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新刊著者訪問 第24回
『変動期の日本の弁護士』
著者:佐藤岩夫・濱野亮(編)
日本評論社 2015年:5000円(税抜)
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第24回は、佐藤岩夫・濱野亮編『変動期の日本の弁護士』(日本評論社2015年2月)ご紹介します。
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- 主要業績
- 『現代国家と一般条項:借家法の比較歴史社会学的研究』(創文社、1999年)
- 『利用者の求める民事訴訟の実践:民事訴訟はどのように評価されているのか』(共編)(日本評論社、2010年)
- 『労働審判制度の利用者調査:分析と提言』(共編)(有斐閣、2013年)
- 『法と社会研究』(年1号、責任編集)(信山社、2015年12月創刊)
――先生のご専門の法社会学とはどういうものか、そのあたりから教えてくださいますか?
法社会学は、法が社会の中でどのように機能しているか(あるいはしていないか)を、実際の社会の中で観察し、理論化する学問です。そのような関心から、これまでも、日常生活のなかでの市民の紛争経験や相談行動の調査、労働審判制度の利用者調査、東日本大震災の被災者の法的支援についての調査などを行ってきました。労働審判制度の利用者調査は、社研が行った通称「近未来プロジェクト」(近未来の課題解決を目指した実証的社会科学研究推進事業『生涯成長型雇用システムプロジェクト』)の一部として行った調査で、とくに印象に残っています。社研のメンバーでは、仁田道夫先生(現在国士舘大学経営学部)や水町勇一郎さん、当時特任研究員だった高橋陽子さん(現在労働政策研究・研修機構)らとご一緒しました。サーベイ調査の結果とインタビュー調査の結果をそれぞれ書籍にまとめましたが、雇用をめぐる紛争の実態や労働審判制度の実際のはたらきを具体的なデータで明らかにした研究成果として、研究者だけでなく、弁護士などの実務家の方にもよく読まれているようです。
菅野和夫・仁田道夫・佐藤岩夫
・水町勇一郎編『労働審判制度
の利用者調査:分析と提言』、
有斐閣、2013年3月
佐藤岩夫・樫村志郎編『労働審
判制度をめぐる当事者の語り:
労働審判制度利用者インタビュ
ー調査記録集』、東京大学社会
科学研究所研究シリーズNo.54
、2013年3月
――本書のテーマは弁護士ですね。どのような関心から取り組まれたのですか?
今回取り上げていただいた『変動期の日本の弁護士』も、現在の日本の弁護士の実態をなるべく具体的なデータで示したいと思い取り組んだ共同研究の成果です。弁護士は、テレビや映画にもしばしば登場するので、皆さんにも比較的なじみのある職業かもしれません。大企業のためにはたらき高額の報酬を得る「ウォール街の弁護士」を思い浮かべる人もいれば、公害や薬害の被害者の救済のためや、無実で刑事責任を問われた人の冤罪を晴らすために活躍する「正義の味方」の弁護士を思い浮かべる人もいるでしょうが、その実像はどうなのでしょうか。
弁護士は、法制度とその利用者である市民や企業などを繋ぐ役割を果たしています。法制度が社会の中で実際にどのように働くか、社会のニーズに実際に応えられるかどうかは、かなりの程度弁護士の働きに依存しています。現在、日本の弁護士がどのような状況にあり、どのような活動を行っているか、その実態を知ることは、日本の社会で法がどのように機能しているかを知る上で非常に重要な基礎的事実です。そのような関心からこの共同研究を始めました。
――具体的にはどのような調査研究をされたのでしょうか?
『変動期の日本の弁護士』は、日本弁護士連合会(日弁連)が2010年に、全国の弁護士1万人を対象に行った調査(「弁護士業務の経済的基盤に関する実態調査(略称:弁護士経済基盤調査)」)の個票データを日弁連から提供してもらい、それを法社会学その他の研究者が多角的に分析した二次分析研究の成果です。顧客層や収入による弁護士の階層分化、地域的な特性、弁護士のキャリア・パス、ジェンダーの視点から見た弁護士の職業生活、弁護士についての弁護士自身のイメージと市民のイメージの違いなど、いろいろな分析が行われています。
弁護士経済基盤調査は、日弁連が1980年以来、10年に一度行っている大規模な調査で、今回の2010年の調査が第4回になります。毎回、全国の弁護士を対象に、所属している事務所の規模や事務所内の地位、主な活動分野、収入、経歴など多方面で質問しています。いわば、10年に一度行われる「弁護士の国勢調査」です。
2010年(第4回)調査の際に、私は、専門の立場から助言してほしいということで、日弁連から協力を依頼されました。質問票の全体の構成や具体的な質問など、時間と労力を相当とられましたが、少しでも有意義な調査にすることに多少は役に立ったと思いますし、結果として、調査データを提供してもらい、この共同研究をすることもできてよかったと思っています。
――なるほど、調査結果の分析研究だけではなく、調査そのものにも関わられたんですね。タイトルに「変動期」とありますが、どういう含みがあるのでしょうか?
