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岡本法律事務所のブログ

岡山市北区にある岡本法律事務所のブログです。 1965年創立、現在2代めの岡本哲弁護士が所長をしています。 電話086-225-5881 月〜金 0930〜1700 電話が話中のときには3分くらいしてかけなおしください。

2021年07月

保護責任者の意義を明らかにした昭和63年最高裁決定

刑法判例百選各論 第7版 9事件 8版 8事件

業務上堕胎、保護者遺棄致死、死体遺棄被告事件

最高裁判所第3小法廷決定/昭和59年(あ)第588号

昭和63年1月19日

【判示事項】堕胎により出生させた未熟児を放置した医師につき保護者遺棄致死罪が成立するとされた事例

【判決要旨】妊婦の依頼を受け、妊娠第26週に入った胎児の堕胎を行った産婦人科医師が、右堕胎により出生した未熟児に適切な医療を受けさせれば生育する可能性のあることを認識し、かつ、そのための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児を自己の医院内に放置して約54時間後に死亡するに至らせたときは、業務上堕胎罪に併せて保護者遺棄致死罪が成立する。

【参照条文】刑法45

刑法214

刑法218-1

刑法219

【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集42巻1号1頁

最高裁判所裁判集刑事248号1頁

裁判所時報975号46頁

判例タイムズ658号87頁

判例時報1263号48頁

【評釈論文】ジュリスト906号56頁

ジュリスト臨時増刊935号146頁

別冊ジュリスト102号200頁

別冊ジュリスト117号10頁

日本法学54巻4号159頁

判例タイムズ670号57頁

月刊法学教室92号108頁

法曹時報41巻4号305頁

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人池宮城紀夫、同新里恵二、同上間瑞穂連名の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例はいずれも事案を異にし本件に適切でなく、その余の点は、すべて単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。なお、保護者遺棄致死の点につき職権により検討すると、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、被告人は、産婦人科医師として、妊婦の依頼を受け、自ら開業する医院で妊娠第二六週に入つた胎児の堕胎を行つたものであるところ、右堕胎により出生した未熟児(推定体重一〇〇〇グラム弱)に保育器等の未熟児医療設備の整つた病院の医療を受けさせれば、同児が短期間内に死亡することはなく、むしろ生育する可能性のあることを認識し、かつ、右の医療を受けさせるための措置をとることが迅速容易にできたにもかかわらず、同児を保育器もない自己の医院内に放置したまま、生存に必要な処置を何らとらなかつた結果、出生の約五四時間後に同児を死亡するに至らしめたというのであり、右の事実関係のもとにおいて、被告人に対し業務上堕胎罪に併せて保護者遺棄致死罪の成立を認めた原判断は、正当としてこれを肯認することができる。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 裁判官 長島敦)

弁護人池宮城紀夫、同新里恵二、同上間瑞穂の上告趣意(昭和五九年八月二三日付)〈省略〉

自救行為を理論上は肯定し事実認定として認めなかった最高裁昭和30年 判決

刑法判例百選I 619事件 8版19事件

刑集判決ですが高裁判決が正当であるといっているだけです。

違法建築だらけのなか、行政も警察が頼りにならず、私法的な司法救済がたよりにならない段階でこれでは民事介入暴力奨励判決をしたと後世は評価します。

建造物損壊被告事件

最高裁判所第2小法廷判決/昭和28年(あ)第5224号

昭和30年11月11日

建造物損壊と自救行為

【判決要旨】被告人がその所有家屋(店舗)を増築する必要上、自己の借地内につきでていたA所有家屋の玄関の軒先の間口8尺奥行1尺にわたりAの承諾をえないで切り取つた場合において、右玄関はAが建築許可を受けないで不法に増築したものであり、また被告人の店舗増築は経営の危機を打開するため遷延を許さない事情にあつて、右軒先の切除によりAのこうむる損害に比しこれを放置することにより被告人の受ける損害は甚大であつたとしても、被告人の右建造物損壊行為が自救行為としてその違法性を阻却されるものではない。

【参照条文】刑法35

【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集9巻12号2438頁

最高裁判所裁判集刑事110号343頁

【評釈論文】警察研究29巻3号99頁

ジュリスト307の2号36頁

ジュリスト211の2号128頁

別冊ジュリスト3号160頁

別冊ジュリスト27号46頁

別冊ジュリスト57号80頁

別冊ジュリスト82号66頁

別冊ジュリスト111号44頁

法学雑誌3巻4号77頁

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

被告人Aの弁護人登坂良作、同佐藤堅治郎の上告趣意第一点は大審院判例違反をいうけれども、原判決は刑法二六〇条の建造物の意義に関し所論判例に毫も相反するところがないから論旨は理由がない。同第二点は控訴趣意として主張せられず、従て原判決が判断を示していない事項について第一審判決の違憲を主張するものであつて適法な上告理由にあたらない。同第三点は事実誤認の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。

弁護人鍛治利一、同登坂良作、同佐藤堅治郎の上告趣意第一点は違憲をいうが、その実質は単なる法令違反の主張に外ならないし、同第二点及び同第三点ともに単なる法令違反の主張であつて、何れも刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。(所論自救行為に関する原判決の判断は正当である。)被告人の上告趣意は違憲をいうが、実質は事実誤認の主張に帰し刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。よつて同四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

昭和三〇年一一月一一日

最高裁判所第二小法廷

裁判長裁判官 栗 山 茂

裁判官 藤 田 八 郎

裁判官 谷 村 唯 一 郎

裁判官 池 田 克

マジックホン事件最高裁決定 可罰的違法性あり

刑法判例百選I 第7版 17事件 8版 17事件 有線電気通信法違反、偽計業務妨害被告事件

最高裁判所第1小法廷決定/昭和58年(あ)第555号

昭和61年6月24日

【判示事項】マジックホンと称する電気機器を電話回線に取り付けた行為につき違法性が否定されないとした事例

【判決要旨】マジックホンと称する電気機器を加入電話の回線に取り付けた行為は、たとえ同機器を取り付けた者がただ1回通話を試みただけでこれを取り外した等の事情があったとしても、違法性が否定されるものではない。

【参照条文】刑法35

刑法233

有線電気通信法21(昭和59年法律第89号による改正前のもの)

【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集40巻4号292頁

最高裁判所裁判集刑事243号39頁

裁判所時報947号1頁

【評釈論文】ジュリスト臨時増刊887号160頁

別冊ジュリスト111号40頁

時の法令1302号94頁

法曹時報41巻7号219頁

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人佐藤利雄、同井口多喜男の上告趣意は、憲法三一条違反をいう点を含め、その実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

なお、被告人がマジツクホンと称する電気機器一台を加入電話の回線に取り付けた本件行為につき、たとえ被告人がただ一回通話を試みただけで同機器を取り外した等の事情があつたにせよ、それ故に、行為の違法性が否定されるものではないとして、有線電気通信妨害罪、偽計業務妨害罪の成立を認めた原判決の判断は、相当として是認できる。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官大内恒夫の補足意見、裁判官谷口正孝の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官大内恒夫の補足意見は、次のとおりである。

私は、谷口裁判官がその反対意見で、被告人の本件行為は処罰相当性を欠き有線電気通信妨害罪及び偽計業務妨害罪の構成要件該当性がない旨を表明されている点について、私の考えを述べておきたい。

