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新刊著者訪問 第11回
『International Harmonization of Economic Regulation』
Junji Nakagawa
Oxford University Press, 2011
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第11回となる今回は、国際法・国際経済法を専門分野とする中川淳司教授のInternational Harmonization of Economic Regulation,(Oxford University Press, 2011.11)をご紹介します。
- <Contents>
- 1. Introduction: Basic Definitions and Analytical Tasks
- 2. Harmonization of Rules Relating to Tariffs
- 3. Harmonization of Trade Remedies
- 4. Harmonization of Standardization and Certification
- 5. Harmonization of Intellectual Property Rights
- 6. Harmonization of Labor Standards
- 7. Harmonization of Competition Law
- 8. Harmonization of Financial Regulation
- 9. Harmonization of Transnational Economic Crime Control
- 10. Overview and Future Prospects
- Bibliography/Index
――この本は2008年に有斐閣から刊行されたご著書『経済規制の国際的調和』の英訳本ですが、本の内容をお聞きする前に、出版の経緯を教えて頂けますか?
小宮山前総長の時代に、東京大学の人文社会科学系教員による研究成果の対外発信を強化するため、教員の日本語の著作を選抜して英訳・刊行する費用を東京大学が助成するというプログラムが発足しました。私が大学本部の国際連携本部国際企画部長として、東京大学の国際化推進長期構想策定の責任者を務めていた時のことです。東大の国際化を推進するためにどういう方策が必要かを多くの方にヒヤリングしていた時に、人文系のある教員から聞いた要望がきっかけとなって実現したものです。
私の本は2009年度にこのプログラムに応募して採択されました。英訳者の選定から訳文のチェックを経て刊行元であるオクスフォード大学出版部(OUP)に英訳原稿を提出するまで、さらに、OUPとの編集・校正作業を経て本書が最終的に刊行されるまで、東京大学がこのプログラムのために雇用したマネージングエディターの方から手厚い支援を頂戴しました。
私の専攻分野は国際経済法なので、研究者や実務家のグローバルなコミュニティが存在しています。そこに参加するためには研究成果を英文で刊行することが必須です。とはいえ、日本語で研究成果を発表するマーケット(新聞・雑誌とか教科書とか)がそれなりにあるので、うかうかしていると日本語による研究成果の発信に時間の多くを割かれてしまいます。いったん日本語で刊行した研究成果を自分で英訳して刊行するのは時間もかかりますし、英文のチェックも欠かせません。その意味で、東京大学のこのプログラムはとても有益でした。特に人文社会系教員の研究の国際化のためには大変有効な制度だと思います。
――それでは、本の概要について教えて頂きたいのですが、タイトルのInternational Harmonization of Economic Regulation(経済規制の国際的調和)とはどういうことでしょうか?
様々な経済分野で各国が設けている規制(経済規制)は、それぞれの国の歴史的な条件や経済・社会的背景などを反映して、まちまちです。経済規制の国際的調和とは、国よって異なる経済規制について、それらの間の違いを減らし、究極的には統一することを目指す試みを指しています。
経済のグローバル化の進展に伴い、各国の経済規制間の相違が、国境を超える経済活動にとっての妨げとしてとらえられるようになってきました。そのため、様々な経済規制の国際的調和が進められるようになってきています。この本で取り上げたのは以下の規制分野です。貿易に関連する規制(関税関係の規制、アンチダンピングや補助金相殺関税などの通商救済に関する規制、工業製品や食品の規格・基準や適合性評価手続)、知的財産権、労働基準、競争法・競争政策、金融規制、マネーロンダリング規制、そして外国公務員に対する贈賄の規制。そして、これらの経済規制の国際的調和について詳細な実証研究を行いました。実証研究では、各規制分野で、国際的調和が目指されるようになった背景を探り、国際的調和がどのようなフォーラムで進められてきたか、国際的調和の交渉結果を各国がどのように国内実施し、その過程がどのようにモニターされているかを検討しました。序章で、実証研究のためのこうした分析枠組を設定しました。最終章で、実証分析の結果を分野横断的に取りまとめています。
――広範な分野の規制の国際的調和において、共通の課題はあるのでしょうか?
