絶滅危惧鳥類3種(ヤンバルクイナ、タンチョウ、コウノトリ)の全ゲノムの塩基配列を解読
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
[フレーム]
国立研究開発法人国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
環境ゲノム科学研究推進室
室長 中嶋 信美
野生動物ゲノム連携研究グループ
グループ長 村山 美穂
生態リスク評価・対策研究室
主任研究員 大沼 学
今回の成果には環境試料タイムカプセル棟で凍結保存中の絶滅危惧種由来の培養細胞と組織サンプルが活用されました。今後も引き続き環境試料タイムカプセル棟で保管されている希少生物のゲノム解析を実施し、ドラフトゲノム情報を公表する予定です。
1.対象種について
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ヤンバルクイナ(Gallirallus okinawae )
ヤンバルクイナの全長は約35cmで、1981年に新種記載された飛翔性がほとんど無いクイナ類である。沖縄県の北部、通称やんばる地域にのみ分布する。繁殖期は4月〜7月である。1985年における推定個体数は1,500〜2,100羽であった。しかし、その後個体数は減少し、2005年には580〜930羽と推定された。減少の主な原因は、生息地の減少(生息可能範囲は20年間で34%減少したと推定されている)や、捕食者(フイリマングース、野生化したイヌやネコなど)による食害である。その後、2006年以降は個体数に回復傾向が見られ、2010年における推定個体数は845〜1,350羽となっている。この個体数回復には捕食者の排除事業が大きく寄与している。環境省レッドリストでは絶滅危惧I A類(Critically endangered, CR )に分類されている。また、種の保存法により国内希少野生動植物種に指定されている。 -
タンチョウ(Grus japonensis)
タンチョウは全長102-147cmの大型のツルである。大陸に分布する個体群はアムール河流域で繁殖し、冬季は中国江蘇省沿海部あるいは朝鮮半島へ渡り越冬する。日本国内では、北海道東部に分布している。北海道東部に分布する個体は冬季の移動は行わない。日本国内の個体数は増加傾向にあるものの、大陸に分布する個体数は減少傾向にある。国内および大陸に分布する合計の個体数は2,750個体と推定されている。環境省レッドリストでは絶滅危惧II類(Vulnerable, VU)に分類されている。また、種の保存法により国内希少野生動植物種に指定されている。
国内に分布するタンチョウの本格的な個体数調査は1952年から開始され、その際には33羽が確認された。その後個体数は順調に増加し、2004年には1,000羽を超えた。現在の個体数は約1,500羽となっている。この個体数の増加には冬季の給餌活動が大きく寄与している。
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コウノトリ(Ciconia boyciana)
コウノトリは全長約110cmの大型の水鳥である。コウノトリの現在の主要な繁殖地は極東ロシア(アムール河流域とウスリー河流域)および中国東北部である。冬季には長江流域や中国南部へ移動し越冬する。推定個体数は約3,000羽と報告されている。極東ロシアでは繁殖する個体数が減少傾向にあると報告されており、今後の個体数減少が懸念されている。環境省レッドリストでは絶滅危惧I A類(Critically endangered, CR )に分類されている。また、種の保存法により国内希少野生動植物種に指定されている。
日本国内の在来個体群は1971年に野生絶滅した。その後、2005年から飼育下繁殖個体の再導入が開始され、野外の生息羽数は現在約90羽に達している。この飼育下繁殖個体は、すべてロシア・ハバロフスク地方より導入された個体に由来している。その他に大陸から国内へ飛来した例も報告されている。
2.方法と主な成果
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ヤンバルクイナ
2010年沖縄県国頭村で回収されたメスの死亡個体の筋組織および2012年同地区で回収されたメスの死亡個体から得られた培養細胞よりDNAを抽出した(これらの死亡個体の回収にはNPO法人どうぶつたちの病院沖縄の協力を得た)。DNAの塩基配列の解読はHiseq とIonPGM でおこなった。得られた合計41Gbp のデータを高速アセンブラーでアセンブルした結果、全塩基数が1.1Gbp、1,125,339 個の断片に集約された。 -
タンチョウ
2007年北海道標茶町で保護されたメス個体より皮膚組織を採取(皮膚組織の採取には釧路市動物園の協力を得た)。その組織から培養細胞を作製し、DNAを抽出した。DNAの塩基配列の解読はMiseq とIonPGM でおこなった。得られた31Gbp データを、Velvet とGenomic Workbench でアセンブルした結果、全塩基数1.24Gbpで367,456 個の断片に集約された。 -
コウノトリ
2013年よこはま動物園ズーラシアより提供いただいたオス由来の組織から培養細胞を作製し、DNAを抽出した。DNAの塩基配列の解読はMiseq とIonPGM でおこなった。得られた23Gbp データを、Velvet とGenomic Workbench でアセンブルした結果、全塩基数1.34Gbpで511,996 個の断片に集約された。
3.課題と展望
今回対象とした3種は現在飼育下繁殖が行われている。飼育下繁殖を実施するうえでもっとも重要なことは、野生下に存在する系統を維持しつつ、近親交配を避け、且つ効率的に繁殖させることである。今回のドラフトゲノム情報を活用することで、これまで多くても二十個程度の指標で行っていた飼育個体の系統関係や遺伝的多様性の評価を、ゲノム全体から得られる情報で実施することが可能となる。これにより適切な交配計画を策定することが可能となると期待される。
3種についてそれぞれ、ほぼ全ゲノムをカバーする塩基配列情報が得られているが、多数の断片となっており、さらに塩基配列情報を収集し、公表データのバージョンアップをおこなう予定である。また、今後も環境試料タイムカプセル棟で保管されている希少生物のゲノム解析を実施し、今後5年で10種以上のドラフトゲノム情報を公表する予定である。
4. 公表されたドラフトゲノム情報の参照先
5. 研究成果の動画配信
本研究成果については、YouTubeの「国立環境研究所動画チャンネル」より配信中です。
https://www.youtube.com/watch?v=yVBN9ulUkcI
6.問い合わせ先
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター 環境ゲノム科学研究推進室長
中嶋信美(なかじま のぶよし)
電話:029-850-2490
e-mail: naka-320(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
7.参考文献
8.その他
この研究は国立環境研究所の交付金による研究(平成25〜平成27年度奨励研究)「絶滅過程解明のための絶滅危惧種ゲノムデータベース構築」によって実施されました。
また、平成23〜平成27年度に研究基盤整備の一環で実施した「絶滅の危機に瀕する野生生物種の細胞・遺伝子保存」の成果も活用されています。
なお、同様の保存事業は「希少な野生動物を対象とする遺伝資源保存」として現在も実施中です。
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