反対意見は、被告人がAのすすめによりマジツクホンを購入したのは、主として同人に対する恩義に報いるという気持から同人の申出を容れたにとどまり、積極的に通話料金の支払いを免れることを意図したものではなく、被告人としては、同機器がAの説明どおりの性能を有するかどうかを試験するため、これを電話回線に取り付けて一回通話を試み、その効果を確かめた後、直ちにこれを取り外したなどの諸事情を前提として、被告人の本件行為には処罰相当性がないとされる。

しかしながら、マジツクホンは、要するに、「電話料金がただになる機械」であり、このような機器を電話回路に取り付けることが許されないことは、国民一般にとつて容易に認識しうるところである。しかも、有線電気通信妨害罪及び偽計業務妨害罪は、有線電気通信または業務に対する妨害の結果を発生させるおそれのある行為がなされることによつて成立する。そうだとすれば、反対意見がその立論の前提とされる前記諸事情は、仮にそのような事実関係が認められるとしても、これが被告人の本件マジツクホン取り付け行為についての処罰相当性を否定すべきものとは到底考えられない。

また、反対意見において引用されている「一厘事件」(大審院明治四三年一〇月一一日判決・刑録一六輯一六二〇頁)、「旅館たばこ買い置き事件」(最高裁昭和三二年三月二八日第一小法廷判決・刑集一一巻三号一二七五頁)等の判例は、あまりにも被害法益が軽微であるため社会に及ぼす害が小さいか、あるいは社会共同生活上、許容されてもよいような行為であり、しかもその情況のもとでは一般人としても犯しかねない零細な反法行為に関するものであつて、本件とは全く事案の趣を異にし、先例として適切なものとは思われない。

裁判官谷口正孝の反対意見は、次のとおりである。

一 被告人が本件マジツクホンと称する電気機器を使用するにいたつた経緯及び本件が発覚するまでの経過は、原判決の認定判示するところ及び証拠によれば、おおむね次のとおりである。

(1) 被告人は、昭和四七、八年ころ、その経営にかかる会社の事務所開設についてAの世話になつたことがあつたが、昭和五五年一〇月一日ころ、マジツクホンを持参し何の前ぶれもなく原判示被告人方会社事務所を訪れたAから、この機器は加入電話の回線に取り付けると、その電話を受信側とする相手方送信側の通話料金が徴収されない仕組みとなつている旨の説明を受け、その購入方をすすめられた。被告人としては、そのような機器を使用することは法規に触れるのではないかと危倶し、Aにそのことをただしたところ、同人は、弁護士にも相談してみたが法的に問題はないとのことであつた、と説明したので、被告人としては、通話料金の支払を免れるのであるから、少なくとも民事上の責任問題を生ずることは考えられるとは思つたが、Aが金に困つているようであり、前に事務所開設のことで同人には迷惑をかけたこともあるので、その清算の意味もあつて、同人の申出を容れ、同日、同機器二台を一台当たり七万二〇〇〇円、合計一四万四〇〇〇円で買い受けた。

(2)ところが、被告人としては、別に実験したうえ右機器を購入したわけではないので、これが果してAの説明したとおりの性能を持つものであるかどうかについて多少の疑念をもち、その性能を試してみようと考え、同日ころの午後九時ころ、被告人方会社従業員Bに対し、Aから説明を受けたところを伝え、そのりち一台を自己の経営する会社事務所に設置されているC公社の加入電話のうち被告人が私的に使用している一台の回線に取り付け、Bに命じて付近の公衆電話を使い通話を試みた。その結果、被告人は、右事務所設置の電話との間で交信があつたのに、Bの使用した公衆電話の方では投入した一〇円硬貨が返戻されてきたことを知り、本件機器を使用すればAの説明したとおりの効果のあることを確認したものの、この機器を使用することに果して法律上問題を残さないものかと不安を覚え、翌朝、被告人方会社の顧問弁護士に同機器の使用の可否をただしたところ、同弁護士から「法的規整について正確なことは判らないが使用しない方がよい。」との教示があつたので、直ちにこれを取り外し、他の未使用の一台と共に会社事務所内のロツカーに蔵置し、その後、この機器を使用したことはなかつた。(3)当時、神奈川県警察本部刑事部所属の警察官は、有線電気通信法違反、偽計業務妨害罪の嫌疑で前記Aに対する捜査を進めていたところ、Aの取調べにより同人が被告人に対し、同機器を販売した事実が判明したため、同年一一月二一日同本部所属のD警部補外一名の警察官が被告人方会社事務所に赴き、Aに対する右被疑事実の裏付捜査を行つた。その際、Dらは、被告人及び被告人方会社の顧問弁護士に対し、Aの右被疑事件の捜査に協力するよう要請し、「本当に許せないのはマジツクホンを製造したり販売したりした者である。それらの者を検挙処罰するため是非捜査に協力して貰いたい。」旨の発言を交えながら、被告人に対しその購入の経緯等について説明を求め、その際、被告人から同人が購入した同機器二台の任意提出を受け、これを領置するとともに、被告人から同機器一台を電話回線に取り付け試用した旨の供述を得たので、被告人に対し本件の立件をするにいたつた。

二 以上の事実関係を踏まえてみると、先ず、被告人としては、同機器の取締りに当たつている警察官の捜査に協力し、被告人が関与した事実を進んで告知したのに、被告人が犯人として起訴され、処罰を受けることに対し重大な抵抗感があるようである。確かに、本件被告人の所為が犯罪を構成するとしても、本件を起訴にまで持ち込んだ検察官の措置には疑問がないわけではない。然し、本件捜査が警察官による偽計、約束等による適正を欠くものであつたことは記録上認められないばかりでなく、被告人は前記の如く顧問弁護士立会いのうえで、進んで本件機器使用の事実を警察官に対し申し述べているのであるから、被告人の心情に理解をよせる余地があるとしても、ここで捜査手続の違法を論ずることはできない。

三 そこで、弁護人が上告趣意で指摘する被告人の本件所為は可罰的違法性を欠き無罪であるとの論旨について検討する。論旨も第一審判決も、本件捜査手続に被告人を網するところがあつた、という点をあげて被告人の本件所為は罰すべきでない、というのであるが、捜査手続の適否については既に見たとおりである。然しながら、いわゆる零細な反法行為については、大審院明治四三年一〇月一一日判決・刑録一六輯一六二〇頁が「共同生活上ノ観念ニ於テ刑罰ノ制裁ノ下ニ法律ノ保護ヲ要求スヘキ法益ノ侵害ト認メサル以上ハ之ニ臨ムニ刑罰法ヲ以テシ刑罰ノ制裁ヲ加フルノ必要ナク(中略)共同生活ニ危害ヲ及ホササル零細ナル不法行為ヲ不問ニ付スルハ(中略)解釈法ノ原理ニ合スルモノトス」と判示して以来、同じ思想の下に、いずれもたばこ専売法違反罪に問われた、たばこ五本不法所持事件あるいは旅館たばこ買い置き事件について最高裁判所はいずれも結論において無罪に帰する判断をしている(前者について最高裁判所昭和三〇年一一月一一日第二小法廷判決・刑集九巻一二号二四二〇頁、後者について同昭和三二年三月二八日第一小法廷判決・刑集一一巻三号一二七五頁参照)。これらの判例の解釈としては、違法性及び責任性が極めて低いと認められる場合に刑法全体の精神からして超法規的に違法性が阻却されるとか、あるいは「構成要件」は処罰に値するとして類型化された一定の法益侵害・危険を生じさせる特定の行為の型であり、このような意味において違法行為の類型を示したものであるから、処罰に値しないと認められる行為はもともと刑罰法規の定めた構成要件に該当しないとか、いろいろな理論づけがなされている。もちろん、可罰的違法性の概念が判断基準として明確性を欠くとの非難は免れないとしても、違法性及び責任性が極めて低いという判断は裁判所として当然可能であり、また判断すべきことである。そして、その判断の結果、被告人の行為について違法性・責任性が極めて低い場合、被告人の当該行為について処罰に値しないとして無罪の裁判をすることは、よしそれが限られた場合にせよ、刑事事件の終局的な判断者として裁判所の法政策的権能に属するものと考えてよいであろう。

