訴訟救助決定に対して相手方は即時抗告できる 最高裁平成16年
判例講義民事訴訟法14事件訴訟救助決定に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件
最高裁判所第2小法廷決定/平成16年(行フ)第4号
平成16年7月13日
【判示事項】訴訟上の救助の決定に対し訴訟の相手方当事者が即時抗告をすることの許否
【判決要旨】訴訟上の救助の決定に対し,訴訟の相手方当事者は,即時抗告をすることができる。
【参照条文】民事訴訟法82-1
民事訴訟法86
【掲載誌】 最高裁判所民事判例集58巻5号1599頁
訟務月報51巻5号1308頁
裁判所時報1367号318頁
判例タイムズ1168号127頁
判例時報1879号45頁
金融法務事情1755号53頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】法学研究(慶応大)79巻6号122頁
法学研究(北海学園大)41巻3号535頁
法学セミナー49巻12号119頁
法曹時報58巻11号3700頁
法律のひろば58巻6号70頁
民商法雑誌132巻1号47頁
主 文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理 由
抗告代理人吉井正明,同甲斐みなみの抗告理由のうち訴訟上の救助の決定に対する即時抗告の許否に関する点について
民訴法86条は,同条に基づく即時抗告の対象となるべき決定から,同法82条1項に基づいてされた訴訟上の救助の決定を文言上除外していない。また,訴訟上の救助の決定を受けた者が同項本文に規定する要件を欠くことが判明し,又はこれを欠くに至った場合における救助の決定の取消しについて,同法84条は,利害関係人が裁判所に対してその取消しを申し立てることができる旨を規定している。訴訟上の救助の決定は,訴え提起の手数料その他の裁判費用等についてその支払の猶予等の効力を有し(同法83条1項1号等),それゆえに訴えの適法性にかかわるものであるほか(同法137条1項後段,2項,141条1項参照),訴訟の追行を可能にするものであるから,訴訟の相手方当事者は,訴訟上の救助の決定が適法にされたかどうかについて利害関係を有するものというべきである。以上の点に照らすと,訴訟上の救助の決定に対しては,訴訟の相手方当事者は,即時抗告をすることができるものと解するのが相当である(大審院昭和11年(ク)第575号同年12月15日決定・民集15巻24号2207頁参照)。これと同旨の原審の判断は,正当として是認することができ,原決定に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
その余の抗告理由について
本件事実関係の下では,抗告人が民訴法82条1項本文所定の要件に該当しないとした原審の判断は是認することができ,原決定に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
よって,裁判官滝井繁男の反対意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
裁判官滝井繁男の反対意見は,次のとおりである。
私は,訴訟上の救助の決定に対し,訴訟の相手方当事者がその地位にあるというだけの理由で即時抗告をすることができるという多数意見に賛成することはできない。その理由は,次のとおりである。
確かに,民訴法86条は,同条に基づく即時抗告の対象となるべき決定から,同法82条1項に基づいてされた訴訟上の救助の決定について除外する規定を置いていない。また,同法84条は,訴訟上の救助の決定を受けた者が訴訟救助の要件を欠くことが判明し,又はこれを欠くに至ったときは,利害関係人がそのことを理由として,裁判所に対して訴訟上の救助の決定の取消しを申し立てることができる旨規定していることは多数意見の指摘するとおりである。
しかしながら,これらの規定は,不服申立ての利益のある者に限って申立てをすることができることを当然の前提とするのであって,被救助者の相手方当事者が訴訟上の救助の決定に対し不服を申し立てる利益を有するか否かは,訴訟救助制度の趣旨に照らして別途検討されなければならない事柄である。
現在の訴訟救助制度は,何人も平等に裁判所において裁判を受けることができることを定めた憲法32条に由来し,司法の領域における無資力者に対する公的扶助の一つであって,訴訟上の救助の決定は,裁判手続において行われるが,これを求めた当事者に対して,訴訟上特別の措置として本来申立人が納付すべき費用の支払を猶予するものであり,国家その他の費用の納付を受けるべき者と被救助者との間において効力を生ずるものにすぎず,本案の相手方当事者はそれによって法律上の不利益を被るものではないのである。
もし,この手続において相手方を想定するとすれば,それは扶助を与える国家とみるべきであって,旧民事訴訟法(明治23年法律第29号。大正15年法律第61号による改正前のもの。)102条1項が検事に限って訴訟上の救助の決定に対する抗告権を認めていたのもそのような考えに基づいたものといわなければならない。しかしながら,現在の民事訴訟法はそのような構造は採らず,申立ての相手方を観念することなく,救助の当否の判断をそのことを最も適切に判断し得るものとして受訴裁判所の手にゆだねているのである。そして,裁判所が救助申立人に対する扶助相当性を認め,訴訟費用の支払を猶予するとの判断をしたときは,本案訴訟の相手方は,それによって格別に訴訟における不利益を受けることがない限り,本案において請求の当否を争うべきであって,これと別に救助そのものの当否を争う利益はないと考えるべきである。
もっとも,本案訴訟の相手方は,不当な訴訟上の救助の決定によって,印紙不貼用を理由とする訴え却下の判断を求める利益を失うことになるのであるが,かかる不利益は国が訴訟費用の一部の負担を猶予することとしたことによる反射的,間接的なものにすぎず,訴訟救助制度の趣旨に照らせば,これをもってその決定に対して不服申立てを認める法律上の利益を根拠づけるものということはできないのである。
ただ,民事訴訟法は,被告が原告に対して一定の場合には,訴訟費用の担保を立てることを申し立てることができ,その申立てをしたときは,原告が担保を立てるまで応訴を拒むことができる旨定めているところ(同法75条1項,4項),訴訟上の救助の決定は,この担保義務を免除する効力を有することから(同法83条),被告に無担保で訴訟を遂行することを余儀なくさせる効果をもたらすことになる。このように,訴訟上の救助の決定が本案当事者の法律上の利益を失わせる効果を生ずる場合には,本案の当事者は訴訟上の救助の決定に法律上の利害関係を有することになるから,この決定に対し,即時抗告をすることができ,また,その要件消滅等を理由に取消しの決定を求めることもできるものといわなければならない。訴訟上の救助の決定に対し,訴訟の相手方当事者が不服の申立ての利益を有するのはこのような特別の事情がある場合に限られるのであって,多数意見の掲げる民訴法の規定は,このような法律上の利害のない者にまで不服の申立てを認めた趣旨と解することはできないのである。
そして,本件において,本案訴訟の相手方は,訴訟費用の担保を立てるべきことを申し立てていないから,訴訟上の救助の決定について法律上の利害関係を有する者ではなく,原々決定に対する抗告は不適法であると解される。
以上によれば,原々決定に対する相手方の抗告を適法とした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,原決定は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,原決定を取り消し,原々決定に対する抗告はこれを却下するのが相当である。
(裁判長裁判官 津野 修 裁判官 福田 博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷 玄 裁判官 滝井繁男)