案内
新刊著者訪問 第7回
『外国人へのまなざしと政治意識—社会調査で読み解く日本のナショナリズム—』
著者:田辺俊介 編
勁草書房 2011年: 2500円(税別)
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第7回となる今回は、社会意識・計量社会学・社会調査方法論を専門分野とする田辺俊介准教授の編著『外国人へのまなざしと政治意識-社会調査で読み解く日本のナショナリズム』(勁草書房)をご紹介します。
- <目次>
- はじめに
- 序 章 グローバル化する日本における外国人と政治 ・・・田辺俊介
- 第 I 部 対外国人意識の解明
- 第1章 ナショナリズム-その多元性と多様性
・・・田辺俊介 - 第2章 移民-外国人増加に誰がメリットを感じ、誰がデメリットを感じるのか?
・・・濱田国佑 - 第3章 共生社会-「自立型共生」の理想と困難 ・・・大槻茂実
- 第4章 シティズンシップ-誰が、なぜ外国人への権利付与に反対するのか?
・・・永吉希久子 - 第 II 部 政治意識と対外国人意識の関連
- 第5章 ネオリベラリズム-その多元性と対立軸の交錯 ・・・丸山真央
- 第6章 政党支持-民主党政権誕生時の政党支持の構造 ・・・伊藤理史
- 第7章 政権交代―二大政党間を揺れ動く層の特徴とは何か? ・・・米田幸弘
- 第8章 ポピュリズム-石原・橋下知事を支持する人々の特徴とは何か? ・・・松谷 満
- 終 章 「外国人」と「内国人」-新たな「国民」の構築 ・・・田辺俊介
- あとがき/参考文献/巻末資料/索引
――まず、この本の概要を紹介してください。
本書は、タイトルにある「外国人へのまなざし」と「政治意識」の間の関連を検討した本です。外国人へのまなざしとは、簡単に言えば日本人が外国人をどう見ているのか、ということで、外国人の増加や権利などへの人々の意識を指します。それら対外国人意識と、様々な政治意識、政党支持やネオリベラリズムやポピュリズムに対する支持・不支持など、との関連を検討しています。さらにそれら二つと密接な関係の概念として「ナショナリズム」を取り上げ、それら相互の関連を検討しました。
外国人に対する意識と政治意識、その二つをつなげて論じることに違和感を覚える方もいるかもしれません。しかし、2011年7月のノルウェーでの痛ましい連続テロ事件にも見られるように、欧米各国では「反移民」や「反イスラム」意識と政治意識の関連は、焦眉の研究課題の一つです。また日本でも、例えば民主党は、連立した国民新党への配慮、さらに否定的な世論を気にして外国人参政権に関する法案の提出を見送ったと言われます。あるいはネット上にあふれる反中国・反韓国の書き込みと、そのような書き込みをする人たちが有する特定の政治思想の関連など、興味深い事例は数多くなってきています。
ただ、ナショナリズムや政治に関する意識については、日本では理論的な研究が主流で、さらに思弁的な議論が多い傾向にあります。そのためか、論者によって諸概念の意味内容が異なり、議論がかみ合わないことも多いように思います。それに対して本書では、2009年の政権交代直後に日本全国を対象に行った社会調査のデータを用いることで、限定的ですが対象を明確化した上で、それら諸概念の関連について分析しました。
その知見の一部をご紹介すれば、例えばナショナリズムとネオリベラリズムの関連では、「国を愛すべし」という愛国主義は予想通りネオリベラリズムと強く関連していました。しかしその一方、ナショナリズムの中でも「日本人」という条件を厳しく考えること、本書では「純化主義」と名付けていますが、その純化主義が強い人たちは、むしろ反ネオリベラリズムといえる平等主義が強い傾向がありました。この結果は、現代の日本における「平等」の範囲が、基本的に狭い意味での「日本人」のみと考える人が多いことを示す結果だと思います。
このように社会調査の回答を統計というフィルターに通すことで、従来の理論的研究では見えにくかった、人々の意識における対外国人意識と政治意識の関連を明らかにできたのでは、と思っています。
――ナショナリズムについての読み解きがこの本の読みどころと言っていいでしょうか?
