2010年04月07日
藤井直敬「つながる脳 SOCIAL BRAINS」
科学の重要な要素の一つに「再現性」というものがあります。つまり同じ条件化で実験を行えば同じ結果を「再現」出来なければいけないという意味です。
この再現性を得るために科学者は実験条件を徹底的に制限します。コントロールできないものを排除し、偶然という科学の敵を実験室から追い出すのです。たとえばヒトを対象にした脳波を測定する実験であれば、「動かないで下さい」という指示の下に、ベッドの上に寝かされ、爆音のするfMRIのなかで、「目も腕も動かさないで下さい」という指示も付け加えられます。
こんな科学者の「常識」を壊そうとするの本書の著者です。私たちは普通、そのような状況におかれることはありません。そんな状況におかれたことのないヒトの社会的(適応)知性が、どうやってそのような状況で明らかにされるのかと著者は問いかけます。
著者は二頭の自由に動けるサルを連れてきて、何も教えることなくえさの取り合いを行わせます。次第に二頭のサルの間に上下関係が生まれ始め、一頭のサルはめったにサルを取らなくなります。このような上下関係の生成はサル山では常識的に見られます。しかし、このような実験方法は二頭のサルが自由に動き回るという点において偶然性が高すぎ、再現性も得られないため、「非常識」とされてきました。
そんな実験方法に、著者は社会脳、関係性の中で生まれるヒトの適応知性を明らかにするために挑んだのです。
この本を読んでいると、医学部出身で脳や知性について研究している著者は、非常に工学的だなと僕なんかは思ってしまいます。つまり、知りたいことがあれば、それを知るために必要な装置をどんどん作ってしまうのです。時には具体的に明らかにしたいことがなくてもまず装置を作ってしまいます。出来ることが増えればアイデアおのずとついてくる、といった感じです。
一方で著者は非常に現実的で、完璧は求めないし、出来ることでやることをやるといった姿勢も持っています。このような「出来ることをやりつつ出来ることだけに縛られない」という姿勢はまさに科学者であるなと思うのです。
よく人間は「あれは出来ない」「お金がない」「機会がない」「それは許されない」「禁止されている」「前例がない」「非常識だ」といった言葉でやるべきことや最良の方法をあえてとろうとしないことがあります。しかし科学者に必要な要件というのはそういった言い訳を排し、可能な範囲を常に拡張しながら出来ることから確実に達成していく姿勢ではないかと、この本を読んでいて思いました。
目次
序章 脳と社会と私たち
第1章 脳科学の四つの壁
第2章 二頭のサルで壁に挑む
第3章 壁はきっと壊せる―適応知性の解明に向けて
第4章 仮想空間とヒト
第5章 ブレイン-マシン・インターフェイス
第6章 つながる脳