このような観点から被告人の本件所為を検討してみると、被告人としては本件機器が果してAの言うような性能のあるものかどうかを試験するため、これを電話回線に取り付け使用し、唯一回公衆電話を利用して一通話分の通信をさせただけであり、試験の結果その効果が判明した後は、顧問弁護士とも相談のうえ、その取り付けた一台を取り外し、未使用の一台と共にこれをロツカーの中に蔵置しておいたもので、これを取り外すまでの間、同機器を取り付けた電話に対し交信のあつた形跡は認められないこと、被告人が本件機器を購入した経緯については先に述べたとおりであつて、積極的に通話料金の支払いを免れることを意図したものでなく(被告人が検察官に述べているように、沖縄にある取引先から被告人方会社宛の電話による通話料金を免れるため本件機器を購入したというのであれば、その取引先に対して何らかの連絡等の行動があつて然るべきであるのに、そのような行動のあつたことを窺うに足りる証拠もない。そしてまた、被告人において営業上の必要経費として納税に際し当然控除されるべき通話料金を本件機器を使用して免れることにどれ程の利益があつたのかも検察官調書上明らかにされていない。)、Aに対する恩義上の気持ちから同人の申出を受け容れ購入したに留まること、被告人としては本件機器を使用するについて違法性の意識の可能性があつたことは否定できないとしても、積極的に違法性の認識をもちながら法敵対的意識のもとに敢えて本件行為に及んだものとはとうてい認められないこと、以上の諸事情を考えれば本件被告人の行為の違法性及び責任性は極めて低いものと考えてよい。もつとも、本件機器がかなり高価なものであり、しかも、被告人がこれを二台も購入していることを重視して被告人の刑責を軽くみることは許されないという反対論もあろう。多数意見も同じ見解に立つもののようである。然し、二台購入するということは、本件機器の機能から考えてむしろ通常のことであり、値段が嵩むということも被告人の購入の動機を考えればあながち不自然なことではなく、仮りに被告人の隠された内心の意図がどうであつたにせよ、それは単なる憶測に留まることであり、評価の対象となるのは現実に外部に現われた被告人の行為であり、その行為に対する違法性・責任性の面から加えられる価値判断こそが被告人の本件行為を処罰に値するものとみるかどうかの要点である。

以上述べたとおりであつて、私は被告人の本件所為は、昭和五九年法律第八七号改正前の有線電気通信法二一条、刑法二三三条に当たる罪を構成するものとしては、処罰相当性を欠き右各罪の構成要件該当性がないものと考える。多数意見に賛成することを躊躇するゆえんである。

私見によれば、被告人に対して無罪の言渡をした第一審判決は結論において相当であり、原判決には法令違反の事由があるものとしてこれを破棄し、検察官の控訴を棄却すべきものと考える。

昭和六一年六月二四日

最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官 角田禮次郎

裁判官 谷口正孝

裁判官 高島益郎

裁判官 大内恒夫

淺生裁判長名判決 萬有製薬事件 東京高裁平成19年9月9日

佐藤修二『租税と法の接点』大蔵財務協会・2020年・86頁

租税判例百選7版 62

法人税更正処分取消請求控訴事件

【事件番号】東京高等裁判所判決/平成14年(行コ)第242号

【判決日付】平成15年9月9日

【判示事項】1 法人の支出が租税特別措置法61条の4第1項の「交際費等」に該当するための要件

2 医学研究者に対し英語による医学論文につき英文添削のサービスを提供するためにした製薬会社による費用の一部の負担が租税特別措置法61条の4第1項の「交際費等」に当たらないとされた事例

【判決要旨】1 法人の支出が租税特別措置法61条の4第1項の「交際費等」に該当するというためには,支出の相手方が事業に関係ある者等であり,支出の目的が当該事業関係者等との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることであるとともに,行為の形態が接待,供応,慰安,贈答その他これらの行為に類することの各要件を満たすことが必要である。

2 製薬会社が医学研究者に対し英語による医学論文につき費用の一部を負担して英文添削のサービスを提供する行為は,その主たる目的が,海外の雑誌に研究論文を発表したいと考えている若手医学研究者の便宜を図り,その支援をするということにあり,行為の形態からみても,学術奨励という意味合いが強いと考えられるなどの事情の下においては,租税特別措置法61条の4第3項の「接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為」に当たらず,その負担は同条1項の「交際費等」に当たらない。

【参照条文】租税特別措置法61の4

【掲載誌】 高等裁判所民事判例集56巻3号1頁

東京高等裁判所判決時報民事54巻1〜12号15頁

判例タイムズ1145号141頁

判例時報1834号28頁

税務訴訟資料253号順号9426

【評釈論文】ジュリスト1270号210頁

税法学552号121頁

税法学554号125頁

税務弘報64巻4号158頁

税務事例36巻2号1頁

判例評論550号21頁

主 文

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が平成9年6月30日付けで控訴人に対してした。

(1) 平成5年4月1日から平成6年3月31日までの事業年度における法人税の更正処分のうち,納付すべき税額66億8249万1400円を超える部分

(2) 平成6年4月1日から平成7年3月31日までの事業年度における法人税の更正処分のうち,納付すべき税額78億5853万4700円を超える部分

(3) 平成7年4月1日から平成8年3月31日までの事業年度における法人税の更正処分のうち,納付すべき税額82億6010万0100円を超える部分

をいずれも取り消す。

3 訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人

主文同旨

2 被控訴人

控訴棄却

第2 事案の概要

1 控訴人は,その医薬品を販売している大学病院の医師等から,その発表する医学論文が海外の雑誌に掲載されるようにするための英訳文につき,英文添削の依頼を受け,これをアメリカの添削業者2社に外注していた(本件英文添削)。控訴人は,医師等からは国内業者の平均的な英文添削の料金を徴収していたものの,外注業者にはその3倍以上の料金を支払い,その差額を負担しており,その金額は,平成6年3月期で1億4513万円余,平成7年3月期で1億1169万円余,平成8年3月期で1億7506万円余に及んでいた(本件負担額)。被控訴人は,英文添削の依頼をした医師等が控訴人の「事業に関係ある者」に該当し,本件負担額の支出の目的が医師等に対する接待等のためであって,本件負担額は交際費に該当するとし,租税特別措置法(措置法)の規定によって損金に算入されないとして,上記3事業年度(本件各事業年度)の控訴人の法人税について更正処分(平成6年3月期についてはさらに再更正処分)をした。本件は,控訴人が,本件負担額は,交際費ではなく損金の額に算入が認められる寄附金であると主張するとともに,本件更正通知書には,理由附記の不備があるなどとして,上記更正処分の取消しを求める事案である。