*写真背景の絵画作品について: (中川研究室コレクション)
(上)小林仁美さん(東京藝術大学美術学部油画科卒、同大学院修士課程修了)
(右下)小出恵理奈さん(多摩美術大学美術学部油画専攻卒、同大学院修士課程修了)
規制分野により、国際的調和の進め方や目標は異なるので、個々の規制分野について国際的調和に関する課題は異なっていると思います。ただし、国際的調和をどのように進めるにせよ、国際的調和に向けた国際交渉のプロセス、さらに交渉結果の各国による国内実施とそれをモニターするプロセスの正当性をどのように確保するかは共通の課題といえるでしょう。国際的調和の実践を見ると、規制分野を問わず、欧州起源の規制と米国起源の規制のいずれかが国際的調和の到達目標とされることが多いのです。欧州(EU)と米国は、今日の世界で卓越した経済力を備えており、規制の発信力も、また国際交渉での影響力も群を抜いています。しかし、それだけではこれらの国・地域の規制が国際的調和の到達目標とされることは正当化されないと思います。国際的調和に向けた国際交渉のプロセスで、途上国を含めた各国の意見を十分に聞き、討議を尽くすこと、政府(各国の規制当局)だけでなく、民間企業や消費者・NGOなどの利害関係者の意見も取り入れること、国際的調和の交渉結果を各国が国内実施する際に、立法機関の承認を求めるなど、国内の民主的な手続を踏むことが重要だと思います。
以上の課題をより一般的に言えば、経済規制の国際的調和とは、経済のグローバル化に伴い、経済規制を担当する各国の規制当局が、種々の利害関係者とも連携しながら相互に協調し、規制の改善と実効性確保を図ってゆくプロセスであり、その意味でグローバルガバナンスの重要な一翼を担う動きです。国際的調和プロセスの正当性、特に民主的正当性の確保は、グローバルガバナンスの正当性確保にも通じる、国際関係と国内規制行政の両分野にまたがる共通の課題であると思います。
中川淳司(なかがわじゅんじ)
東京大学社会科学研究所教授
専門分野:国際法・国際経済法
主要業績
『資源国有化紛争の法過程』国際書院, 1990年.
『国際経済法』(清水章雄氏・平覚氏・間宮勇氏との共著)有斐閣, [初版]2003年, [初版の中国語訳]北京大学出版会, 2007年, [第2版]2012年.
Transparency in International Trade and Investment Dispute Settlement, Routledge, 2013.
――日本語版出版から今回の英訳本刊行までの間に、リーマンショック等世界経済は大きく揺れ動きました。それらを受けてSection 5 of Chapter 8を英語版では加筆なさっていますが、最後に読者へのメッセージとしてさらにお話したいことはありますか?
英訳本の前書きにも書きましたが、経済規制の国際的調和は、様々な規制分野で現在も進行中です。2008年に日本語版を刊行してから今回の英訳本を刊行するまでに約3年が経過し、その間に多くの規制分野で国際的調和に進展が見られました。中でも、金融規制については2007年のリーマンショック以降の世界金融危機に伴い大規模な改革が進められてきましたので、2010年の秋に欧州や米国を回って最新の動向を調査しました。
とはいえ、その後も金融規制やその他の経済規制の分野で、国際的調和に関して絶え間ない進展が起きています。特に、直近の数年間は、自由貿易協定や経済連携協定といった二国間や地域的な協定を通じて経済規制の国際的調和を進める動きが盛んになっています。本書ではこの点は十分にカバーできなかったので、本年度から科研費を獲得してこうした新しい動きをフォローする研究をスタートさせました。数年後には、本書の姉妹版を、できれば最初から英文で刊行したいと思っています。
(2012年8月8日掲載)