ご存じかと思いますが、現在、日本の弁護士は急激に増えています。2000年頃までは緩やかな増加にとどまっていましたが、2000年に約17,000人だった弁護士が現在(2016年6月)は約37,600人と15年で2倍以上に増えています。これは大変な増加のスピードです。
このように弁護士が急激に増えた直接の理由は、2000年代初めの司法制度改革で法曹人口(法律家の数)を大幅に増やす方針が出されたためです。従来の日本の社会では法律家の数が諸外国に比べて非常に少なく、そのために法的なサービス(助言や支援)を受けたいと思っても、それを受けることが困難でした。法律家、とくに弁護士の数を大幅に増やすことで、市民や企業が必要な法的サービスを受けやすくすることが目指されたわけです。
弁護士の数が大幅に増えたことにより、弁護士は市民にとっても随分身近な存在になったように思います。その一方で、弁護士が急激に増えたことで、弁護士をとりまく経済的環境は厳しくなり、弁護士の間の格差も大きくなっていると言われています。日本の弁護士は現在、かつてない大きな変化の中にいます。それを「変動期」という言葉で表しました。現在の計画では、2020年に次回(第5回)の調査が予定されていますが、その時に日本の弁護士はどうなっているのか、次回の調査結果にも大変関心があります。
――データをまとめられて、いかがでしたか?
調査結果をまとめてみていろいろなことが分かりましたが、あらためて、日本の弁護士が社会の変化やニーズの変化に十分対応できているか、考えさせられる点がありました。ここでは、本書全体の注目すべき結果として3点だけのべておきます。
第1に、大企業向けには、大規模な法律事務所(ローファーム)を中心に、専門性の高い法的サービスが提供されるようになっています。それに対して、個人や中小企業に対しては、弁護士が十分な法的サービスを提供できていない実態が明らかになりました。
第2に、弁護士の世代間の格差です。40歳代、50歳代の中堅世代の弁護士は安定した経営基盤を持って弁護士としての活動をしているのに対して、20歳代、30歳代の若い弁護士、この世代の弁護士が現在急激に増えているわけですが、弁護士事務所の中での地位や収入が不安定な印象です。弁護士としてのキャリアの初期の段階で、弁護士に必要な経験やスキルを十分に身につけることができているかどうかか気になります。
第3に、弁護士コミュニティ内部のジェンダー問題です。弁護士は長く男性中心の世界でした。近年、女性弁護士の数は随分増えてきています。この点はよいことですが、今回の調査結果を見ても、女性弁護士は、同世代の男性弁護士に比較して、事務所での地位や収入の点で不利になっています。出産や育児の負担が女性弁護士のキャリアに不利な影響を与えています。男女共同参画の実現は、弁護士の世界でも重要な課題です。
――編集作業よりデータに関してご苦労があったとか・・・
はい、研究仲間との共同研究はとても充実して楽しい経験でした。本の編集にはとくに苦労はありませんでした。
それよりも、一番気を遣ったことがあったとすれば、それは、この共同研究のために、日弁連から調査データを提供してもらえるかでした。「弁護士経済基盤調査」のデータは、学術的にも大変貴重なデータですが、このデータは従来「門外不出」で、これまで一度も弁護士会の外に出たことはありません。今回、第4回の調査に協力したことをきっかけに、この調査データを学術的に分析すれば、現在の日本の弁護士がおかれている状況と課題が多面的に明らかにできると、データの提供を日弁連の関係者にお願いしてみました。最初は無理かもしれないと思いながらのお願いでしたが、幸い、私たちを信頼して快くデータを提供していただき、また、その成果を本にまとめることも自由だと言ってもらえました。日弁連の関係者にはあらためて感謝しています。
なお、このデータは、その後、日弁連から社研のSSJデータアーカイブに寄託されることになりました。今後、多くの研究者がこのデータを使って研究を進めることができます。実は、過去3回の調査については、日弁連自身も調査データを保管しておらず、データが散逸してしまったことが分かりました。学術的にも貴重なデータだけに大変残念なことですが、今回、2010年(第4回)の調査データがSSJアーカイブに寄託されたことで、データの散逸が防げることもよかったと思います。
――本当にそうですね。最後に読者へのメッセージをお願いします。
実は今、弁護士や司法制度の関係者の間では、日本の弁護士は多すぎるのかそれともまだ少ないのかが大問題になっています。やや感情論や印象論も多いのですが、具体的な事実に即して議論することが重要だと思っています。
本書は、研究者や一般の読者はもちろんですが、弁護士の皆さんにもぜひ手にとってもらえればと思います。上でも述べましたが、本書では、日本の弁護士をめぐるいろいろな課題も明らかになりました。弁護士の皆さん自身が、これからの日本の弁護士のあり方を考える一つの手がかりになればと思っています。
(2016年6月23日掲載)
佐藤岩夫先生
佐藤岩夫(さとういわお)
東京大学社会科学研究所 教授
専門分野:法社会学