原判決は,控訴人の請求を棄却した。これに対し,控訴人が不服を申し立てたものである。

2 以上のほかの事案の概要は,次のとおり付加するほか,原判決の事実及び理由欄第2記載(2頁以下)のとおりであるから,これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

(1) 措置法61条の4の「交際費等」に該当するか否かは,同条3項の規定により,支出の相手方が事業関係にある者といえるか否か,及び支出の目的が接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為を意図するものであるか否かによって判断される。そして,支出の目的が接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為を意図するものであるか否かは,当該支出の動機,金額,態様,効果等の具体的事情が総合的に判断されなければならない。また,交際費等は,一般的に,支出の相手方及び目的に照らして,取引関係の相手方との親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものと理解されている。そうすると,支出の相手方が事業関係者といえるか否かの判断では,かかる相手方と親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図ることができるか否か,また,かかる支出が,その相手方と親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るためといえるか否かが検討されなければならない。

本件でこれをみるに,控訴人が英文添削費用の差額を負担した者の多くは大学の医学部又は医科系大学に所属する研究者であるが,その中には,控訴人が製造・販売する医薬品の処方に携わらない基礎医学の研究者や,処方権限のない留学生,研修医,大学院生,大学又は付属病院の職員でない医員,さらに,付属病院が新たに医薬品を購入する際に全く関与しない者が多く含まれている。このような研究者は,いくら親睦を密にしても取引の円滑を図ることはできないのであって,事業関係者ということはできず,したがって,控訴人が英文添削料の差額を負担した者の大半は,事業関係者に該当しない。また,その余の処方権限を有する医師についても,特に厳しい倫理が求められる大学の付属病院において,控訴人が英文添削の依頼を受けたことにより処方や新たな医薬品の購入決定が左右されるものではない。したがって,処方権限のある医師も事業関係者に当たるということはできない。

(2) 控訴人は,本件英文添削を学術の発展による社会公共の利益の増進を目的として行ってきたものであって,接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為のためではない。そのことは,次の事実から明らかである。

控訴人の英文添削は,昭和59年まで控訴人の研究開発本部に在籍していたA博士が,好意により研究者の英語論文の添削をしていたことに端を発し,英文添削を控訴人が会社として行うようになったものである。その後,医療用医薬品卸売業公正取引協議会(公正取引協議会)の指導の下,国内の添削業者の平均的な料金を徴収するようになったが,当初の目的はそのまま維持されていた。このような料金の徴収により,英文添削の依頼者は,控訴人が差額を負担していたことを知らなかったし,控訴人の英文添削はその質において優れたものであったが,そのことを研究者が認識していたわけではなく,それにより研究者に好印象をあたえるとか,歓心を買うことが期待できる状況ではなかった。また,研究者の大半は,数年に1度しか論文を発表しないのであるから,英語論文の添削により,控訴人の医薬情報担当者(MR)が頻繁に研究者に面会できるという状況でもない。なお,控訴人が添削の依頼を受けていたのは,全国の病院数が,平成7,8年当時,9000以上あり,かつ,そのほとんどが控訴人の取引先であったにもかかわらず,81の大学と15の施設のみであり,いずれも高度な研究が行われている機関である。

大学の付属病院に勤務する医師は,高い倫理観に基づき,患者のために最もよいと考えられる医薬品を処方する。控訴人が英文添削を行ったからといって処方を左右できるものではない。まして,基礎医学を研究する者の英文添削を引き受けたからといって,医薬品を処方する医師が倫理規範に反して控訴人の製造・販売する医薬品を処方することは期待できない。また,控訴人が英文添削の依頼を受けた研究者の中には,患者を診療しない基礎医学を研究する者や,処方権限がない大学院生・医員・留学生等が多数含まれている。控訴人は,処方権限の有無や医薬品の購入申請への関与の有無等を何ら区別をせずに,英文添削の依頼を受けていた。そして,投稿した論文が雑誌に掲載されるか否かは,研究内容によるのであるから,自己の論文が雑誌に掲載された研究者が,国内業者の平均的な料金を支払って添削を依頼した控訴人に対して,ことさらに好感情を抱くことは期待できない。なお,控訴人に添削を依頼した研究者の大半が添削料金は支払ったものの,その論文が雑誌には掲載されることなく終っている。英文添削によって,好印象を抱かせたり,歓心を買ったりということは期待できない。

以上のような状況の下,控訴人が英文添削の依頼を受け,添削料金の差額を負担し続けたのは,良質の添削を提供することにより,真に優れた研究が世界的な場での発表の機会を得ることなく終ることがないようにと考えたからである。

(3) 措置法61条の4第3項は,「交際費,接待費,機密費その他の費用で,法人が,その得意先,仕入先その他事業に関係ある者等に対する接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為のために支出するもの」と規定しているが,「その他」という不確定概念を多用し,規定それ自体が課税要件明確主義に反するおそれが強い。

しかして,控訴人は,その製造・販売する医薬品を全く使用しない研究者や,処方権限のない研修医・大学院生・留学生等から数多くの添削の依頼を受けていたのであるから,これらの者を対象とした英文添削料の支出は,「交際費,接待費,機密費」に該当せず,また,これらの者は控訴人の「得意先,仕入先その他事業に関係ある者」にも該当しない。さらに,支出の相手方である研究者は,控訴人が英文添削料の差額を負担していることを知らず,利益を受けたことの認識がなかったのであるから,控訴人の支出は,「接待,供応,慰安,贈答」あるいは「これらに類する行為」にも該当しない。

このように処方権限もない者や,基礎医学等の臨床に関与しない講座の研究者も対象とし,かつ,差額の負担を支出の相手方が認識していないという事実や,添削を依頼した研究者は,正当な対価を支払って役務の提供を受けたと認識していることからすれば,控訴人の添削料の差額負担によって,親睦の度合いが密になるということもない。したがって,本件英文添削に要した費用は,取引の相手方との親睦の度合いを密にするために支出する「交際費,接待費」ということはできず,かつ「機密費」にも該当しない。そして,相手方が利益を受けたと認識していない行為によって,控訴人の医薬品の売上が増加するとは考えられないことであるから,本件の差額の負担が収入を得るのに必要な支出である「費用」であるとは考えられず,「その他の費用」にも該当しない。

(被控訴人の当審における主張)

(1) 措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」は,企業会計上ないし一般通念上の交際費概念よりも相当広い概念であり,租税法上の固有概念である。そして,その「接待,供応,慰安,贈答」は,いずれも相手方の歓心を買うことによって相手方との親睦の度を密にしたり,取引関係の円滑な進行を図る行為の例示であり,その名目にかかわらず,取引関係の円滑な進行を図るためにする利益や便宜供与が広く含まれる。

そして,ある支出が「交際費等」に該当するためには,1支出の相手方が事業に関係のある者であることと,2支出の目的がかかる相手方に対する接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為のためであれば足り,接待等が,その相手方において,当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることは必要でない。交際費課税制度は,接待等のサービスを受ける側への非難可能性を問題とするものではなく,法人における自己資本の充実を図り,その内外の多数の関係者の適正な利益を保護するという政策目的の実現を意図するものであるからである。

