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新刊著者訪問 第31回

『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』
著者:大湾 秀雄
日本経済新聞出版社 2017年:2300円(税抜)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第31回は、大湾 秀雄『日本の人事を科学する 因果推論に基づくデータ活用』(日本経済新聞出版社2017年6月)をご紹介します。

主要業績
「日本的人事の変容と内部労働市場」、『日本の労働市場―経済学者の視点』第1章(川口大司編、2017年有斐閣)

日本的人事の変容と内部労働市場
「中間管理職の役割と人事評価システム」、『企業統治の法と経済』第2章、(田中亘、中林真幸編、2015年有斐閣)

中間管理職の役割と人事評価システム
「組織や人事制度を設計する」、『身近な疑問が解ける経済学』第10章(2014年日本経済新聞出版社)

組織や人事制度を設計する

――本書は、『日本経済新聞』(2017年12月30日朝刊)の記事「エコノミストが選ぶ 経済図書ベスト10」にて、4位に選ばれました。八代尚宏・昭和女子大学特命教授は「複数の企業の人事データを活用した、社員の定着率や昇進などについての綿密な実証分析であり、労働経済学の新しい分野を切り開いた」とおっしゃっていますが、ご自身ではどのようにお考えですか?

労働経済学の新しい分野を切り開いたとは思いませんが、1日本企業の人事データを学術研究に用いる道を大きく切り開いたということ、2多くの企業にデータ活用の有効性を認識させることが出来たという2点で貢献できたかなと思います。

――実は、このインタビューの準備中に、ネットで先生のインタビュー記事「HR Tech 最新トレンド 2017年09月01日人事もPDCAを回す時代へ「日本の人事を科学する」データ活用の視点とは」や、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)でのご報告記録(2017年7月6日)を見つけ、ご研究や、本書について十分お話されているので、今回は何を伺おうかと考えてしまいました。
「まえがき」でセレンディピティ(予想外の発見をすること)という言葉をご紹介されていますが、先生にとって刊行後に何らかのセレンディピティがありましたか?

データ活用に対する社会的ニーズが高まる時期に本書を出版できたという点は運が良かったと思います。お陰で企業や業界団体、メディアなど様々な組織から問い合わせや相談が増えました。その中で、企業から学術研究用にデータを頂くことが容易になりました。数年前だったらお声がけしてもなかなか協力してくれなかったであろう複数の企業や団体と共同研究に向けての話し合いをしています。

――それはよかったですね。データといえば、日本に比べて欧米では人事データに関わらず、いろいろなデータが豊富で(使い放題?)調べつくせないほどだと、以前田中隆一先生のインタビューで伺いました。(第25回新刊著者訪問「『計量経済学の第一歩 実証分析のススメ』著者:田中隆一」)データへの向き合い方というか、扱い方に欧米と日本ではどういう違いがあるのでしょうか?

人事データに関しては、日本の方が取りやすいデータはあります。例えば、企業内での配置履歴は日本の場合かなり遡って取ることが可能ですが、それほど集権的に人事情報が蓄積されていない欧米企業では、それほど残っていないのではないでしょうか?また、アメリカ企業は、裁判沙汰になるリスクを恐れて、性別情報と給与情報を外部に出すことにはかなり慎重です。日本では、大学と実業界の距離が遠いので、企業内データを取りにくいという傾向があったと思いますが、データ活用の有効性が認識されるに従い、今後変わってくると思います。

――2013年5月に東京大学社会科学研究所内に「企業内データ計量分析プロジェクト」を発足され、その成果を本書にまとめられたわけですが、2018年度から早稲田大学に移籍されると伺いました。社研での活動を振り返ってお話頂けますでしょうか。

企業との共同研究や研究会活動は、非常に時間を取られる活動なので、授業負担の重い場所では、決して取り組むことは出来なかったと思います。時間も投資期間も長い研究活動に思いっきり時間を投入出来たということで、社研には大変恩義を感じています。加えて、当初社研内では他に参加者のいなかった研究プロジェクトを研究所の事業として、HPでの紹介社研シンポジウムとして研究報告の機会も頂き、支援を頂きました。それについては歴代の石田・大沢所長、水町・中川広報委員長には感謝しています。また、ワークライフバランスプロジェクトを立ち上げた佐藤博樹先生(現中央大学教授)の活動は横目で見ていて、かなり参考になりましたし、ノウハウを盗ませて頂きました。佐藤先生には私の研究会で2回ほどゲストスピーカーとしても登壇して頂きましたし、感謝しています。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

今後データ活用の動きは、企業活動の様々な領域に広がっていくと思います。データ分析は経験がものをいうので、まずはエクセルでも良いので出来るところからトライしてみること、そして、業務として使えるようになるよう、大学や非営利団体が開催している統計分析セミナーなどを受講して手法を学び、同じ関心を持つ仲間を見つけて行って欲しいと思います。

研究者仲間に対しては、政府統計に加えて、人事データを補完的に用いて仮説検証の補強を検討されることを勧めたいと思います。例えば、ある政策が労働者の雇用、賃金、労働時間等にどういう影響を与えたか分析する際に、もちろん政府統計の代表的なサンプルを用いて因果関係を推論することが必要なのは確かですが、それだけでは、影響が生じた経路を特定できないことがしばしばあります。施策が採用に影響与えたのか、異動配置に変化が生じたのか、業務配分が変わったのか、それとも離職行動に影響を与えたのか、より細かい企業や労働者の意思決定を追える人事データが有用となる研究課題は結構あると思います。また、出身大学や異動歴などより詳しい人的資本情報が使えますし、年に一回もしくは数年に一回の政府統計などに比べ、日次や月次で変化を追えることが出来ることも人事データの強みです。様々な人事データの活用事例が増えていくことを期待しています。

(2018年3月30日掲載)


大湾秀雄先生

大湾秀雄(おおわんひでお)

東京大学社会科学研究所 教授

(2018年4月〜早稲田大学教授)

専門分野:労働経済学,組織経済学


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