百家争鳴状態のナショナリズムという対象に、本書では計量分析という手法で切り込みました。そのために、ナショナリズムを単純化して三つの要素に絞り込み、その担い手や他の概念との関連を探ろうとしました。
まずナショナリズムもある種の「イズム」なので、「〜主義」という要素に絞りました。その意図で取り上げた愛国主義とは、先ほども少しお話ししましたが、「国を愛する」という気持ちそのものというよりは、むしろ「国を愛すべし」と他人にも強制するような主義主張のことです。
次の純化主義というのは、「同国人」というナショナルなメンバーに特定の属性を求めることで、その純粋性を主張し、逆に多様性を忌避するような傾向を意味しています。本の中でも書きましたが、「純粋で統一された国民を理想とし、国民の内実が多様で分裂があることを嫌う」というナショナリズムの一側面を取り上げたものです。
最後の排外主義は、同じナショナルのメンバー以外、簡単に言えば外国人を排除する意識を示します。理論的には、非排外的なナショナリズムというモノもありえるとは思うのですが、この排外主義はナショナリズムを批判する論者の主要な論点なので、本書でもナショナリズムの一概念として取り上げました。
もちろん、ナショナリズムという用語はもっと広い意味を含めて使われているため、この三つでナショナリズムに関する全ての議論をまとめることなどできていません。しかし、人によって内容が異なってしまうナショナリズムについて、三つの側面からどう測定したのか、またそれら同士の関係がどうであったのか。 少なくとも人々の抱く意識の一つとしてのナショナリズムについて、その測定法や関連を明示したこと自体、ナショナリズムに関する曖昧な議論を整理する一歩になったのでは、と考えています。そしてまさに、そのような視点とそこから出た結果こそ、本書のウリだと考えています。
――私達日本人にとって「外国人」とはどういう存在ですか?
まず、誰が「私達」なのか。それ自体、実は「純化主義」の概念で取り扱った問題です。「私達日本人」以外の存在として外国人を見るわけですが、その基準は、それほど自明なものではありません。本書でも示したように、強い純化主義によってあくまでも「外」の存在と見続けるのか、それとも純化主義を弱めて同じ「住人」としては「内側」の存在と見て、「内国人」として受け入れるのか、などを考えていく必要があります。まさに外国人が「どういう存在であるのか」自体、今後の重要な争点なのではないか、と思います。
田辺俊介(たなべしゅんすけ)
東京大学社会調査・データアーカイブ研究センター:社会調査研究分野 准教授
専門分野 : 社会意識・計量社会学・社会調査方法論
主要業績
『ナショナル・アイデンティティの国際比較』慶應義塾大学出版会, 2010年1月
“An Exploratory Analysis of National Prestige Scores” Social Science Japa n Journal 12 (2): 267-275, 2009.11
「「日本人」の外国好感度とその構造の実証的検討─亜細亜主義・東西冷戦・グローバリゼーション」『社会学評論』234号:369-387, 2008年10月
――では、政治意識はどうでしょう?大きく変わってきているのでしょうか?
本の中でも指摘したことですが、小泉首相の登場によって、ネオリベラリズムとポピュリズムの隆盛をみた後の日本の政治情勢は、国政選挙のたびに時の与党が破れ続ける、という流動的な状態が続いています。最近の大阪府と大阪市の選挙結果なども、その流れでしょう。
このことは、人々の意識や世論の変化に、政治が対応しきれないことを示す結果でしょう。ただし、現状では「現状の否定」ばかりが人々の支持を集めるという非生産的な状況でもあります。日本に限らず世界中において、しばらくは政治意識に関してネオリベラリズムとポピュリズム、そしてナショナリズムの影響は無視できないことでしょうし、今後も注視し続けたいと考えています。
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
グローバル化を背景に、外国人との関わりはいやがおうでも増えていくでしょう。また政治についても、しばらくは流動的な状況が続くことでしょう。だからこそ、今後も本書で取り扱ったような問題について、冷静かつ慎重な議論を行うための適切な社会調査を行い、そのデータの分析を通じた研究を続けていく必要があるのです。そのような実証的社会科学研究による現状の正確な把握なくして、「現状の否定」を超えた新たな理念を考えることはできないと思うからです。
(2011年12月20日掲載)