「ネオニコチノイド系農薬の発達期曝露が成長後の
行動に影響を与える可能性を動物モデルで示唆」
(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付)
国立研究開発法人 国立環境研究所
環境リスク・健康研究センター
主任研究員 前川文彦
特別研究員 佐野一広
1. 背景
ネオニコチノイド系農薬は昆虫のニコチン性アセチルコリン受容体に結合することで殺虫作用を発揮するタイプの農薬です。近年、この農薬は、蜂を含む昆虫一般の生態系に影響を及ぼすことが懸念されていますが、それに加え、ほ乳類などの脊椎動物のニコチン性アセチルコリン受容体にも一定の割合で結合して、脳の発達に悪影響を及ぼす可能性についても懸念が示されています。本研究では、妊娠期から授乳期の母親マウスにアセタミプリドを経口投与することで、その母親から育った子どもが成長してからどのような行動指標に影響が現れるのか検討を行いました。
2. 方法
胎仔期には胎盤経由で、新生仔期には母乳経由で子どもがアセタミプリドに曝露されるような曝露計画を立て、妊娠中期にあたる妊娠6日目から離乳直前の出産後21日目まで母親マウスに水に溶かしたアセタミプリドを経口で1日体重kgあたり10 mg(高用量群)あるいは1mg(低用量群)の用量で35日間続けて投与しました。対照群として、アセタミプリドを全く含まない水を母体に飲ませた群も作成しました。子どもが成長してからマウスの空間学習行動、性行動、攻撃行動、不安行動などを観察するための行動試験を行い、どの行動に特に影響が現れるか検討しました。
3.結果と考察
様々な行動試験の結果、最も強く影響が現れたのが不安行動でした。不安行動試験には、照明が当てられている明るい箱と照明が全く当たらない暗い箱が狭い通路で連結された明暗箱という装置を用いました。この箱にマウスを入れると、マウスは暗所を好むため通常は暗い箱に滞在する時間が長くなります(参考図1)。アセタミプリドを発達期に曝露された高用量群・低用量群の雄マウスは明箱に出てくる割合が対照群と比較して有意に増加していました(参考図2)。このことは、不安を感じる場所に出て行く際に起こる情動反応が対照群より低下している可能性を示唆しています。一方、同じくアセタミプリドを発達期に曝露された雌マウスでは雄マウスのような行動影響は認められませんでした。加えて、低用量群の雄マウスでは、性行動、攻撃行動が亢進していることも明らかになりました。
これらの結果を総合して考えると、まず、発達期の雄が雌に比べてアセタミプリド曝露に対してよりぜい弱である可能性が考えられます。また、アセチルコリンを神経伝達物質として利用する脳内のアセチルコリン神経系は「衝動性」と関係があることが知られており、一連の行動が変化した背景に衝動性増加が関与している可能性が考えられます。
4. 今後の課題
本研究から、1 mg/kg体重/日以上のアセタミプリドを発達期に曝露されたマウスでは、雄で選択的に不安行動、性行動、攻撃行動に影響が現れる可能性が示唆されました。このような行動の変化の背景となる脳の構造・機能的な変化は未だ検出できておらず、今後さらに研究を進める必要があります。また、なぜ雄に影響が出やすいのかについても、そのメカニズムの解明が必要です。加えて、今後はヒトの通常の曝露量に近い、より低い用量設定での曝露も行うなど、今回得られた結果をより幅広い視点から注意深く検討していく予定です。
なお、本研究は、国立環境研究所所内公募型研究(課題代表者:前川文彦 主任研究員)、日本学術振興会科学研究費基盤研究(S)(課題代表者:筑波大学 遠山千春 客員教授)、基盤研究(C)(課題代表者:前川文彦 主任研究員)、成育医療研究開発費(課題分担者:前川文彦 主任研究員)により実施されました。
5. 問い合わせ先
国立研究開発法人国立環境研究所
環境リスク・健康研究センター 生体影響評価研究室
前川文彦(029-850-2237)
佐野一広(029-850-2237)
E-mail: fmaekawa (末尾に@nies.go.jpをつけてください)
6.発表論文
Kazuhiro Sano, Tomohiko Isobe, Jiaxin Yang, Tin-Tin Win-Shwe, Mitsuha Yoshikane, Shoji F. Nakayama, Takaharu Kawashima, Go Suzuki, Shunji Hashimoto, Keiko Nohara, Chiharu Tohyama, Fumihiko Maekawa 2016 In utero and lactational exposure to acetamiprid induces abnormalities in socio-sexual and anxiety-related behaviors of male mice. Frontiers in Neuroscience 10:228 (12 pages) doi: 10.3389/fnins.2016.00228
下線で示す著者が国立環境研究所のメンバーです。
【参考図】
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何がどこまで分かっているか? 今後の課題は何か?」【終了しました】(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ同時配付) - 2013年1月15日更新情報環境リスクインフォメーションワールド「Meiのひろば」に[生物のひろば]-"河川水中の農薬類をミジンコで評価する"ページ追加
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