半永久的に細胞増殖可能なヤンバルクイナ由来細胞の樹立
鳥類細胞の細胞増殖制御機構の一部を解明!
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、岩手県教育記者クラブ、沖縄県政記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
特別研究員:片山雅史
主任研究員:大沼学
室長:中嶋信美
連携研究グループ長:村山美穂*
国立大学法人岩手大学総合科学研究科
教授:福田智一
国立研究開発法人国立がん研究センター研究所
部門長・主任分野長:清野透
国立大学法人東北大学大学院農学研究科
准教授:永塚貴弘
酪農学園大学獣医学部
教授:遠藤大二
卒業生:大槙仁美
*京都大学野生動物研究センター:センター長・教授
国立環境研究所では、ヤンバルクイナをはじめ、国内に生息し絶滅が危惧されている多くの野生鳥類から取得した細胞の保存を進めています。絶滅危惧種は、細胞のサンプリングの機会が限定されているため、細胞寿命の延長さらには無限分裂細胞樹立は絶滅危惧種由来細胞の研究資源化において重要な課題です。本研究で樹立した無限分裂細胞は取り扱いが簡便であるため、絶滅危惧種を取り巻く感染症や汚染物質などのリスクを、細胞レベルで比較的簡便に評価することが可能です。
本成果は、2018年11月11日に「Journal of Cellular Physiology」に掲載されました。
1.背景
国立環境研究所、環境試料タイムカプセル棟では、国内の絶滅危惧野生動物種の皮膚などから培養した細胞を長期保存用タンクの中で凍結保存しています。2002年から2016年までに凍結保存した数は、哺乳類21種296個体、鳥類62種2,110個体、爬虫類3種6個体および魚類22種582個体です。(合計108種2,994個体)これらの個体からチューブ合計55,022本の培養細胞や組織を凍結保存しました。これらの細胞を研究資源として有効に使用すれば、生体実験が困難な絶滅危惧種の研究を細胞レベルで進めることができます。国立環境研究所を中心とした研究グループは、これらの細胞の研究資源化のため、効率的な鳥類のiPS細胞(人工多能性幹細胞)樹立方法を開発しました(平成29年5月8日に国立環境研究所よりプレスリリースを行いました。http://www.nies.go.jp/whatsnew/20170508/20170508.html)。現在は絶滅危惧種への応用を計画しています。
我々は、国内の絶滅危惧野生動物種の研究資源化を目的に、無限分裂細胞の樹立に関しても研究を進めています。細胞は、試験管内で培養すると、一定回数の細胞分裂後に「細胞老化」注4という現象により、細胞分裂が停止してしまいます。絶滅危惧種は、細胞のサンプリングの機会が限定されています。したがって、細胞老化現象を回避させて長期間安定して使用できる細胞の樹立は、絶滅危惧種由来細胞の研究資源化において重要な課題となっています。鳥類の細胞は、哺乳類と比較して細胞培養が難しく、細胞分裂停止までの期間が短いため、特に重要な課題となっています。iPS細胞も無限に細胞増殖できる性質を示しますが、細胞の維持には専門的な知識が必要です。そこで我々の研究グループでは、簡便に細胞培養可能な無限分裂細胞の樹立に着目しました。これまで、哺乳類ではマウスやヒトを中心に、無限分裂化させた細胞の樹立方法が確立されており、様々な無限分裂細胞の樹立が報告されてきました。一方で、鳥類では、ニワトリ由来の自然発生による数種類の無限分裂細胞の樹立が報告されているだけです。この理由は、これまで哺乳類で確立されている方法では鳥類の細胞は無限分裂化できない、言い換えれば鳥類の無限分裂細胞の樹立方法は未確立であることを示しています。
このような背景のもと、我々の研究グループでは、数種類の遺伝子を使用することで、ニワトリ(鳥類のモデル動物)ならびにヤンバルクイナ(日本固有の鳥類であり絶滅危惧種)由来の体細胞の細胞寿命の延長と無限分裂細胞の樹立を試みました。
2.方法
本研究では、交通事故などにより死亡したヤンバルクイナの死体から取得した体細胞ならびにニワトリから取得した体細胞(本研究では線維芽細胞)を使用しました。本研究では、これらの細胞へヒト由来の「変異型サイクリン依存性キナーゼ4 (mutant cyclin-dependent kinase 4; CDK4)」、「サイクリンD (CyclinD)」、「テロメラーゼ逆転写酵素 (telomerase reverse transcriptase; TERT)」という3つの遺伝子を発現させて半永久的に細胞増殖可能な無限分裂細胞の樹立を試みました。また、これらの細胞の細胞増殖能力の解析、テロメア長伸長酵素であるテロメアーゼ注5の発現解析などを通じて、細胞の特性を解析しました。
3.結果と考察