また,交際費等に該当する接待等の行為は,相手方の欲望を満たすものである必要はない。このことは,飲酒の嗜好の全くない事業関係者に対して,そのことを全く知らずに飲酒の接待を行った場合,相手方の欲望は満たされないが,接待等の行為に該当することからも明らかである。

それゆえ,医師等に対し,英文添削のサービスを提供することが飲食やゴルフの接待をなすのと同様に,相手方の歓心を買うことで親密の度を増しうる行為であると認められさえすれば,相手方における意味の認識あるいはその客観的な認識可能性の存否にかかわらず,支出側の意図,認識のみに基づいて上記1及び2の要件が具備するというべきである。すなわち,その相手方において,当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることは要件ではない。

(2) 本件英文添削及びその経済的負担額は,客観的状況からみて,支出の相手方である医師等にとって,一般的な飲食等に代表される接待交際と実質的に何ら変わりがない精神的及び経済的な欲望を満たすものである。

すなわち,医師等にとって,英語による研究論文を作成することは,その名声及び地位の向上という欲望を満たす重要な要素であり,その欲望の成就を実際的・現実的に左右するものが英文添削となっている。それゆえ,医師等は,研究論文における英文添削に対し,強い関心や期待を有しているが,それは高額の経済的負担をもたらすものであることから,その負担を軽減した上で,信頼性の高い英文添削を得たいとの欲望が存在する。製薬業者である控訴人は,医師等のそうした欲望を満たすことが,取引先である医師等との緊密な人間関係を構築するための有効な手段であることを十分に認識していたし,医師等も,製薬業者である控訴人が医師等の欲望を満たす行為として,本件英文添削を利用していることを十分に認識できる立場にあった。

本件の客観的状況は,医師等と製薬会社との事業関係において,製薬業者である控訴人の行う本件英文添削が医師等に供与されたということである。そして医師等においては,控訴人がその事業に関する何らかの目的をもって近づき,本件英文添削の供与を行い,働きかけているものと認識しうる立場にある。すなわち,控訴人の担当者らは,医師等の欲望を充足するため,本件英文添削が高い信頼性と高い質を有することに加え,経済的負担が軽減されていることを医師等に認識せしめることが可能であり,他方,医師等においては,製薬業者である控訴人の供与する本件英文添削が,それまで同業者らから行われていた飲食等による接待と同様の意図の下に行われているとの認識を持っていたか,そのような認識を持つことが容易であった。そして,本件で,医師等が英文添削料金以上のサービスを受けているとの認識があったことは,その申込件数が,公表前の研究論文の漏洩の危険性があったにもかかわらず,年間数千件に及んでいたことや,医師等が添削者を指名していることなどからも裏付けられる。

なお,本件英文添削の差額負担は,非公表で行われ,かつ対象者が極めて限定されており,その公平性,透明性が確保されていないものであって,学術奨励金などとは理念及び内容が全く異なり,それらと同視できるものではない。

(3) 現在の交際費課税制度の趣旨は,冗費的な交際費等の支出を抑制し,法人の資本蓄積を図るという創設時の趣旨よりも,国民経済的見地から,多額な資本力を持つ法人の交際費の支出によって,公正な取引の阻害,価格形成の歪みを防止するという観点が考慮されているものである。

そして,交際費等に該当する第1の要件は,「支出の相手方が事業に関係のある者であること」であるが,「事業に関係ある者」とは,直接及び間接に当該法人の事業に関係ある者や将来事業に関係を持つに至るべき者を含むというべきであり,その範囲は相当に広い。第2の要件は,「支出の目的がかかる相手方に対する接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為のためであること」である。「その他これらに類する行為」の文理については,「接待,供応,慰安,贈答」と性格が類似しつつも,それとは行為形態の異なるものを指すと解される。すなわち,「接待,供応,慰安,贈答」は,いずれも相手方との親睦の度を密にしたり相手方の歓心を買うことによって取引関係の円滑な進行を図る行為の例示と解すべきであって,「その他これらに類する行為」とは,その名目のいかんを問わず,取引関係の円滑な進行を図るためにする利益や便宜の供与を広く含む概念であると解される。

本件でこれをみるに,控訴人と医師等は,医療情報の伝達を介しての必然的な関係が存するのであって,医師等が控訴人の「事業関係者」に当たることは明らかである。また,医師等が本件英文添削に関心を持っていること,本件負担額の性質は,医師等との親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものであること,本件英文添削の行為態様は,添削業者への支払額を下回るような額を医師等に請求するものであるし,その添削内容は,英語文化圏の,かつ,高度な医療関係の知識を有する外国人による,質の高いものであることなどからすれば,控訴人は,医師等に対して,その取引関係を円滑に進行するため,本件英文添削を提供することで,その歓心を得る目的で,本件負担額という経済的利益を供与していたものである。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は,控訴人の請求は理由があると判断する。その理由は,次に記載するとおりである。

(1) 本件英文添削がなされるに至った経緯及びその概要

原判決事実及び理由欄第2の2の争いのない事実及び証拠(甲5ないし8,17.18,20,24,乙1ないし8,19ないし29,32,76ないし83,原審証人)並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア アメリカ合衆国所在の法人B社から控訴人の研究開発本部に派遣されていたA博士は,同開発本部所属の研究員が作成する社内文書や研究論文等を添削・指導する業務を担当していたが,ときに無償で社外の研究者や医師(研究者ら)が作成した論文等の英文添削を行うこともあり,それが好評を博していた。A博士は,昭和59年に帰国し,その後,控訴人の社内文書の英文添削は,引き続きB社のCセンターが行っていた。他方,社外の研究者らからは,控訴人に対し,引き続き英文添削を行ってほしいという希望があった。そこで,控訴人は,海外の雑誌に研究論文を発表したいという若手研究者を支援すべく,昭和60年から,試験的に名古屋地区(名古屋大学,名古屋市立大学等が対象)で,英文添削の依頼を受けるようになった。

イ 上記英文添削の依頼を受けるに際し,控訴人は,医療用医薬品卸売業における景品類の提供の制限に関する公正競争規約(昭和59年公正取引委員会告示第35号,公正競争規約)に違反することを懸念し,事前に公正取引協議会に確認したところ,同協議会から,国内の英文添削業者と同額の料金を徴収するようにとの指導を受けた。そこで,控訴人は,国内業者の平均的な料金を調査した結果に基づき,研究者らから英文添削の依頼を受ける際,1頁当たり1500円の料金を徴収することとした。なお,控訴人は,英文添削を行っているCセンターに対しては,1時間当たり25ドルを支払っていたが,これは1頁当たりでは,研究者らから徴収する料金を下回るものであり,本件英文添削は,当時,控訴人に一定の収入をもたらしていた。

ウ その後,英文添削の依頼を受ける地区の範囲が広がり,Cセンターだけで英文添削を行うことが困難となったことや,A博士がB社を退社したことなどから,控訴人は,平成4年,アメリカ合衆国所在の法人D社及びE社と英文添削に関する契約を締結した。その料金については,両社がB社の紹介した業者であったため,直接交渉を行うことなく,B社から伝えられた料金をそのまま支払うことになった。D社の添削料金は,平成4年から平成6年12月までは1時間当たり65ドル,平成7年1月以降は1時間当たり70ドルであったが,平成9年10月以降は,1頁当たり54ドルに減額された。E社の添削料金は,平成4年から平成6年9月までは1頁当たり6200円,平成6年9月以降は1頁当たり52ドルであったが,これについても平成9年10月以降は,1頁当たり47ドルに減額された。なお,D社との取引は,平成12年3月をもって終了した。

