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新刊著者訪問 第36回
Education and Social Stratification in South Korea
著者:有田 伸
University of Tokyo Press, April 2020:12,000円+税
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第36回は、有田伸『Education and Social Stratification in South Korea』(東京大学出版会 2020年4月)をご紹介します。
――まずは,この英語の本がどのような経緯で刊行されたのか,教えていただけますでしょうか.
はい.この本は,東京大学の英文翻訳出版刊行助成を受けて出版されたものです.この助成制度は,東大の教員・院生がこれまでに刊行した日本語書籍の英語への翻訳と出版を支援するもので,当初はRoutledgeやOxford University Pressなどからその成果が出版されていました.私が応募したのは,その後続となる東京大学出版会からの刊行を助成する制度でした.これらは,現在社研では宇野先生,Babb先生がご担当下さっている東京大学英文図書刊行支援事業(UT-IPI)の前身と言えるかもしれません.
で,運良くこの助成申請が採択されまして,2006年に刊行された私の『韓国の教育と社会階層―「学歴社会」への実証的アプローチ』を翻訳し,加筆・修正したのが本書となります.
――では改めて,本書の内容についてお話いただけますか.
この本は,「韓国における教育機会,あるいは教育を通じた社会経済的地位達成の機会はどのように分配されているのか」という,社会階層のいわば客観的側面に関わる問題を,「そもそも韓国社会では教育機会(あるいは地位達成機会)の平等とは具体的にどのようなものと考えられており,その下でどのような教育・選抜システムが築かれてきたのか」という,社会階層に関わるひとびとの想定や社会規範などの問題と共に,両者の相互作用も視野に入れつつ考察したものです.
ただ,このような問題関心に基づく本は,これまでそれほど多くはなかったかもしれません.社会階層論の研究成果は,精緻な手法に依拠しながら論文の形で発表されるのが一般的になっています.これに対して本書は,用いている手法はシンプルですが,その代わり韓国の社会階層構造と移動機会の全体像を,背景条件の説明も含め,包括的に論じようとしています.さらには,韓国の教育制度や教育達成・地位達成に対する意識の特徴などもふまえながら,韓国社会における学歴とは何か,あるいはさらに大きく,韓国社会とはいかなる社会であるのか,という問いについても何とか答えを見つけようとしています.この点で,本書は社会階層論の本でありつつ,同時に地域研究,比較社会学の本でもあります.
本書の礎となった韓国留学中の筆者(1996年)
一方,もともと本書は私の博士論文をベースとしていることもあり,今の視点からみると足りないところもあります.また韓国では今日,社会移動の機会が閉ざされていることへの強い社会的批判が生じているなど,本書が主な考察対象とした1990年代までの時期と比べて大きく変化してきています.それでも,日本の視点から見た韓国社会論を英語で発表することにも一定の意義はあるのではないか,また今日韓国社会で生じている批判も,そもそも本書がカバーする時期に形成された「理想的な社会のあり方」のイメージとのずれこそが問題となっているのではないか,と考え,議論や分析の大筋は変えることなく刊行しています.このあたりの問題については,本書の序文でもう少し詳しく述べています.
――もともと日本語で出版された書籍を,英語に翻訳して刊行するために,具体的にはどのようなプロセスを経られたのでしょうか?またそこでは何かご苦労などおありでしたでしょうか?
最初に日本語の本全体の下訳を作成して頂いた後,ネイティブの英文エディターの方との数え切れないくらいのやりとりと加筆・修正を繰り返し,ようやく完成版に到りました.まず本書の下訳は,単に日本語を英語に訳せるだけではなく,計量分析にも韓国の事情にも通じている,という方にお願いすることができ,大変助かりました.
その後,エディターの方に,文章の構造自体に関するものを含め,さまざまな修正案とコメントを頂き,それらをふまえて私が加筆・修正を行う,というプロセスを何度も繰り返しました.この中で,もともとロジックが十分に明瞭ではなかった箇所の修正や,英語読者のための説明の追加なども行いました.
苦労は...,そうですね,「日本語に適した文章の流れ」と「英語に適した文章の流れ」はやはり異なるので,後者に即した修正を行う必要があったことがまず1つでしょうか.ただそれよりも,30代前半の私の論の運びは,自分自身が見てもイライラしてしまうほどに慎重で(笑),ややまわりくどい部分も多かったので,それらをできる限りシンプルにしていく作業の方が大変だったかもしれません.
また英語の読者を想定しながら本書を改編していくなかで,自分の論述がいかに,日本と韓国との間では共通するものの,他の社会とは必ずしも共有されない文脈や概念に依拠して成立しているものであったのかを痛感させられました.これらをより広い読者にも開かれた議論へと組み立て直していく作業は必ずしも容易ではありませんでしたが,それでも自分自身にとってこのことは大変貴重な発見でした.
――英語での研究業績として,本書のように,論文ではなく図書を刊行することには,どのような意義があると考えていらっしゃいますか?
論文には論文に,図書には図書に,それぞれ適した問題のタイプや「スケール」があるように思います.新しいものの見方を打ち出す,といったタイプの研究はもちろんですが,本書のように,ある社会の構造と特徴を背景条件も含めて論じていく,といった研究の場合も,やはり図書の分量が必要となることが多いのではないかと思います.ですので,英語による研究成果発信の媒体としては,扱うテーマに応じて,論文と図書の両方があって良いと個人的には思っています.ただ英語がそれほど得意でない私には,本一冊を書くことのハードルはかなり高かったですので,東大の支援制度なしには刊行が難しかったと思います.その点でこの制度には本当に感謝しています.
東大社研の研究の柱の1つは「比較」にありますが,国際比較の観点に基づく社会科学研究も,割と図書との相性が良い分野ではないかと思います.日本発の比較研究には,視点の新しさをはじめ,大きな貢献の可能性があるように感じていますので,今後その成果がさらに国際的に発信されていくことを願っています.またコロナ禍のため,現在本書の国外流通にも支障が生じている状況ですが,何とかこちらも早く解決すると良いなと思っています.
――どうもありがとうございました.
(2020年8月14日掲載)