「変異型サイクリン依存性キナーゼ4」、「サイクリンD」、「テロメアーゼ逆転写酵素」遺伝子という3つの遺伝子をニワトリおよびヤンバルクイナの細胞に導入することで、劇的に細胞老化に至るまでの分裂能力が亢進することが明らかになりました(図1、2)。また、3遺伝子導入細胞は、テロメア長修復酵素であるテロメアーゼが発現していることも明らかになりました。我々はさらに、3遺伝子導入細胞の細胞の性質を解析したところ、染色体の倍数体化注6を回避した状態で細胞寿命が延長されていることが明らかになりました。また、染色体解析の過程で、ヤンバルクイナの染色体が70-78本程度であることを明らかにしました(図3)。
本研究では、3遺伝子導入細胞の一部から、半永久的に細胞増殖が可能な無限分裂細胞が取得できました。この様な半永久的に細胞増殖可能な細胞は、マウスやヒトで代表的に使用される「無限分裂細胞樹立遺伝子」を導入したニワトリおよびヤンバルクイナ由来細胞では作出できませんでした。この結果は、ヒト由来の「変異型CDK4」、「サイクリンD」による細胞培養ダメージの抑制と細胞周期の加速、「テロメアーゼ逆転写酵素」によるテロメア長の回復が半永久的に細胞増殖が可能な無限分裂細胞の樹立を亢進していることを示しています(図4)。
4.今後の展望
本研究で樹立したヤンバルクイナ由来の無限分裂細胞は、非常に簡便に細胞培養が可能です。ヤンバルクイナを取り巻く感染症や汚染物質などのリスクの細胞レベルにおける簡便な評価を視野に入れています。さらに、野生動物ゲノム連携研究グループ http://www.nies.go.jp/biology/research/frame/wild_genome.html が進める野生鳥類のゲノム解析情報を活用し、他の野生鳥類へ応用することで、国内に生息する様々な野生鳥類の個体数減少に影響を及ぼす様々なリスクの簡便かつ迅速な評価につながることが期待されます。
5.謝辞
本研究は、環境省やんばる自然保護官事務所およびNPO法人どうぶつたちの病院沖縄のご協力のもと、行われました。
6.問い合わせ先
・タイムカプセル事業に関して
国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 主任研究員
大沼 学
電話:029-850-2498
E-mail:monuma(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
・研究に関して
国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 特別研究員
片山 雅史
電話:029-850-2895
E-mail:katayama.masafumi(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
国立大学法人岩手大学総合科学研究科理工学専攻(理工学部化学・生命理工学科生命コース)教授
国立研究開発法人 国立環境研究所 野生動物ゲノム連携グループ
福田 智一
電話:019-621-6375
E-mail:tomof009(末尾に@iwate-u.ac.jpをつけてください)
7.発表論文
Katayama M, Kiyono T, Ohmaki H, Eitsuka T, Endoh D, Inoue-Murayama M, Nakajima N, Onuma M, Fukuda T. Extended proliferation of chicken and Okinawa rail derived fibroblasts by expression of cell cycle regulators. Journal of Cellular Physiology. DOI: 10.1002/jcp.27417
下線で示す著者が、国立環境研究所野生動物ゲノム連携グループのメンバーです。
8.用語解説
注1 Cyclin-dependent kinase 4 (CDK4):細胞周期の回転を制御するリン酸化酵素のひとつ。
注2 CyclinD:細胞周期の回転を制御するタンパク質のひとつ。
注3 無限分裂(不死化)細胞:細胞老化が回避されているため、試験管内で半永久的に細胞増殖可能な細胞。研究者間では不死化細胞と呼ばれている。
注4 細胞老化:細胞培養時のダメージにより細胞増殖が停止する現象。
注5 テロメアーゼ:染色体末端に存在する「テロメア」を修復する酵素。通常、細胞分裂のたびにテロメアが短くなる。このテロメアの短縮化は細胞の老化と密接に関係している。
注6 染色体の倍数体化:一般的に哺乳類や鳥類は2つの染色体で1対を形成している。様々な要因により、4本や8本の染色体で1対を形成する場合がある。
・補足
鳥類の染色体:哺乳類とは異なり、大型のマクロ染色体と小型のマイクロ染色体で構成されている。マイクロ染色体は極めて小さいため、解析がとても難しい。
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