れると、工場の社長は、

「わかってますよ、6月でしょう。私たちが足を引っ張るわけにはいきません。それに、この状態から世界一になれば、それが復興への足がかりになります」(p.32)との言葉。もはや世界一は富士通の目標にとどまらず、関連会社の目標であり、自分たち、そして世界中の人達のための目標となっていたのです。

かくしてスーパーコンピューター京は世界一を獲ったわけです。開発現場のリーダーを務めた吉田さんはこう言います。

「神の手と言われる外科医でも、1日10人も手術できませんよね。でも、京を創薬に必要なシミュレーションに使ってもらって新しい薬が開発され、それで例えば何百万人が助かるとなると、嬉しいじゃないですか」「世界一速いことではなく、世界一役に立つことに意味があるんですよ。役に立ったとわかると、また次にいいものを開発しようと思うはずなんですよね、絶対に」(p.35)


本のタイトルから想像できるように、プロジェクトXとプロフェッショナルを足したような本です。けどその期待に十分応えうる一書だと思います。この他にもいろいろな開発の苦労や挑戦、ぶるっとくるような上司と部下の話が出てきます。「世界一」を獲るために必要な思いや行動を学べる本です。最後に、国産初の本格的なコンピューターの開発に挑み、世界初のマルチコアプロセッサーシステムを採用したコンピューターを開発した池田敏雄さんの言葉を紹介したいと思います。(p.199)

「挑戦者に無理という言葉はない」


目次(一部)
第1章 絶対にNo.1を目指す ( スーパーコンピューター「京」)
第2章 覚悟を決めて立ち向かう (株式売買システム「アローヘッド」)
第3章 妄想を構想に変える (すばる望遠鏡/アルマ望遠鏡)
第4章 誰よりも速く (復興支援)
第5章 人を幸せにするものをつくる (「らくらくホン」シリーズ)
第6章 泥にまみれる (農業クラウド)
第7章 仲間の強みを活かす (次世代電子カルテ)
第8章 世界を変える志を持つ (ブラジル/手のひら静脈認証)

2012年07月09日

ポール・ブルーム(訳:小松淳子)「喜びはどれほど深い?―心の根源にあるもの」

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イェール大学の心理学部教授で発達心理学者であり、「赤ちゃんはどこまで人間なのか(Descartes’Baby)」の著者が、本著の著者です。

「"見た目ではわからない本質がものには宿っている"という認識」(p.296)である本質主義という観点から、なぜ人が絵画に喜びを感じるのか、その一方でその絵画が贋作であるとわかった途端、喜びを薄れるのか。

またなぜカニバリズムが世の中には存在するのか、なぜ子どもはごっご遊びをするのか、ホラーにハマるのか、といった人間の喜びの不思議(あるいは「なぜ?」)を本質主義という観点から説明していきます。そのポイントは、進化論から説明される適応説ではなく、進化の副産物によって我々は他の動物とは違うものにまで喜びを見出すのだという点です。

まあ全体として、本質主義からの喜びの説明なのか、進化の副産物視点からの喜びの視点なのか、全体としての一貫性は読解が難しいところです。そういうことが不安になっちゃう人は、巻末に記されている解説から読むことをおすすめします。ここを読めば、少なくともどのように一貫していると読めばいいかは分かるでしょう。その視点を持っていれば批判的な読み方も多少楽になるかもしれません。

本書で面白いなと思った視点は、普通、社会心理学などでは「本来本質の存在しない」モノ(人種や民族)に本質的な違い(血、DNAなど)があると認識することを本質主義といいます。しかし著者のポイントは、モノの見た目には現れてこない「来歴」にこそ、そのモノの価値があると認識することを本質主義といいます。

これは重要な視点で、「本質があるかないか」はしばしば不毛な議論に陥ってしまいますが(つまり何が本質かという議論は科学的議論に沿わない)、「来歴を認められるかどうか」はその判断が比較的容易で、その判断基準に従って人の価値判断がどう変化するかは案外簡単に調べることができるわけです。事実、著者はそこに関するデータは非常に豊富に紹介してくれます。

本書の素晴らしい点は、実は巻末の文献リストではないかと思います。ページごととアルファベット順(章をまたいですべてをアルファベット順にしている点が素晴らしい!)の両方で文献を探すことができます。なので、通読しなければいけない本と言うよりは、リファレンスブックとしての価値も高い本かと思います。


目次(一部省略)
はじめに 人間であることの核心
第1章 見えない"本質"がそこにある(喜びの本質)
ナチとフェルメール 外見が変わっても、虎は虎 偏見を生み出すもの
子どもは生まれながらの本質主義者
第2章 魂のお味はいかが?(食の喜び)
日常に潜むカニバリズム 勇気とミネラル・ウォーター
第3章 魅力の招待ってなに?(愛とセックスの喜び)
人間の性愛はハプニング よりよいペニスに進化?
第4章 有名人の着た服が高額で売れるわけ(物を愛する喜び)
お母さんを複製する?
第5章 なぜアートに見せられるのか?(芸術・スポーツの喜び)
音楽の運動性 性選択説を超えて IKEA効果
第6章 空想の役割(想像の喜び)
ごっこ遊び メタ表彰に注目! 偽念
第7章 怖いモノ見たさの謎を解く(安全と苦痛の喜び)
ホラーのパラドックス マゾヒズムの目的
第8章 科学と宗教、限りなさと畏怖(超越する喜び)
畏怖のシステム
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