ニワトリ体細胞からの効率的なiPS細胞の樹立
絶滅危惧鳥類に対する感染症や農薬等の影響評価への応用も!
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
主任研究員 大沼 学
特別研究員 片山雅史
岩手大学連合農学研究科
教授 福田智一
東北大学大学院農学研究科
教授 西森克彦
順天堂大学産婦人科
医師 平山貴士
近畿大学農学部
講師 谷 哲弥
環境省レッドリスト2015によると、国内に分布する鳥類約700種の中で97種が絶滅危惧種(絶滅危惧I類およびII類)に分類されています。このような絶滅危惧種に対する感染症や農薬等の影響が懸念されていますが、その影響を評価する方法は確立されていません。絶滅危惧種の生体を利用した影響評価は不可能なため、他の方法、特に培養細胞での評価方法の確立が有力な選択肢となっていました。iPS細胞は様々な細胞に分化する能力を有する細胞として知られています。鳥類のiPS細胞を樹立すれば、将来的に、試験管内で様々な細胞に分化させ、感染症や農薬の評価系を構築することができます。
本成果は、2017年4月7日(日本時間3時)に「Journal of Cellular Physiology」に掲載されました。
1.背景
2006年に京都大学の山中教授らの研究グループによりマウスのiPS細胞の樹立が報告されました。その後10年以上の歳月が経ち、多くの動物からiPS細胞の樹立が報告されました。しかしながら、鳥類のiPS細胞の樹立に関する報告は、海外において数例の報告はあるものの、国内においては報告されていませんでした。さらに、海外における樹立の方法を適用しても、良好な成果が得られないということが研究者間での認識になっておりました。これは、鳥類のiPS細胞の効果的な樹立方法が未確立であり、既存の樹立システムを用いても高効率な樹立が困難であることを示しています。この様な背景のもと、我々の研究グループでは、ニワトリをモデルとして鳥類の効率的なiPS細胞の樹立を試みました。今回の成果を応用することで、絶滅危惧鳥類についても、様々な細胞を活用して感染症や農薬の評価系を将来的に構築することができます。
2.方法
ニワトリの孵化後1日のヒナ由来の体細胞へ初期化因子を導入することでiPS細胞の樹立を試みました。初期化誘導のための遺伝子として、Oct3/4(Pou5F1), Sox2, Klf4, c-Myc, Lin28, Nanogを使用しました。さらにOct3/4の転写活性を高めるためにMyoDという遺伝子の転写活性領域の一部をOct3/4に結合させました(図1)。これらの遺伝子を一つのベクターに連結させて、PiggyBacトランスポゾンシステムを用いて体細胞へ導入しました。
3.結果と考察
前記の遺伝子を導入することで、ニワトリの体細胞は初期化されることが明らかになりました(図2)。また、このニワトリ由来の初期化細胞は長期間の継代が可能でした。この細胞の分化能力を確認したところ、三胚葉分化能力を有しており、iPS細胞であることが明らかになりました。ニワトリのiPS細胞の多能性状態をさらに詳細に解析したところ、FGF(Fibroblast growth factor)シグナルと、PouVおよびNanog(いずれも多能性に関連する遺伝子)の高発現により、多能性が維持されていることが明らかになりました。
これらの結果は、ニワトリにおいて、転写活性化型Oct3/4の導入がiPS細胞の樹立において有用であること、樹立したニワトリのiPS細胞は、哺乳類で報告されているFGF依存型のiPS/ES細胞と近い性質であることを示すものとなりました。
4.今後の展望
国立環境研究所環境試料タイムカプセル棟には、様々な野生鳥類由来の体細胞が保存されています。本研究の技術を、他の野生鳥類由来の体細胞へ応用することが出来れば、野生鳥類由来のiPS細胞が樹立できます。また、野生動物ゲノム連携研究グループが進める野生鳥類のゲノム解析情報を活用することで、将来的には様々な野生鳥類由来のiPS細胞を樹立し、様々な細胞へ分化誘導することで、感染症や農薬の評価系の構築につながると考えています。その結果、絶滅危惧鳥類の感染症や農薬のリスク評価につながることが期待されます。
5.問い合わせ先
国立研究開発法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 主任研究員
大沼 学(おおぬま まなぶ)
電話:029-850-2498
E-mail:monuma(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
岩手大学連合農学研究科(理工学部生命コース)教授
国立研究開発法人 国立環境研究所 野生動物ゲノム連携グループ
福田 智一(ふくだ ともかず)
電話:019-621-6375
E-mail:tomof009(末尾に@iwate-u.ac.jpをつけてください)
6.発表論文
Katayama M, Hirayama T, Tani T, Nishimori K, Onuma M, Fukuda T. Chick derived induced pluripotent stem cells by the poly-cistronic transposon with enhanced transcriptional activity.Journal of Cellular Physiology. 2017 Apr 7. doi: 10.1002/jcp.25947. [Epub ahead of print] PubMed PMID: 28387938.
下線で示す著者が、国立環境研究所野生動物ゲノム連携グループのメンバーです。
7.用語解説
多能性:様々な細胞に分化できる能力。代表的な多能性を有する細胞として、ES細胞やiPS細胞が知られている。
初期化:哺乳類や鳥類等は、受精卵(1つの細胞)から細胞分裂を繰り返しながら、様々な細胞(例:神経細胞、上皮細胞等)へと分化することで、体が構成されている。分化した細胞へ、特定の遺伝子の挿入等により、分化前(発生初期)の状態に戻すことを初期化という。初期化した細胞は、分化前の状態となるため、多能性を有する細胞となる。また、初期化された細胞はアルカリフォスファターゼ活性を発現することも知られている。
iPS細胞:人工多能性幹細胞、体細胞へ初期化因子を導入することで誘導された、多能性(さまざまな細胞に分化できる能力)を有する細胞。
PiggyBacトランスポゾン:外来遺伝子を目的細胞のDNAに導入するシステム。
三胚葉分化能力:受精後の胚は、三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)に分化し、その後様々な細胞へと分化する。樹立した細胞の三胚葉分化能力が確認出来れば、多能性を有するiPS細胞ということができる。
FGF依存型のiPS/ES細胞:哺乳類のiPS細胞やES細胞には、マウスを代表とするLIF依存型のものと、ヒトを代表とするFGF依存型のものが存在する。FGF依存とは、iPS細胞の樹立および多能性維持において、FGFという増殖因子(細胞を増殖させる生理活性を有する因子)の働きが必須であるということ。
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