エ 一方,控訴人が英文添削を依頼した研究者らに請求する料金は,当初は,1500円(1頁当たり,以下同じ。)であったが,公正競争規約への抵触を懸念し,その後,ほぼ2年ごとに国内の英文添削業務の市場価格(全国の英文添削業者20社の料金の平均価格)を調査して料金改定を行ってきた。その料金は,平成5年7月以降が2000円,平成7年10月以降が2500円,平成9年7月以降が3500円であった。また,平成9年10月には,控訴人が英文添削料金の差額を負担していたことが報道され,研究者らが差額の発生を知り得ることとなったため,その料金は5000円に改定された。なお,控訴人が,研究者らに料金を請求する際の基準となる原稿枚数は,E社等がカウントしたそれと異なることがあった。これは,図や表を原稿枚数に含めるかどうかなどの違いによるものであるが,控訴人が研究者らに請求する際の枚数の方が少なくなることはあっても,逆にそれが多くなることはなかった。

オ 控訴人の本件各事業年度における本件英文添削の外注費とそれによる収入及びその差額の負担額(本件負担額)の状況は,原判決別表11記載のとおりである。これによると,本件負担額は,平成6年3月期においては1億4513万6839円,平成7年3月期においては1億1169万0336円,平成8年3月期においては1億7506万1634円に及んでいた。これら本件各事業年度における本件英文添削の外注費は,その収入と比べて平成6年3月期は約5.1倍,平成7年3月期は約3.7倍,平成8年3月期は約4.3倍になっていた。

カ 本件英文添削の内容は,英語のネイティブ・スピーカーによる添削であり,その添削内容は,文法,英文表現,スペル等の確認に加え,医学用語の確認や,当該論文が投稿規定に沿って作成されているか否かの確認も含むものであった。他方,国内の業者による英文添削の場合も,ネイティブ・スピーカーが添削を行っていることが通常であり,理工系の大学出身者や医学部教員らが英文添削を行っている例もあった。また,国内の業者が行っている英文添削の内容は,上記のように医学用語の確認や,当該論文が投稿規定に沿って作成されているか否かなど,本件英文添削の内容と同様のものもあったが,文法,スペル等の確認にとどまるような内容のものも多かった。

キ 本件英文添削の対象は,国内の医科系大学,総合大学の医学部,その付属病院及び医療機関等,約95の機関に所属する研究者らに限定されていた。そのうち大学病院等の医療機関はすべて控訴人の製造,販売に係る医薬品の取引先であったが,控訴人の売上実績からすれば,必ずしも上位を占めるものではない。なお,控訴人の売上全体の中で大学病院の占める割合は,10パーセント以下であり,その多額を占めるのは開業医又は病床数100床未満の小規模病院である。平成7,8年当時の全国の病院数は9000以上であったが,そのほとんどが控訴人の取引先であった。

ク 本件英文添削の依頼者は,若手の研究者らが多く,平成7年においては,講師,助手及びその他の研究者からの依頼が全体の87.4パーセントを占めており,教授及び助教授からの依頼は,全体の12.6パーセントであった。また,依頼者の中には,研修医,大学院生,研究医等,大学の職員の資格を有しない者のほか,医療に携わらない基礎医学の講師や,海外からの留学生も含まれていた。

ケ 控訴人は,本件英文添削について,取引先や一般の病院等に対して宣伝をしたことはない。研究者らは,口伝えなどにより本件英文添削を知って,控訴人に直接連絡をするなどし,控訴人はそのような連絡を受けると,当該依頼者に医学英文添削申込書用紙を持参していた。また,控訴人は,大学の付属病院などの医療機関にMRを派遣していたところ,本件英文添削の依頼はMRを通じて依頼されることが多かった。控訴人は,その依頼を受けるMRに対し,取引を誘引する行為を禁じた公正競争規約に違反しないよう,本件英文添削を取引の条件としたり,取引の条件としているような印象を与えないことを指導していた。

(2) 「交際費等」の意義について

措置法61条の4第3項は,同法61条の4第1項に規定する「交際費等」の意義について,「交際費,接待費,機密費その他の費用で,法人が,その得意先,仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為のために支出するもの(専ら従業員の慰安のために行われる運動会,演芸会,旅行等のために通常要する費用その他政令で定める費用を除く。)をいう。」と規定している。

上記のような法文の規定や,「交際費等」が一般的に支出の相手方及び目的に照らして,取引関係の相手方との親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものと理解されていることからすれば,当該支出が「交際費等」に該当するというためには,1「支出の相手方」が事業に関係ある者等であり,2「支出の目的」が事業関係者等との間の親睦の度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることであるとともに,3「行為の形態」が接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為であること,の三要件を満たすことが必要であると解される。

そして,支出の目的が接待等のためであるか否かについては,当該支出の動機,金額,態様,効果等の具体的事情を総合的に判断して決すべきである。また,接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為であれば,それ以上に支出金額が高額なものであることや,その支出が不必要(冗費)あるいは過大(濫費)なものであることまでが必要とされるものではない。

(3) 本件英文添削の差額負担の支出の相手方について

控訴人は,主として医家向医薬品の製造,販売を事業内容とする株式会社である。医師は医業を独占し(医師法17条),患者に対する薬剤の処方や投与は医業に含まれるから(医師法22条),医師は,控訴人のような製薬会社にとって,措置法61条の4第3項にいう「事業に関係のある者」に該当するというべきである。

そして,本件英文添削の依頼者の中には,研修医や大学院生などのほか,医療に携わらない基礎医学の講師や海外からの留学生も含まれていたことは,上記(1)ク認定のとおりであるけれども,他方,大学の医学部やその付属病院の教授,助教授等,控訴人の直接の取引先である医療機関の中枢的地位にあり,医薬品の購入や処方権限を有する者も含まれていたことからすれば,全体としてみて,その依頼者である研究者らが,上記「事業に関係のある者」に該当する可能性は否定できない。

もっとも,本件の主たる問題点は,本件英文添削の差額負担の支出の目的及びその行為形態が「接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為」に当たるか否かであると考えられるので,上記の点の最終的判断はひとまずおいて,さらに判断を進めることとする。

(4) 本件英文添削の差額負担の支出目的について

ア 本件英文添削がなされるに至った経緯及び動機は,上記(1)認定のようなものであり,従前,控訴人に在籍していたB社のA博士が控訴人あるいは社外の研究者らの論文を添削,指導していたことに端を発し,それが好評であったことから,その帰国後も引き続きB社のCセンターに英文添削を依頼し,同様の英文添削を受けられるようにしたというものである。

そして,控訴人は,本件英文添削の依頼を受けるに際し,公正競争規約に違反することを懸念し,事前に公正取引協議会に確認のうえ,その指導に従い,国内業者の平均的な料金を徴収することにしていること,当時,控訴人のCセンターへの支払額は,研究者らから徴収した料金を下回っていたことなどからすれば,本件英文添削がなされるようになった経緯及び動機は,主として,海外の雑誌に研究論文を発表したいと考えている若手研究者らへの研究発表の便宜を図り,その支援をするということにあったと認められる。それに付随してその研究者らあるいはその属する医療機関との取引関係を円滑にするという意図,目的があったとしても,それが主たる動機であったとは認め難い。

イ その後,本件英文添削について,その委託先に支払う外注費が研究者らから徴収する料金よりも高額になるという事態が生じた。これは,控訴人がD社及びE社に対して支払う料金については,両社がB社の紹介した業者であったことから,直接交渉を行うことなく,B社から伝えられた料金をそのまま支払うことになったが,それがかなり割高なものであったこと,これに対し,控訴人が研究者らから徴収する料金については,定期的に国内の英文添削業者の料金を調査の上,見直しをしていたものの,上記外注料金に達する額までに至らなかったという事情によるものと認められる。

このような差額が生じるに至った経緯や,研究者らがそのような差額が生じていた事実を認識していたとは認め難いこと,また,控訴人がその差額負担の事実を研究者らに明らかにしたこともないことなどからすれば,控訴人が,上記差額負担の事実を,研究者らあるいはその属する医療機関との取引関係の上で,積極的に利用しようとしていたとはいえない。そうすると,このような差額が生じるようになってからも,上記アのような本件英文添削の基本的な動機,目的に変容があったと認めることは困難である。

ウ なお,上記の差額は,本件各事業年度の各期において1億円以上の額に達し,もっとも多い年では1億7500万円余になっており,それ自体をみれば,相当に高額なものである。しかし,それは年間数千件に及ぶ英文添削の差額負担の合計であり,1件当たりの負担額は決して大きなものではない。いずれにせよ,控訴人の各期の事業年度の申告所得額の1パーセント未満の金額であり(弁論の全趣旨),控訴人の事業収支全体の中では,必ずしも大きな額とはいえない。したがって,このような費用を負担していたからといって,それが特定の意図に基づくものと推認できるものではない。

また,本件英文添削の差額負担の事実が報道されてからは,その料金が差額の生じない額に改定されたことは,上記(1)エ認定のとおりであるけれども,これは,このような形で差額負担が公表され,研究者らに利益供与の認識が生じた以上,取引の誘引等と誤解されるおそれがあるため,それを回避するための措置であると認められる。これをもって,直ちに,従来控訴人が何らかの不正な意図に基づいて,差額の負担を続けていたと推測できるものではない。

さらに,控訴人が,研究者らに料金を請求する際の基準となる原稿枚数は,図や表を枚数に含めるかどうかなどの違いによって,E社等がカウントしたそれと異なることがあり,控訴人が研究者らに請求する際の枚数の方が少なくなることはあっても,逆にそれが多くなることはなかったことは,上記(1)認定のとおりである。しかし,それが料金の大幅な相違をもたらすようなものとは認め難いし,その差異を研究者らが認識していたことを認めるに足る証拠もないのであるから,この点も,上記の認定,判断を左右するものではない。

エ また,本件英文添削を依頼する者は,主として講師,助手などの若手研究者らであり,教授や助教授からの依頼は,全体の1割強に過ぎなかったこと,また,その依頼者の中には,研修医や大学院生などのほか,医療に携わらない基礎医学の講師や海外からの留学生も含まれていたことは,上記(1)ク認定のとおりである。なお,控訴人は,平成7,8年当時,全国の9000余の病院のほとんどと取引があったが,本件英文添削の依頼を受けていたのは,そのうち約95の機関である。これらは大学の医学部やその付属病院あるいはそれに近い性格を有する機関であり,いずれも高度,かつ,先端的な研究をする医療機関であるが,必ずしも控訴人の大口の取引先というわけではない。

むろん,大学病院は医局ごとの縦割り組織であり,かつ,その傘下に多くの関連病院を抱え,それらの人事等にも多大な影響力を有しているものである(乙41の3,84ないし86,弁論の全趣旨)。上記のような医薬品の購入や処方の権限のない若手の研修医らの中から,将来,大学の付属病院あるいはその系列の基幹病院の中枢を担い,上記の権限を有するものも出てくる可能性がある。そうすると,これら若手研究者の要望に沿うことが上記のような接待の目的と全く結びつかないとはいえない。しかし,それにしても,その結びつきはかなり間接的なものであるといわざるを得ない。

さらに,論文が世界的な名声を持つ医学雑誌に掲載されるか否かは,基本的にその研究内容で決まるものである。そして,実際には投稿した論文のうち,上記の医学雑誌等に掲載されるものはごくわずかであり,控訴人が英文添削を引き受けてきた論文数は,年間数千件にのぼるのに対し,そのうち世界の医学雑誌に掲載されたものはこの12年間で約400編にすぎず(甲20,弁論の全趣旨),本件英文添削が効を奏し,それによって研究者らが直接の利益を得られるという場合は必ずしも多くはない。

オ このように本件英文添削は,若手の研究者らの研究発表を支援する目的で始まったものであり,その差額負担が発生してからも,そのような目的に基本的な変容はなかったこと,その金額は,それ自体をみれば相当に多額なものではあるが,その一件当たりの金額や,控訴人の事業収入全体の中で占める割合は決して高いものとはいえないこと,本件英文添削の依頼者は,主として若手の講師や助手であり,控訴人の取引との結びつきは決して強いものではないこと,その態様も学術論文の英文添削の費用の一部の補助であるし,それが効を奏して雑誌掲載という成果を得られるものはその中のごく一部であることなどからすれば,本件英文添削の差額負担は,その支出の動機,金額,態様,効果等からして,事業関係者との親睦の度を密にし,取引関係の円滑な進行を図るという接待等の目的でなされたと認めることは困難である。

(5) 本件英文添削の差額負担が,接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為といえるか否かについて

ア 交際費は,企業会計上は費用であって,本来は課税の対象とならない支出に属するものである。それについて損金不算入の措置がとられているのは,交際費は,人間の種々の欲望を満たす支出であるため,それが非課税であれば,無駄に多額に支出され,企業の資本蓄積が阻害されるおそれがあること,また,営利の追求のあまり不当な支出によって,公正な取引が阻害され,ひいては価格形成に歪み等が生じること,さらに,交際費で受益する者のみが免税で利益を得ることに対する国民一般の不公平感を防止する必要があることなどによるものである。

このような交際費課税制度の趣旨に加え,交際費等に該当するためには,行為の形態として「接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為」であることが必要であるとされていることからすれば,接待等に該当する行為すなわち交際行為とは,一般的に見て,相手方の快楽追求欲,金銭や物品の所有欲などを満足させる行為をいうと解される。

イ ところが,本件英文添削の差額負担によるサービスは,研究者らが海外の医学雑誌等に発表する原稿の英文表現等を添削し,指導するというものであって,学問上の成果,貢献に対する寄与である。

このような行為は,通常の接待,供応,慰安,贈答などとは異なり,それ自体が直接相手方の歓心を買えるというような性質の行為ではなく,上記のような欲望の充足と明らかに異質の面を持つことが否定できず,むしろ学術奨励という意味合いが強いと考えられる。

この点に関し,被控訴人は,接待,供応,慰安,贈答に続く「その他これらに類する行為」とは,接待,供応,慰安,贈答とは性格が類似しつつも,行為形態の異なるもの,すなわち,その名目のいかんを問わず,取引関係の円滑な進行を図るためにする利益や便宜の供与を広く含むものであると主張する。

しかし,課税の要件は法律で定めるとする租税法律主義(憲法84条)の観点からすると「その他これらに類する行為」を被控訴人主張のように幅を広げて解釈できるか否か疑問である。そして,ある程度幅を広げて解釈することが許されるとしても,本件英文添削のように,それ自体が直接相手方の歓心を買うような行為ではなく,むしろ,学術研究に対する支援,学術奨励といった性格のものまでがその中に含まれると解することは,その字義からして無理があることは否定できない。

なお,交際費等が損金不算入とされている理由の1つに,交際費で受益する者のみが免税で利益を得ることに対する国民一般の不公平感を防止する必要があることは前記のとおりである。しかし,医学,医療の発展のため,勉学や研究という負担を負いながら,論文を作成する若手の研究者に対し,世界で通用する論文に仕上げるために英文添削のサービスを提供し,それによる若干の費用負担の軽減をしたからといって,それが医師に対する過度の優遇として,国民一般に不公平感を抱かせるとはいえないと考えられる。

ウ 上記の点に関し,被控訴人は,本件英文添削の差額負担は,非公表で行われ,対象者も限定されていて,公平性,透明性が確保されていないのであるから,学術奨励金などとは同視できないと主張する。

しかし,このような差額負担が,すべての者に門戸が開かれているわけではなく,また,公表されてもいないからといって,それが故に,上記のような学術の発展という社会公共の目的がなかったといえるものではない。

もっとも,その負担の相手方が取引における意思決定において大きな影響力を有する関係者に限られているというような場合であり,かつ,その差額負担による利益の提供を相手方が認識しているような場合には,その差額負担は,客観的にみて,学問の発展に寄与するというよりは,相手方の歓心を買って,見返りを期待することにあると認められる場合もあるであろう。しかし,前述のところからすれば,本件がそのような場合に当たらないことは明らかである。

また,英文添削のサービスをするに際し,その料金が本来,そのサービスを提供するのに必要な額を下回り,かつ,その差額が相当額にのぼることを相手方が認識していて,その差額に相当する金員を相手方が利得することが明らかであるような場合には,そのようなサービスの提供は金銭の贈答に準ずるものとして交際行為に該当するものとみることができる場合もあると考えられる。しかし,前述のように,本件は,研究者らにおいて,そのような差額相当の利得があることについて明確な認識がない場合なのであるから,その行為態様をこのような金銭の贈答の場合に準ずるものと考えることはできない。

エ さらに,被控訴人は,研究者らにとって,英語による研究論文を作成することはその名声及び地位の向上という欲望を満たす重要な要素であること,それゆえ,研究者らは,その英文添削に強い関心や期待を有しているが,それが高額の経済的負担を伴うことから,控訴人は,その欲望を満たすため,本件英文添削の差額負担をしていたものであるなどと主張する。

研究者らの論文が,適切な英文添削指導を受けることによって,権威ある雑誌に掲載され,その研究者らの名声が高まることになれば,ひいて当該研究者の地位の向上や収入の増大をもたらすことがあることは確かである。また,研究者らの中には,そのような目的で論文の発表を目指す者もないとは言い切れない。しかし,そのような研究者が一般的であるとは認め難いし,本件英文添削を受けた論文の中で,世界の主要な医学雑誌に掲載されることになるものは,その中のごく一部であることは前述のとおりである。そうすると,本件英文添削が研究者らの名誉欲等の充足に結びつく面があるとしても,その程度は希薄なものであり,これをもって,本件英文添削の差額負担が,直接研究者らの歓心を買い,その欲望を満たすような行為であるということもできない。

オ 以上のように,本件英文添削の差額負担は,通常の接待,供応,慰安,贈答などとは異なり,それ自体が直接相手方の歓心を買えるというような性質の行為ではなく,むしろ学術奨励という意味合いが強いこと,その具体的態様等からしても,金銭の贈答と同視できるような性質のものではなく,また,研究者らの名誉欲等の充足に結びつく面も希薄なものであることなどからすれば,交際費等に該当する要件である「接待,供応,慰安,贈答その他これらに類する行為」をある程度幅を広げて解釈したとしても,本件英文添削の差額負担がそれに当たるとすることは困難である。

(6) まとめ

以上のとおり,本件英文添削の差額負担は,その支出の目的及びその行為の形態からみて,措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」には該当しないものといわざるを得ない。

そうすると,本件各事業年度において,控訴人の本件英文添削事業により生じた支出すなわち本件負担額を交際費等に該当するとして,これを損金に算入しなかった本件各更正処分は,その限度で違法である。そして,この損金不算入を取り消した場合,平成6年3月期の納付すべき税額が66億8249万1400円に,平成7年3月期のそれが,78億5853万4700円に,平成8年3月期のそれが,82億6010万0100円となることは,本件の計数関係(当事者間に争いがない。)に照らして明らかである。そこで,本件各更正処分のうち,上記の各税額を超える部分を取り消すこととする。

2 結論

したがって,控訴人の請求を認容することとし,これと異なる原判決を取り消すこととする。

よって,主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成15年6月19日)

東京高等裁判所第19民事部

裁判長裁判官 淺 生 重 機

裁判官 及 川 憲 夫

裁判官 竹 田 光 広

行為者の行為の介在と因果関係

刑法判例百選 第7版14事件 8版14事件 ですが、因果関係についてはあとになってから問題としているようですね。

業務上過失傷害、殺人、死体遺棄事件

最高裁判所第1小法廷決定/昭和50年(あ)第1339号

昭和53年3月22日

【判示事項】業務上過失傷害罪と殺人罪とが併合罪の関係にあるとされた事例

【判決要旨】人を熊と誤認して猟銃を2発発射し下腹部等に命中させて瀕死の重傷を負わせたという業務上過失傷害の罪と、誤射に気がつき殺意をいだいてさらに猟銃を1発発射し胸部等に命中させて即死させたという殺人の罪とは、併合罪の関係にある。

【参照条文】刑法211

刑法199

刑法45

【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集32巻2号381頁

最高裁判所裁判集刑事209号443頁

裁判所時報738号6頁

判例タイムズ362号216頁

判例時報885号172頁

【評釈論文】警察研究55巻2号82頁

別冊ジュリスト111号28頁

法曹時報34巻1号268頁

主 文

本件上告を棄却する。

理 由

弁護人戸所仁治の上告趣意のうち、憲法一一条、一八条違反をいう点は、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であり、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であり、同寺坂吉郎の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決に沿わない事実関係を前提とする判例違反の主張であり、その余の点は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、本件業務上過失傷害罪と殺人罪とは責任条件を異にする関係上併合罪の関係にあるものと解すべきである、とした原審の罪数判断は、その理由に首肯しえないところがあるが、結論においては正当である(当裁判所昭和四七年(あ)第一八九六号同四九年五月二九日大法廷判決・刑集二八巻四号一一四頁、昭和五〇年(あ)第一五号同五一年九月二二日大法廷判決・刑集三〇巻八号一八四〇頁参照)。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

昭和五三年三月二二日

最高裁判所第一小法廷

裁判長裁判官 岸 盛一

裁判官 岸上康夫

裁判官 団藤重光

裁判官 藤崎萬里

裁判官 本山 亨

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